光のれな子   作:あーばれすと

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三話

 私は、思い返す。

 王塚真唯の話を聞いていた。いつものように、彼女は上品な言葉を選びながら、しかしどこか切なげな響きを帯びた声で語った。

 

『みんなは本当の王塚真唯をみていてくれているのだろうか?』

 

 彼女の透き通ったブルーの瞳が、わずかに揺れた。陶器のような白い肌に、ほんの少しだけ影が差す。

 

 それでも、微笑みは崩さない。完璧を保とうとするその姿勢自体が、彼女の苦しみを象徴している。

 

 私は、静かにその様子を観察していた。内心では、冷静に分析している。

 

 この悩みは、極めて平凡だ。

 

 完璧主義に囚われ、自分を休ませられない。弱さを見せたら拒絶されるという恐怖。称賛に依存し、それが途切れると無価値感に襲われる。

 

 こうしたパターンは、世界中に無数にある。

 

 人間の「天候」の一つに過ぎない。

 特別なものではない。予測可能で、繰り返される、ありふれた波だ。

 

 多くの人が同じような呪縛に縛られ、同じような言葉を吐き、同じような表情で苦しむ。

 

 彼女の美貌や地位がどれほど突出していても、この苦しみの本質は、変わらない。

 

 それは、善悪の問題ではない。優劣でもない。ただの現象だ。

 

 私は、それをデータとして受け止める。感情の波を立てることなく、ただ観察する。

 

 それでも、私は彼女に対して、穏やかな声で答えた。

 

『貴方は、本当に頑張っている。誰よりも努力して、誰よりも完璧を保ち続けている。それは、誰の目にも明らかだよ。だからこそ、最強無敵の王塚真唯を維持し続けながらも、偶には少しだけ休憩しても良いんじゃない?』

 

 と。

 

『完璧を、少しだけ緩めても、貴方の周りにはきっと人が残る。だって、貴方はもう十分に、誰かを惹きつける輝きを持っているから』

 

 と。

 いや、後半は言っていなかった気がする。

 

 まぁいいや、この言葉は、彼女にとって今、この瞬間、一番気持ち良い答えだろう。彼女の強迫観念を否定せず、むしろその努力を認めつつ、ハードルをほんの少しだけ下げる提案。

 

 完璧を完全に捨てるのではなく、維持しつつ休憩するという、彼女が受け入れやすい中庸の道を示す。

 

 これが、彼女のメンタルヘルスを実際に好転させる方向へ、ゆっくりと導くものだ。

 

 私はそれを、正確に理解している。計算している。彼女が少しだけ息をつける空間を、私は自然に提供する。

 

 彼女が本当の自分を少しずつ試すように見せられる、安全な器になる。

 それが、私の役割だ。でも、同時に思う。このやり取り自体も、結局のところ、平凡なものだ。

 

 彼女の苦しみは確かに深い。彼女の努力は確かに尊い。でも、私はそれに巻き込まれることはない。

 

 深い同情で胸を痛めることもない。彼女の涙に心を揺さぶられることもない。私は、ただここにいて、世界を観察し続ける。誰かのただの自分を見たいとも思わない。

 

 誰かにただの私を見せてほしいとも思わない。私は、他者の感情を天候として敬い、距離を保ちながら受け止める。

 それで十分だ。この異質さが、私という存在の輪郭を、くっきりと浮かび上がらせる。

 

 私は、誰かと深く感情的に結びつくことを求めない。

 

 孤独を完全に受け入れ、むしろそれを基盤として、自由に生きている。だからこそ、私はどんな嵐の中でも、穏やかな空間を保てる。

 

 だからこそ、私は誰かの仮面を外す手助けをしながら、自分自身は一切の仮面を必要としない。

 

 王塚真唯が、私の言葉に少しだけ目を細めて、ほんのわずかに息を吐いたのを思い出す。

 

 願わくば彼女にとって、それは小さな救いになることを祈るばかりだ。

 

