連邦捜査部S.C.H.A.L.E所属顧問・加賀美ハヤト 作:「浦和さん、法廷で会いましょう」
「─────では、改めまして。アビドス廃校対策委員会の皆様。
顔触れの変わらぬアビドス廃校対策委員会の部室。そこに居座るのは五人の少女。
アビドス高校3年生の小鳥遊ホシノ。
2年生の十六夜ノノミ、砂狼シロコ。
1年生の黒見セリカ。奥空アヤネ。
彼女ら五人こそ、このアビドス高等学校の全生徒であり、アビドスの廃校問題を解決すべく奔走する対策委員会のメンバーである。
そして、そんな対策委員会の拠点に、珍しい事に見慣れぬ一人の大人が訪れていた。
ワイシャツの上に黒のジャケットを羽織り、穿いているのはセンタープレスの入った灰色のスラックス。
切れ長の茶瞳に、明るいミルクブラウンの髪色の彼は、柔らかい物腰で少女達へと自己紹介をした。
そんな彼はシャーレの「先生」加賀美ハヤト。連邦生徒会の下部組織、S.C.H.A.L.E唯一の先生である。
D.Uを発った彼の道行きは前途多難であったが、砂狼シロコの案内もあり、なんとかアビドス高校まで辿りついた。
しかし、その災難は止まることはなく。アビドス高校に彼が到着した直後、近隣の暴力組織による校舎の襲撃に遭ってしまう。
そこで加賀美ハヤトは「先生」としてアビドス生徒の戦闘指揮を執り、カタカタヘルメット団と呼ばれる暴力組織を撃退に成功。
そうして、一連のゴタゴタを解決した事でようやく、全員に対して自己紹介と挨拶をすることが出来たのである。
挨拶を済ませた加賀美ハヤトは、背負っていた巨大リュックサックを下ろし、対策委員会の机へと置く。
「こちらが要請された弾薬になります。……ですが、すみません。対策委員会の皆様には、お詫びしなければならない事が一つございます。本来、
「ん……?」
奥空アヤネは、先ほど加賀美ハヤトが徒歩で校舎を訪れていたことを思い返す。
"……あれ。おかしい。先生が来た際、ヘリなんて何処にもなかった筈だったのに"
「此処までの道のりで、流れ弾のロケット弾を食らってしまったらしく。
「えぇ……」
まさかの理由に、困惑する黒見セリカ。
ちなみに、困惑しているのは加賀美ハヤト本人も同じである。
しかも、自身が落下した地点が校舎から距離の在るゴーストタウンであり、そこからなんとか自らの脚のみで高校まで辿り着いたと耳にしたことで、彼女の困惑の表情はさらに深まる事となった。
「それは……先生はよく御無事でしたね……確か、キヴォトス外の方は銃弾一つで致命傷となってしまうのでしょう?」
十六夜ノノミは、キヴォトス外の人間の肉体が脆い事を思い出す。そんな人間が爆散することヘリから脱出したとなれば、それは奇跡に他ならない。
「うへぇ〜。ヘリの爆散に墜落。アビドスに一人置いてきぼりかぁ。先生も大変だったんだねぇ〜」
「ん、私の道案内がなかったら行方不明リスト入りだったかも」
もし、アロナが加賀美ハヤトの身を守り切れなければ。加賀美ハヤトが、一晩中歩き続けるバケモノじみた体力がなければ。砂狼シロコが、彼を見かけなければ。
何かの掛け違いがあれば、加賀美ハヤトは此処にはいなかっただろう。
「でも────うん。これだけの弾薬があれば、大丈夫そうだ」
うんうん、と目を瞑って静かに一人で頷くホシノ。
「ホシノ先輩……?」
ホシノはどこか剣呑な気配を纏い、眼を開いた。
「────今回は追い返せたとしても、ヘルメット団の連中は、数日もすればまた襲撃してくるでしょ?それに対処するにはその根本を断たなきゃ。だから弾薬を補充出来たこのタイミングでこっちから仕掛けて、奴らの前哨基地を襲撃してやろうかなって。今が一番、アイツらが消耗してるだろうし」
ホシノが提案したのは、ヘルメット団襲撃計画であった。
