ゼンゼロ市民生活録   作:ダイアトニック

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主人公はリンちゃんでプレイしています。


002_道案内のお姉さん

どうしよう。どうしよう。たくさんの人が、早足で行き交うルミナスクエアの真ん中で、シアンは途方に暮れていた。

 

今年で七歳になったシアンは、ようやくひとりでおつかいを任されるようになった。お母さんから渡されたお金(ディニー)が入った財布を、お守りのようにぎゅっと握りしめる。

 

「駅のそばにある、ボンプちゃんが三匹立っているお店があるでしょ?」

 

お母さんは屈んでシアンと目を合わせながら教えてくれた。

 

「そこに行って、ここにあるモノを買ってきてね。できる?」

 

ポケットの中には、お母さんが書いてくれた買い物のメモもあった。

 

「もう私、七歳だもん! ひとりでも平気だよ!」

 

シアンは、お母さんにおつかいをまかされたのが嬉しかった。ひとりで地下鉄に乗って、ルミナスクエアに行って、自信満々になって帰ったら、お母さんは褒めてくれるだろう。それが楽しみだった。

 

それに、ルミナスクエアにはお母さんやお父さんに連れられて、何度も行ったことがある。道を覚えることには自信があった。

 

それにもしも、万が一迷子になってしまっても、治安局だって近くにある。治安官さんに訊けば、道だって教えてもらえる。

 

大丈夫、私ひとりでも出来る。

 

そう思って意気揚々と家を出た。

 

地下鉄に乗るまでは良かった。家の近くの駅には何度も行っていた。改札機に乗車カードを通して、ルミナ駅まで迷わずに行けた。

 

問題は、ルミナ駅に着いてからだった。一番近くにあった階段を上って見えたのは、シアンが全然知らない景色だった。

 

ちょっとだけ不安になったけど、シアンはまだそれほど焦っていなかった。ちょっと歩けば、よく見慣れた大きな交差点と、治安局のあるルミナスクエアに行けると思った。

 

周りをキョロキョロと見回して、たぶんこっちだと思った方へ歩き出す。

 

おかしい、と思ったのはは、周りの建物がビルばかりになって、ぜんぜん見慣れた交差点が見えないことに気付いた時だ。歩いても歩いても、シアンの知らない建物ばかり。

 

大きな通りではスーツを着た人のほかに、制服を着たお兄さんやお姉さん、カッコいい服を着た女の人、それに白い猫の大きな着ぐるみを着た人だっている。なのに、ここですれ違う人たちは、みんなスーツを着ている。

 

シアンにはよく分からないけれど、みんな忙しそうだな、と思った、電話で早口に喋りながら歩く人、どこかへ小走りで向かう人、真顔のまま大股で歩いていく人……。

 

誰かに道を聞きたい。だけど、誰に聞いていいのか分からない。そもそも、知らない大人の人ばかりな上に、みんな怖い顔をしている。みんな、シアンのことなんて見えていないみたいだ。

 

シアンはだんだん怖くなってきた。このまま、ルミナスクエアに行けなかったらどうしよう。お母さんにお願いされたものを買えなかったらどうしよう。そこまで考えて、一番怖い考えが頭に浮かんでしまった。

 

もう、おうちに帰れなかったらどうしよう。

 

それが一番怖かった。

 

お母さんやお父さん、学校の先生、友達、もうみんなに一生会えなかったらどうしよう。

 

シアンは怖い話が苦手だ。クラスで一番イジワルな男の子が、そんなシアンをからかって、すごく怖い話をしてきたのを思い出してしまった。

 

――ルミナ駅の近くには、「迷いの道」っていうのがあるんだってさ。

 

にやにや笑いながら、その男の子は言った。

 

――そこに入っちゃうと、周りは知らない大人ばかり。しかも、言葉が違うから話もできない。駅に戻りたくても道が分からない。そこに入っちゃった子供は駅に戻れず、うちにも帰れず、一生そこで歩き続けることになっちゃうんだって。

 

シアンの全身にブワッと鳥肌が立った。

 

ここは、あの男の子が言った「迷いの道」なんだろうか。だって、シアンはこんな道、ぜんぜん知らない。

 

周りは知らない大人だらけ。話している言葉は、シアンでも聞き取れる。だけど、何の話をしているのかサッパリ分からない。

 

シアンは、歩いてきた道を振り返る。あれ、こんな道だったっけ。駅はどこだろう。

 

どうしよう、もしかして私、本当に「迷いの道」に入っちゃったのかな。

 

怖かった。目がジワッと熱くなる。

 

もう、おうちに帰れない?

