深宇宙論破   作:鹿手袋こはぜ

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Prologue 3

 廊下に出て先に進むと広いロビーに出た。大きな吹き抜けがあって一階や三階の様子が見られた。一際目を引いたのは大きな螺旋階段だった。真っ赤な絨毯が敷かれていて手すりにも赤色の装飾が施されてあった。身を乗りだして螺旋の真ん中を覗くとつい引き込まれてしまいそうな心地になる。

 手すりに指を添わせながらゆったりと階段を降りていった。ロビーの正面にある玄関口は立派なものだったが、扉の向こうは暗幕でも垂らされたように真っ暗だった。外に出られないか試してみたが扉は開かず、ベルは静かに首を横に振っていた。どうやら既に試した後だったらしい。

 そして当然のごとくロビーにも人はいない。受付もがらんとしていて深夜のような暗さがあった。

 

(けど向こうに誰かいるみたいだ)

 

 ロビーの一角に備え付けられたラウンジへ目をやると人の姿が見えた。彼らもまた同様に希望ヶ峰の制服を着ている。

 なにか談話の最中らしく男子生徒二人と女子生徒二人がソファに座り、膝くらいの高さの机を挟んで話をしている。机の上にはティーセットが人数分用意されてあった。

 

 先にベルが彼らへ声をかけた。一度彼らと挨拶を交わしているのか、軽く会釈をしてから私の方に目線を移した。

 

「どうも鷹城瑞樹です」

 

 つい敬語が出てしまう。さっき厨房にいたやつらと違ってこの四人はすごく大人びて見えたからかもしれない。

 

「どうもはじめまして鷹城さん。ご丁寧な挨拶ありがとう。わたくしは倉敷リオといいます」

 

 初めに名乗ったのは、真っ直ぐな背筋の彼女だった。倉敷は案ずるように眉を寄せて続けた。

 

 「顔色が優れないようだけれど、お座りになってはどう?」

 

 そう言って倉敷は己の隣を見やった。彼女の濡れたように艶やかな黒髪が首を動かす微かな動作によって肩の上からすだれのように落ちた。

 その光景につい目をとられしまい、一拍遅れて返事をした。

 

「遠慮しとく。長居するつもりじゃないし」

「そう」

 

 倉敷はにこやかに笑った。私もつい微かに笑みを浮かべて返す。

 彼女の柔和で落ち着いた雰囲気はさっきの荒れた厨房とは正反対の印象を私に与えた。きっとどこかのお嬢様かなにかなんだろう。

 すると私の様子を察してか、ベルが耳うちで「超高校級の令嬢」であると教えてくれた。立派な肩書きだと思うが、それを言わなかったのは、彼女が自分から誇示したがらない奥ゆかしい性格だからなのだろう。

 今度は男子生徒が名乗った。さっきは人影に隠れて気付かなかったが、彼は車椅子に座っていた。

 

「私の名前は泡瀬惣一郎。超高校級の天文学者と呼ばれています」

 

 どこかの国の王子様のように爽やかな表情と自然な金髪だった。ただ彼が乗っているのは白馬ではなく車椅子だ。膝にかけられたブランケットで様子はうかがえないが足が悪いようだ。

 

「天文学者っていうと、空を見上げて星を見つけたりとかするあれか?」

「空を見上げて、ですか……ククッ」

「……おかしなことでも言ったか」

 

 なにが面白いのか、泡瀬はこらえきれず笑みをこぼしていた。不満げに言葉を返すと、泡瀬は口角を上げたままこう答えた。

 

「いえいえ、滅相もございませんよ。むしろそういう認識のほうが嬉しいものです」

「どういうことだ?」

「天文学者は字面の華やかさに反して地味な仕事なのです。日々観測したデータから様々なことを推測したり、またそのようなことからなにが言えるのか考えたり……満天の星空の下で望遠鏡を覗くというロマンチックな光景とはかけ離れた、デスクでの作業が主ですから。少しくらいそういう良い印象を持たれている方が嬉しいなと」