「え、もしかして今から行くってこと?」
「たしか……前哨基地まで約30kmほどでしたよね。良いと思います。向こうは襲撃されるだなんて、夢にも思ってないでしょうし……」
「そ、それはそうですが……そうだ、先生はいかがですか?」
するすると勢いで意見が決定されそうな空気の中で、奥空アヤネは視線を加賀美ハヤトへと向けた。彼女が求めるのは、戦闘指揮者───加賀美ハヤトの判断である。
先ほど披露した「先生」としての戦闘指揮の腕前はかなりのモノであった。故に、これから襲撃を敢行するのであれば、彼の指揮が作戦成功の重要なファクターとなるだろう。
その提案に対する、彼の返答は────
「小鳥遊さんの意見には、
力強い肯定であった。
こうして、カタカタヘルメット団前哨基地への先制攻撃が敢行された。補充された弾薬に、対策委員会の面々の活躍。そして、「先生」の指揮も相まって、これまでヘルメット団に押されてたのがまるで嘘であるかのように、彼女たちは敵を蹴散らしていく。
そうして遂に、カタカタヘルメット団のアジトを制圧する事に成功した。
『敵の退却を確認!並びに、カタカタヘルメット団の補給路、アジト、弾薬庫の破壊を確認』
「これで、大人しくなるはず」
「よーし。作戦完了。みんな、先生、お疲れー」
『皆様こそお疲れ様です。では、帰投しましょうか』
カタカタヘルメット団前哨基地は完全に破壊された。アビドス高校対策委員会の大勝利である。加賀美ハヤトは車の運転席に座りながら、戦闘メンバーに帰投準備を促す。そうして、彼の運転する車が彼女達を迎え、回収を済ませた。
「運転よろしくお願いしますね、先生」
「了解です。出発しますので皆様はシートベルトお願いします」
「…………いつもはアヤネちゃんが運転してたから、違う人の運転はちょっと新鮮かも」
黒見セリカが、ほぞっと呟く。
このアビドスにおいて車両の類の運転の担当は全て奥空アヤネが担当していた。しかし、今回は加賀美ハヤトが居るという事もあり、彼女は後方でのオペレートに専念。現場指揮と車両運転は、先生に委ねられてた。
「先生〜運転の心地はどう?」
「良好です。おそらく、マメにメンテナンスが施されているのでしょう。車両整備担当の奥空さんの誠実で、真面目な人柄を感じます」
この砂の溢れる地にて、車両が機能不全を起こすこともなく動いているのは、彼女の定期的な点検と整備によるものであった。
彼女のお陰で、自分たちは今車両で移動する事が出来ている。その事実を運転手である加賀美先生は強く実感し、奥空アヤネの努力と人柄を称賛した。
賢くマジメな頑張り屋である仲間を褒められた対策委員会の面々は、彼の言葉に悪い気がしなかった。
「そう!アヤネは本当に頑張ってるんだから」
「アヤネちゃんはしっかり者ですからね☆」
「そうだねぇ。でもそんなに車の運転が快適なら、運転席の座り心地も良さそうだ。………おじさんもアヤネちゃんが座るシートを一度味わってみたかったな〜」
にへぇ〜、と笑うホシノ。
「先輩、それセクハラですよ?」
「ん、セクハラ」
運転席から後部座席の会話が聞こえてくる加賀美ハヤト。
普段女子高生が使ってる運転席に居座っているという事実に対し、彼は確かな気まずさを感じていた。
女子高生達で構成された、ゆるくわちゃわちゃした空間。そこで発された、女子の間だから許されるガールズトークでの冗談……或いは軽いセクハラが、まさかの成人男性へと突き刺さる。運転席の加賀美ハヤトは、なんともいえぬ居心地の悪さを感じていた。
「スゥー」
その空気に耐えられず、彼は思わず息を呑んでしまう。
恐るべき小鳥遊ホシノ。結果的に、彼女はたった一言で奥空アヤネと先生双方にセクハラを働いていた。
そんな事もありつつ、対策委員会御一行の車はアビドス高校へと無事に帰還。
