マキマに転生したら姫野にめちゃくちゃ敬愛される 作:あきnobu
その晩、俺と姫野ちゃんはいつもの外飲みをしていた。
いつもの居酒屋で、慣れた容量で料理やらお酒を頼んでいく。
ただいつもと違うのは、姫野ちゃんが空っぽにした生ビールのジョッキが机に並ぶ速度が、いつもより速いことだろう。
机には姫野ちゃんが飲んだビールのジョッキが所狭しと置かれ、そのビールから発露した水滴が机を濡らしている。
「姫野ちゃん…飲み過ぎじゃない?」
「うるさーい!飲まずにいられるか!」
いつもは俺の前ではどこかお酒を自重している姫野ちゃんが、今日は後先考えずビールを飲みまくってる。
後が大変そうなので、姫野ちゃんにそれ以上の飲酒は自重するように遠回しに伝えると、返ってきたのは、やけ酒している奴が決まって言うセリフだった。
「私のバディーが解消されるのこれで5回目だよ!しかも直近3回は民間に買収!なんで!?私のことそんなに嫌いかな!?」
これが姫野ちゃんがお酒に走っている理由だ。
つい昨日まで姫野ちゃんとバディーをしていた○○君。
昨日で公安を退職し、今日から早くも転職先の民間のデビルハンター事務所に出勤しているらしい。
俺はかなり前から○○君が民間に転職することは聞いていたが、○○君からは、僕が姫野先輩に直接言います、って言われてたので、てっきり姫野ちゃんも知っていた話だと思っていた。
結局、○○君は公安最終日の昨日になって姫野ちゃんに、公安やめて民間行く事を打ち明けたらしい。
「姫野ちゃん、○○君の生い立ちは知ってるでしょ。彼はなりたくて公安で働いてた訳じゃない。別に姫野ちゃんを嫌いだとかそういう話じゃないよ」
「…嘘だ…○○君も佐原先輩も……今までのバディー全員もみんな私のことが嫌いなんだー!」
姫野ちゃんは机に突っ伏して言う。
「いや普通に民間行った後も仲良くやってるでしょ?佐原さんとなんてこの前3人で宅飲みしたばっかじゃん。みんなお金が目的で公安入ってんだから民間からオファー来たら普通辞めるって」
「守銭奴どもがぁ、銃野郎をぶっ殺す!…っていう気概ある若者はいないのか!?」
姫野ちゃんのいう銃野郎とは『銃』の悪魔のことだ。
1983年11月18日にたった一度出現した悪魔。
約5分ほど出現し、全世界で100万人以上を殺した。
日本でも26秒ほど銃の悪魔が観測され、のべ5万八千人弱の死者を出した。
その後、今日に至るまで銃の悪魔は一度も出現せず、公安や世界中のデビルハンターがその行方を追っている。
姫野ちゃんのご両親も銃の悪魔によって亡くなっている。
姫野ちゃんが公安に入ったのは銃の悪魔を殺し、家族の仇を討つためなのだ。
そして銃の悪魔には『銃』の他に、実はもう一つ名前がある。
『自由』---それが銃の悪魔のもう一つの名前だ。
「マキちゃーん?…何考え込んでのー?」
「えっ?ああ、ごめん…何でもないよ」
「そ?マキちゃん、銃野郎の話をすると時々難しい顔するから。約束のこと、あんまり気負わないでね」
む、姫野ちゃんにそこまで言わせるほど顔に出てたのか。今度から気をつけよう。
それにしても姫野ちゃん、泥酔してる割に鋭いな。
変な所でボロを出したくないし、そろそろ本題に入るか。
「話変わるけどさ、実はね、もうすでに姫野ちゃんの次のバディーの当てはあるんだ」
「えー、早くなーい?」
「うん、私は前から○○君が辞めることは知ってたからね。その子は今は岸辺さんの所で教育してもらってる。今度岸辺さんが姫野ちゃんにも紹介してくれるはずだよ」
「へー、でもどうせぇ、すぐに民間行くんでしょ、そいつもぉ」
「うーん、それはないと思うな。銃の悪魔目当てで公安入ったみたいだし」
そう俺が言うと、泥酔し机にぐったりとしていた姫野ちゃんが急に居住まいを正した。
なぜ、と思った俺だがすぐに、新しいバディが銃の悪魔目的で公安に入ったことに反応したのだろうと察する。
しかし、姫野ちゃんの次の言葉は私の予想外の内容だった。
