先生は塞翁が馬という言葉を知っているかな?   作:ミサキル

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無知な暴君にはなれない

「そん……そんなことあるすっか?」

 

そんな私だけを納得させるような言葉をかけられても意味なんて……分からない。

精神性がどうたらとか、それで納得はできない。

…………急になんだ、本当になんなんだこの蛇は。

変わらず、蛇は笑う。

何を考えているのか、何を知っているのか、どんな想いをしているのか。

笑みという仮面をつけているようにしか見えない。

しかしその顔が笑みという確信すらない私は、ただ困惑するしかできない。

 

「あるさ、少なくとも私の考える限りの嫌がらせをして折れずにこんなにも真っ向から立ち向かうのは神隠しにあった人の中で君1人だけだ」

「でも…そんなで勝ったとは」「言えるさ、私が同じことを受けたらすぐに廃人まっしぐらだね」

 

あっさりと、そんなことをいうイノリ。

いや…こいつはそう言うやつだ、あっさりと淡々と普通じゃ言えないようなことを言う。

普段なら信用できないその淡白さが逆に言葉に信憑性を持たせる。

 

「それにそんなことをしてきたやつを嫌いになりきれないなんて、にわかには信じられないな」

「はっきり言って異常だよ。君は」

 

それに関しては、なんか色々まだ言いたい気もする。

ヘナヘナと……気力が無くなっていく感覚がする、さっきまでの心の勢いが無くなって感情の爆発が湿気ってしまう。

反論する気力が失われていく。

でもそれでいいのかと言いたい気持ちが少しだけはみ出る。

 

いいのか?ずっと自分を苦しめて相手をこれだけで許すなんておかしくないか?

相手を自分と同じように苦しめないとダメなんじゃないか?

それでやっと贖罪という道に入れるのではないか?

私だけじゃない。

他の誰かも神隠しによって苦しんだんじゃないのか?

その言葉だけでこうも簡単に許すのか?

 

「いいんすよ」

 

なぜ?

 

「だってこの蛇はもう何もできないし」

 

それだけで?

 

いいやそれだけなんじゃない。

私は…………

 

「なにより私はもう、神と呼ばれたイノリがどこにでもいそうなただの寂しがり屋って知ってしまったっす」

 

知らないままただの悪者だと、敵だと糾弾するのは容易い。

けどこの蛇はどこにでもいそうなただの寂しがり屋だと知ってしまった。

ただ生きたくて、死にたくないだけの……神なんて言われるほどじゃない、私と同じような者だって知った。

最後の瞬間に自分を知ってほしいだなんて言う寂しがり屋を私は倒そうだなんて考えれない。

だから裁けない。

もう自分のわがままで、無知を装って、目の前にいる蛇を攻撃できない。

 

――――そうか。お前はそんなやつなんだな。

 

それで終わりだった。

再燃した熱は搔き消え、残った意思には今さら敵対心はない。

だから。

 

「なんだ……もう勝ってたんすか」

「ずっと負けっぱなしだと思ってたんすけど…勝ちっぱなしだったらしいっすね」

 

こんな馬鹿みたいな言葉にも納得してしまった。

結局のところどこまでも自分の気持ちの問題だった。

イノリをどう見るのかどうしたいかなんて。

………とっくの昔に決めていたのに。

 

「あぁそうだ、凄いやつだよ、君は」

 

そんな自分のことを知らない蛇は平気な顔をして笑う。

それは出来のいい生徒を褒めるわけでもなく、成功したものを賞賛者のように讃えるようでもなく。

ただ……本当にあっさりと淡々に。

 

「ずっと見てきたからな、凄さはもう分かってる」

 

そうイノリは言い切ったのだった。

 

……

…………!!

 

「ああああああああぁぁぁもう!!いいっす!」

 

そこまで言われるとこっちが恥ずかしい!!

顔が熱くなりすぎて脳が熱暴走しそうだ!

 

「そこまで言われるともう!帰ります!帰りたくなっちゃいますっす!!!」

「はァ……その感覚はよく分からないな」

 

なんだかその毒舌も……今は素直に反抗出来ない。

そもそも反抗する気はないが……そういった意味じゃなく、なんか…なんかこう!アレなのだ!

 

「いいっすから!もういいっすから!!」

 

気を紛らわすように顔と手をブンブン振ってNOの意を伝えようとする私を見てイノリは。

 

「……色々と残念な子だな」

 

と人の形をしていたならやれやれと言い肩をすくめたそうな声をしていた。

 

「まあいい、時間がないのは事実だ」

 

まだ顔の熱が収まらない私を見ているのか見てないのか微妙な視線で話すイノリ。

 

「そろそろ帰るための扉を開けるぞ」

 

そうイノリが言った直後。

 

窓をぶち破った『黒』がイノリを飲み込んだ。

 

「ばっ」

 

息が止まる。

思考が淀む。

目の前に起こった事態についてこれない。

心臓の音がひときわ大きく脳に響く。

考える暇などなかった。

感情が漂白され視界が真っ白に染まる。

黒が次はお前だと言わんばかりにこちらに迫るのにも関わらず声の出し方を、身体の動かし方を忘れ胎児のように何もできない。

 

「いのーーーッ!!」

 

やっとの思いで出た言葉はその一言。

その一言すらも黒に飲み込まれ――――

 

「馬鹿が、とっととこの場から離れろ」

 

その声に弾かれるように身体は黒から逃れるように動いた。

近くの窓に飛び込み、硝子が割れる音と一緒に窓のつっかえを掴む。

 

「――――っ!」

 

その勢いのまま身体を遠心力で上に投げ飛ばす。

くるくると回る身体を守るように身体を丸めて空中の浮遊感を味わう。

ダンッ!学校の屋上に足が着き、コンクリートからくる衝撃が足を痺れさせた。

―――いや、それにしてもその声は。

 

「いの……り?」

 

めまぐるしく回る事態に思考が追いつかない。

ただ呆然と呟いた言葉はどこか縋るような声だった。

 

「何を疑問に思っている。私を忘れたわけではないだろう?」

 

その皮肉な言葉でやっと思考が回り始める。

 

「イノリ!!生きて……え?姿がないっすけど」

 

不思議なことに声だけが聞こえる。

姿を探すために少しだけ回りを見渡したがどこかに居るわけではなかった。

 

「ん?姿か?ここだよ、ここ」

 

ぴょこと小さな蛇が胸ポケットから姿を表す。

数センチしかなさそうな黒く小さな蛇だった。

 

「な……なんすか!それ!!??」

「緊急用に胸に忍ばせてあった私だよ、本体はあの黒の中だ」

 

ぴょいぴょいと指を指すように顔を向けた方向には。

 

「―――は?」

 

なんで緊急用があるんだとか、分身出来たのかよとか、本体が飲み込まれたってなんなんだよとか、そんな色々の疑問が全て吹っ飛ぶ。

呼吸の仕方を、一瞬忘れた。

そこには蛇が居た、いや蛇は違う…だが蛇と言った方がいいだろう、それ以外にそいつを表す言葉なく、ただ蛇というにはあまりにも機械的で、あまりにも非現実的な…………

 

「サイズっす」

「デカグラマトンとはな……厄介な記憶を読んでしまったよ……」

 

形だけを模倣するように佇む黒い巨大な機械仕掛けの蛇。

絶望的というには規格外のスケールが目の前の現実だった。

その現実にちっちゃな蛇は頭が痛くなったと言わんばかりに首を振った。

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