連邦捜査部S.C.H.A.L.E所属顧問・加賀美ハヤト   作:「浦和さん、法廷で会いましょう」

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1.(わたくし)のミスでした

 

 

 

 透き通るような青色の空、そして綿飴のようにふわふわとした白い雲。

 そんな青空から、仄かに暖かな陽の光は大地を照らし、穏やかな一陣の風は路地を通り抜ける。

 

 どうしようとないほど心地よく、優しい世界。そんな晴れ晴れとした世界に生きていれば、無意識にも歩調は軽やかになるというものだ。思わず鼻歌でも一曲歌いたくもなってしまうだろう。

 

 しかし、そんな素晴らしい天気の下で。

 

 複数の銃声が飛び交っていた。

 

「オラオラオラ!」

 

「ヒャッハー!」

 

「臆するな!空崎ヒナの不在の風紀委員なんぞ醤油抜きの卵かけご飯に等しい!」

 

「くそ……好き勝手言いやがって」

 

「……っイオリ」

 

 此処は、学園都市キヴォトス。

 その学園都市の中でも屈指のマンモス校であるゲヘナ学園が擁する自治区である。

 

 このゲヘナ学園なのだが、「自由と混沌」を校風としている事とあり、銃撃戦が日常茶飯事(チャメシ・インシデント)とされる末法的価値観のキヴォトス内でも屈指の治安の悪さを誇っていた。

 その倫理的に終わってる治安も相まって、本自治区では、最早この手の武力蜂起は、呼吸をするのと同じレベルで起こっているのである。

 

 現在、このゲヘナ自治区の一画では、唐突に銃火器で暴れ始めたゲヘナ学園奇術同好会に対し、ゲヘナの治安維持組織である風紀委員会が対処を試みていた。

 

 そんな中、会員たちと共に路地を行進する奇術研究会会長に対し、駆け寄ってくる一人の会員が居た。

 

「へい夜見会長!例のブツ持って来ました!」

 

「えあ〜すごいじゃん!本物のロケットランチャーだ!」

 

 会員が擁していたのは、特注の弾道修正ロケット弾搭載ランチャー。つまり、ロケランである。

 

 このブツを持って来た理由は、ただ一つ。

 風紀委員会が運用する装甲車両をまとめて吹き飛ばすためだ。

 

 景気の良い花火を打ち上げるという華をリーダーに持たせるため、会員は会長へとロケランを手渡した。受け取った会長は不慣れながらもグリップを握り、肩に担ぐ。取り敢えず誰にも当てないよう、その砲身は上空へと向けた。

 

「え〜っと、これが引き金で……」

 

「あ、気をつけて下さいね会長。もう安全装置外れてるので」

 

「えっ」

 

 その言葉は、まさに後の祭りだった。

 会長は既に引き金を引いてしまっており、ロケット弾はその砲身から既に放たれている。

 

「あ」

 

「あ」

 

「……まぁ、もし地面に向けてたら目もあてられなかったけど!終わってたけど!上に発射したからまだセーフじゃない!?」

 

 会長の言葉は、無駄撃ちという失態の自己保身から出たものであったが、それは正しい。

 もしも会長が砲身の方向を下に向けていたのであれば、同行会は確実に自滅していた。弾頭が一本無駄打ちしたのは痛いが、それでも最悪の状態は避ける事は出来ていたのである。

 

「でも、会長」

 

「うん?」

 

「あれ……」

 

 会員の一人が上へと指先を指す。

 その先には、上空を飛んでいるヘリコプターがあった。

 

 偶然とヒューマンエラーによって放たれた弾頭修正ロケット弾は、まるでヘリコプターに吸い込まれるようにその軌道を修正していく。

 

 互いに引き合う正極と負極の磁石のように、そのロケット弾とヘリコプターの距離は縮んでいき。

 

「あ」

 

 ヘリコプターはロケット弾に直撃し、至極当然のように爆散した。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 彼女達の間に沈黙が走る。

 それもそうだ。

 

 まさか、自分たちのヒューマンエラーの末に無辜のヘリコプターが爆散してしまうとは。思いもよらぬ大犯罪である。

 

 しかし、彼女たちはゲヘナ生。

 

「よし!見なかった事にしよう!」

 

「今は戦闘に集中しましょ!」

 

「そうよ!」

 

「会長、コレ次の弾頭です!今度は外さないで下さいね」

 