「…もしかしてそいつさ…マキちゃんに何か失礼な事言った?」
姫野ちゃんのどうしてそう思ったのかは分からないが、図星だった。
姫野ちゃんにそれを言われた瞬間、頭の中に再生されるのはまだ年端も行かない少年の蔑むような視線と、怒りに震える声。
そしてその少年と同様の視線を俺に向けていた少女。記憶の中の二人が重なって感じられる。
「懐かしいね」
「ああぁぁ!やっぱり!いや、今の私は違うからね!」
姫野ちゃんが机に身を乗り出しながら言う。
姫野ちゃんの慌てぶりが面白くてつい笑ってしまう。
別に俺は全く気にして無いのに。
「あの時は姫野ちゃんとこんなに仲良くなるなんて思わなかったよ」
「忘れて!あの時のことは!…ああもうっ!新しいバディの名前なんていうの!?」
「ええと確か…早川アキ…アキ君だよ」
「アキ!会ったら絶対とっちめてやる!」
なぜかアキ君にヘイトが向いてしまった。ごめんねアキ君。
俺は心の中でアキくんに手を合わせて謝るのだった。
アキside
俺---早川アキ---は公安の教育係?の岸辺さんに連れられ、公安の東京本部に訪れていた。
人が忙しなく行き来する一階の受付ゾーンを岸辺さんの顔パスで通り過ぎ、2階3階と階段を登っていくと次第に人通りは薄れていき、やがて何人かのデビルハンターとすれ違う程度になる。
3階の長い廊下に出ると、風が廊下に吹き抜ける。
その風の先、公安の庁舎の窓を開けて窓辺に寄りかかるようにして、女が立っていた。
岸部さんが女の近くに立ち、足を止める。
「姫野、お前の新しいバディーだ」
岸辺さんがその女に言う。
こいつが俺のバディーか。
「俺はアキ…よろしく」
俺が女に話しかけても女は俺や岸辺さんの方を見ない。ただ窓から外の景色を見つめ続けている。
女の眼帯が邪魔でその表情を伺うことはできない。
「無礼だが少しは使えるように育てた、うまくやれ」
岸辺さんはそう言って立ち去った。
岸辺にヒメノと呼ばれたその女はしばらくの間,ただ無言で突っ立っていた。
流石に俺もいたたまれなくなってヒメノに話しかけようとする。
「なあ、なんか言っ----
「君マキマさんに酷いこと言ったでしょ?」
ヒメノは俺の言葉を遮り、言葉を紡いだ。
…マキマ…ああ…いつかに会った俺の上司になるらしい人か。
俺はいつかに会ったマキマとの初対面が、あまりいい結果ではなかったことを思い出す。
「別に……あいつが甘いこと言うから」
「やっぱり……。ねぇ、君のこと一つ当ててあげる、君が公安に入った理由はズバリ……銃の悪魔をぶっ殺すためでしょ」
「…マキマから聞いたのか?」
「公安に来る暗い奴は大体銃野郎関連だから、雰囲気で分かるよ」
「……」
「はっきり言うけど…」
ヒメノはそう言いながら初めてこちらを向く。
窓から入ってくる風がヒメノの少し癖毛気味な髪を揺らす。
「君じゃ銃の悪魔には勝てないよ」
ただ一言、ヒメノはそう言った。
その言葉の意味を理解し、俺の腹の底からじんじんと音を立てて怒りが込み上げてくるのを感じる。
こいつに家族を、帰る場所も全部奪われた俺の何が何がわかるのか。
「分かるよ、私も君と同類だし」
俺はヒメノの言葉に少し面食らう。
同類…それはつまり銃の悪魔が目的で公安に入ったということだろうか。
「……お前も銃の悪魔に家族を殺されたのか」
「うん、両親が旅行中にね」
「そうか…」
込み上げていたばかりの怒りが鎮まっていくのを感じる。
公安にも銃の悪魔を倒そうとする人間がいたことが純粋に嬉しかったし、同じ境遇の身として彼女の過去に同情できるということもあった。
「ねぇ、公安が所有する銃の悪魔の肉片の7割、公安に収容されている悪魔の8割、……なんのことかわかる?」
突然ヒメノが俺に問いかける。さっきから主導権を握られているようで癪だが、素直に考える。
「……分からない…何?」
俺は少し思案してみて、分からなかったので適当に答えを促す。
