連邦捜査部S.C.H.A.L.E所属顧問・加賀美ハヤト 作:「浦和さん、法廷で会いましょう」
セリカが激昂し、対策委員会の部室を出て行ってしまってからその翌日の朝。
加賀美ハヤトは、アビドス自治区にあるとある一室にて、目を醒ました。
そこは、対策委員会が預かりとなっていた空き物件である。その空部屋は現在、加賀美ハヤトのアビドスでの活動拠点となっていた。
久しぶりの主を得た部屋の中にて、彼は起床後の身支度を済ませる。準備が万端になった彼は彼は玄関の扉のノブに手を掛け。
「行ってきます」
一晩使わせてもらった寝ぐらに対し感謝の念として挨拶をした。勿論、その挨拶に対する返答はない。しかし、それでもこの部屋には、「砂風から一晩、自分を守ってくれた」という"恩"がある。
先日、夜のアビドスの風に苦しんだ苦い経験も相まって、彼はその"恩"に少しでも報いたいと思ったのだ。なんとも律儀な男である。
そうして彼はアビドス高等学校へと歩みを進めた。
そうして学校へ向かっていると、アビドスの住宅街で、知ってる顔に出会った。
「ぐぅ…………」
黒髪に、獣の耳。赤い瞳。
唸り声を上げ、気まずそうに此方を見ているのは、黒見セリカであった。
「おはようございます、黒見さん」
今度はちゃんと人に向け、加賀美は挨拶をする。セリカに向けて出す声音の調子を、加賀美はかなり気を遣っていた。
なれなれし過ぎず、且つ冷たい印象を与えないような、和やかさと怜悧さを半々で割ったような。そういう風な挨拶である。
そこには、自分に対し大きな警戒心を抱く彼女に対して、適切な距離感を保ちながら、コミュニケーションを取ろうとする努力があった。
だが、声音一つで反発心が解けるなんてことはあり得ない。
「な、何が"おはよう"よ!なれなれしくしないでくれる?」
そう言って彼女は眼光を強くする。
彼女の様子は昨日のままだ。
(ぬぅ……!)
諦めるなッ!加賀美!
「……私、まだ先生のこと認めてないから。まったく、朝っぱらからのんびりうろついちゃって。なんのつもり?」
「
「はぁ?違うけど」
「………?!今日は平日でしたよね。アビドスは登校日ではないのですか?」
平日の朝に学生が学校の制服を着て外出している。なら、登校しかあり得まいと"はい"以外選択肢のない質問をしたつもりの加賀美。
しかし、その返答はまさかの"いいえ"であった。
「あのねぇ……今日は自由登校日なの!分かる?学校に行かなくてもいいんだけど」
「登校自由日……!そうだったのですね」
確かに、生徒が5名しか居らず、教師0人のアビドス高校が通常の学校のように運営されているワケがない。日本の普通高校とは勝手が違うのは当たり前か。
「教えて下さりありがとうございます、黒見さん」
一つ、アビドスでのルールを教えてくれたセリカに加賀美ハヤトは軽く会釈をしながら素直に礼を言った。
「べ、別に感謝される言われわないわよ」
実直に、正面から感謝を伝えてくる加賀美ハヤト。
あまりにも真っ直ぐに自分へ接してくるので、なんだかセリカは彼に反発し続けてるがちょっとやり辛いかった。
無駄に馴れ馴れしかったり、変態みたいな事をしていた方が、まだツンケンしているのは簡単であったろうに。
「……と、に、か、く!私には用事があるから!アンタとは違って学校には行かない!!
せいぜい、一人で寂しく学校に行くことね!」
自分が彼に当たりを強くしている事に小さな罪悪感を感じ、彼女はそう吐き捨てて、セリカは背中を向けて走り去ろうとする。
「分かりました、黒見さん。どうかお気をつけて」
加賀美に背を向け走る中、セリカはつい後ろをチラッと見る。彼は此方へと手を挙げて見送っていた。
(ほん……っと、ウザい)
彼女は、モヤモヤとした感情を抱えていた。
しかし、何に対してモヤモヤしているのだろうか。
知らない大人という異物が、いきなり自分たちの居場所に出しゃばってきたきたことか。
自分へと真摯に向かい合おうとベストを尽くす大人に対し、まるで、ガキのように喚いて拒絶している自分の有り様なのか。
彼女自身ですら、それがわからなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇ ◆◇◆◇◆◇◆◇
アビドス高等学校の一年生、黒見セリカ。
彼女は自由登校日の際、殆ど学校に居ることはない。では、その日に彼女は何をしているのだろうか?
バイトである。
彼女は借金漬けのアビドスの借金返済のため、多種多様なアルバイトをこなしていた。
いつもツンケンした様子で、自分の所属するアビドス高校に対しても「潰れてしまえ!」などと口走ったりもする彼女であるが、その本質は、分かり易いほどのツンデレ娘なのだ。
彼女は自分たちの居場所であるアビドス高等学校を深く愛している。だからこそ、彼女に学校存続のためには、努力を惜しまない。
好きなものに一直線。だけど、自分の好きに対し、素直になれないのが玉に瑕。
それが、黒見セリカという少女である。
そんな彼女が朝、学校に登校しないにも関わらず外出していたのは、バイトへと向かうためであった。ちなみに、そのバイト先は、アビドス地区の"近隣"に店を構える柴崎ラーメンというラーメン屋だ。
加賀美ハヤトとばったり出会った後、その日の一日を彼女はラーメン屋での労働に勤しんでいた。
そして、その翌日の昼にも彼女はシフトを入れており、2日連続での柴崎ラーメンへと出勤を果たしていた。
どうやら次の日では、誰かさんとバッタリ会うようなハプニングもなく、無事にバイト先へ到着する事が出来たようだ。
彼女は少しほっとして、店の戸の取手を掴む。
「大将、おつかれ様です!」
そう言って戸を開き、店長へと挨拶をしたその瞬間。
「えっ」
「……な」
そこには、黒のジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖を折って麺を啜っている加賀美ハヤトが居た。
「………黒見さんッ?!」
「はぁっ!?先生?!