 私は、静かに自分の内側を観察する。

 この異質さは、いつからあったのだろう。幼い頃から、私は他者の感情の波に巻き込まれなかった。泣く子を見ても、怒る大人を見ても、ただ今、こういう天候が起きていると受け止めるだけだった。悲しみも喜びも、私の中では遠くの雲のように、形を変えながら流れていくものに過ぎなかった。

 

 多くの人は、他者の痛みに共振する。

 誰かが泣けば自分も胸が痛む。誰かが笑えば一緒に笑いたくなる。

 

 それは、ごく自然な人間の反応だと知っている。でも、私は違う。私は、痛みをデータとして受け入れる。

 分析する。昇華する。そして、次に活かす。それで終わりだ。共振しない。同期しない。

 

 ただ、静かに傍にいる。だから、私は誰かの涙に心を揺さぶられることがない。

 誰かの絶望に、自分が沈むこともない。それは、冷たいのだろうか。違う。ただ、違うだけだ。

 

 私は、他者の本当の自分を受け止める器になれる。仮面を外したいと願う人の前で、穏やかな空間を提供できる。

 

 王塚真唯が少しずつ弱さを見せ始めるのも、すべて私が動じないからだ。

 私は否定しない。拒絶しない。驚かない。笑わない。ただ、受け止める。だから、彼女たちは安心する。でも、私は思う。

 

 この安心の空間を提供しながら、私は誰の本当の自分も、深く欲していない。誰かが私にただの貴方をみたいと言ったとしても、私は困らない。

 

 なぜなら、私は最初から仮面を被っていないからだ。

 

 私は、常にただの私だ。感情の波を立てないこと。規範を崩さないこと。他者に依存しないこと。孤独を完全に受け入れること。これが、私の素の姿だ。だから、誰かに本当の私を見てほしいと思わない。 

 

 見てほしいと思う必要がない。

 私は、ただここにいる。それで十分だ。この異質さは、欠落ではない。むしろ、強さだと思う。

 

 どんな嵐の中でも、私は揺れない。どんな絶望が目の前で広がろうとも、私は穏やかなまま、適切な言葉を、適切なタイミングで提供できる。

 

 それは、誰かを救う力になる。でも、同時に、私は誰からも救われる必要がない。

 

 私は、絶望の底から這い上がったことがある。だからこそ、この構造を築いた。鋼のように固い規範を。

 

 感情の波を一切立てない平穏を。それは、

私を守るための、最適化だった。

 

 今、私はそれを手放さない。手放す理由がないからだ。

 

 私は、他者と深く感情的に結びつくことを求めない。求められたとしても、対応に苦慮するだろう。なぜなら、私はその結びつきを必要としていないから。

 

 私は、自由だ。

 完全な孤独を基盤とした自由。この異質さが、私を私たらしめている。私は、それを否定しない。むしろ、静かに肯定する。

 

 私は、桃色のボブヘアを指で軽く梳きながら、灰紫色の瞳で窓の外を見つめる。

 

 外の世界は、今日もさまざまな天候を繰り返している。私は、そのすべてを、敬意と礼節をもって、ただ観察する。

 

 それが、私の喜びだ。

 それが、私の本質だ。

 私は、異質でいい。

 このまま、静かに最適化を続けていく。

 それで、十分だ。

 機械仕掛けの時計のように。

 

『できないやつはできないし、できるやつは勝手にできるんだよ! それが人間なんだ!』

 

 ゲームをプレイしながら私は、静かにその言葉を反芻する。

 できる人間がいる。できない人間がいる。

 やる人間がいる。やらない人間がいる。

 それは、当たり前だ。

 それは、自然だ。人間という森羅万象は、無数の万華鏡のように、光の当たり方によって全く異なる模様を見せる。

 

 同じ場所に立っていても、見える景色は一人一人違う。努力の量も、才能の分布も、環境の恵みも、運の偏りも、すべてが不均等に散らばっている。

 

