光のれな子   作:あーばれすと

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14(一章・終わり)

 

 

 超高層ホテルの最上階宴会場は、夜景を一望できる巨大なガラス張りの空間だった。シャンデリアの光が無数のグラスに反射し、きらきらと散る。会場には老若男女が溢れ、ドレスやタキシードの群れが波のように揺れていた。

 

 弦楽四重奏の音色が背景に流れ、笑い声とグラスの触れ合う音が絶え間なく響く。

 私と紗月さんは、エレベーターから降りた瞬間、その華やかさに少し圧倒された。軽く会場を見回して小さく言う。

 

「うぉ、すごい人……」

 

 紗月さんは黒髪を背中に流し、赤い瞳で冷静に周囲を観察しながら答えた。

 

「流石ね。確か、招待の条件の一つに『王塚真唯に告白した人』があったけど……予想以上に多いわ」

 

 私は軽く肩をすくめ、会場を埋め尽くす人々を見渡した。

 

「お金目当て、体目当て、なんとなく……理由は様々あるだろうけど、ストレスはあるだろうね」

 

 紗月さんは小さく頷き、唇を薄く曲げた。

 

「期待と言い換えてもいい。常に『完璧な王塚真唯』でいなければならないなら、自然と超然的な王様になるのも頷ける。誰かの顔色を伺う人間に、人々はカリスマを見出さないから」

 

 私は思わず苦笑した。

 

「冷やかしもある程度いるだろうけどね」

 

 紗月さんは即座に返した。

 

「それ、ほぼ全員でしょ」

 

 私達は軽く笑い合った

 。会場中央では、真唯の姿がちらりと見えた。白いドレスに包まれ、完璧な笑顔を浮かべながら、次々と人々に囲まれている。

 

 彼女の周りだけ、時間が少し違うように輝いていた。紗月さんが突然、私の腕を軽く引いた。

 

「露払いは嫌われ者の私に任せなさい。甘織が王塚真唯と話せるように、散らしてあげる。適材適所よ。友人だもの」

「私はそんなつまりは……」

 

 紗月さんは赤い瞳を細め、静かに言った。

 

「領域展開」

「0.2秒?」

 

 紗月さんは無表情で言った。

 

「伏魔御厨子」

「皆殺しにするんだ」

 

 紗月さんは真顔で頷き、れな子の背中を軽く押した。

 

「行きなさい、甘織」

 

 そう言って、紗月さんは大きく息を吸った。近くのホテルのスタッフからマイクを受け取り、電源を入れる。

 

 スタッフが一瞬驚いた顔をしたが、すぐに下がった。真唯の幼馴染という立場が、ここでも働いていた。紗月さんはマイクを口元に近づけ、会場に響く声で、静かに、しかしはっきりと告げた。

 

「ねぇ、有象無象。返事はどうしたの有象無象。いいかしら、貴方達。現実をみなさい。今の貴方達は失敗した生命の残骸よ。意志も誇りも価値も何一つ持たず、流されるだけの無脳で無能な肉塊が、一生懸命生きてるフリをして空気と資源を盗んでるだけ。貴方が存在することで、この世界の平均レベルが下がってる。生まれてきたこと自体が、取り返しのつかない大失敗。そんな存在が王塚真唯と恋人なる? 信じた先から裏切るこの世のクズ共の分際で? 地球上でもっとも下等な生き物がよく吠える。いつから貴方達は人をえり好みできるほど偉くなったの。好き嫌いで人付き合いしてんじゃないわよ。ゴミはゴミらしく身の程にあった不幸を噛み締めてれば良いわ」

 

 会場が一瞬、静まり返った。

 私は紗月さんの横顔を見て、小さく息を吐いた。

 

 全く、本当に……本当に優しいね。

 

 紗月さんはマイクを握ったまま、赤い瞳で会場を見渡した。そこには、冷徹な決意と、幼馴染への複雑な想いが混じっていた。会場の人々が、ゆっくりと動き始めた。ざわめきが再び広がる中、私は静かに中央へ向かって歩き出した。

 真唯の困惑した表情が、遠くから見えた。

 

「久しぶり、真唯」

「……れな子……何故、ここに」

「場所、変えよう」

 

 最上階のプール。

 そこには誰もいない。

 真唯はスタッフに紅茶を頼み、私はケーキも頼んだ。

 

「紗月もれな子の差し金か。派手なことをする。あれは……なんというか斬殺死体を作り上げる如くだったな」

 

 彼女の声は掠れていた。普通に考えれば、嫌われた相手がわざわざ居場所を調べてやってくる意味などない。真唯の瞳に、警戒と戸惑が混じりながらも、どこかで期待するような光が揺らめく。

 

「何か、用かな?」

「今から、真唯に文句を言うよ」

「……ああ、そういう」

 

 真唯は視線を下に落とし、紅茶のカップを指で軽く叩いた。過去の無礼を思い出したように、肩がわずかに縮こまる。でも、その仕草の奥に、ほんの少しだけ——ほっとしたような吐息が漏れる。

 

「構わないよ。それで君の気が済むのなら」

「なら、言わせてもらうね」

 

 私は一歩近づき、静かに、しかしはっきりと告げた。

 

「紗月さんに、『好きでもない相手から抱かれたい』と言ったのは、失礼すぎるよ。紗月さんは傷ついていた」

 

 真唯は目を伏せ、息を吐いた。声が小さくなる。

 

「……そうか。紗月の話か。確かに甘えていたのかもしれないな。動揺もしていた」

 

 彼女の指がカップの縁を強く握り、わずかに震える。完璧な仮面の下で、罪悪感がゆっくりと顔を覗かせる。

 

