オレたちにEARTHは無い   作:ホネホネ

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三人いた

 

「三人いたんだ」

 

メヒコシティにある祭壇の頂上にて、デイビットは己のサーヴァントであるテスカトリポカへそう語った。

メヒコシティは夜を迎えており、その時のデイビットは今自分があの日の出来事を話しているという事象は今日という日の記録に値しないとすでに判断している。

 

「『天使の遺物』が光を放った時、あの部屋には三人いたんだよ。少年と、父親と、姉だ。彼と彼女は一卵性の双子だったが、少年は彼女を姉と認識していた。通常一卵性双生児において性別が異なるということはあり得ないが、ごく低確率であり得なくはない。そして彼らにおいてはそれがあり得た」

 

コートを風に靡かせるデイビットの言葉をテスカトリポカは遮らなかった。彼が語ると判断したということは、そうすることに意味があるということなのだととうに理解しているからだ。

テスカトリポカが理解しているということを理解したうえでデイビットは変わらない声色で続ける。

 

「父親から時計塔を案内された少年は父の仕事と魔術の世界に強く関心を抱いた。対して少女はそうではなかった。初めて踏み入れた魔境に恐怖を抱いたのだろう、身を小さくしてほとんど少年の背後に隠れるようにしていた。その果てに三人は『天使の遺物』のある部屋へ足を踏み入れる。そして部屋に置かれた『天使の遺物』を目に映した瞬間、彼女は所持していた銃で自害した」

「…………あん?」

 

唐突に展開した話に、テスカトリポカは祭壇の頂上から散漫に眺めていた街の景色からデイビットへ素早く視線を移した。テスカトリポカが他所を見ていた間もデイビットは彼を見つめていたのだろう、神が人へ視線を向ければぴたりと合う視線。見つめるデイビットの深いアメジストのような瞳には何の揺らぎもなかった。

 

「どういうことだそりゃあ」

「ああ、彼女は護身用に父親から銃を渡されていたんだ。彼女は精神的に成熟しているところがあったからな、何があっても適切に銃を扱えるという信頼を父親から得ていたのだろう」

「いや違う、オレが聞きたいのは『なぜ銃を持っていたか』じゃない。『なぜ自害したのか』だ。適切にも扱えてねえだろう」

「いや、そんなことはない。彼女はその時にできる最善を選んでいた」

 

疑問を抱いた表情を見せるテスカトリポカをデイビットを見つめる。言葉の通りだった。あの時、まだ十歳だったあの少女はその時の自分にできる最善を選択していた。何故彼女がそのカラクリを知っていたのかについて、デイビットは今もなお答えを得ていない。けれど、「何故そうしたのか(Why done it)」だけにはとうに辿り着いていた。

 

「おまえには以前、端的に伝えていたな、『天使の遺物』によって生まれたオレという存在について」

「ああ、兄弟、その光をもってオマエという存在は確立したのだ、と」

「そしてその『天使の遺物』の発動条件は『その日半径20km以内で死亡者がいないこと』だ。これはオレも時計塔に所属してようやく解明したことだが」

「……何故オマエの姉が条件を知っていたのかは知らないが、とかく発動させないために条件を破ろうとしたということか。だが、それではオマエの話と矛盾する。オマエは遺物の光に灼かれたんだろう?」

「その通りだ。結果的に彼女は間に合わなかった。本当に条件を破るのなら、部屋に入る前に死ぬべきだったんだ。彼女が死に切る前に『天使の遺物』は発動し、三人は灼かれた」

 

そして残されたのは父親の影と、少年の影と、少女の死体。

その光によってデイビットの元となった少年は完全に分解され、そして肉体と精神と魂は元の通りに再構築された。

しかし、ここで微かなバグが発生する。

 

世界の認識において一卵性双生児は同一人物と扱われる事がある。人間社会の話ではない。魔術的な話ではない。この世界がどう捉えるか、瓶に貼り付けたラベルの話である。

少年と少女は異なる人物である。外宇宙は確かにそのように認識した。しかしこの外宇宙が絡まる例外処理の最中において、その異常性と微かなバグによって死者の処理を行う地球世界は少年と少女を同一存在として誤認識した。

なぜならそこに矛盾はなかったからだ。同じ一つの影として消え失せて、少年の姿で再構築されたその人物を前に、かつて存在していた双子が同一存在であっても世界にはなんら影響を及ぼさないからだ。

 

そうしてその矛盾を等号しながらデイビット・ゼム・ヴォイドは構築された。

 

「それがどうした、デイビット」

 

テスカトリポカは話の内容自体にはさしたる関心も抱かずにそう口にした。彼からしてみれば本当にどうだっていい。どのような過去や経緯があって今のデイビットが在るのかなんてテスカトリポカにはどうだっていい。

彼が関心を抱くのは今のデイビットであり、これから先の未来のデイビットだ。

 

しかし、同時にこれまでの付き合いからデイビットが不要なことをわざわざするような性質ではないということも知っていた。そんな無駄なことをできる男ではない。……では、何故?