 

ここでずっと、一生ひとりぼっちで歩く?

 

そんなの嫌だ。ちゃんとおつかいをして、おうちに帰りたい。

 

とうとうシアンは、その場でボロボロと泣き出してしまった。

 

「ねぇ、大丈夫? どうかしたの?」

 

不意に、優しそうな女性の声が聴こえて、シアンは顔を上げた。大きな紙袋を提げたお姉さんが、心配そうにシアンを見下ろしていた。

 

お姉さんは、お母さんがシアンにいつもしてくれるように、腰を落としてシアンと同じ高さまで目線を落としてくれた。

 

「大丈夫? もしかして、道に迷っちゃったのかな。私に手伝えること、ある?」

 

お姉さんはニコッと笑ってシアンに話しかけてくる。

 

ショートカットで、青い髪をしたお姉さんだった。目は薄いグリーンでキラキラしている。オシャレなパーカーを着ていた。

 

知らない人と話しちゃいけない。よくお母さんや先生にそう言われたけど、目の前のお姉さんは大丈夫だと思った。シアンは涙を流しながら話した。

 

「あのね、お母さんに、おつかいを頼まれたの」

 

「うんうん」

 

「でもね、ぜんぜん知らないとこで、駅に戻れなくて。ここ、『迷いの道』なのかなって」

 

「迷いの道?」

 

お姉さんは首を傾げる。

 

「うん、クラスの男の子がね、そういう道があるって……」

 

「なんだ、大丈夫だよ!」

 

お姉さんはニヒ、という感じで笑顔を浮かべて、自分の胸を指さした。

 

「ここは迷いの道なんかじゃないよ! どこへ行こうと思ったの?」

 

「ボンプちゃんが、三匹、店番をしているお店……。駅の近くの」

 

「あ、(ワン)(フォー)(ワン)だね! そこなら知ってるよ! 任せて。私、道案内は得意なの!」

 

「本当に?」

 

「ほんとほんと」

 

お姉さんは立ち上がって、空いた方の手をシアンに伸ばした。

 

「一緒に行こっ」

 

シアンは、恐る恐るお姉さんの手を取った。お姉さんの手は細くて、少しだけひんやりしていた。

 

「たぶん、出たかった出口と反対に出ちゃったんだね。ルミナ駅って広いからねぇ」

 

お姉さんはそんな話をしながら、シアンの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。だんだん気持ちが落ち着いてきて、シアンはようやく安心した。

 

安心すると、お姉さんの持っている紙袋が気になった。

 

「ねぇ、お姉さん、それなに?」

 

「これ? 映画のビデオテープだよ」

 

 

* * * * *

 

 

お姉さんに手を引かれて歩くうちに、本当にシアンの知っている大きな通りが見えてきた。ボンプが三匹、店番をしているお店にも行けた。

 

「お姉さん、本当にありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

お姉さんはシアンが買い物を終えるまで、ずっと一緒にいてくれた。駅の近くまで行くと、お姉さんが言った。

 

「シアンちゃん、ここまでで大丈夫?」

 

「うん。地下鉄の乗り方は分かるから」

 

「ルミナ駅までひとりで来たの? すごいじゃん」

 

お姉さんに褒められて、シアンは少し誇らしい気持ちになった。

 

「お姉さんは、どうやって来たの?」

 

「私は車。ここから反対の方にある駐車場に停めてるんだ。あ、そうだ」

 

お姉さんは再び腰を落として、シアンと同じ目線になった。

 

「もし、またここの出口に来たい時はね、ほら、あの看板見える?」

 

お姉さんは駅の出口にある、番号の書かれた看板を指さした。この番号の出口を目指して歩けば、またここに出てこられるよ、と教えてくれた。

 

「じゃあ、おうちに帰るまで気を付けてね!」

 

「うん、お姉さん、ありがとう!」

 

シアンとお姉さんは大きく手を振って、駅の出入り口で別れた。改札機を通ってホームに行く時に、あれ、と思って振り返る。

 

そういえば、お姉さんはなんて名前だったっけ? 聞くのを忘れてしまった。




原作キャラはフレーバー程度とか言っときながら、後半ほとんど丸々登場させてしまった。

勝手な妄想で、ルミナ駅は現実の新宿駅みたいなイメージで書きました。人を迷わせるために出来たとしか思えない。
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