「もっちろ〜ん☆」

 

 元より現在、治安維持組織に対し真正面から喧嘩を売って銃撃戦をしているのが彼女たちなのだ。

 

 通りすがりのヘリコプターを撃ち落とすなぞ、問題の内にも入らない。

 

 弾頭の再装填を済ませた後、会長は今度は絶位にトリガーを引かぬよう注意して、砲身を装甲車へと向けた。

 

「よーし!いくよ〜」

 

「────はぁ。随分、暴れてくれたものね」

 

「「「「「??!!?」」」」」

 

 そうして今まさにロケランを放とうとした会長達の前に現れたのは、小柄な少女であった。

 

 切れ長の紫色の瞳に長い銀髪を編み込んだハーフアップの髪型。

 肩に羽織ったロングコートに、「風紀」と記された赤い腕章。

 

 彼女こそ、ゲヘナの治安と風紀を担う風紀委員会の長。広大な学園都市キヴォトスにおいてなお「最強」の一角に数えられる、ゲヘナにて双無き至上の存在。

 

「げーっ!空崎ヒナだ!」

 

「風紀委員長?!」

 

「うそ?!」

 

「まっずーい!」

 

「終わった……」

 

「てっ……撤退!たいさーん!!」

 

 彼女の現着を知った奇術同好会達は、凄まじい変わり身で、尻尾を巻いて逃げようとする。

 

 ─────しかし、あの空崎ヒナが来た時点で、そんな悪あがきが許される筈もなく。

 

 結局、奇術同好会は風紀委員会によってまとめて全員捕縛されてしまうのであった。

 

 だが、これで一件落着とはいかない。風紀委員会には、更なる仕事が待ち構えている。

 

 ことゲヘナにおいて、この手の犯罪は大量に起きているのだ。生徒が暴れ、風紀委員会が取り締まり、そしてまた別の生徒が暴れ始める。そうして風紀委員会はそれの対処に明け暮れるのである。

 

 これが、ゲヘナの日常。

 ここにおいて、暴動とは何処でも起き得るありきたりな日常の一部なのだ。

 

 そんなゲヘナにおいては珍しくもなんともない奇術同好会暴動事件であったのだが、一つまずい事が起きていた。

 

 それは、先ほどのロケットランチャー誤射で爆散したヘリコプターである。

 

 ……正確に言えば、そのヘリコプターに搭乗していた人物だ。

 

 その人物こそ、キヴォトスを統べる連邦生徒会長の失踪によって混乱した現キヴォトスを正すためのキーマン。

 

 連邦生徒会長が設立した超法規的機関・連邦捜査部S.C.H.A.L.Eの担当顧問。

 

 "シャーレの先生"。

 

 彼が乗っていたヘリだったのである。

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ぐわぁぁああああああ!!!」

 

 四散していくヘリコプターの残骸の中で、ヘヴィメタルバンドのボーカル顔負けのスクリーム(絶叫)が鳴り響く。

 

 その声の主はシャーレの先生としての任を請け負った男。加賀美ハヤトであった。

 

 キヴォトスの外界からこの地へと踏み入れた彼は、連邦捜査部の担当顧問として、サンクトゥムタワーの機能復旧作戦を端とし、学園都市における多くの問題解決の為に奔走していた。

 

 それは蜂起した武装集団への対処であったり、窃盗事件の解決、治安維持の為のパトロール、一部の連邦生徒会業務の代行、公文書の作成。果ては猫探し、街の掃除、宅配便の配達などのような雑用じみたものであったりと。

 

 明確な業務範囲が決められていないS.C.H.A.L.Eの特色から、加賀美ハヤトは多くの業務をこなしていた。

 

 その甲斐もあって、S.C.H.A.L.Eには学園都市の中でも話題になりつつあり。今では、生徒たちから助けを求める声も増えてきた。

 

 そんな生活の中、シッテムの箱のメインOSであり「先生」の実質的秘書とも言えるアロナが、加賀美ハヤトへと「不穏な手紙」と称される嘆願書を提示したのである。

 

「不穏な手紙……ですか」

 

『はい』

 

 その内容を簡単にまとめれば、「学校が暴力組織に狙われている。弾薬の補給など支援を要請する」とのことだ。

 差出人は、アビドス高等学校の奥空アヤネさん。手紙によれば、その問題には「複雑な事情」があると述べられていた。しかし、その事情が具体的どんなモノであったのか書かれていなかった為、少し調べてみたところ─────

