マキマに転生したら姫野にめちゃくちゃ敬愛される 作:あきnobu
(1)
机に乱雑に置かれた大量のエナジードリンクの空き缶、その合間を縫うように敷き詰められた大量の書類、鼻をつくジャンクフードの匂い、目の下に大きな隈を作ってガンギマリの血走った眼で書類に目を通していく同僚達、今日もここは平常運転なようで何より。
俺は、先ほど自販機で買ってきたコーヒーやらコンポタやらを差し入れとして同僚達の机に置いて回る。
「ん?…お、マキマじゃないか。もう京都から戻ってきたのか」
「ん、これ差し入れ。お前は…確かブラックだったよな?」
俺はそう言って、ブラックコーヒーを机に置く。
「お!気がきくじゃねぇか。お前はいい嫁さんになれるよ。俺が良い縁談持ってきてやろうか?」
「黙れ」
俺は同僚の戯言を適当に流しながら、他の同僚達の机に差し入れを置いていく。
「あ、マキマさんありがとうございます」
「いえ」
「おまっ…いつからそんないい女になったんだ?京都で一皮剥けたか」
「黙れ」
「マキマさん、マジ女神っす」
「それほどでも」
「おーい、マキマー、俺にはー?」
遠くの机から男の声がする。
俺の直属の上司…ということになっている男だ。
実際は少し違うのだが、まああくまで立場上は上司なので俺はこいつと話す時、敬語を使っている。
「もちろん忘れてませんよ。課長のはここに…」
俺は、男の机に向かいながら、持ってきた手持ちカバンの中を探り、書類の束を取り出す。
そして、それを男の机に叩きつけるように置いた。
ドンッ
「これが課長への差し入れです。ご満足頂けましたか?」
「おま…っ、これ仕事の書類じゃねぇか」
課長は、急に目の前に大量の書類を叩きつけられ、驚いて一瞬椅子を引きながらも答える。
「ええ、そうですとも。貴方がバカの一つ覚えみたいに官邸から請け負ってきた仕事の山です。全て『良』は取れるだけの出来栄えだと自負しています。よかったですね、これで貴方はまた首相に褒めてもらえますよ。缶コーヒーなんかよりも、よっぽど嬉しい差し入れでしょう?」
「お、おう、…すまなかったな。だが分かってくれ、こっちにも立場というものがあるんだ」
「ええ、ええ、よーく存じ上げています。だからこそ私もこうして笑顔で話してるんじゃないですか。…それで次の仕事はなんですか?」
「繰り返しになるが…すまないな。首相も長官もお前のことは評価している。だからこそ、俺もお前にーー「次の仕事は?」
「……お前の次の仕事は、公安の監視だ」
「公安って……課長、私の実情は知っていますよね」
「ああ、知っているとも。だがやってもらう。知っての通り、公安は、我らが内調と目下対立関係にある。公安の対魔課の悪魔の収容数の正確な数は不明だが、少なくとも内調の3倍は保有していると見られる。たかが、一庁の一課にこれだけの悪魔を任せるのはどう考えても危険だ。これは、官邸主導の政治を目指す首相の意向にもそぐわない。お前の任務は、公安の悪魔の収容の実態と、公安のデビルハンターの戦力の解明だ。詳しい情報は、資料を確認するように」
「…私が捕まったら、ちゃんと助けをよこしてくださいよ?」
「そんな戦力は、うちにはない」
「…そうですか。なら精々私の無事を願っていてください」
俺は課長から資料を受け取ると、そそくさと帰ろうとする。
久しぶりの帰宅なのだ。さっさと帰りたい。
その時、課長が俺を呼び止めた。何か?まだ何かあるのか?
「…安心しろマキマ。お前は、ここに来た当初とは違う。誰もお前を化け物だとは思わねぇよ」
思いもよらぬ言葉だった。
俺は憑依する前のマキマを知らない。
全くの別人格なのだから、比較されることは心外だ。
「はい?別に私はーー」
俺が振り返った時、職場の人間の大半が此方を見つめていた。
皆一様に生暖かい目をしている。
なんだ、その目!そんな目で俺を見るな!
