ゼンゼロ市民生活録   作:ダイアトニック

1 / 2
エレンに惚れてゼンゼロを始めました。


001_ある治安官の願い

昨日と同じ今日。今日と同じ明日。毎日毎日、代わり映えのない日々。

 

「あーあー、なんか面白いことないかなー」

 

放課後の高校の教室。僕の前の席に座っているクラスメイトのジュードが、スマホの画面をスクロールしながらボヤいた。

 

「なんか面白いスレあった?」

 

「全然。なーんにも」

 

ジュードはそう言うと、スマホの画面を消した。

 

「この前のホロウ災害のスレとかあったけど、なんか災害の内容よりもレスバの方が多かった」

 

「まぁ、だいたいそういうもんでしょ」

 

僕は読んでいた本に栞を挟んでページを閉じた。窓の外のグラウンドでは、陸上部の生徒が走っている様子が見えた。

 

「ってかさぁ、明日エーテル物理の小テストじゃんね。ヤバい、俺ぜんぜん分かんないかも」

 

ジュードは明日の時間割を確認して、うげぇ、という表情を浮かべながら言った。

 

「なぁマイケル、またノート見せてくれない?」

 

「また? いい加減、僕のノートを当てにしないでよ」

 

「だって超分かりやすいんだもん。シング先生の授業、眠過ぎて起きてらんない」

 

「それには同意する」

 

僕たちの高校は、新エリー都の中では普通の公立高校だ。中の中。特別に賢くもないけれど、特別にバカでもない。ただ、授業のレベルは教師によって大きな差がある。

 

たとえば、いまジュードが言ったような【エーテル物理学】。

 

僕たちが暮らす新エリー都は、このエーテル物理学の理論によって出来たエネルギー供給システムを使っている。

 

かなり生活に身近なことの話だけど、これがかなり難しい。ナントカの公式だったり、ホニャララの法則だったり、そんな言葉や式がゴロゴロ出てくる。

 

おまけに【一般物理】と似ているようで違う、微妙に紛らわしい用語も出てくるせいで、挫折する生徒も多い。

 

僕たちの高校で【エーテル物理学】を教えているのは、シング先生というおじいちゃん先生だ。か細い声で教科書を読み上げ、黒板に書く文字も小さい。おかげで寝落ちる生徒が後を絶たない。

 

二年生に進級すれば文理選択があるけど、僕やジュードはまだ一年生だ。

 

早く文系コースに進んで、理数系とオサラバしたい。ジュードを始め、多くの文系の生徒の切なる願いだった。

 

「マイケルは良いよなぁ、理数系も強くってさ」

 

「でも僕はジュードほど文系科目、得意じゃないし」

 

「嘘つけ。この前の現代文の小テスト、俺より点良かったくせに」

 

「ヤマカンが当たっただけだって」

 

その時、ジュードのスマホがノックノックの通知を知らせた。画面を見て、目を細める。

 

「どうかした?」

 

「いや、母さんから。帰りに買い物頼まれた」

 

「じゃあ、そろそろ行かないとね」

 

僕たちは鞄を背負って、連れ立って学校を出た。ジュードは頼まれた買い物リストを見て考え込んでいるようだ。

 

「うーん、(ワン)(フォー)(ワン)で買えなくもないものばっかりだけど、この時間ならルミナモールの食品売り場に行った方が安上がりかなぁ」

 

「何を頼まれたの?」

 

ジュードは無言でスマホの画面を僕に見せる。生活必需品がいくらかと、食品の名前がいくつか並んでいた。

 

「そのラインナップだと、あんまり変わらない気もするけどね。帰りにあるマーケットじゃダメなの?」

 

「それがさぁ」

 

僕の質問に、ジュードは苛立(いらだ)たしげな顔をした。

 

「なんか今朝、天馬エクスプレス(配送業者)のトラックが事故ったらしくて、ウチの近所の店まで今日の商品が届いてないっぽいんだよ」

 

「え、また? この前も十二分街(ぶんがい)かどこかで配送が遅れたって炎上してなかった?」

 

「そう。だからウチの近くより、大きい所に行った方が確実かも。母さんにもさっきチャットで訊いたんだよ」

 

すると、再びジュードのスマホがノックノックの通知を受け取った。

 

「あ、母さんも大きい所の方が確実だろうって」

 

「じゃあ、ちょっと遠回りになるね」

 