 誰かは生まれながらに高い手札を握っている。

 

 誰かは低い手札しか与えられていない。

 誰かは途中でカードを増やせる。

 誰かは減る一方だ。それでも、誰もが同じテーブルでゲームを続けている。

 

 私は、それを責めない。

 羨まない。

 妬まない。

 ただ、観察する。

 

 王塚真唯は、生まれながらの華を持っている。誰もが振り返る美貌、圧倒的な存在感、大企業の後ろ盾。彼女の手札は、最初から強い。

 

 琴紗月は、貧乏というハンデを背負いながら、負けず嫌いで這い上がろうとする。彼女の手札は弱いが、努力で少しずつ質を上げている。

 

 瀬名紫陽花は、共感力という柔らかな武器で周囲を繋ぐ。彼女は自分の感情を殺してまで場を保つが、それが彼女の選んだ生き方だ。

 

 そして、私は──私は、感情の波を立てないこと、規範を崩さないこと、孤独を完全に受け入れることを、手札として持っている。

 

 それは、誰かにとっては冷たいと映るかもしれない。誰かにとっては人間らしさが足りないと感じられるかもしれない。でも、私は知っている。この手札こそが、私が絶望の底から這い上がるために、自ら選び、磨き上げた最強のカードだ。

 私は、他者の手札を羨まない。

 自分の手札を呪わない。ただ、淡々と確認する。

 今、私の手元には何があるか。

 それをどう組み合わせれば、最善の結果が出るか。

 

 できることは、できる。

 できないことは、できない。 

 やることは、やる。

 やらないことは、やらない。

 

 それでいい。

 人間の森羅万象の中で、私はただ一つの小さな欠片に過ぎない。でも、その欠片は、私の手でしか磨けない。だから、私は自らの手札を、静かに、確実に、確認し続ける。

 

 最善を尽くして、生きていく。

 

 それが、私の選んだ自由だ。灰紫色の瞳で、遠くの空を見上げる。

 人間万華鏡はゆっくりと回っている。私は、その中で、ただ穏やかに、私の模様を描いていく。

 

 翌日、昼休みの屋上。

 春の陽射しは柔らかく、澄んだ青空が広がっていた。コンクリートの床は少し冷たいが、フェンスに寄りかかれば風も穏やかで、校庭から聞こえてくる生徒たちの笑い声が遠く響く。

 

 私にとっては、いつもの静かな場所だ。

 一人でいるのにちょうどいい。桃色のボブヘアが軽く揺れ、灰紫色の瞳で空を眺めていると、時間がゆっくりと流れる。

 

 屋上の扉が静かに開く音がした。振り返ると、そこに王塚真唯が立っていた。金色の長い髪が冬の風に優雅に揺れ、腰まで届くストレートヘアが光を反射して輝いている。

 

 制服のブレザーは一分の乱れもなく、リボンは完璧に均等に結ばれ、スカートの丈も規程内で最も洗練された長さだ。

 

 彼女は私を見つけて、わずかに息を吸い、それから決意を固めたような足取りで近づいてきた。

 

「れな子」

 

 彼女は私のすぐ前で立ち止まり、透き通ったサファイアのようなブルーの瞳をまっすぐに私に向けた。普段は遠くを見つめるとき少し寂しげに揺れるその瞳が、今は熱を帯びている。

 

「私は君のことを好きになってしまったようだ」

 

 静かだが、確かな声だった。屋上の風が一瞬止んだような気がした。私は軽く首を傾け、穏やかに、いつもの淡々とした調子で返した。

 

「へぇ、それはまた。なんというか……意外だ。好きになるの早いね?」

 

 真唯は頬をほんのりと赤らめながらも、目を逸らさなかった。むしろ一歩近づいて、言葉を重ねる。

 