 

 相変わらず泡瀬はクツクツと笑っていた。よっぽど私の言葉が愉快らしい。良い気分にはなれなかった。

 微かに眉間へ皺を寄せると、もう一人の男子生徒が肩をすくめてこう言ってきた。

 

「悪いな、変な奴だろ? こいつ」彼は困った顔で言った。「なにが笑いのツボなのか俺にもさっぱりなんだ」

「同感だが、でも謝る必要はねえよ。あなたは関係ないだろ?」

「ああ、そうだが……」

「…………」

「…………」

 

 私の名前はもう伝えてあるので、流れに沿って名乗ってもらえるものとばかり思っていたのだが、互いに黙りこくってしまい見つめ合うだけの奇妙な状況になってしまった。

 やがて彼はなにかに気付いたように目を見開くと、恐る恐るこう訊ねてきた。

 

「お前とは一応同じクラスのつもりでいたんだが……もしかして憶えてないのか?」

「……マジ? 今年か?」

「今年だ。だが憶えていないのも無理はないか。俺自身、週の半分は研究室にいたし、お前もどこかに行っていたようだからな。希望ヶ峰じゃよくあることだ」

「……、わりい。忘れちまってて」

「いいんだ、気にするな。いつも見かけないお前が意外と元気そうな面してて安心した……と言うには、体調悪そうだけどな」

 

 彼は笑っていた。……実際、二年生になると私はあまり教室にいなかった。無気力に学校へ行って、自分に与えられていた研究室──という名のサボり部屋──で昼寝をしていただけだったから。

 

「改めて、俺の名前は春田晃一だ。プログラマーをやっている」

 

 プログラマー……学校で習ったプログラミングの授業を思い返す。だがあんなに簡単なものではないのだろう。もっと複雑な、きっとコードを書いたりするようなやつだ。私には理解ができないような難しいことをしているんだなという認識はあるのだが、それ以上のこと……具体的にどういった凄さがあるのかはうまくイメージできなかった。

 そんな私の様子に気付いたのか、春田は語りだした。

 

「自慢じゃないが、プログラミングにも世界大会があってだな……一応幼いころから何度か優勝してる。あとは末端で携わっているだけだが、仮想現実システムの拡張やバグ取り、改善なんかにも携わっている」

「仮想現実!? すごいもんだな……! っていうとあれか、フルダイブのゲームとか」

「なんでもまずはゲームのことなんだな。ゲーマーらしくって良いな」

「っ! んなことねえよ。たまたま思いついただけで……」

「良いことだろ。まあゲームへの運用はまだまだ先だが、遠い未来じゃないから期待していてくれ」

 

 言葉に詰まるが、かろうじて頷く。

 実際フルダイブのゲームには幼い頃から憧れがあった。けれど、今となっては最新の情報も調べなくなってしまったなと、暗い気持ちになってしまった。

 

「やっとウチの番か」

 

 と、最後の女子生徒が話した。

 セミロングの髪を雑に後ろでまとめている彼女はゆったりと立ち上がって私に目線を合わせた。

 

「ウチの名前は此乃咲むいみ。超高校級の科学者っちゅう肩書きでやらせてもろとるわ。ま、よろしゅう」

 

 インドアっぽい見た目の彼女から関西弁が発せられているギャップに驚く。

 まあ関西人だってみんながみんなステレオタイプのような人でないことは理解している。だが黒縁メガネの奥に潜む真っ黒な瞳がギャップを感じさせるのだ。

 

「科学者か」

「せや。大した研究はしとらんのやけどな。ちょっと前にもタイムマシン作ろかゆうて失敗してもたし」

「タイムマシン!?」

「ま、けっきょく乗っとるヤツごと消えてもうたんやけど」

 

 此乃咲はカラカラと乾いた笑い声を混ぜて語った。

 消えた……? 質量保存の法則とやらが本当ならあり得ない話なんじゃないのか? タイムマシン成功の有無は分からないが、間違いなくなんらかの技術的革新を果たしているのではと思った。

