深宇宙論破   作:鹿手袋こはぜ

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非日常編

「もうさ、丸一日待ちくたびれたよー。時間ギリギリに死体が見つかるんだもんなあ」モノクマは疲れたように伸びをする。「でもさ、鷹城さんの寝ぼけた顔が一気に青ざめる様子とかさ、抱腹絶倒ものだったよね!」

 

 モノクマは愉快そうに腹を抱えて笑った。拳に力が入る。

 彼の横にあるモニターは残り時間四分のところで止まっていた。これは「死体発見アナウンス」が流れた時点で止まった。そのアナウンスが流れたのは、三池が食堂までみんなを呼びに行き、大勢が現場を目撃したときであった。

 そしてそのアナウンスにより、死を悼む間もなく、私たちは庭園に集められた。

 

「いやあ、オマエラってばいつまで経っても殺さないからハラハラしてたけど、でもけっきょくは動機一つで殺しちゃうんだ。人間って怖いよね、昨日まで笑い合っていた相手でも簡単に殺せちゃうんだもんね」

 

 モノクマは言いたい放題に言葉を重ねていた。人の命をなんとも思っていなさそうな言葉遣いに、私は全身に力が入る感触を覚えた。許されるのなら、今すぐにでもそのアンバランスで気色が悪い口をふさいでやりたい。

 

「テメエが殺したんだろうがよ!」

 

 喉が張り裂けんばかりに声を張って言った。いい加減、我慢の限界だった。

 

「昨日の夜、長瀞の部屋の鍵は、閉まってたんだ」肩で呼吸をして続ける。「長瀞は怖がってた。誰かに殺されるんじゃないかって怯えてた。そんなやつが夜時間に鍵を開けたとは思えねぇ……鍵を開けられたのはオメエくらいだろうがよ、モノクマ!」

「ボクが長瀞さんを殺す……?」モノクマはとぼけたように首を傾げた。「そんなわけないじゃん。長瀞サンを殺したのは間違いなくオマエラの中の誰かなんだよ」

「俺たちの中の誰かが殺しただって?」

「そうだよ。さっきからそう言ってるじゃん。オマエラの中の誰かが、長瀞サンを殺害したの」

 

 ばっちりカメラで映ってたんだからね、とモノクマは庭園の隅にある監視カメラを指さした。

 

「それにさあ、キミたちを殺したいならとっくの昔にそうしてるよ。例えば……攫ったときとかね」

 

 モノクマは不気味な笑みを浮かべた。いつもよりも一段と低い声色は、それだけでモノクマの話に真剣味を持たせた。

 

「でもボクが殺しちゃうと興ざめだから、ここまでお膳立てをして、コロシアイを開いてるんだってこと、理解してほしいなあ」

「理解なんてできるか!」

 

 肺に残った空気を絞り出すようにして言った。

 けれど私の言葉は、モノクマには一つも響かなかった。

 

「ま、いいけどさ。でも現実を受け入れないと、これから起こる学級裁判で勝てないよ」

「学級裁判……?」

「そう、学級裁判! 誰が長瀞サンを殺したのか、オマエラはそれを探し当てなければなりません」

 

 ピロン、と電子生徒手帳が鳴った。モノクマは口を閉ざし、「確認してみな」とでも言いたげな様子だった。

 それが余計、癇に障った。

 

「やめとけ」

 

 この身体に満ちる感情に任せて一歩前に出ると、後ろから春田が肩を掴んできた。鬱陶しかったが、跡が残りそうなくらいに強く掴んでくるので、ハッと冷静になった。

 私は今なにをしようとしていたのだろう。このまま前に出ていれば、きっと手が出ていた。そうなると……。

 強く奥歯を噛みしめる。己の無力さを痛感するのは、これで何度目だろうか。

 

 モノクマに従うのは不服だったが、渋々校則の欄を開いた。すると項目が三つ追加されていた。

 

8、生徒内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員参加が義務付けられる学級裁判が行われます。

9、学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

10、学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけがチェックアウトとなり、残りの生徒は全員処刑です。

 

「細かいルールはまたあとで説明するとして……学級裁判が開かれるまでの一定時間、オマエラには事件の証拠を集めてもらいます。そして学級裁判では長瀞さんを殺したクロが誰なのかを言い当ててもらいます」

「そんなこと、いきなりやれって言われたって……」

「処刑ッて、死ぬっつーてことか!? 犯人が分からねーと死ぬのか? 俺たち!」

 

 庭園に動揺が広がる。モノクマは宥めるような声で続ける。

 

「まあまあ弱気にならないでよ。一応こんなものも用意してみたからさ」

 

 ピロンと電子生徒手帳が鳴った。見ると新しいアプリが増えていた。それにはモノクマファイルと名付けられており、開くと長瀞の死体現場について大まかな情報が書かれてあった。

 被害者は超高校級の登山家である長瀞桜。死体発見現場は十六階にある長瀞の個室。被害者はリビングルームで死亡。右肩付近の首元に刺し傷が一か所あり。その他外傷は見られない。

