深宇宙論破   作:鹿手袋こはぜ

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Prologue 4

「マイクテスッ、マイクテスッ。……館内放送、館内放送……」

 

 ボイスチェンジャーを重ね掛けしたようなザラザラの声が流れる。

 その声を聴いた途端、凍てつくような怖気が背筋を這っていった。

 

「オマエラ、おはようございます! 朝になったので庭園に集合してください!」

 

 遅れたら激おこだからね、と言い残し、ぶつりとそこで音声は途切れた。

 萌上と顔を見合わせる。彼女もなんのことやらさっぱりらしい。

 

「えーっと、よくわかりませんが向かってみますう? 皆さんもいらっしゃるでしょうし」

「そう、だな」

 

 私は惑いながらも頷く。どうして私がここにいるのか、その理由が庭園とやらに行けば分かると思ったからだ。だが同時に妙な予感があった……はたしてそれは知っていいものなのだろうか、と。行かねばという思いとは裏腹に足は重く、気は進まなかった。

 ロビーを通り過ぎ螺旋階段の横を通る。その先には文字通りの”庭園”があった。

 

 そこは建物の中に作られた憩いの場と言える場所だった。螺旋階段を中心に半円型になっていて温室のような趣があった。石畳の通路が敷かれており、そこから外れたところには芝生が用意されていた。天気さえよければ昼寝でもしたくなるような場所だが、室内なので暖かな陽や心地よい風はなかった。

 

 そんな庭園の真ん中には噴水があり、そこにみんなは集合していた。だが辺りを見回しても放送で流れた声の主はどこにも見えなかった。

 妙な緊張が庭園に流れる。次第に焦らされたような気持ちになってぽつりぽつりと懐疑的な思いを口に出す者が現れた。

 

「鷹城さん、これはいったい……」

 

 いつの間にか隣にいたベルが話しかけてきた。

 なんて返したらいいのか迷っていると、そんな緩んだ意識の隙を突くようにそれはいきなりやってきた。

 

 パァン!

 

 火薬の炸裂する音とともに銀色のテープが私たちの頭上に降り注いだ。つい瞼をつむってしまいそうな驚きの中、私は舞い落ちる紙吹雪の中で白と黒のツートンカラーを垣間見た。

 未だ消えない耳鳴りを塗りつぶすように、不愉快な笑い声が聞こえた。

 

「アーッハッハッハッ! オマエラおはようございます!」

 

 それは大げさな身振りで話す。

 不自然なほどくっきりと中央で別れた白黒のカラーリング、でっぷりとした大きなボディ。一見するとクマのぬいぐるみのようだが……この姿かたちを私はどこかで見たことがある気がした。だがそんな気持ちはすぐに霧散した。

 

「ぬいぐるみがしゃべった!?」

「いや、なんか動いてるぞ」

「……ッ、あれは……」

 

 皆さまざまな反応を示したが、意に介さずぬいぐるみは話し出した。

 

「あのさぁ、最近の若者は挨拶もできないわけ?」それはビシッと私たちを指さして言った。「オハヨウにはオハヨウで返す! これって社会の常識だよね。それすらできないなんてオマエラの未来が心配だよ!」

 

 なにやら怒っているらしいそれは、再び「オマエラおはようございます!」と大きな声を発した。だが真面目に挨拶を返す者はほとんどいなかった。それも当然だ、なにがなんだか分からないんだから。

 

「まったく元気がないよね、元気が。僕が子供の頃は元気よく空き地で野球してたもんだよ……え? 今は空き地で野球ができない? そりゃしかたないよ! 近所迷惑だもん!」 

 

 そいつは腹をかかえて笑っていた。大きく開かれた口からはするどい牙が顔を覗かせている──その容姿をぬいぐるみと呼ぶには残虐なきらいがあった。

 ひとしきり一人で笑ったあと、そいつは私たちを見下ろしてこう言った。

 

「ボクはモノクマ。この《ゼツボウ》ホテルの支配人だよ!」

 

 モノクマ、と名乗るそれはどこかから取り出したネクタイをきゅっと胸元に結び付けた。

 

「絶望ホテル……?」

「このぬいぐるみが支配人だぁ? あ、そうか、マスコットキャラクターってやつか!」

「違うよ! ボクは正真正銘このホテルの支配人なんだ! プンスカ!」

 

