オレたちにEARTHは無い   作:ホネホネ

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オレたちに明日は無い

 

ORTの棺にはあと数刻もすれば到着するだろう。

冥界行の果て、チコナワロヤンの最深を目指すデイビットは神殿の奥深くへ降りていく。

 

「テスカトリポカとイスカリは大穴まで辿り着いただろう」

「そう、それじゃあまもなくお前の目的は達成されるのね」

「…………どうだろうな」

「なに?懸念でもあるの?」

 

戦闘跡の残る瓦礫に満ちた地下神殿を進むデイビットの数歩前を姉である少女は軽やかな足取りで進んでいく。デイビットの過酷な冥界行の供でありながら、その小さな身体に疲労や怪我は無い。重力など関係ないかのようにデイビットの先をゆく。

 

デイビットの発言にくるりと振り返った彼女は彼を見つめて小首を傾げる。

疑問を浮かべる紫の瞳に、デイビットは一度足場を確認してから唇を開いた。

 

「これはオレの所感だが……イスカリはORTとの融合を拒むだろう」

「何故?今さら命が惜しくなったの?」

「いや、彼はアステカの戦士だ。生き永らえることは生贄となる名誉に届かない」

「じゃあ、なんで?」

「アステカ神話において滅亡は再生と共にある。だが、今回の滅亡は真の意味で最後の滅亡だ。再生することのない片道切符の死。だが、イスカリは汎人類史を滅ぼしたいだけで、彼自身の世界すべてを滅ぼしたいわけじゃない。命を捧げることは彼にとっては無意味なんだよ」

「……ほんと今さらね」

「悩み、迷ったんだろう。彼は人類だから」

 

拒んだところで結果は何も変わらない。

彼女はそう思った。一年テスカトリポカが拒否しようが、代わりはある。彼女は弟を見上げた。代わり。代用品。いや、切り札と呼んだほうが聞こえは良いだろうか?どちらにしろ変わらない。彼女にとって、虫の死骸と生贄に違いがないように。

 

「人類……テスカトリポカが作ったアレも人類として認められるってわけなの」

「少なくとも世界は彼を人類だと判定するだろう」

「ふん、神の肺から生まれたなんて、塩基配列がどうなっているかもわからないくせに」

「それは人類の定義ではないから」

 

そう言って彼は微かに口元へ笑みを作る。

彼女は人類を嫌っている。人類だけではなく、人理や世界そのものを嫌っている。彼を受け入れてくれなかったそのすべてを、なにもかもを、ことごとく。

別に愛してほしかったわけじゃない。ただみんなと同じように、世界の端っこにそっと座らせてあげたかった。ただそれだけ。輪の中に(はい)れていたのなら彼女の役目はとっくに終わっていたのに。

 

それが叶わなかった彼女に、愛せるものなど片手で数えるほどしかない。

父親と、   と、   と、デイビット。

親指から順に折って、最後に残った小指。閉まりの悪いその最後の一つに、彼を入れてやればいいのに。そう思うのは弟の余計な世話だろうか。

 

「ええ、本当に余計な世話よ、お前」

「……何も言ってない」

「言わなくてもわかるわ」

 

不機嫌そうに睨みつけられる。

けれど、決して変なことは考えていないと思う。

肉体を再構築されて生まれたデイビットが見つけた時から彼女はデイビットにしか見えなくて、デイビット以外と話をすることも認識されることもなかった。長年2人だけで完結していた小さな世界にやってきた破天荒な異邦人。

それはデイビットにとって30時間にも満たない時間だったが、彼女にとっては1年近い時間だったはずだ。1年なんて自分にはあまりにも長くて、まるで永遠みたいな時間だ。何も思わなかった、は嘘だろう。

 

「……お前ねえ、余計なことは考えなくていいの」

「いや考えた方が良いし、口に出したほうがいいと思う」

「どうしたの、急に」

 

ほとんど記憶障害による強制的なものではあるが、効率主義の気質のあるデイビットのその発言に彼女はやや困惑したような顔をする。

それを気にすることなく彼は下降を続けながら口を開いた。

 

「たまには姉弟水入らずで腹を割って話すのも良いだろう。どうせオレたちに明日は無い」

 

デイビットがそう口にした途端、彼女は立ち止まり目を丸くする。それから綻ぶように喉を鳴らした。

 

「ふふ、お前がクライドで、私がボニー?」

「……父さんに内緒で見たな。最期は死のバレエ、か」

 