 長瀞の死が、至極端的にまとめられた文章を読んでも、私は未だに現実のようには思えなかった。死体を目の当たりにしたのにも関わらずだ。

 

「最初だし捜査の時間は長めに取ってあげるよ。一度裁判場に入ったらもう戻れないから、きちんと悔いのないように調べることだね」モノクマは偉そうに人差し指を立ててぺらぺらと語った。「それじゃ、頑張ってねー」

 

 ばーいくま、とモノクマは噴水の影に姿を消した。

 もう既に捜査の時間は始まっているようだ。けれど誰もこの場から動こうとはしない。どうするべきか対応を決めかねているらしかった。

 すると一人が口を開いた。いつも場をかき乱す江見が話し出した。

 

「長瀞サンはさぁ、いつ殺されたんだろうねぇ……」

 

 早くも彼は長瀞が殺されたのだという事実を受け入れているようだった。

 

「確かになあ……ウチもあの子のこと、昨日の朝以来見とらん気ぃするわ」

「それなんだけど……」三池は恐る恐る手を挙げた。「昨日の昼食後に、僕と鷹城さんで長瀞さんの部屋に行ったんだ。そのときはまだちゃんと生きてたよ」

「昼食後って……具体的に何時までですカ?」

「ええっと……一六時だったかな? 部屋を出たのは。そうだよね?」

 

 三池が問いかけてくる。ハッキリした時間は憶えていなかったが、確かにそれくらいだったと記憶していたので、「ああ」と返答した。

 

「それについてなんだが……昨日の夜時間後、二二時頃に自室へシャワーを浴びに行ったとき、長瀞の部屋の前に立っている鷹城を見た」

 

 春田は淡々とした口調で続けた。

 

「鷹城。お前はあのとき、長瀞が寝ている、と言っていたが、そう確信できるだけのなにかがあったのか?」

 

 聞かれて返事に困った。私は戸惑いながらも素直に話した。

 

「なにかっていうか……単純に、部屋の鍵がかかってたから、中にいるんだろうなって思っただけだ」

「それってほんとの話?」

「長瀞の部屋に鍵がかかっていたのは事実だ。俺も確認している。ただ……たとえば数十分に顔を合わせていたりで、直前まで生きていたと確信が持てる出来事があったのかと気になったのだが……」

 

 春田は思案顔でこちらを見つめてくる。私はバツが悪そうに「一六時に会ったのが最後だ」と答えた。

 

「じゃあ長瀞は部屋で寝てたんでしょ? 鍵もしっかりかけてさ。……やっぱり殺されようがなくない? クロってモノクマなんじゃないの?」

「それは考えにくいでしょう。モノクマの目的は私たちに”コロシアイ”をさせることですから、そこにゲームマスターであるモノクマが介入すると”希望ヶ峰学園生徒たちのコロシアイ”という前提から崩れてしまう。それはモノクマにとって望ましくないことでしょうし、避けたいことでしょう。……今回も、あくまで動機という形でしか干渉してこなかったのですから」

「泡瀬がなに言ってるか半分も分かんなかったけど……みんなそれで納得してる感じ?」

 

 日怠と泡瀬が言葉を交わす。私は日怠寄りの気持ちだったが、理性では泡瀬の方が正しいと思った。

 モノクマが私たちを殺す理由なんてないのだ。無論、こんなコロシアイなんてものに巻き込まれている時点であらゆる常識は通用しないが、モノクマは私たちが生きていられるように清潔な環境を整え、食事まで用意しているのだ。そのうえ私たちの中の誰かが人殺しをするように動機という仕掛けも用意するほどだった。

 そこまでしてモノクマ自身が手をかけたんじゃあ、本末転倒だろう。

 我ながらゲーム脳すぎるが、でも理屈は通っているはずだ。けど、そうなると……自然、私たちの誰かが長瀞を殺したことになる。この中に人殺しがいるという事実は、それだけで表現しがたい感情を生む。

 

「一つ、気になるんですケド」

 

 猿飛が律儀に挙手をして発言した。彼は私の方を見て訊ねてきた。

 

「鷹城さんはどうして長瀞さんの部屋の前にいたんですか?」

「それは……長瀞のやつが一人で寝るのは怖いって言うから、一緒に過ごす約束だったんだよ」

「でもそれって変じゃないです? 約束していたのに部屋から出てこなかったなんてありマス?」

「寝過ごして、部屋に行くのが遅くなったんだよ」

「寝過ごしって……それほんとのことですカ? 今の話だと鷹城さんが怪しいように思えますケド」

「それは……」

 

 言葉に詰まった。なんて返せば良いのだろう。突然疑いを向けられて頭が真っ白になった。

 すると春田が猿飛に言葉を返した。

 

「いまあれこれ疑いを向けるのはやめよう。結論付けるには判断材料が少なすぎる」

 

 それよりも、と春田はこの場に響くような大きな手拍子で雰囲気を仕切りなおした。

 

