どうしよう。どうしよう。たくさんの人が、早足で行き交うルミナスクエアの真ん中で、シアンは途方に暮れていた。
今年で七歳になったシアンは、ようやくひとりでおつかいを任されるようになった。お母さんから渡された
「駅のそばにある、ボンプちゃんが三匹立っているお店があるでしょ?」
お母さんは屈んでシアンと目を合わせながら教えてくれた。
「そこに行って、ここにあるモノを買ってきてね。できる?」
ポケットの中には、お母さんが書いてくれた買い物のメモもあった。
「もう私、七歳だもん! ひとりでも平気だよ!」
シアンは、お母さんにおつかいをまかされたのが嬉しかった。ひとりで地下鉄に乗って、ルミナスクエアに行って、自信満々になって帰ったら、お母さんは褒めてくれるだろう。それが楽しみだった。
それに、ルミナスクエアにはお母さんやお父さんに連れられて、何度も行ったことがある。道を覚えることには自信があった。
それにもしも、万が一迷子になってしまっても、治安局だって近くにある。治安官さんに訊けば、道だって教えてもらえる。
大丈夫、私ひとりでも出来る。
そう思って意気揚々と家を出た。
地下鉄に乗るまでは良かった。家の近くの駅には何度も行っていた。改札機に乗車カードを通して、ルミナ駅まで迷わずに行けた。
問題は、ルミナ駅に着いてからだった。一番近くにあった階段を上って見えたのは、シアンが全然知らない景色だった。
ちょっとだけ不安になったけど、シアンはまだそれほど焦っていなかった。ちょっと歩けば、よく見慣れた大きな交差点と、治安局のあるルミナスクエアに行けると思った。
周りをキョロキョロと見回して、たぶんこっちだと思った方へ歩き出す。
おかしい、と思ったのはは、周りの建物がビルばかりになって、ぜんぜん見慣れた交差点が見えないことに気付いた時だ。歩いても歩いても、シアンの知らない建物ばかり。
大きな通りではスーツを着た人のほかに、制服を着たお兄さんやお姉さん、カッコいい服を着た女の人、それに白い猫の大きな着ぐるみを着た人だっている。なのに、ここですれ違う人たちは、みんなスーツを着ている。
シアンにはよく分からないけれど、みんな忙しそうだな、と思った、電話で早口に喋りながら歩く人、どこかへ小走りで向かう人、真顔のまま大股で歩いていく人……。
誰かに道を聞きたい。だけど、誰に聞いていいのか分からない。そもそも、知らない大人の人ばかりな上に、みんな怖い顔をしている。みんな、シアンのことなんて見えていないみたいだ。
シアンはだんだん怖くなってきた。このまま、ルミナスクエアに行けなかったらどうしよう。お母さんにお願いされたものを買えなかったらどうしよう。そこまで考えて、一番怖い考えが頭に浮かんでしまった。
もう、おうちに帰れなかったらどうしよう。
それが一番怖かった。
お母さんやお父さん、学校の先生、友達、もうみんなに一生会えなかったらどうしよう。
シアンは怖い話が苦手だ。クラスで一番イジワルな男の子が、そんなシアンをからかって、すごく怖い話をしてきたのを思い出してしまった。
――ルミナ駅の近くには、「迷いの道」っていうのがあるんだってさ。
にやにや笑いながら、その男の子は言った。
――そこに入っちゃうと、周りは知らない大人ばかり。しかも、言葉が違うから話もできない。駅に戻りたくても道が分からない。そこに入っちゃった子供は駅に戻れず、うちにも帰れず、一生そこで歩き続けることになっちゃうんだって。
シアンの全身にブワッと鳥肌が立った。
ここは、あの男の子が言った「迷いの道」なんだろうか。だって、シアンはこんな道、ぜんぜん知らない。
周りは知らない大人だらけ。話している言葉は、シアンでも聞き取れる。だけど、何の話をしているのかサッパリ分からない。
シアンは、歩いてきた道を振り返る。あれ、こんな道だったっけ。駅はどこだろう。
どうしよう、もしかして私、本当に「迷いの道」に入っちゃったのかな。
怖かった。目がジワッと熱くなる。
もう、おうちに帰れない?