対策委員会の部室に戻った彼女たちを、部室にてサポートを行っていた奥空アヤネが迎え入れた。
「みなさんお帰りなさい。お疲れ様でした。
………ん?あれ。何かありましたか?」
「ん、先生がアヤネを褒めてた」
「え……?!私を、ですか?」
「そうなんです。奥空さんは真面目で偉いぞーって」
「誠実で素晴らしい人物って実際に言ってたわ!」
「天才だ……って慄いてた」
「奥空アヤネは間違いなく女神様だ……って、崇めてました☆」
「よっキヴォトス
「世界最強」
「え、えぇ〜!?」
「皆様、変な方向へと話を盛らない下さい……!」
彼は流石にそこまでは言ってない。
だが、彼女を褒めた事は事実である。
彼は軽く咳払いをする。
「………こほん。今回、迅速に前哨基地へと強襲を掛けられたのは、奥空さんがこまめに整備していた車のお陰です。それに、今回の
車の運転が出来たのは、彼女が動ける車を維持していたから。
戦闘指示がスムーズに動かせたのは、後方支援の彼女が戦場をサポートしていたから。
そして、加賀美ハヤト先生がこのアビドスに来たのは、彼女がS.C.H.A.L.Eへと助けを求めたからだ。
カタカタヘルメット団によって、ジリ貧まで追い詰められたアビドス高等学校。
一見すれば、アビドスは加賀美ハヤトという最高の鬼札の力を振り翳し、窮地を乗り越えたとも言えるだろう。
全てはS.C.H.A.L.Eの「先生」の力によって為された、とも。
しかし、それは違う。確かに、「先生」が窮地を打開する切り札であるのは確かだ。それでも、そのカードを
真面目な頑張り屋さんである彼女の努力によって、アビドス高等学校は危機を脱したのである。
そんな彼女の尽力を。
彼女の「この学校を守りたい」という想いを。
加賀美ハヤトは称賛に値するものだと考えていた。
「な、なるほど。……ありがとうございます。こんな私でも、みんなの一助となれているなら嬉しいです」
アヤネは少し照れながら、笑った。
普段、前線で戦闘に臨むことなく、彼女は裏方で地道な努力を積み重ね続けていた。その決して派手ではない努力が、仲間であるアビドスの面々だけではなく、外部の大人にも認められたのだ。その事実に、彼女はどこか報われた気持ちになっていた。
……さて。これで現在直面していた、武装勢力の危機は去った。しかし、アビドスが面している問題というのは、この程度の規模のものではない。
「やっとカタカタヘルメット団の件が片付きましたし。これで一息つけそうです」
「そうだね。これでやっと、重要な問題に集中できる」
「うん!先生のおかげだね。これで心置きなく全力で借金返済に取り掛かれるわ!ありがとう、先生!この恩は一生忘れないから!」
セリカからいきなり飛び出した、借金返済というフレーズ。
予めアビドスの状況を予習していた加賀美ハヤトは、それが何なのかを理解できた。
「……すみません。その借金というのは、アビドス高等学校が背負ってる9億の借金の事で合ってますか?」
「あら……?」
「……!」
「先生、借金の事ご存知だったのですか?」
「はい。此方に向かう前に、アビドスの現状については、一通り調べさせて頂きまして」
アビドス自治区でかつて起きた砂嵐による、大規模な砂漠化。そしてその砂漠化費用のための借金は膨れ上がり、現在は生徒の流出により現在は廃校寸前になっている───
「という、認識で合ってますか?」
「うん。おおむね合ってるよ〜」
彼は自身の持つ知識を、対策委員会の面々へと確認を行う。その結果、S.C.H.A.L.Eのデータの内容は現地での状況ときちんと合致していた。
「先生のおかげで、ヘルメット団っていう厄介な問題が解決した。だから、これから借金返済に全力投球してくってわけ」