 

「今はタイムマシンやめて薬品の研究しとるわ」

「タイムマシンと薬品って、なんつうか分類が違くねえか?」

「根っこの部分は同じやから」

「あ、そう……」

 

 絶対違う。タイムマシンと薬品開発の根っこが同じであってたまるか。こいつも天才肌タイプか。

 呆れた面持ちで彼女の顔を見る。此乃咲はなんら気にかかっていないようだった。

 

 さて、これで四人との自己紹介が終わった。

 一階はまだ見る箇所がありそうなので行こうかと思ったところで、天文学者の泡瀬がこう言った。 

 

「ベルくん。実はちょうど君の話をしていたところだったんだ。よければそこに座って話でもしないか」

「わたしの話をですか? ……ですが」

 

 ベルはこちらを見た。体調が悪い私のことを気遣っていたようだった。

 私は首を横に振った。

 

「だいぶ頭もすっきりしてきたし、一階は一人で見てまわることにする」

「そうですか。……なにかあったら大きな声で呼んでくださいねっ」

 

 ずいっと身を寄せてベルが言った。なぜ彼女はこうも心配してくれるのだろうかと思う。はじめに私が彼女へやったことを思うと後ろめたい気持ちになった。

 いたたまれなくなって、そっけない返事をして私はラウンジを離れた

 

(ありがとうぐらい言えばよかった)

 

 そんなことをぐだぐだと頭の中で考えながらロビーを見渡す。ロビーは相変わらずの無人だった。広さと同時に、足元から寒気がするようだった。両腕で身を抱えて構内図がないか辺りを見回していると、「瑞樹さん!」と私を呼びとめる声が後ろから聞こえてきた。

 振り返るとさっきのラウンジから見知らぬ女子生徒が私の名を呼んだようだった。はて、あのような人物がさっきまでいただろうか……見覚えはない。さっきの四人が囲んでいた机にはティーセットが揃えられていた。あれを用意したのがもしかすれば彼女なのかもしれない。

 

 私の名を呼んだ女子生徒はお盆をほっぽりだしてこちらに駆けてきた。細やかな足運びによってハタハタとロングスカートが揺れる。

 ぽかんと見つめていると、とっくに距離は縮まっていて、大きな声が似合う明るい笑顔で彼女は話しかけてきた。この暗いロビーでは一際明るく見えた。

 

「っ、はじめまして」

「おはようございますーっ。おやおやぁ? 顔色が優れませんねえ。さては寝不足ですかあ?」

「寝不足っていうか、体調が悪いっつうか……」

「それじゃダメですよう! ただいま身体が温まるお茶をお淹れしますのでぜひぜひこちらへどうぞ!」

「うわっ、ちょっ」

 

 彼女は畳みかけるように話すと、拒否する隙も与えぬ速さで強引に私の手を取った。その手は振り払おうにもガッチリ握られてしまっているのでどうしようもなかった。私は困惑しながら流されるままに彼女の後をついていった。

 

「いやあしかし、かわいらしい女の子がもう一人増えたのでわたしは嬉しい限りですう」

「かわいいって……っ、はあ!? 変なこと言うんじゃねえ」

「んまあ確かに、瑞樹さんはかわいいよりもダウナーといった感じでしょうか。でも女の子は女の子というだけでかわいらしい存在──おっと、おしゃべりの前に自己紹介が遅れておりましたね」

 

 彼女はその場でくるりとターンをし私の方を向く──髪が風に乗って広がる。彼女は姿勢を正し、下腹部の前で手を重ねる立ち姿で礼儀作法に則った振る舞いを見せた。

 

「わたしは超高校級のメイド、萌上ゆがみです。以後お見知りおきを!」

「メイド……超高校級ってことは」

「ええはい、希望ヶ峰の生徒ですう。とはいえ仕事の都合もあり通信で通わせていただいております。ですので瑞樹さんがわたしをご存じなくても不思議ではないかと」

 