 

「な……九億の借金?!」

 

 高校生では抱え切れぬ、とんでもないバケモンが顔を出してきた。

 

 アビドス高等学校。本自治区は何十年も前に起きた砂嵐による、大規模な砂漠化が進行しており、対処用の資金確保のため借金。しかし、大規模な砂嵐と膨れ上がる借金は歯止めが効かず、生徒の流出により現在は廃校寸前になっているのだとか。

 

 そして、広大な自治区内では、ゴーストタウン化が進んでおり、アビドス中央線を始めとした交通インフラが廃止されているとのこと。

 

「公共交通機関は使用不能……となると、シャーレ所有のヘリを用いた移動になりますね」

 

 そして、手紙の内容のひっ迫具合から見るにアビドスの補給が底を突くのにそう時間は掛からない。

 

「アビドスの方々にとっては、死活問題であるはず……分かりました。早急に手を打ちましょう」

 

 そうして、急ぎでシャーレのヘリへと補給物資を詰め、連邦生徒会のお膝元であるD.Uを発ち、アビドスへと向かったのだが─────

 

 不幸な事に、とあるゲヘナ生が明後日の方向に放ったロケット弾が運悪くヘリコプターへと直撃。

 そして、爆散。

 

 シッテムの箱の機能により外傷から間逃れたものの、加賀美ハヤトは現在、空中から真っ逆さまに大地目掛け落下していたのであった。

 

「お………おかしいだろッッ!!!

絶ッッ対におかしい!どうしてですか!

どうしてッ!どうしてこうなったァ!!」

 

 一筋の流星、隕石じみた軌道で堕ちていく成人男性。

 

「アロナさんッ!これって何とかなりますか?!」

 

 異次元の肉体の耐久性能を持つキヴォトスの住人であれば、こんな状況でも生存は可能なのかもしれない。

 

 しかし、加賀美ハヤトはあくまで生身の人間である。この地点から大地とキスするものならその瞬間、即死は確定だ。

 

 故に彼は今、生と死の分水嶺に立っていた。

 

 これまでキヴォトスで過ごした数週間では、アロナの───シッテムの箱の力によって凶弾や爆風から加賀美ハヤトは救われてきた。

 

 しかし、このような高度から落下する状況なんてものは初めてである。

 

 もし、アロナでさえこの事態にお手上げなのであれば─────その時は、()()()()()()を切るしかあるまい。

 

『大丈夫です先生!この高度なら……私一人で対処出来ます!』

 

「ありがとうッ……ありがとうございます!アロナさん!」

 

『えへへ』

 

 よかった。此度もアロナがなんとか出来るとの事。落下の最中ながら、一先ず安心した加賀美ハヤトは、飛散していくヘリの残骸の中から辛うじて一つのリュックサックを掴み取る。

 

 ヘリ内に搭載した弾薬の殆どが、台無しとなってしまったワケだが、加賀美ハヤトは最悪の状況を想定して、「最低限の弾薬を積んだリュックサック」を用意していたのだ。

 

 と言っても、それはアビドスを攻撃する暴力集団の凶弾によってヘリが破壊される事を危惧しての準備だったのだが。

 ランディング中のヘリが着地狩りをされる事は想定していても、飛行中に原因不明の爆発に巻き込まれるとは彼は夢にも思わなかった。

 

 かくして、シッテムの箱の力が加賀美ハヤトを包み込み、彼は砂の大地に降り立つ事に成功した。

 

 あの高度から落下しておいて、五体満足での生存。それはなんとも幸運な事であり、まさに奇跡に違いない。そう。

 

 違いないのだが────

 

 加賀美ハヤトの視界に入ったのは、崩れ去った建造物───廃墟と砂礫に覆われた光景であった。その様子はまるで北斗の拳の世紀末。

 ……まさか近未来都市キヴォトスにおいて、実際にこのような場所が存在するとは。

 

 下調べによって、一応知識としては知っていたが、それでも実際に自分が訪れてその身体で身を以てしての体験は段違いであった。

 しかもD.Uというギヴォトスの首都にあたる中心都市からやって来た分、その落差というのは凄まじいものだ。

 

 自身の膝の砂埃を払い、周囲の様子を確認して、自分の今在る状況を把握する。

 そうして、なんとか現在の自分が直面した現実になんとか理解が追いついた加賀美ハヤト。

 そんな彼の額には、一筋の冷や汗が流れた。

 

「────なんとか、生き延びれたのは幸いだったのですが」

 

 "これ、ヤバくないですか?"