「この恋人パーティーとかいう意味のないものも、笑かすね」

 

 真唯は苦笑した。笑顔が、少しだけ歪む。

 

「好きな人と恋人になれないなら、代用品で癒やすしかないのは合理的だと思うけどね。確かに好ましくはないが、仕方がない」

 

 私はさらに近づき、声を低くした。

 

「まず、私に謝ってよ。無理矢理エッチなことしようとしたことを、ちゃんと正式に謝って」

 

 真唯は視線を上げ、静かに言った。瞳が潤み、声が震える。

 

「それについては、本当にすまない。あの時はどうかしていた。君と、愛し合いたかった」

 

 その言葉を聞いた瞬間、真唯の瞳に、過去の記憶がよみがえる様子が見えた。

 私に近づいたあの夜の衝動。拒絶された後の空虚。そして、今、私がここにいるという事実。

 私は真唯の前に立ち、ゆっくりと息を吐いた。

 

「れ、れな子……」

「正座」

「……せ、正座?」

「正座。早く」

 

 真唯は戸惑いながらも、ドレスの裾を整えて正座した。私はそのまま、彼女の肩を優しく押す。体が傷つかないよう、ゆっくりと押し倒す。

 

 真唯の背中がラウンジチェアに沈む。彼女の息が、わずかに乱れる。

 

「今、私からの文句に対する返答を、真唯は覚えている?」

「……え? あ、いや」

「貴方は、『動揺していた』、『甘えていた』、『好ましくないが合理的に動ける』、『愛し合いたかった』。貴方はそう言った」

「あ、ああ。確かにそう言ったと思う。しかしそれがどうしたという」

 

 私は真唯の顔を覗き込み、静かに告げた。

 

「それが、今の真唯だよ。取り繕うことなく、最近の王塚真唯のメンタリティ。真唯の本音。本当の自分。少なくとも弱く一番柔らかい部分の心だ」

 

 真唯の瞳が大きく揺れた。完璧な仮面が、ゆっくりと剥がれ落ちていく。

 

「……それは……」

「そう。真唯が抱える悩み」

 

 私は息を吸い、言葉を続ける。

 

「私は、それを否定しない。その気持ちがあることを知っている。だから真唯も、自分自身に弱くなることを認めて。真唯は完璧を目指し、完璧であろうと努力している」

 

 真唯の瞳が潤む。彼女は唇を噛み、声を絞り出す。

 

「……れな子……」

「それは尊く、大切で、賞賛されるべき行為だと思う」

 

 だけど。

 

「完璧になることはできるんだろうけど、完璧で有り続けることは不可能なんだ」

 

 真唯の肩が震えた。涙が一筋、頰を伝う。

 

「最初から、言ってたんだよ。弱い姿を見せてほしい。それを否定しないって、私は最初から言ってたじゃん。真唯の不完全な弱さがあることは知っていた。だから、その程度で嫌いにはなってやらない。私は貴方の友達なんだから」

 

 真唯の瞳から、涙が止まらなくなる。彼女は小さく首を振り、声が震える。

 

「……れな子……私は、ずっと……完璧でいなければ、誰も見てくれないと思っていた。みんなが期待する『王塚真唯』でなければ、価値がないと……」

 

 私は真唯の頰に手を添え、優しく拭う。

 

「恋人から後退することもある。喧嘩することもある。関係性に困ることはある。しかし、だけど、そもそも——」

 

 私は真唯の瞳をまっすぐ見つめ、静かに告げた。

 

「私達は友達だ。忘れるな、王塚真唯。少しくらいの迷惑をかけられたくらいで、絶縁なんかしてやらない。恋人ではなくなった。友達になった。だからさようなら、なんてしてやらない。私が好きなら、もう一度恋人になれるように努力して」

 

 真唯は涙を拭い、かすかに笑った。笑顔が、初めて——本物の、弱さを帯びた笑顔だった。

 

「……ああ。そうか。そうだな」

 

 私は微笑み、言葉を続ける。

 

「今度は、私からエッチなことをしたいと思わせるほど、私を真唯に惚れさせてみてよ。それが、貴方の理想の王塚真唯なんでしょ?」

 

 真唯は震える手で、私の手を握った。温かく、わずかに震える指先。

 

「れな子。そう言ってくれる、君が好きだったんだ。……ずっと、君にだけは、弱い自分を見せてもいいんじゃないか、って思っていた。でも、怖かった。君に嫌われたら、もう、私を見てくれる人は誰もいなくなると思って……」

 

 私は真唯の髪を優しく撫で、静かに告げた。

 

「真唯の強さも弱さも、私は全部見てて上げる。だから頑張れ。貴方の努力は私が見ててあげるから。貴方は一人じゃないんだよ」

 

 真唯は目を閉じ、涙を流しながら、ゆっくりと頷いた。

 

「……ありがとう、れな子。……本当に、ありがとう」

 

 プールの水面が静かに揺れ、夜景の光が二人の影を長く伸ばす。静かで、温かかった。

 真唯はゆっくりと体を起こし、私の肩に額を寄せた。初めて見る、弱さを隠さない彼女の姿。

 完璧な仮面の下にあった、本当の王塚真唯。

 

「……れな子。もう一度、君に恋をさせてみせるよ。今度は、ちゃんと……君を幸せにできるように」

 

 私は笑みを浮かべて、彼女の髪を撫でた。

 

「楽しみにしてるよ、真唯」

 

 二人は、プールサイドで、静かに寄り添った。夜景が輝き、紗月さんの声が遠くで響く中、ここだけは——本当の始まりが、静かに訪れていた。

 

 




光れな子シリーズ見ていただきありがとうございます。
次回から、紫陽花さん編をやります

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
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