 萌上は超高校級であることを胸を張って誇らしげに語った。

 なるほど、彼女が先ほど見せた礼儀正しいお辞儀は仕事柄身につけたものなのだろう。

 

 ふと相手がなにかを待っていることに気付いた。私はハッとなって口を開き名を名乗った。それを聞いて、萌上は調子よさげに悩みだした。

 

「なるほどなるほど、それでは瑞樹さんとお呼びしても?」

「……さっきそう呼んでなかったっけ?」

「実は瑞樹さんのことは以前からお慕いしておりましたので」

「……ああ、格ゲーで? 悪いけど、私もう格ゲーは──」

 

 うんざりした気持ちで首の後ろを擦った。超高校級の者が多く集まるこの場で、やはり私は超高校級のゲーマーの鷹城瑞樹として扱われる。格ゲーという嫌な思い出は私自身の風評としてどこまでも付いて回る。

 ファンだったなら、申し訳ないけれど。そんな気持ちがあふれてきたところを上から押さえつけるように萌上がグイっと身を乗り出してこう言った。

 

「ではでは瑞樹さん! わたしの名前は是非にゆがみんと! さあさあっ」

「……よろしく、萌上」

「ああんもう! いけずなんですからあっ」

 

 萌上は残念そうに笑う。会って間もないが、底抜けて明るい奴だと思った。

 

「さて瑞樹さんは気分が悪いそうですし、ぜひわたしのお茶を飲んでいただかなけば。ささ、こちらに」

 

 そう言って萌上は強引に私を引っ張った。向かう先はラウンジにあるバーカウンターである。先ほど別れたベルらの横を通り抜けていく。倉敷はなにやら事情を察したようにこちらを見ていた。

 萌上に案内され私はカウンターに座った。奥に行った萌上は慣れた手つきでお茶を淹れてくれた。ティーカップに入れられた紅茶は鼻を近づけるだけで芳醇な香りを醸す。紅茶は好みじゃなかったが、香りの良さに誘われて思わず口に含んだ。

 

「ん……美味い」

 

 紅茶の熱がじんわりと広がっていく。ほのかな甘みが舌を優しく包んだ。……なんだかとてもホッとする味だ。

 

「気に入っていただけたようでなによりです」萌上はにっこりと笑い、得意げにウインクをした。「なんせわたしの愛情と隠し味を入れましたからねえ。すぐに身体が熱くなってくるはずですよう」

「隠し味……?」

 

 言われた通り身体が熱くなってきた。隠し味に唐辛子でも入れたのだろうか……にしては辛みなんて感じなかった。気になってもう一口飲み込むが、正真正銘紅茶の風味と味だった。

 

「んふふ、そろそろ頭がぼんやりしてきたでしょう? 身体も火照ってきて……そしてだんだんわたしことが好きになぁる……わたしの部屋に来て同衾したくなぁる……」

「……ッならねえよ!」

「後悔はさせませんよ」

「そういう問題じゃねぇんだってば」

 

 ティーカップを置いて臆面もなく叫ぶ。……思ったより大きな声が出てしまった。なんだか気分が高揚している。

 

「ありゃりゃ、意地っ張りですね。そう心配なさらなくてもわたしに任せてくだされば、文字通り手取り足取りですね──」

「結構だ! なに言ってんのか分かんねえが、そういう趣味は、ねえ!」

 

 声を張り上げる。額に汗がにじんできた。

 急な体温の上昇と気分の高揚。それら身体の変化が起きたのは紅茶を飲んだ直後だった。明らかにこの紅茶が怪しい。つうか、隠し味ってやつが原因に違いない。

 私はティーカップを指さし思い切って問いただす。

 

「なに入れたんだ?! 毒か!」

「そんな滅相もありません! お湯と茶葉と、あとは惚れ薬しか……」

「惚れ薬!?」

 