 モノクマは胸元に巻いたネクタイを強調するように胸を張る。だがずんぐりむっくりな身体のせいで、その大きな腹とでべそがより強調されるだけだった。

 

「失礼なヤツもいるけど……でもオマエラ希望ヶ峰学園の生徒をお客として迎えられて、このボクも鼻が高いよ!」へへっ、とない鼻を擦る。「オマエラはいつも頑張っているからね。このホテルで休んでいくと良いよ……一生ね!」

「は? 一生……?」

「そう、一生! オマエラにはここで共同生活をしてもらいます! 期限はありません! ここで永遠に平和に生きていくのです!」

「ふざけたこと言ってんじゃ──」

「ふざけてなんかないよ。マジもマジ、大マジだよ」

 

 モノクマはその真っ赤な目を鋭く細めた。

 

「一日経っても一週間経っても一か月経っても一年経っても百年経っても……オマエラはずうっとここで暮らすんだよ」

 

 その言葉にどれほどの信憑性があっただろうか。おそらくこの場にいる誰もモノクマの言うことなんか信じちゃいない。でもいつの間にか、この誰もいないホテルにいたという事実が脳裏にちらつくのである。なにか良からぬものに巻き込まれているのだと、きっと皆が感じていた。

 

「なに言ってるか分かんないし、帰らせてくんないと困るんだけど……」

「帰る? オマエラってばつまんないよなあ。こんなに良いところ、来たくても来れないやつだっているってのにさ」

 

 モノクマはつまらなそうに溜息をついた。

 

「あのさあ、どうして私たちが一生ここで生活しなきゃいけないわけ?」

「そりゃあ、オマエラ超高校級は人類の希望だからね! いつもたくさんの重荷を背負ってるわけでしょ? だったらちょっとは休まないと」

「ちょっと? 先ほどは一生とおっしゃっていましたが」

「どっちも変わんないよ! 人生は刹那の連続って言うでしょ?」

 

 モノクマは口を押さえ、肩を揺らしながら笑った。

 すると、「お前が支配人だって言うなら訊きたいことがある」そう言ったのは春田だ。「ここはどこなんだ?」

 

「どこ? それっていま重要なこと?」

 

 モノクマは相変わらずニタニタと笑って言った。

 

「うぷぷ、ここがどこかは後でのお楽しみだよ。ボクはサプライズが好きだからね」

 

 そんなことより、とモノクマは気を取り直したように目線を私たちに戻した。

 思わず身構える。不思議とモノクマの雰囲気が変わったような気がしたのだ。さっきまでのおちゃらけた雰囲気とはまったく別のものに……。

 

「オマエラが集められた理由は一つだよ」モノクマは指を一本立てて言った。「オマエラ超高校級は人類の希望であり、未来を担う若者の代表だからね。その才能や可能性をただ無意味に費やすのって最高にエクスタシーじゃない?」

「本当にそれだけでしょうか?」泡瀬が言った。「貴方の目的はもっと他のところにあるように思えますが」

「泡瀬クンはせっかちだなあ」

 

 モノクマは残念そうに溜息をついた。

 

「ないわけじゃないよ。ここから出られる方法……」

 

 モノクマの発した言葉に息を呑む。

 

「このホテルでは学生らしく秩序ある行動をオマエラには求めているわけですが……もしその秩序を破ったのなら、いくらお客様といえど支配人としてその人物を追い出さざるを得ません」モノクマは説くように語る。「ですから! もし”秩序”を破った場合、このホテルからチェックアウトしていただくことになります!」

「”秩序”を破る……ね」

「うぷぷ……オマエラはなんだと思う? 秩序を破るって、ねえ?」

 

 モノクマは含みのある笑いで語りかけてきた。

 

「万引き? 暴行? 放火? 器物損壊? 不純異性交遊? もっとぶっ飛んで国家反逆? 違う違う! このホテルの秩序を破るってのはね……」一段低い声色で、確かにモノクマはこう言った。「人が人を殺すことだよ……」

「……殺す、だと!?」

「殴殺刺殺撲殺斬殺焼殺圧殺絞殺惨殺呪殺……殺し方は問いません。誰かを殺した者だけがここから出られる……。ね? 分かりやすくって良いルールでしょ」

 

(くだらねえ……!)

