私はベルを連れて事件現場にやって来た。部屋の扉は開け放たれており、廊下から中の様子がうかがえる。春田と此乃咲の二人が、長瀞の身体を囲っていた。
風に乗って微かに生臭い匂いがする。血の臭いだ。死体を見ずとも今朝の出来事が思い起こされた。一瞬足が止まるも、私は息を吐いて扉をくぐった。
(なんだ? これ)
玄関に足を踏み入れると、足元からぴしゃりと音がなった。見れば水たまりができていた。今朝は気にも留めていなかったが、少なくとも昨日はこんなことになっていなかった。
なぜだろうと不思議に感じたが、ひとまず疑問は捨て置き、前に進んだ。
リビングルームに進むとより血の臭いは濃くなった。今朝は臭いを感じる暇もなかったが、一度冷静になったせいか嗅覚が鋭敏に働いていた。
長瀞は今朝と同じ格好でソファに座っていた。血の気の引いた青白い顔、ぱっくりと開いた首元の傷。傷口の血液は既に固まっており、死後数時間以上が経過しているだろうと推察できた。
正直、死体を見ても学のない私にはなにも分からなかった。頸動脈を切り裂かれたのが死因なのだろうと、一行で書き終えられる感想しか出なかった。
実のところそれが精いっぱいで、私は想像していた以上にショックを受けていた。親しいとまではいかずとも、新しくできた知人の喪失はつらいことだった。だから人と付き合うのは嫌なのだ。仲良くなってもいずれ消えていく。どれだけこちらが信頼を寄せても、向こうはそれに応えてくれることはない。長瀞だって、けっきょく、死んでしまった。
「鷹城さん」
深い思索から意識を引き上げたのはベルの声だった。リビングの入り口で立ち止まっていた私のそばに来て、彼女は長瀞を真っ直ぐ見ながら言葉を投げかけてきた。
「痛ましい状況ですが、長瀞さんのためにも犯人を見つけましょう」
「……お前は私を疑わないのか?」
「ええ。だって鷹城さんが犯人だと断定できる証拠はまだ見ていませんから」
さも当然のようにベルは言った。彼女にとってはただ当たり前のことを言っただけなのかもしれない。けれどその言葉が少しばかり私の背を押してくれたのだった。
「変なやつ」
悪態を吐いてしまう。けどさっきまでの暗い気持ちが少しだけほぐれた。
「私は、長瀞を殺したやつに、一発拳を叩き込んでやりたい」
「ええ、私も同じ気持ちです。ワンツー! と決めてやりましょう」
ベルはキレの良いパンチコンビネーションを繰り出して言った。
変なやつだけど、そのおかしな感じが、私の背中を強く押してくれた。
私は意を決してリビングに足を踏み入れた。ぐずぐずしてると長瀞に怒られそうだったから。
死体の周りには春田と此乃咲が立っていた。二人はどうやら首元の傷を詳しく調べるとともに、その他外傷がないかを調べていた。
彼ら曰く、目立った外傷は首元の大きな傷のみ。包丁サイズの刃物で刺されたのだろうとの推察だった。刃物のサイズまで分かるのかと驚きだったが、そこは此乃咲が詳しかった。こいつは科学やら薬学やら複数の分野に精通しているから、身体やその傷跡について詳しくても違和感はなかった。
「えらい深い刺し傷やわ。太い血管だけやのうて、細いのんもあらかた切断されてもぉとるから、どうしようもないなあ」
「どうしようもない、ってのは?」
「その場にどんだけええ医者がおっても助けられんかったやろなゆうことや。数秒で頭に血が行かんようなってそのまま意識失ったやろうから、痛み感じる暇もなかったやろうし。……ま、それがせめてもの救いやわ」
「救い……?」
顔をしかめて此乃咲の方を見る。此乃咲は色付き眼鏡の奥で目を見開いて、バツが悪そうに頬をかいた。
「ああ、気い障ったんなら悪いなあ。苦しむよりはええ思うただけなんやけど……」
此乃咲はそっと長瀞の頭を撫でた。長瀞は眠るように穏やかな顔で死んでいた。