ルミナモールという大きな複合施設があるルミナスクエアは、ジュードの家がある駅とは反対方向だ。このあたりでは一番大きくて賑やかな地区だし、遊びに行く場所としても鉄板だ。

 

「マイケル、一緒に行かない? せっかくだし、帰りにティーミルクも買っちゃおうぜ」

 

「え? でも帰り急ぐんじゃないの?」

 

「ヘーキ、ヘーキ。どうせ遠回りなのは変わんないし、ちょっと遅れたって母さん気付かないよ」

 

ジュードはそう言うと、ニッと笑った。

 

「それじゃせっかくだし」

 

 僕たちは改札を通って、ルミナスクエア行きの電車に乗り込んだ。

 

 

* * * * *

 

 

アラームのけたたましい音楽で目が覚める。枕元にあるはずのスマホを手探りで探し、指先で側面のスイッチを押した。

 

時間を見ると朝の六時。いつもと同じ時間。まだまだ眠たくて仕方がないけれど、起き始めないといけない。

 

僕は仰向けになったまま、ぼんやりと天井を眺めた。明け方の光がカーテンの隙間から射し込んで、部屋全体がボンヤリと明るい。

 

懐かしい夢を見た。もう何年も前の、学生時代の夢だ。

 

ジュードが出てきた。二人とも高校生で、ジュードのお母さんからのおつかいで、一緒にルミナスクエアへ行こうと話していた。

 

スマホの日付を見てみると、奇しくも今日が、あの夢と同じ日だった。それで用事を思い出した。というか、僕は今日、午後からの出勤だ。

 

ベッドを出て洗面所に向かった。

 

身支度を整え、軽い朝食を取ると、僕は家を出た。いつもなら朝はもっとしっかり食べるのだけど、今日は午前中の外出先で食べるつもりだ。

 

通勤するサラリーマンや、通学する学生たちに混ざって電車に乗る。普段は自分も仕事に向かう時間だからか、妙に落ち着かない。仕事をサボっているわけでもないのにソワソワしてしまう。習慣とは恐ろしい。

 

二回ほど電車を乗り換えて、目的地に向かう。待ち合わせの時間には、まだ余裕があった。だけど、待ち合わせ相手は既に来ていた。

 

「おはよう。ごめん、待たせちゃったね」

 

「いや、早く来すぎただけだ。こんな足だしな」

 

駅のベンチに腰掛け、片手には歩行補助のための杖を持ったジュードが、ニッと笑った。

 

駅のそばにある花屋へ寄り、ジュードが事前に予約していた花を受け取った。駅前のロータリーでタクシーを広い、運転手に目的地を告げる。

 

「お兄さん達もお参りかい?」

 

中年のタクシー運転手は、バックミラー越しにこちらを見ながら言った。

 

「えぇ、そうです」

 

「そうかぁ」

 

運転手は気の毒そうな調子でそう言うと、眉を下げた。運転手はそれ以上は何も訊いてこなかった。毎年のことで、もう察しているのだ。

 

僕とジュードがやってきたのは、集団墓地だった。僕たちと同じ目的の個人や集団があちこちにいた。

 

僕とジュードは、三つ並んだ小さな墓碑(ぼひ)の前にやってきた。ジュードの両親と弟の墓だ。僕たちはそこに花を供え、手を合わせた。

 

今日はジュードの家族の、そしてこの集団墓地に名前が刻まれた人みんなの、命日なのだ。

 

だけど、この墓標の下には、実は何もない。遺体のあるお墓の方が少ないだろう。

 

 

* * * * *

 

 

僕たちがルミナスクエアに行った、あの日の夜。ジュードが住んでいた地区で、突然ホロウ災害が起きた。何の前触れもなく、本当に突然だった。

 

ジュードは自宅の最寄り駅で電車を降り、家に向かっている途中だった。住宅エリアの方で真っ黒なドームが出現し、それが音も無く広がって、周りの家々を飲み込んで行った。

 

ホロウはいつだってそうだ。出現の兆候が観測される場合もあるが、無い時は本当に無い。いきなり現れて、近くにあるものを音も無く飲み込み、拡大していく。

 

そして無慈悲に、不条理に、理不尽に、そこにいる人々やその生活を、真っ黒な(うつ)ろの中へ引きずり込んでいく。

 

ジュードはホロウの初期の出現地点から離れていたお陰で、すぐに気付くことができた。だけど、最初の出現地点のそばには、ジュードの自宅があった。

 

しかも、この時のホロウは拡大速度が早く、ジュードは短時間ながらホロウに飲み込まれてしまった。

 