 

 モノクマの明るいしゃべり方が話の内容とあまりに乖離しているものだからとても不気味に感じられた。

 そしてなにより、私はよく分からないことばかり話すモノクマに対して困惑と怒りの混じった感情を抱いていた。……いや、よく分からないというのはちょっと違う。モノクマの言っていることはあまりにも単純だ……私たちがこのホテルから外に出られないってことと、人を殺せば外に出られるというルールがあるって話だ。分からないのは、それを強要されている理由の方だ。

 苛立ちを募らせていると、日怠が憤りを隠せない様子でモノクマの前に立った。そして止める間もなくモノクマの頭にヘッドクローをかけたのである。

 

「くだらねえこと言ってねえで、さっさと私らをここから出せ!」

「いたたっ! いたっ! 支配人への暴力はルール違反だよ! 離してよ~!」

 

 モノクマは短い手足を振り回す。だがそれを日怠はもう片方の手も使って押さえつけ凄んだ。ぎゅっと抑え込まれたモノクマの顔はおかしなかたちに変形していた。

 

「早く、私たちを、ここから出せ!」

「いたたっ! …………」

 

 突然モノクマは動きをやめた。さきほどまで激しく動き回っていた両手足は力なく垂れ下がった。

 

「? あれ、壊しちゃったかも」

 

 日怠はモノクマの頭を鷲掴みにしたまま眺めだした。するとさっきまでとは異なりモノクマの目が赤く明滅しだした。おまけに不気味な機械音が微かながら聞こえだした。

 赤い明滅と甲高い機械音は次第にその周期を速めていく。

 

「それ、はよ放りぃ!」

 

 此乃咲が大声を張り上げる。明滅はますますスピードを速めた。ハッとなった日怠がモノクマを噴水に投げ込む。そしてほんの数秒後──

 

「ッ!!」

「嘘だろ……!?」

 

 空気を揺らすような爆音が鼓膜を揺らす。頬に水しぶきの冷たい感触があった。

 見れば噴水に投げ込まれたモノクマは大きな水柱を上げて爆発した。立ち込める煙と降り注ぐ水滴、そして微かに鼻腔を突く硝煙の香りが嫌な現実味を私たちに与えるのだった。

 もしあのまま爆発していれば日怠は死んでいただろうと、そんな確信めいた思いが皆の胸中を支配した。

 

 ざわつく気持ちとは反対に、不思議と私はモノクマの姿を探していた。……見れば噴水の水たまりに白と黒の残骸が浮かんであった。

 

「あのままじゃ、私……」

「で、でもよ、これであの妙な奴はいなくなったんじゃねえーの?」

「妙な奴? 誰が!」

「ひぃ!」

 

 噴水裏から姿を現せたモノクマを見て米原が驚きから飛びあがる。それも無理はない。なんせさっき爆発したはずのモノクマが現れたのだ。それも傷一つない姿で──いやそれも当然か。さっきのとはまた別の個体なんだろう。

 モノクマは何事もなかったようにケロっとした顔で私たちの前に現れた。

 

「支配人への暴力は厳罰対象だよ。一回目だからこれで許してあげるけど、今度同じようなことがあったら徹底的にやるからね……!」

 

 鋭い鉄製の爪をちらつかせモノクマは言う。さっきの爆発を見てしまったからだろうか、モノクマなら確実に私たちを殺せると思ってしまった。

 

「ここでのルールが書かれた学生手帳をみんなの個室に置いておいたから各自読んでおいてね。ボクだってキミたちを殺したいわけじゃないんだからさ。それじゃあ良いコロシアイライフを」

 

 モノクマは再び噴水の裏に姿を消した。それを追いかけようという気には誰もなれなかった。

 

 そして一気に現実味を帯びだした”殺人”というワードが何度も何度も頭の中で復唱された。

 ここにいるみんなと殺し合うということ。さっきまで顔も知らなかった誰かなら意外と殺せてしまうかもしれない。

 そんな奇妙な感覚が、言い表せない恐ろしさとなって一四人を包み込んでいた。

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