 

そんなテスカトリポカの疑問さえ予測済みだったのだろう、デイビットは彼にしては珍しく表情を少しばかり緩めると色の薄い唇を開いた。

 

「おまえがルーラーで召喚されるせいで対話が必要になった」

「なんだ?文句か?」

「いや不満は抱いていない。相互理解の必要性が生まれたがそれを労力と思うほど面倒を嫌悪していない。必要なことだと理解しているし、これもそのための会話のつもりだ」

「へえ、それで?」

「そろそろ紹介してもいいと思ったんだよ」

「あ?」

 

何の話だとテスカトリポカが疑問を抱く、その直前だった。

全能神たるテスカトリポカでありながら、彼はその時になってようやくその存在を認識する。

 

無意識に、反射的に、テスカトリポカは自身のすぐ隣へ視線を向けた。そして、視線が合った(・・・・・・)

 

「どうかしてるわよ、あなた。友達は選びなさい。虫だって自らの意思で止まる花を選ぶのだから」

 

そこに、それはいた。

深い彫りのある顔立ちは整っており、こちらを見上げる大きな瞳にはデイビットによく似たアメジストがある。柔らかな金色の髪は肩甲骨のあたりまで伸び、祭壇に吹き抜ける風に優しく揺らされている。纏うベージュのワンピースにはブラウンの水玉模様が規則的に描かれ、その上から羽織っているのはショート丈の黒い革ジャケット。

 

そんな容姿の、テスカトリポカの腰ほどの身長しかない10歳ほどの少女がそこにいた。

 

その事実にテスカトリポカは目を丸くする。

魔術の痕跡はない。たしかにそこにその少女は存在している。

しかし、テスカトリポカは今まで彼女が隣にいることに一切気が付かなかった。

今、ほとんど無意識に(そしてその無意識はデイビットの視線に誘導されたものである)隣を見て、ようやくその存在に気がついたのだ。

全能神であるテスカトリポカが、である。

 

「ふっ、ははは!マジか!おいおいどういう手品だよ、デイビット」

 

神の目を掻い潜って突如現れた少女に、テスカトリポカは笑いながらデイビットへ問う。だが、その問いかけには答えずに彼は言った。

 

「紹介しよう。テスカトリポカ、姉さんだ」

「……姉貴にしちゃあ小さくねえか?」

 

どう見ても10歳ほどの少女である。

いやしかし言われて見れば、姉と言うだけあってデイビットに非常によく似ている。

すでに成人しているデイビットを10歳ほどまで若返らせて、髪を伸ばしたのならこの容姿になりそうな顔立ち。それはまるで双子のように。

……双子?先程聞いたばかりのワードだ。それだけで察するものがあった。

思わず黙り込むテスカトリポカを気にすること無く、デイビットは少女に向けて口を開いた。

 

「姉さん、テスカトリポカだ」

「お前、犠牲者を増やすのはやめなさい」

「テスカトリポカはオレが喚んだサーヴァントだ」

「お前のその発言にどれだけの意味があるの?」

「なんだ、仲悪いのか?」

「良好だ」

「最悪なことにね」

 

その姉弟は揃いの紫の瞳でテスカトリポカを見つめながらそう言った。

 

 

 

「おい、オマエら、横に並べ、そこだ。ああ、デイビットはしゃがめ」

 

テスカトリポカは指示をするように手を振って二人を並ばせる。そしてデイビットをしゃがませて、二人の顔を近づけさせる。

腰に手を当てて立つ少女と、言われるがまましゃがみ込む青年。

揃いの髪色、揃いの瞳、揃いの顔立ち。

顔を寄せ合わせれば、どこまでも続く鏡合わせのようだ。

 

