私は、前日の出来事を静かに思い返していた。
いつものように上品な言葉を選びながらも、どこか切なげな響きを帯びた声で語った王塚真唯の姿を。
『みんなは本当の王塚真唯をみていてくれているのだろうか?』
彼女の透き通ったブルーの瞳がわずかに揺れ、陶器のような白い肌にほんの少しだけ影が差した瞬間を。
それでも微笑みを崩さない彼女の完璧主義は、ある種の強迫観念だと思う。私はそれを感情の波を立てることなく、ただの現象として、あるいは世界の天候の一つとしてデータのように受け止めていた。
多くの人が同じような呪縛に縛られ、同じような表情で苦しむ。
人間の本質はそれほど変わらない。だからこそ、私は彼女のメンタルヘルスを好転させるための中庸の道、『完璧を維持しつつ、たまには休憩する』という、最も受け入れやすい言葉を言った。
ゲーム機の画面を淡々と眺めながら、私はかつて耳にした言葉を脳内でリフレインする。
『できないやつはできないし、できるやつは勝手にできるんだよ! それが人間なんだ!』
まさにその通りだ。人間という森羅万象は、無数の万華鏡のように光の当たり方で全く異なる模様を見せる。
努力の量も、才能の分布も、環境の恵みも、すべてが不均等に散らばっている。
王塚真唯は、生まれながらの華と圧倒的な強い手札を持っている。
私の手札は感情の波を立てないこと、孤独を完全に受け入れること。
絶望の底から這い上がるために自ら磨き上げたこの最強のカードがあるからこそ、私は他者の感情の嵐に巻き込まれず、誰の仮面をも外せる安全な器になれる。
私は異質でいい。機械仕掛けの時計のように、ただ最善を尽くして最適化を続けていくだけ。
そういう生き方をしたいと思ったのだ。
翌日、冬の終わりの屋上にて。
昼休みの屋上には柔らかい陽射しが広がっていた。コンクリートの床は少し冷たかったが、フェンスに寄りかかれば風も穏やかで、一人で過ごすには格好の場所だった。
ギィ、と屋上の扉が静かに開く音がした。振り返ると、そこに王塚真唯が立っていた。金色の長い髪が風に優雅に揺れ、一分の乱れもない制服姿は相変わらず完璧そのものだった。しかし、私を見つけた彼女のサファイアのような瞳には、いつもと違う熱が帯びていた。
彼女は決意を固めたような足取りで近づき、私の目の前で立ち止まった。
「れな子。私は君のことを好きになってしまったようだ」
「へぇ、それはまた。なんというか……意外だね。好きになるの早いね?」
「そうなんだよ。君は私の弱さを受け入れてくれた。あのときの言葉が嬉しくて、家に帰ってからも胸のドキドキが収まらない。夜も眠れなくて、何度も君の言葉を思い返してしまった。だから、私は君を好きになったんだ」
「大袈裟だね。王塚真唯が落ち込んでいたら、誰だって同じように慰めると思うけど?」
「だが、そこにいたのは君だった。誰にでもできたことかもしれない。けれど、実際に言葉を尽くして行動したのは君なんだよ。その瞬間に、私の目の前にいてくれたのは君だったのだ」
なるほど。
たった一度の言葉でここまで来るとは、相当ストレスが溜まっていたんだな。完璧の緊張が限界に達して、その隙間に私がスポッとはまり込んだわけだ。
「渋っているのは、私が女だからか?」
「どうかな」
真唯は迷いのない動きでさらに一歩踏み込んできた。そして、私の顎にそっと白い指先を添えたのだ。細い指が優しく、しかし確かな力で触れる。彼女の体温が至近距離で伝わってきた。
真唯はそのまま首筋へと指を滑らせ、真剣な顔でじっと静止した。
「……? 何してんの、真唯」
「脈は無さそうではないな」
真唯はどこか勝ち誇ったように、嬉しそうに瞳を細めた。
告白の最中に相手の頸動脈を直に測る人間があるか。いくら完璧超人だからって、恋愛のアプローチまで合理的というかシュールというか、ズレている。だが、そこが面白いと感じた。
私は数秒間彼女の瞳を見つめ返した後、小さく頷いた。
「……なら、恋人になろうか。うん、良いよ。それもまた、一つの青春だと私は思うし」
打算はある。
女同士の恋愛に異論はないし、何より王塚真唯は顔もスタイルも抜群で、大企業のお嬢様で、お金持ちだ。色々な未知のデータを集める経験の相手としては、これ以上ない最高峰の物件と言える。ただし、私は嘘をつかない。
「ハッキリと言うけど、私はまだ恋愛対象として真唯を好きじゃないよ。真唯も、限界状態で優しくされてテンションが上がっているだけかもしれないしね」
「そんなことはないぞ! 私はれな子のことが好きだ。本当に、心から好きだ」
「ありがとう。だからこそ、お互いを知っていこう。『好きだから恋人になる』のではなく、『恋人になってから、好きになっていく』。そういう順番があってもいいんじゃないかな」
私の提案に、真唯は少し目を丸くして数秒間沈黙した。
私の言葉を、彼女の優秀な頭脳で噛み締めているのだろう。やがて、彼女の顔に柔らかい笑みが広がった。
「……うん。そうだね。君の言う通りだ、れな子」
風が再び吹き始め、二人の髪を優しく揺らした。細く温かい彼女の指が、私の手にしっかりと絡みつく。
私の胸の奥には、未だ特別な熱も、激しい動悸も生まれていない。心はどこまでも穏やかで、波一つ立たない。けれど、それでいい。
これが私だ。
関わりが見たいヒロイン
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