 およそ日常生活で聞くことのない単語に素っ頓狂な声が出た。

 萌上は照れ恥ずかしそうにもじもじしながら話す。

 

「持ち合わせがなかったので即席で調合したのですが、やはりあり合わせのものだと効き目が薄いのでしょうか……?」

「なんつう話……倫理観はどこにやったんだ……?」

 

 呆れて物も言えない。萌上は全く反省していなさそうな顔で舌を出していた。倉敷がなにかを察したように私を見ていたのは一度これを体験していたからか……? だったら一言二言くれりゃいいのに。

 私はカウンターから身を乗り出し、無理やり氷と水を取る。そうして作った冷や水を飲むと火照りもマシになった。

 まだ身体の中心はポカポカしているが、さっきまで体調不良で寒気がしていたことを鑑みるとまだいいように思えた。

 

「私は女で、お前も女だろ? 惚れ薬なんざ使ってどうすんだよ」

「瑞樹さんってお堅い方なんですねえ。私は全然アリですけど」

 

 意外な返答に思わず口に含んだ水を吹き出す。

 そうだった。超高校級ってのはみんなこういう変なやつなんだった。道中いろんなやつと話をしたが、こいつが飛びぬけて頭のねじが飛んでやがる。初対面のやつに……そうでなくっても、一服盛るか? 普通。

 

 濡れた口元を拭いながらなるべく冷静に努めようとする。さっさとこのやべえ女から離れるべきだ……。だが冷静になって考えてみると、体調不良で冷え切っていた身体が萌上の紅茶で暖まったのは確かだった。結果論だが大きな悪影響もないようだし……。いや、この考え自体が既に惚れ薬の影響を受けているのでは!?

 

「……まあ、このことは後でキッチリ問い詰めるとして」

「わあ、お仕置きですかぁ? わたしそういうの大好きです!」

「っ……このことは水に流すとしてだ。萌上に訊きたいことがあるんだが」

 

 咳ばらいをして言葉を続けた。気を抜くと会話の主導権を握られてしまいそうで、なるべく目で圧をかけながら話した。

 

「わたしに訊きたいこと、ですかあ? わたしのプライベートなお話でしたらぜひ私室にまでお越しいただいた後になりますが」

「それはどうでもいいんだが、さっき私物の薬がないみたいな話してたけどよ」

「ええ、いつでもお嬢様を篭絡できるように媚薬を肌身離さず持ち歩いているのですが、この施設で目覚めたときには持っていなくて……」

「…………、つまり萌上もここに来た経緯は覚えてないってわけなんだな?」

 

 そう訊ねると、萌上は少し考えてからこう答えた。

 

「わたしがどうしてここにいるのかは存じ上げておりません。ですが誰かに連れ去られたことはおぼろげながら憶えておりますよ。買い出しに出かけているところを、白いバンに横付けされて、あっという間にさらわれてしまったので……」

「さらわれた……やっぱりみんなそうなのか? 誰に?」

「誰と訊かれましてもあっという間のことでしたし、なにより覆面をなさっていたような気もしますし。……おや、瑞樹さんもそうではないのですか?」

 

 意外そうな顔で萌上が訊き返してきた。私はどう答えたものかちょっと悩んだが、結局脚色することなく答えた。

 

「私は寝ている間に連れ去られたらしいんだ」

 

 そう返すと萌上はニヤニヤとやらしい笑みを浮かべる。なにがそんなにおかしいのか私にはさっぱり分からなかった。分かりたくもないと思った。

 

 しかし萌上も攫われたのか。ベルも言っていたが、やはりみんなは誰かの意思でここに連れてこられたのだろうか。

 だがいったい誰が? なぜ? 疑問は晴れない。

 

「ほお……寝込みを襲われたのですね。睡眠中はガードが甘いのですか?」

「希望ヶ峰の寮で寝泊まりしていたから、けっしてセキュリティが甘かったとは思わないんだがな」

 

