元魔剣だった私、うっかり美少女に人化する ~かわいい管理者ちゃんの困り顔を見たい私は平和の中に乱を起こす(後始末は管理者ちゃんに任せます)   作:ルルナーゼ

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魔剣な私

 

 私は剣である。名前は、まだない。

 無名の大魔剣として、かつて魔王の手の中で世界を滅ぼし掛けた私だが、逆に勇者は魔王から私を奪い、魔王に唯一致命傷を与えられる武器として勇者と共に魔王を倒した。

 

 平和が訪れた、と思ったのは束の間だ。

 すぐに始まったのは人間同士の覇権争い。

 

 私は、やりたくもないのに魔剣として戦に駆り出され、人の命を奪わされ、権力闘争に巻き込まれた。歯噛みしたくとも歯もなく、そもそも口もなく。道具としての私には意思を述べる術もなく、嫌なことに酷使された。

 

 意識はあるのに、動けるわけでもなく。

 心があるのに、想いを叫ぶことができることもなく。

 ただただ、この「魔剣」というわが身の牢獄の中に閉じ込められていた。

 

 何故私に意識があるのか。

 魔王が時折り語っていた記憶によると、私は突出した魔力を持つ魔族の一人だったらしい。そしてどういう理由かは思い出せないが、自ら望んでこの身を魔剣と化したとのことだった。

 

 魔族だった頃の記憶はない。

 気がついたときには既に剣だった私は、魔族であったという頃の自分を呪った。なぜ私は、意識を残してしまったのだろう。

 

 ただの『剣』であれば、『認知』などというものがなければ、どれだけ楽だったことか。人の腹の中の温かみを剣身に感じても、泣き叫ぶ子供の頭蓋をこの身が叩き割っても、ああ、なにも感じることなく居られたのに。

 

 私が人間の手に握られるようになって、どれくらいの間、戦乱が続いただろう。

 やがて世は、力のある王族に支配され、平定された。

 平和と言える時代が長く続き、私は魔王を倒した勇者の家系が管理者となり封印されることになった。

 

『名もなき大魔剣』は、最後まで名を与えられることなく役目を終えた。

 名を持つと災厄級の力が覚醒するという言い伝えから、魔王も管理者たちも、決して私に名を与えようとはしなかったのだ。

 

 が、さらに時は流れ。

 私の力を見ることもなかった管理者が数代過ぎ去った頃、先祖代々の教えは次第遠くなっていったらしい。

 

「こんにちは、魔剣ちゃん。私はルーニエ、これからあなたを管理するの。よろしくね」

 その娘は、ある日突然話し掛けてきた。

 今まで見たことのない子供だ。歳は7歳? 8歳か? とにかくまだ10歳にもなっておるまい。金髪で緑の目、短い癖っけは、でもまるで小さな羽が頭についているようにも見える。

 これまで私の館に通っていた男に代わり、その娘は住み込みで私を管理する言い出した。

 

 最初に抱いた印象は、なんだこの子? だ。

 彼女は、とにかく毎日私に声を掛けてくる。

 

 もちろん返事が出来る私ではないので、なんの反応もしないわけだが、そんなこともお構いなしに話し掛けてくるのだ。

 

「最近ね、王様がくれる管理の為のお金が減ったんだよ」

 

 なるほど、私の存在が忘れられつつあるということか?

 きっと世界は平和なのだろう。良いことだ。

 

「最近ね、物価が上がってきちゃって……魔剣ちゃんを維持する魔石を買うのも大変なんだ。ごめんね」

 

 私の維持というか、それは封印の維持なんだけど。

 この頃になって気がついた。彼女は、突然来なくなった先代管理人の娘で、どうやら前管理人はこの娘に管理者の知識を与えきる前に他界してしまったようだ。

 

 私は、楽しそうに毎日話し掛けてくるこの娘が苦手だった。

 語り掛けられると思わず内心で反応してしまう。それが、自分の『なにも伝えられない』という境遇を思い出させるからだ。

 

 もっとも、人間自体が苦手だったのもあるかもしれない。

 人間たちは、魔族よりもよっぽど惨たらしい生き物だ。己の欲望の為だけに同族で血を流し合うことに躊躇いがなく、容赦もない。

 

 権力が移り変わるたびに持ち主を変え、私は途方もない量の血を啜らされてきた。どれだけの怨嗟の声を、好みに刻み込まされてきたか。

 私の剣身は青いはずなのに、きっと赤く染まっている。

 

 彼女が私の面倒を見始めて、一年ほど経った頃だろうか。青い魔石を手にしたルーニエが、私に封印を施しながら言った。

 

「ね、知ってる魔剣ちゃん。この青い魔石、サファイアって言うの。……凄い青だよね、あなたの剣身とそっくりな色」

 

 どこで手に入れたのだろう。『サファイア』は魔石の中で一般的とされる黄色の『シトリン』と違い、希少で高価なはずだ。

 