なんでアンタが此処に……?」
加賀美ハヤトが何故、ラーメン屋に居るのか。その理由は至ってシンプル。彼自身が、かなりのラーメン愛好家であるためである。
遠方などに出かける際、彼は必ず地元での名店へと足を運ぶというルーティンがあった。
その習慣はキヴォトスへと至った今でも変わらない。
このアビドスには、どんな素晴らしいラーメンは存在しているのだろうか。そう思い、対策委員会の部室にて、現地民の少女たちへと質問してみると。
「ん、柴関ラーメンがおすすめだよ」
柴関ラーメンという名前が挙げられた。
どうやら、アビドスにて名のあるラーメン屋であるらしい。教えてくれた彼女らに感謝をし、早速その翌日に来店したのである。
「いらっしゃーい!今はカウンター空いてるよ」
店内へと入った彼は、厨房の前のカウンターへと着席。卓上のメニュー表を手に取り、注文する内容を吟味する。
……といっても、注文をするモノは殆ど決まっている。砂狼シロコが教えてくれた、店名の名を冠した柴関ラーメン名物。"柴崎ラーメン"である。
「にしても………定価580円とは。これはトンデモないぞ」
メニュー表に載った写真を見て、彼は慄いた。この
……なんと学生に優しいのだろう。
食べ盛り全盛期であった、学生時代を馳せる。
もし、自分が大人の「先生」ではなく、アビドスの高校の生徒であったのならば。確実に自分は、この店を"ホーム"として認識していたに違いない。
そう、彼は確信していた。
というワケで、「柴関ラーメン」を大盛り、味玉とチャーシュー付きで注文する。大将は注文を承ったところ、一つ彼へと質問をしてきた。
「お客さん、見ない顔だね。遠くから来たのかい?」
「えぇ。D.U.の方からお仕事で参りまして」
「へぇ。連邦生徒会のお膝元からかぁ。……もしかしてお客さん、教員さんだったり?」
「おぉ、御名答です。大将、よくわかりましたね」
「いや、ただの当てずっぽうだよ。今日の朝の占い運いで一位だったからかな。どうやら運が良いみたいだ」
加賀美ハヤトと店長の柴大将。
初対面の二人であったが、波長の合った二人はすぐに意気投合していた。
数々の一品を味わってきた舌。そして、店主のこだわりを見逃さないその観察眼。さらに、実際にゼロから本格的にラーメンを作り上げ、専門家やSUSU■Uに絶賛された経験と腕を持つ加賀美ハヤトは、柴大将のこだわりを見抜いていた。
「これ、すごくないですか……?!」
"学園"都市における、学生のためのラーメン。それはまさに、
麺を啜る度に、彼は柴大将が麺へと込めた情熱と魂を確と感じていた。
その麺は、その店の看板を担うに相応しい完成度を持っている事を、加賀美ハヤトは認めざるおえない。
柴大将の凝らした技巧を褒めちぎる加賀美ハヤト。そんな彼に対し、柴大将は常連の客………というよりはむしろ同じ厨房に立つ戦友のような、そんな奇妙な友情を感じていた。
自分のこだわりポイントを完璧に見抜いた上で、バチクソに褒めてるくれるのだ。
普段味わう事のない脳回路が刺激され、柴大将はかなり気分が上がっている。
そんなラーメンについての語りで二人の舌は周りに周り、いつしか互いの身の上についての話をしていた。
「なるほど……それで、アビドスに」
「ええ。そして、このお店に来たのは、アビドス高校の生徒の方々に強く勧められたからなんです。"この店は外せない!"って、皆様めちゃくちゃ力を込めて説明してくれてて。そこまでの熱量を引き出すお店だと………?気になる……!と思い、暖簾を潜らせていただいたのです」
「ははっそうか。アビドスの子たちが」
加賀美ハヤトの話を聞いて、柴大将はこの店で唯一雇っているバイトの少女を想起する。
彼女もまた、アビドス高等学校の生徒だったはずだ。
しかし、彼女の様子を見るに、学校の仲間たちにはこの店で働いている事を伝えていないようだ。おそらく、この事は知られたくないのだろう。……となると、アビドスに招かれた先生にも、この事は言わない方が吉か。
そう判断した大将は、黒見セリカに配慮し、柴関ラーメンでバイトしている事を、加賀美には伝えないことにした。
………したのだが。
「あちゃー」
大将の視界に収まるのは、驚愕する成人男性と猫耳の少女。そうだった。彼女のシフトは午後からだった。
……完全に忘れてた。どうやら大将は、加賀美の絶賛によって少々気が動転してしまっていたらしい。