先生は塞翁が馬という言葉を知っているかな?   作:ミサキル

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……いい加減我慢の限界だった。

頭が嫌になるぐらいに多くの情報を叩き込まれてそれで結局こいつの手のひらだ。

それでも、だ。

 

「すぅ――――はぁ」

 

呼吸をする。

鼻から酸素を吸い、二酸化炭素として口から排出する生物として基本的な生きるための行動。

手元には銃なんてものはない、あるのは拳だけ。

今まで握ってきた銃に比べるとおもちゃのように頼りない自分の拳だけ。

それだけであんな怪物に立ち向かうなんて無理難題だ、無謀だ、不可能だ。

――――そう頭では分かっているのにそれでも、なぜか勝てる気がする。

自分の気が狂ってというなら元からそうだった。

こいつの話を聞いてあまつさえ虐げられた者として当然の権利を……復讐という道を自ら放り出した。

真っ当な行動、正当な怒りを行使する権利を自分の手で消した。

そして今その怒りの原動力は確かな信頼として私の中にある。

だから今、私は。

 

「信じられる。このちっぽけな神様を」

 

そう呟いた。

 

「エミコ!!」

「了承……っす!!」

 

黒が迫る。

人を飲み込む津波のように、あるいは水を求める遭難者のように。

 

「――――っ」

 

一段と高い天井に登る。

この街を見渡せれるビルに。

……その街並みはもう全て黒に染まりかけたけど。

 

「中は違うっす!」

 

天井上空3,000Mから全力で拳を振り下ろす。

今、自分の足場にしてる床へ。

ベキベキベキィッ!!とビルの根本から折れる音を確かに聞いた。

崩れるビルを支えるように捕食する黒。まるで蟻が砂糖に群がっているようだった。

本来ならば私がどう頑張ってもこんなビルを壊せないのだが、どうやらあの黒には飲み込んだ対象を腐らせる能力があるらしい。

正に捕食。対象を腐敗させ食する自然の摂理のようだった。

そして想像通り、

 

「ビルの内部までは黒が侵食されてない!」

 

ダンッ。力強く侵食されてない床を踏み無事着陸。

これで多少時間ができた。

しかし先ほどの拳による攻撃で体力は五割ほど失った。

筋肉がミシミシと悲鳴を上げ、絞った雑巾のように痛む。

 

「イノリ!!」

「わかっているさ」

 

痛みで涙目になりながらそれでも小さな希望に託すように叫ぶ。

するり。と。

胸ポケットから何かが這うように蠢く。

 

「~~!!??」

 

なんでもはしてもいいがなんでもの内容を聞いとけばよかったと後悔。

しかしもうすでに時遅し、小さな蛇は冷や汗のように身体を這いずりまわり、耳に到着した。

背中のなんともいえない悪寒を必死に我慢して彼女の行動を待つ。

 

ずぶり。

 

なにか、なにか、なにか、耳の中に。

 

「終わった。これで例えここで死んでも動けるようになるだろうな」

「それって」

「無論だが『私が操縦する』ということだ。『お前をな』」

「…………は」

 

何を、そう言いかけた時にはもう遅かった。

力の五割を失い、軋みを上げた腕がまるで操り人形のようにゆったりゆったり動く。

 

「久しぶりの人間操作だ。お前の身体なら……まあ、壊れないだろう」

「いやいやいやちょっっ」

「動けスーパーエミコ号」

「ひとをおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!???」

 

ロボットのように扱いやがって!なんて言葉は弾丸のように飛び上がった自らの身体に封じられた。

一息のジャンプ。それも一瞬にも満たない時間で既に身体は飛んだ。

 

「目指すのはデカグラマトン………と、そんなことをする必要はなかったらしい」

「な……にをぉ」

 

状況どころか身体の状態も掴めない超弩級のジェットコースターに乗ったせいで意識は既に赤信号になっていた。

 

「身体の操作は私。突撃のタイミングは君に任せよう」

「ちょ」

「悪いが一人の体を二人で操作するんだ。多少の違和感、肉体の損傷はご愛嬌として見逃してくれ」

「そんな軽々しく!?」

「いいから構えろ……来るぞ」

 

そうイノリが言った直後。

ずっと鎮座しているだけの置物のような黒蛇…いやデカグラマトンがこちらを振り向いた。

 

「…!」

「右」

 

反応することもできなかった。

デカグラマトンはその巨体を活かしこちらにい倒れてきた。

まるで邪魔な蚊を潰すために人間が手を振るうように素早く確実に無駄がないそんな動作で。

 

ドゴーーン!!

 

爆音が少し遅れて響く、衝撃が床を伝いビルが今度こそ木端微塵に吹き飛ぶ。

辺りに煙が舞い、ビルだったものは黒に飲み込まれる。

単純だが一番効果がある攻撃。反応すらできずに黄エミコは虫のように押し潰されイノリもろとも死んだだろう。

……それが先刻までの黄エミコなら。

 

「ぁぶっっ死ぬ!死ぬ!本当に死ぬと思った!なんで生きてるの私!?」

「私がいるのだから生きてて当たり前だろう。その程度で死ねると思うな」

 

煙が晴れる。そこにいたのは無傷の黄エミコだった。

上空10Mにまだ存在していた。

 

「……マジっすか」

 

反応できなかった。唐突な攻撃というのもあるというがあの巨体に気圧され動きが封じられたのだ。

ぼーっと自らの死を眺めるだけで動くという選択肢を頭の中から失っていた。

だから動いたのは私ではなく……

 

「私だ。……まったくこの程度で頭が動かなくなるとは君への評価を下げざる負えないな」

「……く」

 

ぐうの音もでないとはこのことだ。

まったくイノリの言う通り、動くことをやめて自分の死を静観した体たらく。

それでも心臓の音がする、呼吸ができるまだ生きている……

ならすることは決まっている。

…………逃げ道はない。ここにはもう。

 

「身体の操作……任せるっすよ」

「私と君の仲だろう?言われなくとも分かっているさ」

 

やるべきことをするまでだ。

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