「ふはっ、ははは!なるほど、確かに双子だな。なんだ、デイビットには死んだ姉貴の幽霊が憑いているとでもいうわけか?」

「どうとでも捉えて。幽霊でも幻覚でも同じことよ。でもあなたは可哀想ね、見えなくてもいいものが見えるようになってしまった、なんて」

 

事実、テスカトリポカはほんの少し前まで姉と称される少女が見えなかった。けれど、今は完全に見えている。知らなければそれを幻覚だと疑うことが難しいほど鮮明に。恐らく何かの条件をクリアしたからだろう。

それを理解して端的に問いかければ、すぐに答えが返ってくる。

 

「条件は?」

「この子が許可すること。まあ、言ってしまえば精神汚染の類よ、お可哀想に」

 

しゃがんだままのデイビットの肩に寄り掛かりながら少女はつまらなそうにそう口にした。「この子」と言いながら彼女が指さす先にはデイビットの蟀谷。小さな指は穴を開けようとするかの如く、彼の蟀谷に強く突き立てられている。

体重を掛けられ、蟀谷に爪を立てられ、されるがままのデイビットは、しかしさしたる不満もなさそうに無抵抗だ。

そんな二人を眺めながら、テスカトリポカは頷く。

 

「なるほどな、オマエらはそういう在り方なわけだ。媒体はデイビットだな」

「ええ、その通り。今あなたの目に映る私に実在は無い。そんなものはとっくの昔に脳髄と共に撃ち抜いたの」

 

少女は世界が二人を等号と見なした結果に残った塵。それでいて宇宙が不等号と見なした結果に分かたれた自我。

あの日光に灼かれた少年が再構築される時に紛れ込んだ等号故の塵が、不等号故に異なる形を表しているだけ。

彼女が幽霊なのか、幻覚なのか、別人格なのか、世界が生み出したのか、デイビットが生み出したのか、判別する手段は無く、意味も無かった。それ故に、二人は現在の自分たちを当然に受容し、肯定する。

テスカトリポカは黙ったまま二人の会話を聞いているデイビットへ視線を向けると言葉を紡いだ。

 

「それで?どういう心境の変化だ、デイビット。オマエの姉貴をオレに紹介するなんてな。確かにオマエの姉貴は……顔は良いが身体がな、5人目の妻にするにはいろいろと足りん」

「安心しろ、姉さんをおまえの妻にさせる気はない。もしも娶る気ならこちらも強硬手段を取らせてもらう。……が、オレにトラロック神を紹介した時のおまえにはそういう意図があったのか?」

「ハチドリ?……あー、いや、そんな気はないな」

「だろう、オレもだ。おまえは妹を紹介した。だからオレも姉さんを紹介した。それだけだよ」

 

つまるところただの家族紹介か、と思ってからテスカトリポカは視線を逸らして自身の頭を掻く。

テスカトリポカがテノチティトランを召喚し、マスターである彼に見せたのは新しい武器や玩具を見せる程度の意味でしかなかったが、デイビットのそれはある種のコミュニケーションの意図さえあったのだろう。とはいえ、彼のそれはここにある齟齬さえ理解したうえでの行動だろうが。

 

「……お前たちの情操教育に私たちを使わないでくれる?あの女神にも同情するわ」

「気が合うかは知らんが、今度会わせてやろうか」

「不要よ、あの神様が弟に許可されるとは思えないし」

「だとよ。許可しろ、デイビット」

「考えてはおく」

「不許可を決定することも考えるとは言えるものね」

「デイビット」

「考えてはおくと言った」

 

変なところで頑固なところのあるデイビットだ、この様子ではトラロックとこの少女が出会い、会話をすることはないのだろう。

テスカトリポカはニヒルに口角を上げながら、興味深そうに少女を眺めた。しかし少女そのものに対してさしたる関心はない。あるのは、コレはオレの戦士にとってどのような価値があり、どのような影響を及ぼすのだろう、ということだけ。

不躾な視線を煩わしく感じながら少女はつまらなそうに唇を開いた。

 

「言っておくけど、私はお前たちの戦争に加担しないから。そんなものお前たちで勝手にやってなさい。私は平等に誰にも関与しないわ」

「そうか、立場としてはテスカトリポカに近いのか」

「は?どういう意味?そのサーヴァントはお前だけの味方でしょう?」

「いや、オレはどの陣営に対しても平等だぜ。デイビットのやり方が面白そうだからこっちについてるが、場合によってはカルデアにも力を貸すし、自分の神官といえど面白そうなほうに全然寝返るぞ」