偶然デイビットが口にした発言が古い映画のタイトルをなぞっていたことに気がついて彼女は機嫌よく笑った。

映画は好きだった、姉弟どちらも。あの映画は殺人描写や性描写などインモラルなシーンが多くて、幼かった当時は完全には理解していないが見てはいけないものを見てしまったような高揚感があったことを覚えている。

 

「クライドがかっこよかった」

「『We rob banks』……イカしてたよ」

「あの二人みたいに、お先真っ暗ってのも私たちらしい話ね」

 

クライドとボニーもきっとずっとあんなふうに生き続けてはいられないとわかっていたのだろう。いつか終わりが自分たちを飲み込んでしまうと知っていたはずだ。

それでも進み続けた。道はなくとも彼らが走り抜けた轍こそが道だった。拍手のような銃弾が鳴り止むまで踊り続けた。

 

「エンドロールはいつだってさみしいものだ」

「そうね。まあでも、もし死後の世界なんてものが本当にあるのなら、お前の世話はテスカトリポカが焼いてくれるでしょう」

「……姉さんはどうなるんだろうな」

 

彼女にとっての死後とはなんだろう。

過ぎ去っているようにも思えるし、とこしえに辿り着けないようにも思える。彼女はとっくに死んでいる?そもそも生まれていない?

もしもそうなら、置き去りにしてしまうのではないか。生み出すだけ生み出して、さよならで一方的に手を離してしまうのではないか。ふとそう思うデイビットへ彼女はあっさりと答えた。

 

「決まってるでしょ、私の行き先はフォスターズ・ホームよ。ウィルトと仲良く暮らすわ」

「……姉さんの初恋だったね。…………たまに遊びに行ってもいいか?」

「ええ、是非いらっしゃい、私のマック」

 

壁を伝うように降り続けて、ようやく地に足のつく場所へ辿り着く。

棺まで、あともう少し。二人、並んで歩き出す。

未だにORT起動の気配はない。デイビットの所感は当たったのだろう。残る戦闘跡を見るにカルデアもここまで辿り着いている。死体が落ちているというわけでもないということは敗北したわけでもなさそうだ。生きて、生き延びて、先行したテスカトリポカたちのところまで追いついているかもしれない。

 

「だから手助けなんてしなければよかったのに」

「チチェン・イツァーでの話か」

「ええ、カルデアのマスターにわざわざ物資の提供をして、お喋りにまで付き合ったのよ、お前」

「記録してるよ」

「そんな事しなければカルデアの冥界行は失敗して今頃撤退か死体。お前も楽に目的を達成できたでしょうに」

「だろうな。でも、きっとそうしなければカルデアのマスターは困っていたはずだ」

「ええ、でしょうね。他でもないお前が1年前の経験と調査を経て命懸けで得た知識ですもの。……それで?それをしたところで何になるというの。「ありがとう!君のおかげで助かったよ!」なんて言って欲しかったの?無駄よ、誰もお前に感謝などしないわ」

 

素っ気なくデイビットを責めるような声音が、その実こちらを心配し、理不尽へ怒ってくれているものだと知っている。デイビットはそこに何も思わないけれど、それが優しさだということは知っている。

 

「感謝が欲しいわけじゃない」

「じゃあ、どうして」

「オレがそうしたかっただけだ。……うん、ただの自己満足だよ」

「……お前って本当にバカね」

「利もないのにオレの(じんせい)に付き合う人の弟だからな」

「……今、遠回しに私のこともバカって言った?」

「……その意図は無かったが、今の言い方だとそう聞こえてしまうな」

「バカ」

 

彼女は笑う。もうすぐ終わりを迎えるとは思えないほど愉しそうに。

それを目にしたデイビットはその言葉を口にするかを彼にしては珍しく一瞬だけ逡巡して、それから「オレたちに明日は無い」と思い出して言葉を口にした。

 

「姉さん」

「なに」

「名前を考えたんだ」

「は?なに急に、何の名前よ」

「ああ、姉さんの名前(・・・・・・)だ」

「……はあ?名前?」

「本来オレが考えるものでもないから、NULLにエイリアスをつけるようなものでしかないが」

 

心底意味のわからないものを見る目で彼女は弟を見た。固有名詞など必要ない。名前は無く、身体は無く、鼓動は無く。彼女はそういう存在だからだ。そうであることがある種のアイデンティティでさえある。

 

「要るわけないでしょ、そんなもの」

「ああ、オレもそう思う。そもそも名が在ったとしてオレは呼ばないし、姉さんは要らない」

「でしょう?なぜ不要なものを生み出そうとするの。無駄よ」

 