 私がそう答えると、萌上は深く頷いた。

 

「でしたら夜間警護はぜひこのわたしにお任せください! 瑞樹さんの安全も操もわたしがお守りしましょう!」

「いや、いいよ……。私は他のところに行ってくるから。じゃあな萌上」

「!? ち、ちょっと待ってくださいよう! どこに行かれるのですか?」

「どこって……他のとこ」

 

 ベルの話じゃ一階にもまだなにかあるみたいだし。

 素直に答えると、萌上は愕然とした表情で口をパクパクとさせていた。

 

「なにがあるのか見に行くだけだってば」

「いけませんいけません! わたしもついていきますよう!」

「いや、いいよ……」

「いえいえーご遠慮なさらずに! 瑞樹さんってばそういう遠慮なさるところが愛いらしいですねえ」

 

 カウンターから身を乗り出し、萌上は早口で言い切った。

 遠慮しているわけではないのだが……。

 

「善は急げですよ! ささ、行きましょう行きましょう!」

 

 萌上はカウンターから飛び出し、私の肩を押していった。

 

 ロビーを突き抜け通路を行く。道中には医務室があった。横になって休めるスペースや薬棚に用意された各種包帯薬品等……目新しいものはない。輸血パックも用意されており、そこに書かれた日付を見るとかなり最近であった。厨房に用意されていた食材も新鮮だったし、施設全体が清潔に保たれている以上、決して廃墟ではないはずなのだが、だがそれにしては、人がいた痕跡らしいものはどこにも見当たらなかった。

 

 医務室から更に先へ進むと倉庫があった。

 重たい扉を開けると既に明かりがついていた。見れば男子生徒が二人いた。こちらに気付いたのか線の細い男子生徒が柔和な笑顔を浮かべて手を振ってきた。

 手を振り返し、彼らのもとまで行く。近くに寄れば顔も良く見えた。

 

「オハヨウオハヨウ。制服を見るにさぁ? 君も希望ヶ峰の生徒?」

「あんたらもそうなんだろ?」

 

 彼の胸元にある希望ヶ峰のエンブレムへ視線をやった。すると彼はまたくしゃりと笑った。よく笑うやつだ。

 

「ボクは超高校級の配信者、江見トスカ。ほら、ゲーム実況とかでさぁ? ボクのこと見たことない?」

「いや……知らねえけど」

 

 素直に返事をすると、江見は残念そうに溜息をついた。

 

「はぁ、みんな生配信とか観ないのかなぁ。誰に訊いても知らないって言うし……なんか怪しいものを見るような目で見てくるし」

 

 江見はわざとらしく肩を落として言う。ただすぐにまた笑みを浮かべた。そうして無理やり笑顔を取り繕っているのが怪しいと思われる原因なのではないだろうか。

 

「怪しいですよーっ。なんか人を見る目が変と言いますか」

「そうはっきり言われるとさぁ……? ボクも傷つくっていうか……ね?」

 

 萌上が私を庇うように前へ出る。江見は肩を落としながらも笑顔を崩さない。

 すると奥からもう一人やって来た。

 短く切りそろえられた清潔さのある髪型に、すっきりとした眉。ただ彼の表情はあまり明るくない──私同様に体調が優れないらしい。だがそれでも制服のネクタイをきちんと締めボタンも上まで閉じ切っているあたり真面目な性格なのだろうと思われた。

 

「はじめまして鷹城さん。僕は三池蘭次郎。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、聞こえてきたからつい」

 

 三池は申し訳なさそうに笑った。

 妙に律儀なところまでまさしく真面目って感じだ。

 

「おや、三池さんではないですか」

「知ってるのか?」

「ええはい、さきほど挨拶しましたから。三池さんは造形作家をなさってるんですよーっ」

「造形作家っつうと……彫刻とかか?」

「それもやってるけど、一番得意なのはプラモデルかな」

「プラモデル? あの、ロボットとかのやつ?」

 

