光のれな子 作:あーばれすと
前回は14日の午前3時ぐらいに、投稿してあります
『電話です! 電話です! 電話です!』
「はいはーい、でますよでますよーん」
独自性の高い着信音を聞きながら、私は通話を許可した。
夜の自室は、静かで、少しだけ冷えていた。私はベッドに横になり、毛布を胸まで引き上げて、スマホを耳に当てていた。
窓の外はもう真っ暗で、カーテンの隙間から遠くの街灯のオレンジ色の光が細く差し込み、壁に淡い影を描いている。
桃色のボブヘアが枕に広がり、部屋の照明はベッドサイドのスタンド一つだけ。柔らかな光が、部屋の隅々まで優しく照らしていた。
『やぁ、私だ』
「オレオレ詐欺だ!」
『そうそう、事故ってしまってお金が必要なったから振り込んで欲しくて……ってちがーう。王塚真唯! 王塚真唯だ! れな子! 君の大切な恋人だ!』
「ノリ良いね。そういうの良いと思う。それはそれとして、珍しいね。電話をかけてくるなんて」
電話の向こうから、王塚真唯の声が聞こえてきた。フランス・パリのホテルからかけたらしい。
時差は7時間あるはずなのに、彼女の声は少し疲れていて、それでいて熱を帯び、どこか切なげだった。
『れな子……少しだけ君の声が聞きたくて、電話してしまった』
「はいはい、なるほど? 何があったの」
『今日も朝から撮影と打ち合わせで一日中動いていた。スタッフのみんなは優しいし、カメラの前では完璧に笑えるし、モデルとしての私を、たくさん褒めてくれるけど……』
「けど?」
彼女の声が、少しずつ沈んでいく。
『でも、なんだか疲れてしまった。モデルに使うのは私じゃなくてもいいのに、私が使われてる感じが嫌ななんだ。親の会社の装飾品みたいで、鬱屈してしまう』
「装飾品、ね。私ではなくても良いのに会社のために消費されている感覚かなぁ」
『私を『王塚家の顔』としてしか見てない気がして……期待に応えなきゃいけないのはわかってはいるが、『ただの真唯』でいたくなる』
「そりゃ私にしか言えないね……」
私は静かに聞きながら、枕に顔を半分埋め、スマホを握る手に少し力を込めた。
「真唯、大変だね。そんなに頑張ってるのに、孤独を感じるなんて……でも、真唯の気持ち、ちゃんと伝わってるよ。言ってくれたから、理解はできないかもしれないけど、貴方が苦しんでいるのは伝わる。『ただの真唯』でいる時間、私がちゃんと作るから。フランスから帰ってきたら、ゆっくりしよう」
真唯は少し間を置いて、小さく息を吐いた。
『……ありがとう、れな子。やっぱり、れな子に話すと、心が軽くなるな』
それから、彼女は少し明るい声を取り戻して、話題を変えた。
『れな子は最近、何していたんだ。私がいない間、寂しくないかい?」
私は少し迷ったけど、正直に答えることにした。
「印象的なのは紫陽花さんと遊んだことかな。一緒にデパート行ってきたよ。化粧品コーナーでメイクしてみたり、話したり……紫陽花さんも、最近ちょっと疲れてたみたいだから、気分転換になったみたいでよかった」
電話の向こうが、一瞬、完全に静まり返った。真唯の息遣いすら、聞こえなくなるほどの沈黙。それから、彼女の声が、急に高くなった。
『……紫陽花? 瀬名紫陽花と? 二人きりでデート?」
「うん、そうだよ。あとは紗月さんとも二人で色々話したよ。ディープな内容を』
次の瞬間、真唯の声が弾けた。
『裏切り者! 不倫! 浮気者! れな子、私がフランスで寂しく頑張ってる間に、他の女の子とデートなんて! ひどいよ、ひどすぎる! 私なんて毎日れな子のこと考えてたのに! 紫陽花や紗月に取られちゃうの嫌だ! もう、何も信じられない! どうしてくれるのだ!』
「あっははは、ごめんなさ〜い。私が可愛すぎるのが悪いの。ごめんなさい」
『このファム・ファタールめ!! 私の恋人がモテモテなのは気分が良いなぁ!!』
少し大げさで、わざとらしい嫉妬の声。でも、その裏に、本気の不安と寂しさが、はっきり滲んでいた。まるで子供のように騒ぐ様子が、電話越しでも伝わってくる。
私は内心、少し面倒臭いと思いながらも、くすりと笑った。真唯のこういうところ、嫌いじゃない。
「真唯、かわいいなあ。そんなに嫉妬してるの? 声、ちょっと上ずってるよ」
『してるに決まってるじゃないか! れな子は私の恋人なんだ、二人っきりで遊ぶのは私だけでいい筈だ!』
「紫陽花さんいい匂いするし、優しいし、癒し系だった。紗月さんはクールで頭を使う会話できて楽しかったなぁ!! このままだと今の恋人とは別れる可能性が浮上してくるよ! いやーモテる女は辛いね。良い女だからみんなからモテまくりなんだ。王塚真唯は仕事が恋人だっけ?」
『わ、わわわ私がいない間に、取られてしまう! すぐに帰らなければ! 甘織れな子は私の恋人だと見せつけなければ!!』