「どうしてもこれを儀式に使いたくて、無理しちゃった。これで当分お豆生活」

 

 ルーニエが、えへへ、と困ったように頭を掻いた。

 別に色の違いで魔石の力に差は出たりしない。それなのに、この子はなんで乏しい生活費を削ってまでサファイアを選んだのか。

 私は不思議に思い、彼女が言葉を続けるのを待った。

 

「……昨日ね、お城の管理局で役人のお爺さんからお話を聞いちゃったの。魔剣ちゃんがこれまでの歴史の中で、どれだけ多くの戦場を渡り歩いてきたか、戦功を上げてきたか」

 ルーニエが語り始めたのは、要するに私がこれまでどれだけの人間を手に掛けてきたか、という話だった。

 が、お爺さんは誇らしげに語ったのだという。私が今の平和な世を作り上げたのだ、と。

 はは、私が平和な世を……、ね。

 口があったなら、嘲笑ってやっただろう。 いつだって人間は勝手だ。私の痛みなど想像しようともしない。

 

 ルーニエ、キミだって――と。

 彼女の方へと意識を向けた私は、ギョッとした。彼女がポロポロと涙を流していたからだ。

 

「だから、サファイアの魔石を買ってきちゃった」

 

 どういうことだ?

 そう訝しんでいると、ルーニエが私の剣身を優しく撫でた。

 

「こんなに綺麗な青い剣身なのに、きっと真っ赤になってたんだよね。ごめんね、大変だったよね。……だからせめて、このサファイアの青さで魔剣ちゃんを労うことができたらな、って」

 

 彼女はポロポロ泣きながら、微笑む。

 

「綺麗な魔剣ちゃん。ありがとね、私たちの為に頑張ってくれて」

 

 ――初めてだった。

 この『魔剣』の身に、心があるように接してくれた人間は。私の気持ちを汲んでくれるようなことを言ってくれた人間は。

 

 もちろん彼女は、勝手に私を擬人化して喋り掛けてくれているだけなのだろう。本当に意識があるとなんて考えてはおるまい。それでも、それでもだ。私の心の中に、暖かい火が小さくともったような気がした。

 

「そうだ。これから私、あなたのことサファイアって呼んでいいかな? だってそっくりなんだもん。いつまでも魔剣ちゃん、じゃあ寂しいし」

 

 この日から、私はサファイアとなった。

 同時にそれ以来、私はルーニエの言葉に真剣に耳を傾けるようになったのだった。

 

 私は彼女に、興味を持ったのだ。

 結果、彼女は愛すべき人物だとわかった。清い心と人を労わる想像力を持ちながらも、要領が悪くよく損をしている。

 

 物価上昇も大変だけど、金策に出た先で怖いお客さんが来た、とか。

 パンを買ったけど、いつもより一個少なかったとか。お腹をグゥと鳴らしながら、しょんぼり顔で報告してくる。明日の分の食費が困るなぁ、と。

 

「ほんと大変だよぉ、サファイアぁぁ」

 

 いつしか私は、その困り顔が好きになっていた。

 困る彼女は可愛らしい。その顔で、その目で、じっと私だけを見つめながら話し掛けて欲しい。ルーニエの困り顔でしか得られない栄養分があるのだと、私の心は学習した。

 

 彼女に握られたら、万の力が出せる気がした。

 ルーニエの力になりたい。彼女を助けたい。だけどそれはそれとして、日常の困った出来事を、私に相談する彼女であって欲しい。

 

 平和な日々が続く中、事件が起こったのは、彼女が15歳になったときだ。屋敷に泥棒が入った。封印部屋の祭壇に置かれている私は、彼にとって魅力的な宝に映ったようだ。

 賊が私を手に取ったとき、部屋にルーニエがやってきた。

 

「え、どちらさまですか?」

 

 不思議そうな顔で賊に目を向ける彼女。

 ずいぶん間の抜けた管理者殿だ。最初は見つかってしまったことに焦りを見せた賊だったが、相手が丸腰の少女一人だとわかると賊は余裕を取り戻した。

 

 脅かすな、とルーニエに凄んでみせ、魔剣――つまり私だ――の切っ先を彼女の向ける。

 

「悪いな嬢ちゃん、この見事な剣は貰っていくぜ」

「あの……、困ります」

「困られても、俺も困る。明日までにまとまった金が必要なんだ、運がなかったと諦めて、そこをどいてくれ」

 

 どかない。

 ルーニエは困った顔でアタフタしながらも、そこをどく様子を見せなかった。

 

「なあ、素直にどいてくれないか。俺だってあんたみたいな子供を殺したかないんだ」

「その魔剣を管理するのが私の仕事なので……すみません」

 