「か、帰ります、終電近いんでっ」
俺は、皆の視線に耐えきれず、急いで庁舎を飛び出した。
(2)
ガチャッ
佐藤 牧真と書かれた表札の隣のドアを開ける。
佐藤というのは、政府から与えられた俺の戸籍上の名前だ。牧真はただの当て字。
何日も家を空けていたので、郵便受けには様々な書類が溢れんばかりに入っているが、疲れていて取る気にすらならない。明日確認しよう。
都内にある寂れた賃貸のアパートの一室、それが俺の家だ。
家に入ると、埃とカビの匂いが鼻をつく。
この世界に転生してから、ずっと働き詰めだったし、家に帰る機会もほとんどなかったから、この家は俺が転生する前のまま放置されている。掃除だってろくにしていない。
そろそろヤバいなとは思いつつも、ついつい先送りにしてしまう。
ドッサ
俺はソファに寝転ぶ。ソファの表面の埃が宙に待って、照明に照らされてキラキラとひかる。
「あーーっ、疲れたーーーっ!」
俺はソファの上に横たわり、大きく伸びをする。
ポキッポキッボキッ
体の骨が伸びに合わせて悲鳴を上げる。
今度、休暇があったら整体行こ。いや、その前に掃除か。
ふと、部屋の隅にある本棚を見る。
本棚には本がそれなりに保管されている。
俺が買ったものは一つもない。全て憑依する前のマキマが買ったものだ。
『初心者でも分かる犬の飼い方』,『犬派のすゝめ』、『犬図鑑』……etc
犬…好きなのか、マキマは。あとは……
『住宅ローンの完全ガイド』、『固定金利と変動金利』
新しい家にでも引っ越そうとしていたのだろうか、不動産系の薄い冊子が並んでいる。
その横は…ってすごいクシャクシャ。使い古されたわけじゃない、故意にそうしたかのような跡のついた本が置いてある。なんかめちゃくちゃ付箋も貼ってあるし。一体どんな本なのか…
『友達の作り方』
その本のタイトルを見て、俺の脳内でダメ上司の言葉が再生される。
『安心しろマキマ。お前は、ここに来た当初とは違う。誰もお前を化け物だとは思わねぇよ』
………………はぁ…、…寝るか。
(3)
翌日、俺はペットショップへ足を運んでいた。 お目当ては、任務に使う適当な小動物。俺は小動物を操ったり、その感覚を共有したりすることができる。この能力は諜報がメインの内調では非常に重宝している。野良でもいいのだが、衛生的にあまり触りたくないので、作戦上必要な時は買うことにしている。
商店街の一角にある、爬虫類専門の寂れた店に入る。お目当ては「ネズミ」だ。
カランコロン
「いっらしゃいませー」
「餌用のマウスを10匹ほど」
「生き餌ですね。サイズはいかがしますか?」
「あー……」
できれば通気口や、下水管を徘徊できるサイズがいい。
だが小さすぎると、機能性に欠ける。
「じゃあ…アダルトLを5匹、アダルトMを5匹で、ホッパーを1匹」
「毎度あり」
全部で2500円…破格の値段だな。
(4)
良い買い物したあとは、気分が良くなる。
「ネズミ1匹600円の所もあるしなー。あのペットショップ屋さん、どうやって黒字出してんだろ」
まぁぶっちゃけ俺は結構稼いでいるので、そこまでケチケチする必要はないのだが。
稼いでも使う暇がないから相変わらず生活水準が低いが、その分俺の銀行口座には預金金利だけで一般のサラリーマンの年収を超える程度にはお金が溜まっている。
まぁこれは、前世に比べてこの世界の日本の金利がやたら高いのも原因だが。
仕事が一段落したら、旅行なんていいかもしれない。
貯めたお金全部使って日本一週旅行なんてどうだろうか。
タッタッタッタッ
そんなことを考えながら帰路に着くと、どこからともなく足音が聞こえてきた。
ふとその方向を見ると、小学1,2年生ぐらいの女の子だろうか、何やら必死に走っている。
可愛いなぁ……いや変な意味じゃなくて、もっとこう、純粋に…