私はスマホを握り直し、声を少し低く、甘く、優しく囁いた。
「大丈夫。真唯が一番だよ。紗月さんや紫陽花さんは友達で、真唯は恋人。全然違うよ。真唯の声聞いてるだけで、こっちまでドキドキする。金色の髪も、ブルーの瞳も、真唯の笑顔も、全部大好き。フランスから帰ってきたら、すぐに会いたい。ぎゅっと抱きしめて、キスしたい。真唯のこと、本当に、本当に大好きだから」
電話の向こうで、真唯の息が少し乱れた。それから、小さな、恥ずかしそうな声。
『……本当か? 私も、れな子のこと大好きだ。毎日、れな子の写真見て、寂しさを凌いでいる。早く帰りたい。浮気は許さないぞ』
「しないよ。真唯だけだよ。おやすみ、真唯。向こうで体、壊さないようにね。夢で会おう」
『うん……おやすみ、れな子。夢で、ぎゅっとしよう』
電話を切った後、私はスマホを胸に置いて、天井を見上げた。少し面倒臭いな、と思った。嫉妬を騒いで、機嫌を取らせるのは、正直、エネルギーがいる。でも、真唯の声が震えた瞬間、あのスーパーダーリンが、ただの寂しがり屋の少女に戻る瞬間が、少し可愛くて、胸の奥が温かくなったのも、確かだった。
私は毛布を顎まで引き上げ、静かに目を閉じた。遠いパリにいる、金色の髪の少女のことを、少しだけ、想いながら。夜は、まだ深まっていく。
外の風が、窓を軽く叩いていた。
夜は深まっていた。電話を切ってから三十分ほど経った私の部屋は、スタンドの灯りだけがぼんやりと残り、壁に柔らかな影を落としている。
ベッドに仰向けになったまま、スマホを胸の上に置いたまま、私は天井を見つめていた。
毛布の端を指で無意識に弄っている王塚真唯の声が、まだ耳に残っている。
『私じゃなくてもいいのに、私が使われてる感じがして……親の会社の装飾品みたい』
あの言葉が、胸の奥に小さな棘のように引っかかっていた。私は静かに、その感覚について考える。
真唯は、生まれながらのスーパーダーリンだ。美貌、家柄、才能、すべてが完璧に揃っている。周囲は彼女を称賛し、期待し、崇拝する。
親も、きっと彼女を「王塚家の誇り」として、最高の場所に飾っている。でも、それは同時に、彼女を「物」として扱っているということだ。
装飾品は、美しいから飾られる。
輝いているから、人の目を引くから、価値がある。でも、装飾品には自分の意志はない。飾られる場所を、選べない。
埃をかぶったら磨かれ、必要なくなったら箱にしまわれる。真唯は、そう感じている。彼女の努力も、笑顔も、完璧な振る舞いも、すべてが「王塚家の顔」として消費されているように思えてしまう。
自分が「ただの真唯」として見られている実感が、ほとんどない。だから、彼女は私にすがる。私の前では、完璧を脱ぎ捨てて、
わがままを言ったり、嫉妬を爆発させたり、
弱音を吐いたりできる。
私は、彼女を「王塚真唯」としてではなく、「ただの真唯」として、受け止めているから。それは、彼女にとって、唯一の救いなのかもしれない。でも、同時に、私は少し、冷たくも思う。
真唯は恵まれている。誰もが羨む人生を、最初から与えられている。装飾品として飾られることさえ、多くの人にとっては夢のような特権だ。
彼女が感じる鬱屈は、贅沢な悩みでもある。しかし私はそれを、責めない。でも、完全に共感もできない。私は、自分の規範で、自分のペースで、自分の価値を自分で決めて生きている。
真唯は、まだそこにたどり着けていない。彼女は、親の期待、他者の称賛、それらを失う恐怖に、縛られている。だから、嫉妬する。だから、私に依存する。私はスマホを手に取り、画面を眺めた。
ロック画面は、真唯と一緒に撮った写真。
デパートでVRゲームをした日の、笑顔のツーショット。私は小さく息を吐き、画面をオフにした。
「世話が焼けるね、私の王子様は」
真唯の鬱屈は、彼女が自分で解かなければならないものだ。私は、ただ、彼女が「ただの真唯」でいられる場所を、提供し続けるだけ。
それが、私の選んだ対応だ。私は毛布を顎まで引き上げ、目を閉じた。遠いパリのホテルで、金色の髪の少女が、今も眠れずに私のことを想っているだろう。私は、静かに、そのことを受け止めながら、夜の闇に身を委ねた。
外の風が、窓を軽く叩く音が、遠く、優しく響いているように感じた。
関わりが見たいヒロイン
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王塚真唯
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瀬名紫陽花
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琴紗月
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小柳香穂