光のれな子 作:あーばれすと
私達は色々と遊んだ後、普通にお風呂を使うことになった。
「はーい、髪を洗います。座ってね、紫陽花さん」
紫陽花は小さく頷き、浴室の小さな椅子に座った。
「うん、れなちゃん」
私は彼女の後ろに立ち、シャワーのお湯を手に受けながら、軽く言った。
「お姉ちゃんチョップ!」
紫陽花がびくりと肩を震わせ、驚いた顔で振り返った。黄色い瞳が大きく見開かれる。
「あうっ。姉ちゃんチョップ!?」
私はくすくすと笑い、彼女の頭を優しく撫でた。お湯が髪を伝い、泡が白く広がる。
「これから紫陽花さんは、二人っきりの時は私のことをれなお姉ちゃんと呼ぶこと。これは三つある国民の義務の一つだよ」
紫陽花さんは目を丸くし、慌てて言った。声に少しだけ力が戻る。
「納税と労働と教育のどれかがリストラされちゃった!? 誰がいなくなったの!?」
「納税」
「労働じゃないんだ!? 私の前では人に優しくするという労働をしなくて良い的なニュアンスかと思ったのに!?」
「やつは死んだ。一揆を起こされて」
「まさかの年貢米!?」
私は笑いながら、彼女の髪を丁寧に洗い続けた。お湯が髪を濡らし、泡が指の間を滑る。紫陽花さんは最初こそ驚いていたが、徐々に肩の力が抜け、目を閉じて私の手に身を任せた。
泡が首筋を伝い、浴衣の襟元に染みる。
「……気持ちいい……れなちゃん」
「れなお姉ちゃん、だよ」
「……れなお姉ちゃん」
私は満足げに頷き、シャワーのお湯で泡を流した。髪が濡れて重くなり、彼女の肩に張り付く。髪を洗い終え、タオルで拭きながら、私は彼女を部屋に戻した。
紫陽花さんはタオルを頭に巻いたまま、ベッドの端に座った。困惑した顔で私を見上げる。タオルが少し開き、細い膝が露わになる。「……れなちゃん?」
私は彼女の前に立ち、静かに言った。
「紫陽花さん。今から貴方をベッドに押し倒すね」
紫陽花さんの目が大きく見開かれた。頰が一瞬で赤くなる。
「え……?」
私は優しく、しかし確実に彼女の肩を押した。紫陽花さんは抵抗せずに背中をベッドに沈めた。
私は彼女の上に覆い被さり、両手でベッドを支えながら、静かに言った。
「れなお姉ちゃん?」
紫陽花は小さく息を飲み、震える声で繰り返した。
「れなお姉ちゃん……」
私は彼女の瞳をまっすぐ見つめ、ゆっくりと言った。
「ねぇ、紫陽花さん。紫陽花さんの家ではさ、弟さんが悪いことをしたらどうするの?」
紫陽花さんは目を伏せ、掠れた声で答えた。
「え、えっと、怒るかな。叱る」
「だよね。だからお姉ちゃんの私は、紫陽花さんを叱らないといけないんだ。罪のない人を傷つけてしまった罪を、罰しないといけない」
紫陽花さんの瞳が揺れ、涙がまた溢れそうになる。彼女は小さく頷いた。
「……そっか、そのために色々とやってくれたんだね。れなお姉ちゃん」
頭の回転が早い。
紫陽花さんは私の計画を理解したのだ。
・前提として、瀬名紫陽花は罪の意識を感じている。罪のない少女を巡り巡って傷つけてしまったからだ。
・しかし周りは誰も責めない。そもそも法律でさえ、倫理でさえ、紫陽花の罪を問うことはできないだろう。何故ならば、本人の意図せぬ事が起こり、更に本人も誤解を解く努力をして、真剣に悩んでいる。
・誰も責めない。怒らない。叱らない。そもそもそれは道理が正しいからだ。しかしそれに反して紫陽花は自責する。
・己が悪いのだ、と責め続ける。
・紫陽花さんの心を解かすには、上位存在からの罰と、その後の罪人となった紫陽花さんに対するフォローが必要になる。
・ならば、紫陽花さんの認識の中にある『悪い子を叱る権威ある立場(姉)』と『罰を与えた後のフォロー』ができる存在が、彼女に罰を与えるしかない。
・それによって、瀬名紫陽花は良心の呵責からくる自縄自縛から解放される
・それが甘織れな子がメンタルケアだった。
「うん、そういう計画だった。全部ね」
紫陽花さんは小さく頷き、涙を堪えながら微笑もうとした。唇が震え、笑顔は崩れそうになる。
「そっか。優しいね、れなお姉ちゃんは」
「紫陽花さんを騙すつもりだったんだけど、失敗だね。どうする? 罰は用意しているけど」
紫陽花さんは静かに息を吐き、決意したように言った。声はまだ震えていたが、確かだった。
「せっかくだし。一緒に死ぬとまで言ってくれた友達の好意は無駄にしないよ」
私は頷き、静かに言った。
「なら地獄の苦しみを与えるね。その後はきっと天国へいけるだろうから」
紫陽花さんは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。細い鎖骨が露わになる。
「……うん。……お願い、れなお姉ちゃん。私の罪を、罰してほしい」
私は彼女の頰に手を添え、優しく、しかし確実に囁いた。
「さぁ、告解の儀式を始めよう」
◆
「貴方の罪を振り返って」
「悪いことをした。と自覚し、赦しを願って」
「では、貴方を叱るべき立場の姉たる私に紫陽花さんの罪を告白して」
「貴方の罪はわかりました。それに応じた罰を与える」