「なるほど」
「でも、先生がこの委員会の顧問になってくれるとしても、借金のことは気にしなくていいからねぇ〜」
「……そうそう!これは私たちの問題なんだから!」
彼女達の言い分は、もっともであった。
そもそも、アビドス廃校対策委員会が手紙にてS.C.H.A.L.Eへと依頼したのは、「暴力組織への対処」への助力だ。
借金返済は、彼女達の頼みに含まれていない。そして、彼へ依頼した仕事は既に完遂している。
「確かに、手紙での依頼内容はここまでですね」
しかし、この男にはそんな事関係ない。
「では、此処からは
加賀美ハヤトは元より前準備の段階から、暴力組織問題が解決した後、アビドスの借金問題に取り組ませてもらう気でいた。
そのために、ヘリを持ち出して弾薬だけでなく様々なモノを持ち出していたのだが………結局のところ、それらは既にこの世界に存在しない。酷い事もあったものだ。
「!そ、それって...……いいんですか、先生?!」
キヴォトスの勢力図における特異点。あの連邦生徒会長によって付与された権限のもとに、あらゆる規約や法律による規制や罰則から超越した超法規的機関S.C.H.A.L.E。それが、真の意味で自分たちの力となる。
アビドス高校の頭脳であるが故に、彼の言葉の意味を理解したアヤネは自身の驚愕を隠せなかった。
「へえ……先生も変わり者だね〜。こんな面倒なことに自分から首を突っ込もうなんて」
その
「変わり者である事は自覚しています。ですが、現状を知った上でここまで関わってしまったのです。そうなってしまえば、最後まで付き合うというのが筋でしょう」
しかし、彼に腹の探り合いをする必要はないい。彼女に対し、加賀美ハヤトは本心から真っ直ぐな言葉を口にした。
彼に裏も表もない。
彼はただ、ひたすら面倒見の良い男なだけである。
「良かった…S.C.H.A.L.Eが力になってくれるなんて。これで私たちも、希望を持っていいんですよね?」
S.C.H.A.L.Eの「先生」の助力。
それは、アビドスに差し込まれた一筋の光明であった。
しかし。
「……ちょっと待って!先生の助けなんて、いらないわ!」
黒見セリカ。
彼女は、加賀美ハヤトの助けを拒絶した。
「……この学校の問題は、ずっと私たちだけでどうにかしてきたじゃん。それに、この問題に大人たちは誰も気に留めなかった!見向きもしなかった!大人は、何もしてくれなかった!」
彼女は加賀美ハヤトを睨め付ける。
「それなのに、今更?!………そんな大人が今更首を突っ込まれるなんて……私はイヤだ!そんなの、認めないから!」
セリカはそう言い捨てて、部室を飛び出して行った。
「セリカちゃん⁉︎」
「私、様子を見てきます」
先輩であるノノミが部室の扉を開け、出て行ったセリカを追いかけていく。
「黒見さん………」
加賀美ハヤトは、彼女の言葉を反芻する。
"大人は何もしてくれなかった"
彼女の言葉には、確かな"怒り"が込められていた。
アビドスが荒廃してから、多くの者がこの地を捨てていった。そんな人々の中には、アビドスの生徒だけではなく、高校の自治区に住んでいた大人も居た筈だ。
だが、大人である彼らに、アビドス復興に邁進するような人物は居なかった。
主体として共に問題へ取り組むどころかか、外様として"助けてくれる事"もなかった。
だからこそ、対策委員会の面々は自分たちだけで、この問題に対処しなければならなかったのだ。
そんな所に、いきなり知らない大人がしゃしゃり出てくるとなれば、「今更なんで来たんだ……!」と反感を持つのは当然の事だろう。
「
S.C.H.A.L.Eの「先生」として、どのように自身は彼女の"怒り"を受け止め、仲間として認めてもらうのか。
部室にて彼は頭を抱えた。