そんな感じで、頭の中で居もしない相手に弁明していると、女の子がコケた。
「い、痛いよぉっ。誰かぁっ、誰かぁっ!」
女の子は、地面に転んだまま、起き上がれずに叫んでいる。
転んだぐらいで大袈裟な子供だな、それとも本当に当たりどころが悪かったのだろうか。
俺は急いで女の子に駆け寄る。
「大丈夫?」
「あ!?あっ!えっと、その…お父さんがっ!」
「お父さん?貴方の父親がどうしたの?」
女の子は私にしがみつくようにして、叫んだ。
「お父さんが悪魔に足食べられちゃって!お母さんが!デビルハンター呼んできてって!」
女の子は必死の形相でそう言った。それが女の子が言っていることが嘘ではないことを物語っている。
「どこ?」
「あ、あの…結構遠くの方です」
まだ小さい子供だもんな。急に場所を聞かれても説明しずらいか。
「じゃあ私が貴方を担ぐから、貴方は道案内して」
俺がそういうと、女の子は何故か不安そうな顔をして何も言わずに口をパクパクさせた。
「どうしたの?」
「あ!いや、あの…お姉さんが戦うんですか…?」
そうか。俺見た目は非力な少女だもんな。この女の子が不安がるのも無理はないか。
だが事態は一刻を争う。少し怖い思いをさせてでも、この女の子には俺を信じてもらう。
ザンッ……ドサッ…
俺は、女の子の近くにある鉄製の看板を手刀で切り裂いさいた。
切り離された上部が鈍い音を立ててずれ落ちる。
「す、すごい…」
何故だろう。女の子は言葉とは裏腹に、さらに表情が曇った気がした。
しかし、それを俺が構っている暇はない。
「信じてくれた?」
「は、はい…」
「なら、ほら…おんぶしてあげるから今すぐお母さんのところに向かおう」
「…はい」
(5)
女の子の言う通り、現場はそれなりに遠かった。
どうやら女の子達は河原で悪魔と遭遇したらしい。
これだけ離れているのだから、俺の悪魔の力で体を補強してもなお、時間がかかってしまうのは仕方ない。
ネズミのプラスチックケースの入った紙袋は、俺がおぶっている女の子に持ってもらった。
女の子には、袋の中は開かないように言ってある。
ネズミ、嫌いかもしれないしね。
「ここです!ここ!」
背中で女の子が叫ぶ。
目の前には川が流れている。
都会を流れる川にしては綺麗な水が流れている、
「この河原沿いにお母さんがいるんだね?」
「はい!」
俺は空を見上げる。
曇天の空、雲に隠れては現れ、隠れては現れを繰り返しているトンビを見つける。
俺は、そのトンビに意識を集中させる。
「お、お姉ちゃん…?」
急に空を見上げたかと思えば、押し黙った俺に、女の子が困惑しているようだ。
無理もないが、今は黙ってもらおう。
「黙って」
「は、はい、ごめんなさいっ」
そうしている内に、トンビを操ることに成功する。
視界を共有し、川沿いを飛ばさせる。
何回かトンビや鷲を操ったことがあるが、彼らはとても目がいい。
数百メートル離れた場所から、カエルが飛び跳ねるのだって確認できる。
するとトンビの目に、川沿いに立つ2人が映る。
いやこれは私たちか。
じゃあ、もっと向こう側か。
俺はトンビをさらに川の上流方向に向かって飛ばす。
「いた」
男の人が河原に横たわっている。
その横には女の人が座り込んでいる。
「あ!?、お姉ちゃん!?」
俺は、女の子を置いて、全力で現場に向かった。
俺がきた時には全て手遅れだった。
女の子の父親は、頭と足から大量の血を流し、すでに事切れていた。
母親は、父親の傍で呆然自失となって座り込んでいた。
2人を襲っていたであろう悪魔は、母親が倒したのだろう。
ヒューッ ヒューッとか細い息をたてて瀕死の状態だった。
見るからに弱い悪魔だ。一般人でも、死に物狂いになれば殺せる程度には。
まぁなんにせよ、俺は間に合わなかったのだ。