当然の疑問に彼は小さく笑みを浮かべる。

わかっている。これは無駄だ。不要で、無用で、きっと、無意味。

けれど最期くらい、残った小指を折ってもいいと思ったから。

 

「でも、テスカトリポカが姉さんの名前を呼びたがっていた」

「…………」

「何の意味も無いかもしれないけど、名前を呼んでくれる人がいることは、悪いことじゃなかったよ」

「……そう」

「ああ」

 

デイビットの言葉に彼女はもう一度繰り返して「そう」と呟いた。

今の彼女が何を思い、何を感じるのか、デイビットにはわからない。わからないけれど、それでもいいと思った。それはもしかしたら自分たちが本当の意味で同一存在ではないということの証明なのかもしれないけれど、それは彼が思うよりずっと些細なことのように思うから。

 

「そう、いいんじゃないの」

「そうか」

「ええ、そうよ」

 

最深部へ辿り着く。長く、短い旅路だったと思う。

二人はかつて空想樹だったものの名残、数多の木の根が覆い尽くす足場を歩いて進む。煮えたマグマが地下を照らす。圧倒的な熱を持つマグマの中にあっても朽ちることのない樹木は終わりのない生命機構の存在を感じさせた。

 

遠くから感じる魔力のぶつかり合い。それはすでに始まっていて、さらに言えばもうほとんど終わりと言って良いものになっていた。

 

こちらに背を向けて戦う盾の少女、万能の天才の複製品、祝福の妖精、異星の神、そして人類最後のマスター。

彼らの向こう側、戦士としての黒衣に身を包んだテスカトリポカがデイビットたちの姿を目に映したのと、彼が異星の神の雷霆によってその霊核を砕かれたのはほとんど同時だった。

それを目に映して、彼女は思わず「あ」と声を漏らした。

 

打ち砕かれた彼の魂は最早ORTの生贄には至らない。戦神たるテスカトリポカは己の敗北を悟り、潔く去ることを選ぶ。顔を俯かせることなく、膝をつくことなく、堂々と彼は前を向いて立ち、告げる。

 

「こちらの案は失敗した。あとはオマエの案だ、デイビット」

 

そうしてカルデアの人々越しに、たった一年ぽっちを共犯者として駆け抜けた彼を、そしてその傍にい続けた彼女を目に映して、どこかニヒルに笑った。

 

「──好きにやれ。死者の楽園でまた会おう」

 

テスカトリポカを構築していたエーテルが消えるのを見届けもせず、デイビットはORTの心臓へ続く大穴へ向けて歩き出す。

この場において感傷は不要だった。そんなものを抱けば他でもないテスカトリポカに見下げられるだろう。直線上にカルデアのマスターがいるが、それは歩みを止める理由にはならない。

 

「テスカトリポカを退けたのか。やるとは思っていたが実際に目の当たりにすると、ショックが大きいな」

「珍しくお前が神官として貢物を捧げようとしていたのに。尽くしがいのない神様ね。カルデアのマスターも五体満足。あっちは随分順調みたい」

「……冥界行ではこちらが先輩だと、慢心していた事実を突きつけられた気分だ」

「だから、手助けしなければよかったのよ」

 

一人分の足音を隠す気もなくやってきたデイビットに、驚愕しながら振り返るカルデアの面々。

彼らの目に映るデイビットはたった一人で此処まで辿り着き、そして変わらす孤独な歩みを続けている。

 

静止の言葉も向けられる刃も、デイビットを止められるものではなかった。

遠い遠い遥か彼方との接続、そして自身を媒体とした召喚(こうりん)

やってきたそれらを力尽くで止めようと戦闘態勢を取るカルデアのマスターが、不意に何かに気がついたように簡易召喚の出力を下げる。マスターの負荷を考慮して6体までなら召喚可能な影を、けれど咄嗟に最低限の数に留めて召喚する。

どこかでデイビットの特性を知ったのだろう、判断の早さに流石は人理修復を果たしたマスターだと評価しながら、けれどそれで止まるデイビットの歩みではなかった。

 

相手の数に合わせてそれは召喚(こうりん)する。デイビットの制御ではなく、それはオートだ。けれどそのおかげでそれぞれがそれぞれの相手に釘付けになる。右と左を同時に見ることはできないように、どれだけの戦闘巧者であろうと戦闘中に己の間合いの外側へ意識を向け続ける事はできない。