「きれいな顔しとるわ。死に顔くらい、かいらしいほうがええやろ」
私は黙って頷いた。長瀞の表情に苦しみはなかった。
昨日、あれだけ取り乱していただけに、その安らかな表情が際立って見えた。
(長瀞のために、犯人を見つけよう)
人のためにと思うと、力が湧いてくる気がした。
「……? なんだこれ」
長瀞の足元になにやら白黒のものが落ちていた。気になって拾い上げると、それはモノクマのキーホルダーだった。
「これ……確か購買部で売ってるやつじゃなかったっけか」
「江見さんが購入していたものですね」
「ふうん……長瀞も買ったのか?」
でも、昨日この部屋では見かけていない。
となるとあの後わざわざ買いに行ったのだろうか? まさか、と思った。
「なにかあったのか?」
長瀞の足元でしゃがんでいた私たちに春田が声をかけてきた。私はキーホルダーに触らず説明したところ、春田も不思議そうな顔をしていた。
「趣味が悪いな……」
「まったくもって同感だぜ……。春田はなにか見つけたか?」
そう訊ねると、春田は神妙な顔つきで話し出した。
「見つけたわけじゃないが、あるはずのものがないことに気付いた」
「? どういう意味だ?」
「不可解なことに、凶器が見つからない」
「凶器?」
そう訊ねると春田は頷いた。
「ああ。長瀞の首をこうまでに深く傷つけた凶器だ」
言われて気が付く。傷跡からは刃物が既に抜き取られた後だった。それなのに部屋を見渡してもそれらしい凶器は見つからない。
「それに壁を見ると分かるように、刃物を抜いたとき、血飛沫の勢いは相当のものだったはずだ。犯人も間違いなく血を浴びたはずだが……いったい服はどうしたのだろう」
「ランドリーで洗ったとか?」
「それにしては玄関に続く廊下がキレイすぎる」
春田は部屋を見渡して言った。彼の言うように、部屋には事件の凄惨さを物語る血痕が残っている。壁には圧をかけた散水ホースを下から上へ浴びせかけたような血痕が残っており、出血の凄まじい勢いを物語っていた。長瀞のそばにいた犯人も血を浴びただろうことは想像に難くない。
「犯人はなにか血を浴びないようにするための施策をとったのかもしれない……しかしどうやって?」
春田は深く考え込み出した。私も同じように考えてみたが、答えはさっぱり思い浮かばない。
そこへベルが何気ないそぶりでこんなことを聞いてきた。
「そういえば、鷹城さんは昨日この部屋に来てるんですよね? 昨日と違うところはありませんか?」
「違うところっつったって……」
まじまじと部屋の様子を見ていたわけじゃねえし、なによりあいつがどんなもの持ってるかなんて興味なかったから、記憶は薄い。
強いて言うなら動機の写真くらいだが、それは昨日と変わらず机の上に置かれてあった。それと昨日三池が持ってきた魔法瓶。振ってみると、中身はほとんど残っていなかった。
「魔法瓶が気になりますか?」
「ああ。昨日、三池が持ってきてて、飲みながら話ししてたんだよ」
「少しお貸しいただけませんか?」
言われるがままに魔法瓶を手渡すと、ベルはためらいなく筒を開けた。その中身を覗き込んでベルはこう言った。
「これ、昨日わたしと萌上さんの二人で作ったスープですね。それも……一八時より前に作ったスープでしょうか? 魚の匂いがしません」
「魚?」
「ええ。昨日の一八時頃にスープへ魚を加えたのですが、その匂いがしないので、それ以前に作られたスープかと」
「へえ、すごいもんだな。実際これは昼頃に持ってきたもんだから、当たってるよ」
「えっへん」
ベルは胸を張ってみせた。緊張感のねえやつ。
満足したのかベルは魔法瓶を机に置いた。机の上には部屋の鍵も置かれてあった。
「あっ。鍵が曲がってますね……」
「ああ……なんか、服と一緒に洗濯して曲げちまったらしい」
