光のれな子   作:あーばれすと

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 学校をサボった昼下がり。

 私、甘織れな子の部屋は、いつもより少しだけ息苦しい空気に包まれていた。暖房の効きが強すぎて、窓ガラスがうっすらと曇っている。カーテンは中途半端に開いたままで、薄い陽光が斜めに床を這い、散らかった座布団やクッションに淡い影を落としていた。テーブルの上は戦場だった。

 

 開封されたポテトチップスの大袋が倒れ、塩味の粉がこぼれている。チョコレートの箱は半分以上空になり、包み紙があちこちに散乱。グミの小袋は三種類が並んでいて、どれも中身が半分以下。

 

 コーラのペットボトルは蓋が開けっ放しで、微かに炭酸の音がしている。私はクッションに深く沈み込み、膝の上にスマホを置いて画面をスクロールしていた。指先が時折止まり、誰かからのメッセージを読み込むたびに、わずかに眉が動く。

 

 紗月さんは胡坐をかいて座り、ポテチを一枚つまんでは、ゆっくりと噛み砕いていた。咀嚼音が部屋に響くたび、どこか苛立ったようなリズムを刻んでいる。

 

「……って、甘織。なにこれ」

 

 紗月さんが袋をテーブルに叩きつけるように置いた。

 

「何って、真唯を探してるんだけど?」

 

 私はチョコバーをくわえたまま、のんびり答える。口の端からチョコが少し溶けて垂れそうになり、慌てて舌で舐め取った。

 

 紗月さんは深く息を吐き、髪をかき上げた。長い黒髪が肩から滑り落ちる。

 

「確かに私は言ったわ。連絡が取れない、私に抱かれるのを拒否したアイツが何をするかわからない、そして和解するにせよ、決裂にせよ、会わないと始まらないって。……それで?」

「うん、そうだね」

「で、なんで家でお菓子食べてるの?」

「連絡網を回したから。今は情報が集まるのを待つ時間だからね。ずっとシリアスモードで固まってると、頭パンクしちゃうし。疲れるじゃん?」

 

 紗月さんは呆れたように私を睨んだ。が、その目はどこか力が抜けている。

 

「緊張感ないわね、貴方は。本当に」

 

「そうかな?」

 

 ポリポリ。

 ポリポリ。

 

 しばらく、二人の間に咀嚼音と、コーラの泡が弾ける小さな音だけが続いた。私はスマホを膝から持ち上げ、画面を軽く指でなぞりながら口を開いた。

 

「私の互助ネットワークってさ、結局『できないことは得意な人に任せる』『不得意な人の仕事を得意な自分が背負う』で成り立ってるじゃん。真唯の居場所探しなんて、私達二人でウロウロするより、情報通の人に振った方が百倍早いよ……それに」

 

 彼女は少し声を落とした。

 

「今、真唯が何を考えてるか、何をしようとしてるか……分からないまま突っ走る方が、よっぽど危ないと思うんだよね」

 

 紗月さんは膝を抱え、顎を乗せた。視線は床の一点に固定されている。

 

「……あ、そう言えばさ。ゲームのフレンドになろうよ、紗月さん」

 

 突然の話題転換に、紗月が顔を上げた。

 

「は?  貴方にログイン時間が見られるの気持ち悪いわね。ネットストーカー気質あるでしょ、貴方」

「ひっど!  ないよそんなもん!  ただ一緒に遊べたら楽しいかなって!」

「私のこともお金目当てなんでしょ?  私から借りたお金でギャンブル三昧」

「借りてないし、ギャンブルもしないよ!!  紗月さんの中の私の評価、酷すぎるって!」

 

 紗月さんはふっと鼻で笑った。目が少し細くなる。

 

「私のお金でパチンコするのは良いけど、勝てる台で打ちなさい、甘織」

「貸せるほどのお金のないご家庭の分際でよくもそんなに自信満々にボケれるね。甘織れな子は素直にドン引きです」

 