ここでずっと、一生ひとりぼっちで歩く?
そんなの嫌だ。ちゃんとおつかいをして、おうちに帰りたい。
とうとうシアンは、その場でボロボロと泣き出してしまった。
「ねぇ、大丈夫? どうかしたの?」
不意に、優しそうな女性の声が聴こえて、シアンは顔を上げた。大きな紙袋を提げたお姉さんが、心配そうにシアンを見下ろしていた。
お姉さんは、お母さんがシアンにいつもしてくれるように、腰を落としてシアンと同じ高さまで目線を落としてくれた。
「大丈夫? もしかして、道に迷っちゃったのかな。私に手伝えること、ある?」
お姉さんはニコッと笑ってシアンに話しかけてくる。
ショートカットで、青い髪をしたお姉さんだった。目は薄いグリーンでキラキラしている。オシャレなパーカーを着ていた。
知らない人と話しちゃいけない。よくお母さんや先生にそう言われたけど、目の前のお姉さんは大丈夫だと思った。シアンは涙を流しながら話した。
「あのね、お母さんに、おつかいを頼まれたの」
「うんうん」
「でもね、ぜんぜん知らないとこで、駅に戻れなくて。ここ、『迷いの道』なのかなって」
「迷いの道?」
お姉さんは首を傾げる。
「うん、クラスの男の子がね、そういう道があるって……」
「なんだ、大丈夫だよ!」
お姉さんはニヒ、という感じで笑顔を浮かべて、自分の胸を指さした。
「ここは迷いの道なんかじゃないよ! どこへ行こうと思ったの?」
「ボンプちゃんが、三匹、店番をしているお店……。駅の近くの」
「あ、
「本当に?」
「ほんとほんと」
お姉さんは立ち上がって、空いた方の手をシアンに伸ばした。
「一緒に行こっ」
シアンは、恐る恐るお姉さんの手を取った。お姉さんの手は細くて、少しだけひんやりしていた。
「たぶん、出たかった出口と反対に出ちゃったんだね。ルミナ駅って広いからねぇ」
お姉さんはそんな話をしながら、シアンの歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれた。だんだん気持ちが落ち着いてきて、シアンはようやく安心した。
安心すると、お姉さんの持っている紙袋が気になった。
「ねぇ、お姉さん、それなに?」
「これ? 映画のビデオテープだよ」
* * * * *
お姉さんに手を引かれて歩くうちに、本当にシアンの知っている大きな通りが見えてきた。ボンプが三匹、店番をしているお店にも行けた。
「お姉さん、本当にありがとう!」
「どういたしまして」
お姉さんはシアンが買い物を終えるまで、ずっと一緒にいてくれた。駅の近くまで行くと、お姉さんが言った。
「シアンちゃん、ここまでで大丈夫?」
「うん。地下鉄の乗り方は分かるから」
「ルミナ駅までひとりで来たの? すごいじゃん」
お姉さんに褒められて、シアンは少し誇らしい気持ちになった。
「お姉さんは、どうやって来たの?」
「私は車。ここから反対の方にある駐車場に停めてるんだ。あ、そうだ」
お姉さんは再び腰を落として、シアンと同じ目線になった。
「もし、またここの出口に来たい時はね、ほら、あの看板見える?」
お姉さんは駅の出口にある、番号の書かれた看板を指さした。この番号の出口を目指して歩けば、またここに出てこられるよ、と教えてくれた。
「じゃあ、おうちに帰るまで気を付けてね!」
「うん、お姉さん、ありがとう!」
シアンとお姉さんは大きく手を振って、駅の出入り口で別れた。改札機を通ってホームに行く時に、あれ、と思って振り返る。
そういえば、お姉さんはなんて名前だったっけ? 聞くのを忘れてしまった。
原作キャラはフレーバー程度とか言っときながら、後半ほとんど丸々登場させてしまった。
勝手な妄想で、ルミナ駅は現実の新宿駅みたいなイメージで書きました。人を迷わせるために出来たとしか思えない。