「だろうな」

 

当然のように頷くデイビットに、少女は信じられないものを見た顔をする。二人を見つめたまま、唖然とした表情で唇を震わせた。

 

「はあ!?お前、またろくでもないものを……!ちょっと、こんなサーヴァントは早めに始末しておきなさい!自害!自害よ!いつ破裂するかわからない爆弾を背負ったまま戦うつもり!?」

「だが、テスカトリポカを失ったらオレにカルデアと戦う手段は無くなる」

「おう、安心しろ、姉貴。今はデイビットに全ベットだ」

「それは今だけで明日はどうなってるかわからないってことでしょ!何を安心しろと!?」

「明日がどうなっているかわからないなんて当たり前のことだろう、姉さん」

「今そういう慣用的な話はしてないのよ!っ、お前は……!どうしていつもそうババばかりを引くの……ッ!」

 

危機感があるとは思えないデイビットの発言に少女は肩を怒らせながら声を荒げる。そんな彼女に男二人は、何をそんなに暴れているのかとばかりに小首を傾げて見つめた。彼女にはそんな態度さえ腹立たしい。

何も話したくないような、めちゃくちゃに喚きたいような、そんな気持ちのまま拳を握る少女を見下ろしてテスカトリポカは笑う。

 

「なんだ、関与しないと言う割にどこまでもデイビットの味方じゃないか」

 

テスカトリポカは目の前の二人へ一歩近づくと、肩を怒らせる姉と、しゃがみ込んだままの弟の頭に手をそれぞれ置いてクシャクシャと乱雑に頭を撫でた。

テスカトリポカの行動の意味がわからないとばかりに無抵抗なデイビットに対して、姉である少女はすぐに頭と手をバタバタと振って嫌がった。そして後ろに下がってテスカトリポカから離れると乱れた髪のままキッと彼を見上げて睨みつける。

 

「味方をするなんて当然のこと言わないでくれる?テスカトリポカ、あなただってあなたの中の四つの人格が殺し合いをすることなんて無いでしょう?」

「いやあるが」

「え?……ええ!?な、なんでよ!?同じ人間から生まれた人格でしょ!?」

「古来より多重人格は殺し合うのが王道だろうよ」

「殺し合わなくても他の人格が精神死して最後に一人の人格だけ残るというのがよくあるパターンだな」

「お前まで嫌なことを言わないでくれる!?お前が死ぬまで私は絶対死なないんだからね!」

 

ショックを受けた顔でそう口にする少女に、隣でしゃがんだままのデイビットは微かに表情を緩めた。それは正面にいたテスカトリポカには笑っているように見えたし、そうでなくても安堵にほど近い感情であるようには見えた。

 

テスカトリポカにとっては争いこそが秩序であり、彼は戦いに挑む戦士をこそ尊ぶ。

しかし永久に戦い続けられる戦士などいない。生きている間には食事も睡眠もあらゆる休息が必要だ。そして時に守るべきものがある者が、帰るべき場所がある者がそれ故の強さを発揮することがある。

例えデイビットがその守るべきもの諸共この惑星を破壊しようとしていたとしても、その帰るべき場所と共に心中の道を選んでいようとも、それがあるからこそ最期の時まで戦士として戦い続けられるというのならば、テスカトリポカはそれを良しとする。

 

「……ふっ。なに、オレも妻を持つ身だ。(それ)くらいわかる」

「何コイツ、急に勝手にわかったような顔してくるのが腹立たしいわね……」

「デイビット、これがアレか、おもしれー女ってやつか」

「フラグというやつだな、テスカトリポカ」

 

ケラケラと笑うテスカトリポカに、デイビットはシームレスな動きで銃を向けた。それまでと変わらない真顔のまま、テスカトリポカの額に照準を当てて口を開く。

 

「この距離だ、オレはおまえと違って外さない。驚く必要はない、見ての通りオレはシスター・コンプレックスだ。フラグを折るためならおまえを撃つことも躊躇わない」

「なるほど、そう来たか。やはりお前は根っからの戦士だな!デイビット!」

「よくわからないけどやはり始末することを決めたのね弟。ええ、存分にやるべきだわ、姉はお前を心から応援します」

「ありがとう、姉さん」

「よくわかってねえ時点でやっぱりオマエらは別人だよ」

 

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