 

意識と意識、その隙間にある無意識を縫うようにゆっくりと足を置いていく。答えは見えていた。風景は速度を落として遠ざかっていく。

 

もしも今自分がたった一人きりだったのならば、自分がこの決断に至った過去の出来事を整理しようとしていたかもしれない。

けれど、彼は一人きりではなかったから、その選択はしなかった。自分の少し先を軽やかに進んでいく姉の背中を見守る。

 

彼女はいつか父親の研究室から飛び出した時を思い出させるような足取りのまま、眉間を撃たれて倒れ伏すイスカリの死体の上を跳ねて飛び越えた。楽しげな笑い声がデイビットの鼓膜を揺らす。

 

踊るようなステップの後を、デイビットは散歩するかのように着いていく。そうして大穴の前で二人が立ち止まった時、戦いの音は果てていた。

 

最早辿り着いてしまったデイビットを止める術はない。異星の神の雷霆も彼を殺せない。どんな攻撃も言葉ももう届きはしない。

デイビットはカルデアの人々へ視線を向けると、最後の説明責任を果たす。それは言葉無くヴォーダイムと交わしていた約定。真実を明かす。ただそれだけのささやかな約束。

 

「お前、友達がいたのなら言いなさいよ」

 

隣で姉が笑う。友達、どうだろうな。ヴォーダイムはどう思っていたことか。答えを得ることはない。

 

話すべきことを話し終えたデイビットは自身の右隣へ視線を向ける。

これまでの人生でデイビットは姉の姿が見えない人々の前では、まるで姉の存在が無いかのように振る舞って生きてきた。それはある意味で姉を守るための処置だったけれど、彼女を非実在なものとして扱っていたのは事実だ。

 

けれど、そんな配慮も最早必要ない。

彼は彼以外の誰にも見えない姉へ身体を向けると、その掌を差し出した。

 

「行こう、姉さん。最期くらいエスコートさせてくれ」

「ふふ、大きくなったわね、私の弟」

 

姉は笑って、躊躇う訳もなくデイビットの手を取った。その小さな手を、握る。

その手は昔と変わらない。平べったくて、でも柔らかくて、容易く壊れそうなのに不思議と力強い。少し力を込めて握れば、同じだけの強さで握り返される。確かに此処にいる。存在している。オレの姉さん。

 

それを見ていたカルデアの面々はデイビットの言動の意味を理解できない。一人芝居のように、けれど穏やかにどこまでも幸せそうに笑う青年の姿を見た。

 

かくして彼は落ちていく。

躊躇いなく、生きては戻れぬ深い穴の底へ。

その姿を見送ったカルデアのマスターは無意識に思った。

 

──その姿はまるで誰かの手を取って踊り始めるかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「言うか、迷ったのだけれど」

 

光の届かぬ闇へ墜落していく。速度は風としてだけ感じられる。いつ来るかわからない終わりを待つだけ。

たとえ羽根が無くとも、無限に落ち続けるのならばそれは飛行と変わりない。そんなことを書いていた論文を思い出した。

デイビットは彼女の手を強く握ったまま、その声に耳を傾ける。

 

「伝承科の教授共の言う通り、お前は地球人類ではなかったのかもしれない」

「ああ」

「でもね、覚えてる?『生命は必ず道を見つける(Life finds a way)』って」

「ジュラシックパークだ」

 

この異聞帯に相応しい引用元にデイビットの相好が崩れる。幼い頃、彼もまたあの映画の世界に夢見たものだ。

 

「……結局、お前は地球人類じゃなかったかもしれないけど、今を精一杯生きようとする生命だった。生きて、生きていく中で自分の道を見つけられた。自分の意志で歩いてこれた。その歩みに意味を与えることができた」

「そうかな」

「ええ、私が言ってるんだから間違いないの。胸を張りなさい」

 

彼女の手がデイビットの額に触れる。それからその小さな掌が彼の髪を、頭を、慣れていない手つきで撫でる。

 

「──うん、よく頑張りました。流石は私の弟よ」

 

光の届かない闇の中、デイビットは確かに彼女の笑顔を見た。胸の奥が、まるで心臓が破けて中の血が溢れてしまったみたいに、熱くなる。熱い、温かい。その熱が一体なにで、どこから来るものなのか、彼にはわからないけれど。

デイビットは彼女へ言葉を紡ごうと唇を開く。

 

──グチャッ

 

 

地の底で、一人分の肉体が潰れる音が響いた。

 

 

 






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