光のれな子   作:あばなたらたやた

12 / 46
8.5

 

 月曜日の朝。

 冷たい空気が校門の前を流れていた。制服を整えながら私は昇降口へ向かう。

 隣には紫陽花さん。

 昨日までの休日とは違い、学校にはもう「みんなの瀬名紫陽花」が待っている。

 

「……緊張する?」

 

 私が聞くと、彼女は困ったように笑った。

 

「うん」

 

 小さく頷く。

 

「昨日はあんなに『やってみる』って思えたのに……学校が近づくと、急に怖くなってきちゃった」

「当然だよ。昨日決めたことは、十六年間続けてきた習慣を変えるってことだから」

 

 紫陽花さんは少し驚いた顔をした。

 

「そんなに?」

「そんなに!」

 

 私は笑う。

 

「一日で変われるなら、誰も苦労しない。」

 

 彼女は少し安心したように笑った。

 教室へ入る。

 

「紫陽花さん! おはよう!」

「ノート貸してくれてありがとー!」

「ねえ聞いて!」

 

 次々と声が飛んでくる。

 紫陽花さんは反射的に笑顔を作ろうとした。しかし体が強張っているのがわかった。

 小さく息を吸って、トン、と背中を軽く叩く。

 

「……ごめんね。今日は少し用事があって。あとででもいい?」

 

 教室が一瞬だけ静かになった。

 紫陽花さんの足が震えている。

 

「え? もちろんいいよ?」

「無理しないでね」

 

 あっさり終わった。

 

「……え?」

 

 拍子抜けした様子だった。

 誰も怒らない。

 誰も失望しない。

 その事実が、逆に信じられなかった。

 昼休み。

 今度は女子グループが揉めていた。

 

「だから、それ私じゃないって!」

「でも昨日そう言ったじゃん!」

 

 いつもなら紫陽花さんは戸惑ったまま眺めるだけだった。そして終わった後で二人をフォローするような対応をしていた。

 紫陽花さんは今まで全部、そうやってきた。でも昨日、最小限の介入でいい、と告げた。だからこそ、紫陽花さんは深呼吸して、言い争っている二人に近付く。

 

「二人とも」

 

 優しく声をかけると、二人は振り返った。

 

「少し落ち着いて話した方がいいと思う。言った言わないのお話は難しいし、これからどうしたら良いか? を二人で考えたほうが良いと思う」

 

 そこまで言って止まる。

 終わり。

 二人は不思議そうな顔をする。

 

「え?」

「……以上?」

 

 紫陽花さんは頷く。

 

「うん。私はどっちが悪いか決められないから。でも、お互い話は聞くべきだと思うし、これから一緒に助け合うお話をしたほうがいいと思う」

 

 そう言って席へ戻った。

 二人は少し呆然としていた。

 そのあと、二人だけで話し始めた。そして普通に仲直りしていた。

 紫陽花さんは目を丸くしていたので、近くに寄る。

 

「…………」

「どうしたの? 紫陽花さん」

「私……いなくてもよかったんだなって。その事実は少し寂しくて、でも少しだけ安心した」

「そっか、そっかぁ。ままならないね」

「本当にそうだね」

 

 紫陽花さん少し笑う。

 私は頷いた。

 

「寂しいって当然だと思う」

「え?」

「役割を失う感覚だからさ。今まで紫陽花さんは、『必要とされること』で安心してた。だから。その役割を手放した瞬間、一時的に空っぽになる」

 

 紫陽花さんは静かに聞いている。

 

「でも、その空白は悪いものじゃないと思う。そこに初めて、紫陽花さん自身が入れる」

 

 彼女は少しだけ目を見開いた。

 

「私自身……」

「うん」

「今までそこには『みんな』しかいなかったから」

 

 長い沈黙。

 紫陽花さんはゆっくり笑う。

 

「不安で、すごく痛いけど、でもすごく大切ってわかる。不思議な感覚」

「脱臼を筋肉で治すみたいなものだからね」

「その例えはずるくない!?」

 

 二人で笑う。

 その笑いは昨日より自然だった。少しだけ瀬名紫陽花という少女は、自分のために生きる練習を始めて、一歩前に進んでいた。

 

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。