それでも部屋の中にいれば内側から鍵がかけられる。防犯は問題なかったはずだ。
それともう一つ気になるものが机の上にあった。
「これ……なんだ? パズルか? 昨日はなかったな」
作りかけのジグソーパズルと、あとはバラバラのまま放置された立体パズルの数々。
昨日部屋に来たときにはなかったから、あのあと持ち込まれたものだろう。
「ふうむ。このピース数と完成度合いから考えて、およそ四時間といったところでしょうか」
「四時間?」
「ジグソーパズルをここまで組み上げるのに必要な時間です。慣れていないともう少しかかるかもしれませんが……」
ジグソーパズルには一筋の血痕が付着していた。それは壁にかかった血液と連続していたため、長瀞が殺されたときに着いた血痕なのだろうと思った。
「わたし実は特技がありまして、パズルに触れなくても完成系が分かるんですよ」
「……あ、そう」
「ルービックキューブとか迷いなく解けます」
「……じゃあこれは?」
「これは車の形になりますね」
「じゃあこれは?」
「飛行船です」
「じゃあこれは」
「サッカーボールのようですね」
「ふうん……」
無駄に高性能だな。
そもそもパズルって組み上げる過程が楽しいのであって、完成系にはあまり興味がないっていうか……。
「なんだか反応が薄いですね。地味でしたか?」
「いや、すごいんだろうけど……答えが合ってんのか分からねえからさ」
「……あんまりですよ。鷹城さんが”これは?”って訊いてきたんじゃないですか」
バツが悪くって髪をいじる。
ベルはまだ答えていないパズルのピースを組み立てながらこう言った。実際に組み立てて答えを見せてくれるようだ。
「これは写真立てですね。……おや、どうやらピースが足りないようです」
「足りない?」
「はい、ほらここのところが」
ベルは不自然に一部が欠けた状態にある写真立てを組み上げて机の上に置いた。ちょうど右の部分が抜け落ちていた。
「どこか床に落ちていたりしませんでしょうか」
「うーん……ねえな。たぶん倉庫にあったパズルだろうから、長瀞のやつが暇つぶしに持ってくるときに取りこぼしちまったのかな」
夜は一緒に過ごすと約束を交わしていたから、そのとき一緒にやろうと考えていたのかもしれない。
「リビング以外も見て回りませんか。春田さんが言っていたことも気になりますし」
春田が言っていたこと──凶器がないってのと、犯人が浴びたはずの血飛沫についてだったな。
「しかし長瀞さんはなにで殺されたのでしょう」
「なにって……刃物じゃねえの」
「刃物も様々あるじゃないですか。シャワールームの鏡を割って刃物にしたり。あるいは厨房から包丁を持ってきたり」
「それって大切なことか?」
「ええ、当然です。仮に鏡の破片なら破片を持ったとき手に着いた傷が証拠になったり……包丁なら、厨房を出入りしていた人物が怪しいです」
ベルの話を聞きながらベッドルームや洗面所、風呂場にも目を通した。洗面所には血がしみ込んだベッドシーツが捨てられてあった。おそらく犯人はこれを被って返り血を避けたのだろう。だが、そこにもやはり凶器は見当たらない。
学級裁判までどれぐらいの猶予があるのか分からなかった私たちは、早めに見切りをつけて部屋を出ることにした。そのときのことだった。ベルが扉の裏側を覗きながらこう言うのだった。
「これは……発泡スチロールと新聞紙でしょうか」
「みたいだな」
内開きの扉を開けた場合、壁と密に接し陰になる部分がある。そこに発泡スチロールと新聞紙が落ちてあった。しかも水溜まりができるくらいに濡れている。
発泡スチロールはちょうど肩幅くらいの大きさである。マジックペンで魚の名前が書かれており、おそらく厨房にあったものだろうと思われた。ただなぜそれが部屋のこんなところにあるのかまでは想像がつかなかった。