最善は尽くした。俺以外のデビルハンターだったらもっと時間が掛かってた筈だ。
だが、それが何だと言うのだ。
タッタッタッ…タッ…
後ろから女の子の足音が俺に追いつき、後方で立ち止まった。
俺は振り向けなかった。合わせる顔がない。
「…ごめん」
そんな言葉しか出なかった。
すると、ゆっくりと女の子が近づいてくる音がする。
それでも振り返ることができなかった。
突然、俺の左手に柔らかい感触がした。
見ると、女の子がいつのまにか俺の横にきて、俺の手を握っていた。
「…お姉ちゃんのせいじゃない…ほんとに違うから」
そう言った女の子の表情は、俺に助けを求めていた時よりも、ずっと悲痛で、必死な顔をしていた。
その表情は俺の心に、女の子に対する大きな罪悪感と、何故か、微かな違和感を植え付けた。
(6)
デビルハンターや警察が来たのは、それから30分した時のことだった。
俺や、女の子、母親は、警察やデビルハンターから事情聴取を受けた。
俺は、偽造した民間のデビルハンターとしての身分証を提出し、質問に対しても適当に返していく。
転生した当初は、こう言った場面で自分の身分を隠し通すのは、それなりにヒヤヒヤすることだったが、今では平然と自分の身分を偽ることができる。
むしろ俺が終始気にかけていたのは、少し離れたところで自分と同じように事情聴取を受ける女の子の存在だ。
母親同様、呆然自失と言った具合だが、時より、何か思い詰めた表情をするのが見ていて辛かった。
一通り、事情聴取が終わり、帰宅の許可が降りる。
もう辺りは暗くなり始めている。
何だが今日は仕事をしたみたいに疲れた。
せっかくの休暇なのに、潰れてしまったな。
あ、帰ったら掃除しないとな。
「あ、あの!お姉ちゃん!」
「ん?」
女の子が俺に話しかけてきた。
女の子の方も事情聴取から解放されたのか。
「あの、これ…」
見るとそれは、俺が女の子に預けていたネズミの入った紙袋だった。
すっかり存在を忘れていた。
密閉されていたはずだが、紙袋が開かれ、中からチュー、チューとネズミの鳴き声が聞こえる。
「ごめんなさい…中身見ちゃった」
女の子は申し訳なさそうに言った。
「んーん。私の荷物預かってくれてありがとう。ずっと持っててくれたんだね」
そう言って俺は女の子の頭を撫でる。
女の子は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「…ねぇお姉ちゃん。ネズミってかわいいね。ネズミって汚くて気持ち悪いものだと思ってたけど、近くで見るとこんなにかわいいんだね」
子供はそう感じるのか。俺は餌用マウスをかわいいなんて微塵も思わないが。
「…そうだね。確かに近くで見るとかわいいよね。…1匹あげようか?」
俺がそう言うと、女の子は、目を輝かせて言った。
「いいの!?ほんとだね!?ほんとだね!?」
こんなに喜んでくれるとは思わなかった。
こんな端金のネズミで女の子が少しでも元気になってくれるのなら、それこそ儲けものだ。
「お母さんに確認してくるね!」
タッタッタッと母に駆け寄る女の子。
その姿に俺の汚い心が洗われながらも、ふと疑問に思った。
なぜ、母親は女の子にデビルハンターを呼ばせたのだろう。 悪魔はあの時点で既に母親が自力で無力化していたらしい。デビルハンターに傷を癒す力はない。呼んでも意味がないことは、分かっていたはずだ。
……つまり、女の子は「遠ざけられた」のだ。 事切れていく父親の姿を、直視させないために。
俺が間に合うとか、間に合わないとか、そんな次元の話じゃなかった。最初から、俺にできることなんて何もなかったんだ。
「……ごめんね」
思わず、そう呟いた。
遠くで母親の許可を得たのか、女の子がこちらに振り返った。
母親は、俺におじぎをしている。
女の子も、母親も、白い歯を見せて笑っていた。