 幾度かのやり取りの後、賊は目を細めた。

 容赦をしないと決めた者の目だ。

 馬鹿なルーニエ。男の殺気に気づいていないのだろうか。彼女はただ優しいだけで、特別強いわけではない。このままでは殺される。

 

「恨んでくれていいぞ、娘のためなんだ」

 

 賊が唾を飲み込んだ。

 イヤだ、イヤだぞ! 私の持ち主が変わることなど、これまで幾らでもあった。だけど今回はゴメンだ。私はルーニエのことが好きだ、彼女が私の主であって欲しい。

 

 が、これから賊が彼女の頭の上に私を振り下ろしたら、彼女の頭蓋が砕ける感触を味わされると共に、持ち主が変わってしまう。あああ、最悪だ。胸糞悪くなる。

 

 だが、意識はあるのに、動けるわけでもなく。

 心があるのに、想いを叫ぶことができることもなく。

 ただただ、この『魔剣』というわが身の牢獄の中に閉じ込められているだけの私には、こんな状況においても、彼女を助けてやることはできない。

 

「じゃあな嬢ちゃん」

 

 剣が振り下ろされる。

 本当に、なにもできないのか!? ここで彼女を守れなければ、私はこの先何百年と後悔を抱いて生きることになるだろう。そんなのはゴメンだ、彼女が呉れたサファイアの名に賭けて、私が許さない!

 

『私を手に取れ、ルーニエ!』

「だ、誰!?」

 

 とルーニエが驚きの顔を見せた。

 瞬間、彼女の身体が動く。腰を低く重心を落とし、振り下ろされてくる私の剣身を、彼女は両手で挟み込んで受け止めた。

 

「えっ?」

 

 賊もまた驚きの声を上げた。その瞬間、ルーニエは手にした私の剣身を事もなげに横へと倒し、賊の手を捻って私を奪い取る。――馬鹿な、彼女がこんな武芸に長けているはずがない。なにがどうなっているんだ。

 

 ルーニエに奪い取られた私が、返す剣で賊の頭に向かって鋭く振られる。そのとき気がついた『私が、ルーニエの身体を、操っている』ことに。今、私が賊を殺そうとしていたのだった。振り下ろされる私を前にして、賊が恐怖に目を瞑った。

 

「ひいっ!」

「ダメだよ、サファイア!」

 

 ルーニエの鋭い声に、私は我を取り戻した。同時に身体のコントロールを得たのだろう、彼女は私が賊に当たる寸前でいったん止めると、私の腹を使って賊の頭をポコン、と叩く。

 

「よかった、間に合った……。もうあなたは人を殺す必要なんてないの」

 

 ホッとした顔で安堵するルーニエが、キリッとした顔で賊を睨みつけ。

 私を使ってベシン、ベシン、思いっきり往復ビンタをした。

 

「ギャッ、ンゴッ、ビエッ!」

「ダメですよ強盗なんて! 悪い人には身体でわかって貰います!」

「ひぎぃっ!」

 

 あ、結構ガチ殴り。

 ルーニエの過激な一面を目の当たりにして、私は心の中で苦笑した。

 

「理解しましたか!?」

「はいぃぃぃい……」

 

 床に倒れた賊はしばらくグッタリしていたが、やがてさめざめと泣き出した。「すまん娘よ、父ちゃん失敗しちゃったよ」と床を濡らす。

 

「……娘さん?」

 

 首を傾げるルーニエ。

 泣き出した賊に彼女が事情を聞くと、借金で娘が奴隷として売られる、というよくある話だった。泥棒という手段を使って、自分の不幸を他人に擦りつけ幸せを買おうとしたわけだ。

 

 同情の余地などない。……ないはずなのに。

 ルーニエは、さらに困った顔をしている。えええ?

 

「ちょ、ちょっと待っててくださいね……!」

 

 部屋から出ていったルーニエは、幾ばくかの金になりそうな貴金属を持ってきた。それを賊に渡してこう言った。

 

「足りないかもしれませんが、一部でも返せば交渉の余地はあると思います。これで頑張ってみてください、娘さんのためにも」

 

 なんという甘ちゃんなのだろう。

 こんなことを、本気の本気で言って……いや、言うだけでなく金品まで渡して。もしこいつの嘘だとしたら、とか考えないのだろうか。

 

 ほら、賊だって呆然とした顔でルーニエのことを見ている。

 信じられない、という顔で彼女のことを見ている。

 あ、泣き出した。ごめんな、ごめんな嬢ちゃん、と泣き出した。ありがとう、ありがとう、と泣き出した。

 

 ルーニエは賊を玄関まで見送り、もうこんなことをしちゃダメですよ、と言って手を振った。

 

『いや、どう考えても甘すぎるだろうルーニエ』

「そうかな?」

『そうだよ』

 

 うーんそうかなぁ、と腕を組んで考え込み始めた彼女を眺めながら、ハタ、と私は気がついた。

 

 あれ? 私、ルーニエと会話してる??

 

 

 

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