「これは昨日ありましたか?」
「……わかんねえ。けどあったら気付いてたと思う」
事件と直接関わりがあるかどうかも分からなかったので、私たち二人はそれ以上深く考えるのは辞めて、エレベーターで下の階まで降りて行った。
次にやってきたのは食堂だった。刃物が凶器なので、包丁に異変がないか確認しに来たのだ。けれど包丁はどれも揃っていた。殺人に持ち出された可能性がないかベルに訊ねたが、その可能性は薄いのではないかとベルは言った。
「鷹城さんと春田さんは二二時頃部屋に鍵がかかっていたとお話になられていました。それまで長瀞さんが生きていたなら、殺害時間は二二時以降の夜時間であるはずです。しかし昨夜、厨房の片づけを終えた際、調理器具がすべて揃っていることを萌上さんと一緒に確認しています。今朝もそれは変わりありませんでした。夜時間の間、食堂への出入りは禁じられていますから、夜時間の間の持ち出しもできなかったはずです」
「ふうん……夜時間以外なら持ち出すことができた可能性はあるのか?」
ベルは考えるそぶりを見せたあと、重たい動きで頷いた。
「可能性はあると思います。昨日はいろんな人が厨房を出入りしていました。自分で料理をしたり、果物を持ち出してかじったり……動機のことで不安だったんだと思います」
「ふうん」
「それにあのときはわたしと萌上さん、それと途中から日怠さんや城田さんも料理をしていたので、包丁がどれくらい使われていたのかまでは気が回らなかったです」
確かに昨日、食堂は人が集まりだすとともに賑やかさは増していった。それもただ食事をするためだけでなく、溜まり場のような様子であったのを覚えている。
そのうえ四人も厨房に常駐していて、それぞれが調理器具を使っていたのなら、包丁一本なくなっても気付くのは難しそうだ。
「そういえば」
「なんだ?」
「夕方以降、萌上さんが一時的に厨房から離れたのを覚えています。彼女の下ごしらえを引き継いで夕食を作りましたから、間違いありません」
「そのときも包丁は揃ってたのか?」
「……すみませんが、分かりません」
ですが、とベルは言葉を強調して言った。
「やはり殺害時間が夜時間であるなら、さきほども言ったように厨房からの凶器の持ち出しは不可能なはずです」
「なら、持ち出しはないのかもな」
(でも、それは)
殺害が夜時間に限る場合のことだろうと言いかけて辞めた。思いついたことをなんでも言って良いわけじゃないだろうから。
「萌上のやつとは仲がいいのか」
「ええ、人並みにはよくしてもらっています」
「ロボットのお前が言うと言葉の意味が違って聞こえるな……」
厨房を眺めながら思う。数日前、長瀞とサンドウィッチを作った日のことを思い出していた。
あのとき、厨房に一人でいる私のもとに、長瀞はサンドウィッチを二個持って話しかけてきた。二つとも自分で食べると言っていたけれど、一つは私のために持ってきてくれてたんじゃないかって、今更気付いた。
次に向かったのは購買部だ。長瀞の部屋に落ちていたモノクマのキーホルダーはここで売られているはずなのだが……。
「売り切れ? 嘘だろ?」
「マジだよマジ」
後ろから声をかけてきたのは米原だった。米原は腹に据えかねたような表情でこう語るのだった。
「訳あって買占めが起こったからなあ……大マジで」
「訳ってなんだよ」
「言えねえ……思い出したくもねえ……」
相当深刻なことが起きたような表情だが、いつもオーバーなリアクションをする米原のことだから、大した事情でもないかもしれない。
「なにがあったのかは知りませんが……お辛かったでしょうに」
「ベル、構う必要ねえよ」
「俺が言えるのはただひとつ! 博打はおっかねえってこと!」
「博打って……」