ホロウは、外から見ると真っ黒なドームだけど、その中は飲み込んだ街の様子を残している。ただし、内部の空間は【エーテル】と呼ばれる不可視の物質に満たされている。

 

この【エーテル】が、ホロウの中を地獄に変えてしまう。無機物は侵蝕されてボロボロになり、生物を異形の怪物ーーエーテリアスへと変えてしまう。

 

幸いにも、ジュードは多少のエーテル適性体質があった。この体質があれば、ホロウの中ですぐにはエーテリアスに異化(いか)せずに活動ができる。

 

ジュードは救助隊が来るまでの間、ホロウの中を生き延びた。でも、逃げる途中でエーテリアスに襲われて足を負傷し、それが元で片足には麻痺が残ってしまった。

 

ジュードは、僕の友達は助かった。だけど、彼の家族はダメだった。初期の出現地点に近過ぎた。

 

当局による後の捜査で、ホロウ発生の原因も突き止められた。

 

ジュードの自宅があった場所から五kmほど離れた、小規模な共生ホロウ。そこでホロウレイダーによる、違法なエーテル物質の採掘が行われていたのだ。

 

ホロウ内の空間は不安定だ。バランスが崩れれば、どんな影響が出るか分からない。一度均衡(きんこう)が崩壊すれば、連鎖的に繋がっていく。鉱山で無理な採掘を続ければ、山が崩壊してしまうように。

 

あの日、ジュードは一夜にして全てを失ってしまったのだ。

 

 

* * * * *

 

 

僕たちはルミナスクエアへ行き、そこにあるレストランで食事を取った。

 

「マイケル、毎年ありがとうな、本当に。お前だって忙しいだろうに」

 

「それは言いっこなしでしょ。それに、僕にとっても大切な、意味のある日なんだ」

 

ホロウレイダーによる、違法なエーテル物質採掘。このニュースを見た時、僕は叫びたいほどの怒りに駆られた。

 

エーテル物質は、新エリー都のインフラ、燃料、研究材料、あらゆる方面で活用されている。それだけに、無法者たちにとっても魅力的な金蔓(かねづる)になる。

 

ジュードの家族は、(ディ二ー)欲しさに集まったゴロツキ達の私利私欲のために殺されたも同然だった。

 

でも、それだけじゃない。

 

「それに前にも言ったでしょ。僕だって、ジュードと同じなんだ」

 

僕の家族も、ホロウと、ホロウレイダーに奪われた。

 

治安官(ちあんかん)だった父さんは、ある事件の捜査中に、ホロウレイダーとの戦闘で殉職した。僕が六歳の時だった。

 

母さんはショックから、変な宗教団体――【讃頌会(さんしょうかい)】と呼ばれる団体で、現在も捜査が続いている要警戒対象だ――にハマってしまって、ある日ホロウへ向かったまま帰ってこなかった。

 

でも、変に人から同情されるのが嫌で、人に話したことはほとんどなかった。だけど、ジュードが被災したあと、彼にだけは話した。

 

僕たちは、同じ痛みを分かち合える親友になった。

 

僕は、僕のような子供を増やさないために、ジュードのような家族を増やさないために、父さんと同じ治安官になる道を選んだ。

 

ジュードは、片足が不自由ながらも民間の警備システムの企業に就職し、現在はより高性能な警備システムの開発に取り組んでいる。

 

ジュードと話しながら、ふと外を見る。すると、平日の午前中だと言うのに、制服姿で街を歩く四人の女子高生が目に付いた。ジュードも気付いたのか、僕の視線を追った。

 

この近くの高校の生徒だろう。四人のうち二人はシリオンらしい。ひとりは恐らく牛、もうひとりは大きなサメの尻尾を持っているのが、遠目からでもハッキリ見えた。

 

楽しそうに何事かを話しながら、四人はスクラッチ売り場の方へ歩いていった。

 

「おっと、こんな時間からサボりかな」

 

「僕とジュードも、一年生の時に何度かやったっけね」

 

「そうそう、自習の時にコッソリ抜け出してな」

 

「ハリス先生の時は、特に狙い目だったよね」

 

目を見合わせて僕たちは笑った。

 

願わくは。

 

自分たちの日々の働きが、あの子供たちの未来を少しでも良いものにできますように。

 

僕は、胸の中で静かに祈った。




ホロウ災害って、真面目に考えると鬼怖すぎる。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。