「マキマさんが公安に来てからの3年間、マキマさん単独で集めた銃の悪魔の肉片と、収容した悪魔の割合」
「…それ本当か?」
にわかには信じられない話だった。マキマと会った時はヘラヘラしていてとても優秀そうには見えなかった。
岸辺さんもマキマにはあまり良い印象を持っていないようだったし。
「君はマキマさんが公安に来る前を知らないから分からないだろうけど、4課はマキマさんにずっと救われているの。私だってその一人。…次マキマさんに酷いこと言ったら許さないから」
「………」
「それにさっき言った通り、この国での銃野郎捜索の第一人者はマキマさん。銃野郎殺したいなら仲良くしておいたほうがいいよ」
「…………」
「改めて、私は姫野。よろしくね、早川アキくん」
ヒメノはそう言って右手を差し出す。
握手しろということか。散々、喧嘩腰に来ておいてなんなんだ
それでも俺は素直に握手に応じることを選択する。
いやそもそも公安に入って右も左も分からない俺に握手をしないという選択肢は無いだろう。
俺は姫野から差し出された手を握った。
「うん、これからは仲良くやっていこう。それじゃあとりあえず巡回行こっか」
ヒメノはそう言って歩き出す。
俺もそれについて行く。
「そういえば契約悪魔は何?」
歩きながら後ろを振り返りヒメノがそう問うてきた。
「狐の頭、一番安く契約できた」
「頭?よかったね、狐の悪魔はイケメンしか出せないんだよ、そういえばアキくん結構顔いいかも」
「お前に言われても嬉しく無い」
「あはは、いやでもマキマさんがいなかったらワンチャンあったかも」
その後、姫野との巡回を経て、初対面が最悪だっただけで存外に相性は悪くはないと分かった。
実務に関しても姫野から学ぶことは多く、いずれは姫野を先輩と呼ぶようになってるかもしれない。
マキマのことについては地雷っぽいのであまり触れないでおいた。
(少し心配だったけど、さすが姫野ちゃん。ちゃんと仲良くできてるようで何より)
カラスの目を通して、二人が上手くやってる様子が脳内に映し出される。
羨ましーな。俺も早くアキくんと仲良くできるといいな。
「マキマさん?もうすぐ着きますので準備してください」
付き人の田中くんが俺に話しかける。
「ん?、ここ?」
田中くんが運転してくれる車の後部座席の車窓から、真っ青な海が南国特有の強い日差しに当てられてキラキラと輝いている光景が映される。
こういう綺麗な海を見ると、今すぐに駆け出して飛び込みたい衝動に駆られる。もちろん部下の手前、そんなことはしないのだが。
「はい、マキマさんの言ってた場所です。漁村がこの先にあるはずなんですが、一先ず寄りますか?」
「いやいい、ここで下ろして」
俺の求めに応じて田中くんは車を停めてくれた。
扉を開けると潮風の匂いが車内に広がる。
俺は田中くんを車に残し、目的の場所へと足を進めた。
「こんにちは?」
僕が海岸で日差しと潮風に当たりながら黄昏ていると、背後で女性の声がした。
その声に反応して僕は声の主に視線を向ける。
砂浜に立っていたのは見知らぬ女だった。
シャツに黒ネクタイを付けて、サラリーマンのような格好をしている。ここらでは見ない格好だ。三つ編みの赤毛と吸い込まれるような放心円状の黄色い瞳も特徴的だ。
「見ない顔だね。君、ここら辺の人じゃないでしょ?」
「東京から来たんだ。少し話があるんだけどいいかな?」
「無理」
僕はただ一言そう言って海の方に向き直った。
何となくこの女は僕に面倒事を吹っかけてくる気がした。
「そんなこと言わずにさ」
耳元で女性の声がする。
気がつくと女は僕の隣にいた。
「ちょっ!?危ない!僕に近づかないで!」
僕はそう言いながら女から距離を取る。
僕に触れたものは、寿命を奪われる。この島の人達はみんな知っていることだが、他所から来た人は誤って僕に触れてしまうかもしれない。
「ニヒヒッ」
後ずさり距離を取る僕に、女はいたずらっ子のような笑みを浮かべながら近づいてくる。