おおかたろくでもない理由なんだろうと決めつけて、その場を離れた。
次に向かったのは保健室だった。保健室には城田と猿飛がいた。二人とも長瀞とは仲が良かったから──いや、猿飛に関しては施設の探索時にこき使われていたというだけだが──ショックを受けているのではないかと思われたが、私が部屋に入った途端、猿飛は今朝同様私に疑いの目を向けてくるのだった。
「僕はあなたが一番怪しいと思っていますカラ」
開口一番にそう言って、猿飛は保健室から出て行ったのだ。
そしてそのあとに続くように、城田が私の肩を掴んで感情的に揺さぶった。
「そうなの? ねえ鷹城、あんたが殺したの? ねえ、嘘って言ってよ!」
「なわけねえだろ。猿飛の言うことなんか真に受けるなって」
「でも……! だって……!」
「ちょっと、静かにしてくれない? 奥で三池のやつが寝てんだから」
日怠が保健室奥のベッドを指した。カーテンがかかっている。置かれている靴は確かに三池のものだ。
情緒が不安定な城田と私の間にベルが入って来て、彼女は優しい手つきで城田の両肩に手を置いた。そして穏やかな声色で語り聞かせた。
「不安な気持ちはとても分かります。けれどわたしは鷹城さんが殺したとは思えませんし、その証拠も見つかっていません。……なによりあなたも、鷹城さんが長瀞さんを殺したと、本当にそう思えますか?」
「そう……そう、だよね。鷹城が、長瀞のこと殺すなんて、そんなの変……」
城田は具合の悪そうな顔色で、浅く呼吸を繰り返した。
ベルは軽く城田を抱擁し、背中をさすりながら私のほうを振り向いてこう訊いてきた。
「そういえば、昨日の夕食後に三池さんが倒れた話はお聞きしましたか?」
「ああ、春田からざっくりとだけど」
「夕食後から春田さんと此乃咲さん、それから倒れた三池さんはずっと保健室にいました。夜時間になってからはわたしも同席していましたから、夜時間の彼らのアリバイはわたしが保証します」
言われて疑問に感じる部分があり、私は訊ねた。
「でも昨日、夜時間に春田のやつを見かけたぜ。三池が倒れたって知ったのも、夜時間に春田から聞いたことだし」
「数分席を外すことや、シャワーを浴びるために二十分ほど席を外すことはありましたが……此乃咲さんは夜時間前に入浴を済ませていましたし、春田さんも鷹城さんと出会ったのはシャワーを浴びたあとではないですか?」
「それは……」
思い返してみる。ハッキリとした記憶はないが、確かにあのとき春田の髪は濡れていた。風呂上りなのにどうして個室を出るのだろうと疑問に思ったような気もする。
「十六階までエレベーターでもそこそこ時間かかりますし、二十分で殺害と入浴と移動を済ませられるとは思えません」
「うん……そうだな」
異論はなかった。だがもうひとつ疑問があった。
「保健室にいたやつは、本当に全員アリバイがあるのか?」
「ええ。保健室には三池さんを除いて必ず二人は留まるようにしていましたから、他の人たちが席を外すタイミングを見計らって犯行を図るのは困難でしょう」
「二人で留まるようにしていたのは、どうしてだ?」
「……過ちが起きないようにするためです。体調を崩している三池さん一人では、なにかあったときに抵抗できませんから」
それでも、まったく別の場所で過ちは起きてしまった。
ベルは沈痛な面持ちでいた。
三池は今朝から体調が悪そうで、今も奥のベッドで休んでいるらしい。
私はまともな顔色をした日怠に話を聞くことにした。
「なあ日怠。なにか見つかったか」
「なにかって……あんまり保健室来たことないから、分かんないけど」
「食堂のことでもいいんだが」
そう訊くと、日怠は渋るように眉を寄せた。
「食堂のことなら、強いて言うなら……使っていないはずの氷が消えてたってくらい」
「氷?」
「そ、氷。ねえそうだよね? 城田!」