 思いついたものを適当に挙げる。すると三池は喜ばしそうに表情を綻ばせた。

 

「そうそう、知ってるんなら話が早いや。簡単な話、色塗ったりジオラマ作ったり、やってることは単純なんだけどね」

 

 へえ、と適当な相槌を打つ。プラモの話になると三池の目の輝きが見るからに変わった。よっぽどプラモが好きらしい。

 だが私はその方面にめっきり疎いので上手く想像がつかなかった。超高校級と呼ばれるからにはかなりの実績があるはずなのだが、彼の謙遜混じりの説明からはそういった特色も浮かんでこない。作品作りのこだわりとか、信念とか……自慢げに語られると鬱陶しいが、こうも謙虚だとかえって物足りなさを感じた。

 すると萌上が明るい声で三池のことについて話し出した。どうやら三池のことを詳しく知っているようだった。

 

「三池さんは界隈で有名な方なんですよ。その技術力と発想力から”創造神”と呼ばれるほどなんですから」

「創造神?」

「三〇センチ四方の箱の中で作られた一つの世界。それはもう本当に素晴らしいもので……」

 

 と萌上はやたら気合の入った語りでスラスラと述べ出した。

 

「えらく詳しいな」

「わたし美少女フィギュアを趣味で集めているので、塗装は少々齧っておりまして」

 

 得意げな萌上の反応に三池は少し照れくさそうだった。

 彼は補足するようにこう言った。

 

「画像とかがあれば分かりやすいんだろうけどね……普段は自分で作ったストラップを持ち歩いてるんだけど、それもどこかにいっちゃってさ」

 

 三池は悲しそうに言った。そういえば萌上も普段から持ち歩いている惚れ薬がなくなっていたという。

 制服に着替えさせられた以上私服だってないわけで。それにはなにか理由があったりするのだろうか。

 

 そんなことを考えていると江見もまた「ボクも髪留めがないんだよねぇ」と前髪を触りながら言った。だがずっと口角を上げて笑っているからか、悲壮さは感じられなかった。

 

「この倉庫には色々あるみたいでさぁ。ちょっとした道具や衣類まであるから、なにか困ったらはじめはここに来るのが良いかもねぇ」

 

 江見は倉庫を見渡して言った。確かに入り口から見える分だけでも様々なものが目に入った。縄、大きな布、ブルーシート、カラーコーンにキャンバス……人くらいの大きさのぬいぐるみまでありやがる。カタログを開いて適当に選べばこうなるのだろうと思えるラインナップだ。まあ似たものは集めて置いてあるのでまったくの無秩序ではないのだが。

 

「色々あるみたいだけど、色々が過ぎると訳が分からなくなるね……」

 

 とは三池の弁だった。まったくもって同感である。

 二言ほど会話を交わしたのち彼らとは別れ、倉庫を出た。通路を更に奥へ進むとゴミ捨て場があった。そこはいくつかの区画で別れており、捨てるゴミの種類で分別ができるようになっていた。ただ気になったのは、ゴミ捨て場と呼ぶにはあまりにもキレイだったことだ。まるで一度も使ったことがないような、そんな印象さえある。それはこの施設全体に共通した印象だった。ホテルはキレイなものだというイメージが強くってあまり意識していなかったが、思い返せばどの場所も新品のようにキレイだった。でもそれにしては最近作られたという感じはしない。矛盾した心地だった。

 

 ロビーに戻ろうといったところで萌上がこう訊いてきた。

 

「二階はもうお調べになられたんですよね?」

「ああ」

「では庭園は?」

 

 庭園という単語に私はピンとこなかった。それが表情に出ていたのか、萌上は楽し気な様子で私の顔を覗き込んできた。

 

「まだなら一緒に行きましょうか! いいですよう、あそこは──」

『ピーンポーンパーンポーン』

「……っ」

 

 萌上の声を遮り流れたそれはホテルという場には不似合いで、私たちに嫌な感触を与えるのに十分すぎた。

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