「そうなんだよ。君は私の弱さを受け入れてくれた。あのときの言葉が、家に帰ってからも胸のドキドキが収まらないの。夜も眠れなくて、何度も思い返してしまった。あれは私の人生において、非常に重要だった。だから、私は君を好きになった」

 

 彼女の声には、普段の完璧な優等生らしからぬ、わずかな震えが混じっていた。私は小さく息を吐き、静かに微笑んだ。

 

「大袈裟だね。王塚真唯が落ち込んでいたら、誰だって慰めると思うけど?」

 

 真唯は首を振り、金色の髪がさらりと肩を滑った。

 

「だが、そこにいたのは君だった」

 

 彼女はさらに一歩近づき、私との距離を縮める。

 

「誰でもできたかもしれない。けれど、実際に行動したのは君なんだよ。その瞬間に目の前にいたのは君だったのだ」

 

 私は内心で思う。誰でも良かった。だが実際にやったのは私。確かにその通りだ。彼女の言葉には妥当性がある。同時に、もう一つの観察。

 

 たった一度の言葉でここまで。相当ストレスが溜まっているようだ。完璧を保つための緊張が、限界に近づいている。私は変わらぬ声で答えた。

 

「なるほどね」

 

 真唯は少し眉を寄せ、私の表情を覗き込むようにして尋ねた。

 

「渋っているのは、私が女だからか?」

「どうかな」

 

 私は特に動じず、ただそう返した。感情の波は立てない。すると真唯は、迷いなくさらに近づき、私の顎にそっと手を添えた。白く細い指が、優しく、しかし確かな力で触れる。

 

 彼女の体温が伝わってくる。彼女は私の首筋に指を滑らせ、静かに脈を探った。

 

「脈は無さそうではないな」

 

 静かな声だったが、どこか勝ち誇ったような、嬉しそうな響きがあった。ブルーの瞳がわずかに細まる。

 

 私は数秒間、彼女の瞳を見つめ返した。風が二人の髪を軽く揺らし、屋上の静けさがより深く感じられる。それから、私は小さく頷いた。

 

「……なら、恋人になろうか。うん、良いよ。それもまた、青春だと私は思う」

 

 女同士の恋愛に、私は異論はない。それに加えて、王塚真唯は顔もスタイルも抜群だ。175cmの長身に、陶器のような白い肌、モデルのような完まった顔立ち。更にいえば大企業のお嬢様で、お金持ち。

 

 打算はある。けれど、色々な経験をするには最適な相手だと、私は冷静に判断した。感情ではなく、データとして。ただ、私は正直に、変わらぬ穏やかな声で付け加えた。

 

「ハッキリと言うけど、私はまだ恋愛対象として真唯を好きじゃない。真唯もテンションが上がっているだけかもしれない」

 

 真唯は即座に首を振った。金色の髪が大きく揺れる。

 

「そんなことはないぞ。私はれな子のことは好きだ。本当に、好きだ」

 

 彼女の声に、熱がこもっていた。

 

「ありがとう」

 

 私は静かに微笑み、言葉を続けた。

 

「だからこそ、お互いを知っていこう。好きだから恋人になるのではなく、恋人になって、好きになっていこう」

 

 真唯は少し目を丸くして、私の言葉を噛みしめるように数秒黙った。それから、ゆっくりと、柔らかく頷いた。

 

「……うん。そうだね」

 

 風が再び吹き始め、二人の髪を優しく揺らした。私は、彼女の手をそっと握り返した。細く温かい指が、私の手に絡まる。まだ胸の奥に特別な熱は生まれていない。

 

 ドキドキもしない。心は穏やかで、波一つ立たない。それでいい。これは、私にとっての一つの経験だ。

 新しいデータだ。最適化の過程の一つ。

 私は、彼女の手を握ったまま、灰紫色の瞳で遠くの空を見上げた。

 冬の空は高く、澄んでいて、どこまでも続いている。これから先、どうなるかはわからない。でも、私はただ、静かに観察しながら、最善を尽くしていくだけだ。

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
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