名前を呼ばれて城田は肩をビクつかせたが、すぐに言葉を継いだ。
「氷、そう、製氷機から氷がなくなってたの。夜のデザートに使おうと思ってたのになくなってて……まだ砕く前だったから、結構大き目のサイズなんだけど」
城田の言葉を記憶に残す。氷ねえ……。
事件にどう関わりがあるのかはよく分からない。
「そういやさっき猿飛がいただろ。なんの話してたんだよ」
「あいつはあいつなりに証拠探してるみたいだったよ。……ま、あんたが犯人だって前提で動いてるみたいだけど。そういえば、そこのゴミ箱の中身を熱心に見てたっけ」
猿飛のやつ、おっかねえの。しかしゴミ箱ね……。
言われたとおり中を見てみると、錠剤の包装シートが落ちていた。使用済みのようで錠剤は残っていなかったが、シートに書かれた文言を読むにどうやら睡眠薬らしいとベルが言った。
「棚には消毒用のアルコール以外にも風邪薬など様々あってですね……あ、これ。これですよ」
ベルが棚から取り出したのは、確かにさきほど見た名前の薬だった。一応憶えておこう。
次は倉庫に向かった。端から端まで探しまわると骨が折れそうだったが、既に江見がいて、捜査を終えた頃のようだった。
「んー……異変と言えばぁ、こんなところかなぁ……?」
江見が手に持っていたのは意外なものだった。
「輸血パック?」
「隅の方に捨ててあったんだよぉ。いつからあったのかまでは分からないけどさぁ、死人が出たんだし、関係ありそうだよねぇ」
「…………」
江見がこういう血の色をしたものを持っているとなんだかすっごく怪しく見える。これで顔のあたりに血の跡なんかが残っていれば殺人鬼みたいな風貌なのだが……。
そんな私の思考もつゆ知らず、江見はこんな状況だってのに相変わらずの貼り付けたような笑顔を浮かべていた。
最後は焼却炉に向かった。ほとんどゴミがないので、異変があるとすぐに気づいた。
「これは凶器でしょうか」
「ああ……クソッ」
それは裁ちばさみだった。昨日、三池と一緒にここに捨てたはずの裁ちばさみには、これでもかというほどべったりと血糊がこびりついていた。
まさか、これが凶器だって言うのか? まさか、そんなはずが……。
すると、私の動揺する気持ちなどお構いなしに、無感情な機械音がホテル内に響き渡った。
それはモノクマの声で、捜査時間の終了と玄関ホールに集まるようにと一方的に伝えて切れた。
玄関ホールに向かう途中、保健室から出てくる三池と鉢合わせた。
「あ、鷹城さん……」
三池は私の顔を見ると、安心したようにほっと息を吐いた。けれど浮かない表情をしていた。
「大丈夫かよ、三池」
「うん、僕は全然……それより長瀞さんが」
「…………」
「そう、だよね。殺されちゃったんだよね。……あっ、そうだ」
思い出したように三池はジャケットの内側からなにかを取り出した。
「これ、この前、倉庫で三人で撮った写真」
三池は一枚の写真を見せてくれた。いまどき珍しい紙製の写真。機械による補正など一つもなく、また光の当て方もいい加減な、どこか古臭い写真。その中にまるで懐かしい思い出のようにして私と三池と長瀞が映っていた。
「長瀞さんにも見せたかったんだけど……」
「あいつは飛び跳ねて喜んだかもな」
写真の中の長瀞の笑顔を見て、より強く決意が固まった。長瀞のために犯人を見つけてみせる、と。まだ思い出にするには早すぎるほどに、生々しい気持ちが心の中で起こり始めていた。
「でも、現像……ってのは、できるもんなんだな。こんなホテルでも」
「簡単だよ。薬品さえそろえれば十分もあればできるからさ。ただそのせいで部屋に薬品の匂いが充満して大変だけど……。このホテル、窓が開けられなくって換気できないから大変だよね」
と三池は苦笑いを浮かべた。
私は写真をじっと眺めていた。