「これを耐えきった時、貴方の罪の意識は消え失せる」
◆
紫陽花さんはベッドに横たわっていた。
白いシーツが彼女の裸の体を優しく受け止め、雨に濡れた花弁のように、淡く光を反射していた。
部屋の空気は重く湿っていて、外の雨音が窓ガラスを細かく叩くリズムが、まるで心臓の鼓動のように響いていた。
ジャズの古いレコードがターンテーブルで回り、コルトレーンのサックスが低く、息を潜めるように部屋を満たしていた。
彼女の肌は少し冷たく、でも触れるとすぐに熱を帯び始めた。
雨の匂いが、どこからか漂ってくる。私は彼女の上にまたがった。
体重をかけすぎないように、でも確実に彼女の体を覆うように。
「んっ」
両手をそっと彼女の首に置いた。
指先が喉仏に触れた瞬間、彼女の細い指が私の手首に絡みついてきた。
強くはない。ただ、静かに、しかしはっきりと「まだ」と伝えるような抵抗だった。
彼女の瞳は私をじっと見上げていて、その黒い奥に小さな火が灯っていた。苦しみと、期待と、どこか残酷な喜びが混じり合った火。私は少しずつ力を込めた。
「ふっ、ぐが」
彼女の喉が私の掌の下で小さく鳴り、息が細く途切れた。肺が空気を求めて痙攣し、体全体が微かに震えた。
でも彼女は逃げなかった。むしろ、首をわずかに持ち上げ、私の手のひらに自分の喉を押しつけるようにしてきた。
「もっと」
と唇が無音で動いた。
湿った吐息が漏れ、スペアミントのガムの匂いが混じって私の鼻をくすぐった。
いつもの匂い。
それが、ひどく親密で、ひどく残酷だった。彼女の指が私の手首を掴んだまま、爪が軽く食い込む。
痛みはほとんどなかった。ただ、彼女がまだここにいる、という確かな証だった。
彼女の体が弓なりに反り、シーツが皺を寄せて小さく軋んだ。太ももが私の膝に擦れ、汗で滑る肌が熱く絡みつく。
胸が激しく上下する。
彼女の腰が無意識に浮き上がる。
その瞬間、彼女の瞳が一瞬、白く濁った。
涙が一筋、こめかみを伝って落ちた。でもその涙は悲しみではなく、溢れ出る何か別のものだった。
「はっ、はぁかっ」
深い、名前のつけられない喜び。私はさらに力を加えた。
彼女の息がほとんど聞こえなくなった。
喉の筋が私の掌の下で微かに動き、抵抗するように、そして諦めるように、ゆっくりと力を失っていった。でも彼女はまだ私を見ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
瞳の奥で、苦しみと恍惚が渦を巻いていた。唇の端が、かすかに、満足げに上がる。体が震え、腰が小さく痙攣した。彼女の指が私の手首から滑り落ち、シーツの上に力なく落ちた。でもその瞬間、彼女の体全体が私を受け入れるように開いた。
まるで、締めつけられることでしか得られない解放を、渇望しているように。どれくらい続いただろう。
時間は曖昧で、雨の音と彼女の微かな喘ぎと、私の呼吸だけが部屋にあった。
彼女の瞳はまだ開いたままだった。
そこには苦しみと、静かな恍惚が混じり合っていた。
唇がわずかに開き、掠れた声で「あぁ、れなお姉ちゃん」と呟いた。ほとんど聞こえなかったけれど、確かにそう聞こえた。私はゆっくりと手を離した。
彼女は大きく息を吸い込み、咳き込みながらも、笑った。
小さく、掠れた、でも確かに笑った。
その笑顔は、雨上がりの庭に咲く紫陽花のように、濡れて、儚くて、どこか残酷だった。
彼女は体を起こし、私の首に腕を回して引き寄せた。
熱い唇が私の耳元に触れ、囁いた。
「もう一度……私に罰がほしい。お願い」
外では雨がまだ降り続けていた。
窓を叩く音が、私たちの息遣いと重なって、静かに、永遠に続くように響いていた。
私はただ、彼女を抱きしめた。
◆
自責解除の儀式を終えて私は考える。
甘織れな子は考える。
この罰を与える儀式に合理性はない。しかし「手順を踏むこと自体に意味を持たせる」ことで脳が「これは重要なことだ」「コントロールを取り戻した」と認識し、感情・行動・認知のすべてに影響を与える、という人間操作技術は存在する。
催眠術の本質、あるいは詐欺の一つといえるだろう。
この手のものは「バカバカしい」と思いつつも、実際にやってみるとかなり効くのが特徴だ。
宗教的ならば、告解(カトリック)・懺悔・お祓いなどと表現されるが、罪を具体的に言葉にし、決まった形式で赦しを求めるものだ。それは赦されなくても関係ない。
他には断食・精進料理・ラマダンなどで一定期間、特定の食を避け・制限することも自制心の強化、自己コントロール感を挙げて、共同体意識の高まる。
日常的な例ならば、朝のコーヒーを飲むルーティンなとがお手軽だろう。
珍しいものではなく、難しいものでもなく、お手軽で簡単で効果的。素晴らしい。
朝がくる。
私は問題が山積みで気分が重かった。
両手は筋肉痛で、紫陽花さんの首には跡が残っている。
周り人達をどう誤魔化すか、気が重かった。
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