 その瞬間、紗月の表情が凍りついた。指先

が膝の上で小さく震え、唇が一瞬引きつる。

 

「……あ。言っちゃいけないラインの台詞、言ったわね」

 

 声が低く、掠れていた。

 

「家庭環境において私は世界で一番幸せよ。お金なんて無くても幸せになれることを知らないなんて、可哀想な価値観ね」

 

 静寂が落ちた。私はチョコバーをテーブルに置き、ゆっくりと紗月さんを見た。いつもの軽い調子が消えている。

 

「金は不幸の足切りだからね。多くても少なくても不幸になる。でも、紗月さんレベルのご家庭は……普通に、不幸な部類に入るんじゃない?」

 

 紗月さんの肩が小さく震えた。

 

「大切なお母さんに、美味しいご飯を毎日食べさせてあげたくないの?  お金の心配しないで、普通に笑って、遊んで、旅行に行って、温泉に入って、細かい雑貨で頭を悩ませない日常を……プレゼントしてあげたくないの?」

 

 長い沈黙。紗月さんのまつ毛が、ゆっくりと濡れていくのが見えた。

 

「……ほしい」

 

 声は小さく、ほとんど吐息に近かった。

 

「ハッキリと」

「ごめんなさい、見栄を張った。やっぱ辛いわ。お金、欲しい!!  お母さんが幸せな生活を送れるくらい!!  過労死の心配とか、絶対嫌!!  美味しいご飯をいっぱい食べて、旅行に行ったり、温泉に入ったり、欲しいものがあったら我慢しないで買える生活をさせてあげたい!!  お母さんが笑ってる顔を、毎日見たい!!」

 

 最後の言葉は、ほとんど叫びに近かった。れな子は静かに頷き、優しく微笑んだ。

 

「言えたじゃない、紗月さん。……じゃあ、真唯に慰謝料請求しよう」

「それはそれで友達に戻れないと思うのだけれど!?」

「ギャンブルしたいんでしょ?」

「ギャンブルするのは甘織でしょ!!」

 

 二人が同時に声を上げて笑った瞬間――テーブルの上で、私のスマホが短く振動した。画面を見た私の目が、鋭く細くなるを感じた。

 

「誰から?」

 

 紗月さんが身を乗り出した。

 

「秘密。……だけど、真唯の居場所が分かったよ」

 

 私はゆっくり立ち上がり、伸びをした。背筋が伸びる音が小さく聞こえる。

 

「人外魔境新宿決戦の始まりだ」

 

 紗月さんも立ち上がった。膝の上で握りしめていた拳を、ゆっくりと開く。表情はもう、いつもの皮肉っぽい笑みではなく、静かで、どこか燃えるような覚悟を宿していた。

 

「私達はどっち?」

 

 私は振り返り、にやりと口角を上げた。

 

「勿論、摩虎羅と宿儺」

「二人だから?」

「そう。本当は問題児二人。されど最強。やりたいけど、それは真唯と紗月さんだろうし」

 

 紗月さんは少し黙った。

 

「自己評価低いのね。貴方なら、最強かもしれないのに」

「ナイナイ。甘織れな子はは八握剣異戒神将魔虚羅くらいが精々ですよ」

「それはそれで自己評価高い気がするわね」

 

 二人は同時にドアの方へ歩き出した。背後で、テーブルの上にはまだ開けかけのポテチと、溶けかけたチョコレートと、泡の消えかけたコーラが、静かに取り残されていた。外はもう、薄暗くなり始めていた。

 

「あのハイスペックに適応する! それまで持ち堪えてね。紗月さん」

「ええ、適応を教科書にして次元斬で真っ二つにしてやるわ。あの王塚真唯が無様に散る姿を見るのは楽しみね」

 

 冬の風が、窓の隙間からかすかに忍び込んでくる。

 

 

 

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
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