 

 彼の危惧通り、加賀美ハヤトの今在る状況は実際にヤバかった。現在、加賀美ハヤトはアビドスの砂漠地帯に乗り物も物資も無しで、たった一人放り出されていたのである。

 

 砂漠という場所は、ひどく過酷な世界だ。

昼間は身を灼くような熱が襲い掛かり、夜間では逆に凍えるような寒さに凍える。

 雲や植生がほとんどない事で、紫外線が直接地表に降り注ぐため、人間の肌や目は甚大なダメージを受ける事が約束される。

 水源は殆ど存在せず、飲水は存在しないし、動植物も僅かな種類のみしか存在しない。

 

 さらに砂の上では、歩行によって体力と体内の水分が恐ろしい勢いで削られる。

 

 加賀美ハヤトには、かつて実際にゴビ砂漠にて生活経験があった。かつての砂漠での経験がある分、現状がどれだけ終わっているのか、ハッキリと理解出来てしまう。

 

 落下時の周囲の光景を思い出す限り、此処から人間の生活圏まで自分の足で戻るというのは、恐らく現実的ではない。

 

 むしろ────

 

「このまま、徒歩でアビドス高校に向かった方が、生存率は高い」

 

 彼はそう判断し、自らの脚を以てアビドスに向かう事を決めた。

 

「それに、生徒の皆様は補給を待ちかねているはず。(わたくし)が此処で行かなければ、アビドス高校は………」

 

"暴力組織によって、壊滅されてしまうかもしれない"

 

 なんとか砂で覆われた地面から足を動かし、何処かへ続くであろうアスファルトの路地へと足を動かし。彼は、アビドス高校に向けて命懸けの歩みを進めていった。

 

 一歩。

 一歩。

 

 足を前へと進めていく。

 

「しかし、これは─────(わたくし)のミスだったのだろうか」

 

 彼はキヴォトスへと赴任してから、これまで半月の時間を過ごしてきた。しかし、それだけの僅かな時間で、彼はこの学園都市を理解したつもりだったのだろうか。

 

 であれば彼の理解は甘いと言わざるおえない。事実、ヘリコプターが突如爆散し、砂漠を徒歩で進んでいるという現実が自身の未熟さと驕りを突き付けていた。

 

 "路地を使った車両の移動では、武装した生徒たちとの戦闘が高頻度で起こる。ならば、ヘリコプターという空路を用いて行けば安全であるし、迅速な移動が可能ならはず"

 

 現代社会の常識に基づいた至極真っ当な判断だ。

 

 しかし此処はキヴォトス。

 

 銃弾を受けても元気ピンピンな学生によって運営される、特異なる世界だ。

 そもそも犬やら猫やらが人語を話し、当然のように二足歩行で練り歩く場所で、現代社会の常識が通じるワケがなかったのだ。

 

「現代日本の常識は、キヴォトスは通用しない。

此処での生活で(わたくし)は何回も痛感した筈だったのに……!」

 

『あの……!先生、落ち込まないでください。先生には落ち度はありません。こんな事例、キヴォトス基準でもそうそうないですから……』

 

 幾ら引き金が綿飴より軽い学園都市であっても、さすがに高高度を飛行することヘリコプターに、偶然ロケットランチャーが炸裂する事例というのは稀であるらしい。

 

 といっても、アロナの「あり得ない」ではなく「そうそうない」という言葉遣いから察するに、そのイベント発生ハードルは、現代日本よりも恐ろしく低いのだろう。

 

 出オチの如く、ヘリ爆散からスタートを切った加賀美ハヤト先生は、初っ端から不幸に見舞われた。

 

 しかし、彼は前向きフェニックス。いつだって元気で溢れるタフガイである。

 

 ……基本的に人生とは、振り返った時に"こうすればよかった"という後悔の積み重ねだ。

 そこで大切なのは、その後悔に馳せてフラついて迷走する事があっても、それでも前へと進み続ける事である。

 

 その重要性を彼は理解している。

 なぜなら、加賀美ハヤトは子供ではなく、人生で多くの事を経験している大人なのだから。

 

 過ちを犯したのであれば、次に繋げる以外に、その失敗に報いる術はないのである。

 

 

 

 

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