「捜査できる時間には制限があるらしい。今すべきことは証拠もなく犯人を決めつけることじゃなくて、手がかりを探し犯人を見つけることだ。違うか?」

 

 俺は改めて現場を見てくる。そう言って春田は庭園を出た。それに釣られるようにして一人二人と庭園を出て行った。

 猿飛は相変わらず私を疑っているようだったが、さっき以上に突っかかってくることはなかった。けれどそのとき向けられた視線には、やはり明確な敵意が含まれていた。

 

 

 

 

 猿飛の言うように私はかなり怪しい立場にいた。殺害された長瀞と一緒に過ごす約束をしていて、あろうことか寝過ごして部屋に入れなかったなんて説明は信じがたい。それに約束していたから容易に部屋へ入れたのではという推測だってできてしまう。

 私自身、怪しいと思う。けれど私は殺してない。

 でもそんなこと言ったって、私が人殺しでないことの証明にはならない。そして長瀞を殺した何者かを捕まえる手立てにだってなりやしない。今はもっと別のことを考えるべきなのだ。だけど……。

 

「捜査っつったってなにすりゃあいいのか」

 

 私は玄関ホールに立ち竦んだまま戸惑っていた。

 冷たい空気が身体を芯から冷やすと共に、私は長瀞の死を実感しつつあった。長瀞は死んだ。誰かに殺された。一体誰に?

 それを見つけるために殺人現場に向かわねばならないと頭では分かっていても気が引けた。改めて彼女の死体を見たとき、どのような感情が湧き起こるのか想像ができなかった。

 

 そんな私を見かねてか、後ろから声をかけてくる者がいた。ベルだった。

 

「鷹城さんは捜査なされないのですか?」

「いや、するよ。するけど……」

 

 気分が向かなくって天井を見上げた。長瀞が死んだ。私は殺しの犯人として薄っすらだが疑われている。そんな状況からは一刻も脱せねばならないだろうが、私はこんな環境下に置かれても依然やる気が湧いてこないのだった。一年前の一件以来、私は生きる活力をとうに失っていた。

 このまま私が犯人として扱われ、そのまま進んでいったらどうなるのだろう。私は汚名を被り死ぬのだろう。嫌な死に方だなと思った。

 でもそれだけだ。私はもう、自分自身になにも期待を持てていない。犯人を見つけられるとも思わない。

 長瀞の死と向き合って傷つくくらいならこのままでいた方がマシかもしれないと、卑屈な感情が胸中を占めつつあった。

 

 ベルは私の顔を見て、キュッと口元を固く結んだ。そして決心が決まったような顔つきでこう言ってきた。

 

「長瀞さんの仇討ちをしましょう」

「仇討ちなんて、長瀞とはそんな間柄でもねえし」

「すぐそういうことを言う……!」

 

 パシンッ、とベルは私のケツをひっぱたいた。音もさることながら、骨の芯まで響くような痛みに思わず飛び上がった。

 なにしやがんだと文句が口から出そうになったが、ベルの真剣な表情を見て言葉を飲み込んだ。

 

「少なくとも私の目にはお二人が友人のように映っていました。鷹城さんがどう思っていたとしても、間違いなく長瀞さんはあなたのことを親しい友と認めていたはずです」

 

 ベルは真っ直ぐな目でこちらを見てくる。それがとても辛かった。目を逸らすと、ベルはムッとした表情で私の顔を覗き込んでくるのだった。

 

「鷹城さんがどうしてそんなに後ろ向きなのかわたしには分かりませんが、このままじゃあなただけでなく他のみなさんも死んでしまいます」力なく垂れ下がった私の両手を、ベルの両手が包み込む。「鷹城さん、力を合わせて事件の概要を明らかにしましょう」

 

 ああだのこうだの人に言われると嫌気がさしてくる。私はやけっぱちに言葉を発した。

 

「言われなくったって、そのつもりだよ……! 私だって別に死にたいわけじゃねえし、長瀞を殺した奴のことは許せねえし。……けど、死体現場に行くのが、嫌なんだ」

 

 長瀞のことが嫌いなわけじゃない。あいつは面倒くさいが、いい奴だった。

 でもだからこそ、冷静になった今、長瀞の死体を改めてみたときにどんな気持ちになるのか想像ができないのだ。

 ものすごく悲しくなったらどうしよう。ものすごく辛くなったらどうしよう。あるいは、なにも思えない自分がいたらどうしよう。

 

「だったらわたしが一緒について行きます。きっと二人なら、なんとかなるはずです」

「……なんとかなるって、なんつうアバウトな」

「すみません。でもよく言うじゃないですか。二人で頑張ればなんとかなる! ってやつですよ」

 

 んなフレーズ聞いたことねえ。

 そう思うと、微かに口角が上がり、息が漏れた。アンナが言いそうにないことばかり喋るので、ちょっとおもしろかった。

 そうして胸に詰まっていた澱を全て吐き出すように、深く息を吐いた。少しだけ、元気が出た。

 

「分かった。行こう」

 

 ベルの顔を見る。しかと目を見て、意思を伝えた。

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