「ちょっと!僕に触れた人は寿命を奪われるの!ほら見て!僕の頭!天使の輪っか!それに翼!人間じゃないの!」
僕は女に何度も警告する。
しかし僕の警告虚しく女は僕に近づいてくる。
そして女の手が僕の手に伸び、僕の右手が女によって掴まれる。
「何してんだ!?早く離せ!」
女の常軌を逸した行動に僕は慌てながらも、なんとか女を引き剥がす。
やってしまった。僕はまた人から寿命を奪ってしまった。
もう絶対に過ちは繰り返さないと決めたのに。
僕の絶望をよそに女は笑い声を上げて砂浜に座り込む。
「あはははは!はぁっ…ごめんごめん、俺も悪魔なんだ、君と同じ。だから君の力は俺には効かないよ」
女は笑いながらそう言った。
その言葉に僕は心の底から安心する。
本当に取り返しがつかないと思っていたから。
「悪い冗談はやめてくれ。……それで話って何?」
「あれ、聞く気になってくれたの?」
聞く気など全く無かったがこの女が同じ悪魔なら話しは別だ。
「君が僕のように人間に友好的な悪魔かどうかは分からないからね。この島の人達のことが心配だし、君をこのまま放置する訳にはいかない」
「そう、なら俺も単刀直入に言うけどさ…」
女は立ち上がり、居住まいを正した。
さっきから『俺』という自称が気になる。僕も女と間違われることはあるが、この女が女であることは身体を見れば明らかだ。目の前の女のシャツでは隠しようのない膨らんだ胸がそれを証明している。
「俺に力を貸して、お願い!」
女は目の前で頭を下げて、そう僕に言った。
「……取り敢えず詳しい話を聞かせて」
突然の女の懇願に困惑しないでも無いが、先ずはこの女の素性が知りたかった。だからこの場では話に応じることにした。
僕の返答に、女は何を勘違いしたかパーっと顔を明るくさせた。
僕はまだ女の頼みには応じていないのだが。
「……遅い」
マキマさんが車から出てからかれこれ3時間以上経った。
すぐに戻ってくるという話だったのだが。
マキマさんの身の安全については万が一ということも無いだろうが、あの人はあれで結構ポンコツだ。
何かトラブルに巻き込まれていても不思議ではない。
「一応探しに行きますか」
俺はマキマさんを探すため車を後にした…のだが
「何やってるんだ……」
マキマさんはすぐに見つかった。
すぐ近くの海岸で、海水浴をしていた。
シャツの下に着ていたのだろうか、水着を着ていた。
普段の公安の制服のイメージとはかけ離れた格好で、ぱっと見はマキマさんと分からなかった。
「はい!捕まえた!また天使くんが鬼な」
「あ!ズルいマキマ!また他の悪魔の権能使ったでしょ!?ルール違反!というか一体幾つの悪魔と契約してるの!?」
「バレちゃ仕方ないね。あ、ちなみに天使くんで十人目ね。じゃあ俺が鬼のままでいいから天使くん逃げて……って…ぐへ!」
あ、マキマさんがこけた。随分わざとらしい、膝から崩れ落ちるようなこけ方だったが。
「ちょ!?マキマ大丈夫!?」
「ごめん、天使くん、手貸してくれるかな」
「………」
「天使くん?」
「……あ…ごめん。君には触っても大丈夫なのか、まだ少し慣れないな」
そう言って少年?はマキマさんに手を差し出した。
マキマさんはその手を取り、少年に支えられながら立ち上がる。
「はい、これでまた天使くん鬼ね」
「マキマ!」
マキマさんは少年と一緒に海で鬼ごっこをして遊んでいた。
少年の背中からは白く大きな羽が生えていて、明らかに人間ではないのが見てわかる。
マキマさんがバシャバシャと水飛沫を上げて海岸を走り回るのを少年が追いかける。
「姫野が見たら発狂しそうな光景だな」
東京にいる姫野に同情しつつ、少しでもマキマさんを心配した自分が馬鹿らしくなった俺は、せめてこの南国の天然のリゾートを堪能して帰ることに意識を向ける。
「取り敢えず定食屋探すか」
俺は海岸から聞こえるキャッキャウフフな声を背にして、近くにあるであろう漁村へと足を進めた。