光のれな子 作:あーばれすと
電車を降りると潮の香りが届く。
足取りはまだ少し頼りないが、昨夜の絶望的な重さは感じられなかった。
彼女は時折、海の方を眺め、小さく息を吐く。
「……海、近いね。……波の音、聞こえる」
私は頷き、彼女の手を強く握った。
「うん。……今日は、美味しいもの食べよう。綺麗な風景見て回ろう。お金もあるし、時間もある。気にするべき家族だって、連絡してあるから大丈夫。ちゃんと楽しんで、休んで、自分について考える時間として活用できれば良いね」
二人は海沿いの遊歩道を歩き続けた。砂浜に降り、波打ち際を歩く。足元に寄せる波が冷たく、ズボンの裾を濡らす。
紫陽花さんは靴を脱ぎ、素足で砂を踏みしめた。砂が指の間に入り、くすぐったそうに小さく笑う。
「……気持ちいい……海、綺麗。……こんなに近くで見たの、久しぶり」
私は彼女の隣を歩き、静かに頷いた。
「綺麗。私も久しぶりに見たかも」
夕方近くに小さな旅館を見つけた。空室があり、受付の老婆がにこやかに迎え入れてくれた。
部屋は畳の香りがする和室で、窓から海が見渡せた。縁側に座布団を敷き、二人は並んで座った。
紫陽花さんは膝を抱え、窓の外の海を見つめる。陽が傾き、海面が橙色に染まり始める。部屋に入り、座布団に座って寛いでいると、紫陽花さんが長机の前に正座した。
真面目で硬い口調で、静かに言った。声は昨夜の震えが残っているが、決意が込められている。
「れなお姉ちゃ……れなちゃん。大事な話があるの」
私は彼女の対面に座り、姿勢を正した。桃色の髪が肩に落ち、紫の瞳で彼女を見つめる。
「なに?」
紫陽花さんは深く息を吸い、黄色い瞳をまっすぐ私に向けた。
二人っきりの約束で『れなお姉ちゃん』と呼ぶのをやめ、『れなちゃん』に戻ったことが、話の重さを伝える。
彼女の指が机の上で軽く震え、声が少し低くなる。
「怖いね。なんか」
「怖くはないよ、大切な話だけど。お金の話」
「ああ、そういう」
「うん。そういう話。今は手持ちがないけど、今回の旅行は私の我儘だから全額負担しようと思うの。れなちゃんの分も」
私は少し驚き、でもすぐに微笑んだ。彼女の瞳をまっすぐ見て、静かに答えた。
「あ、それは嬉しい。紫陽花さんがそう言うならその好意に甘えるね。ありがとう。レシートはあるから後でもらうね」
紫陽花さんは小さく笑い、頰を少し赤らめた。黄色い瞳が優しく細まる。
「ふふ、予想通りの反応。相互扶助を掲げるれなちゃんからすれば、助けてもらってばかりの私はバランスが偏っちゃってたからね。どこかのタイミングで、れなちゃんを助ける必要があるとは思ってた」
私は頷き、静かに言った。声に、感謝の色を込めて。
「理解してくれて嬉しい。私のスタンスは誤解されやすいからね。ビジネスライクな関係と思われがちだけど、重要なのは心の在り方なんだ」
紫陽花さんは優しく微笑み、言葉を続けた。声は穏やかで、しかし確かだった。
「そうだね。持ちつ持たれつとか、お互い様が近いかな。ルールだから助けるというより、その時に求められる役割を自ら背負うこと。自ら責任を背負う選択をして行動する。その主体性の連なりが互助になる。それがれなちゃんの目指すところかな、って」
私は目を細め、彼女の言葉を噛み締めた。胸の奥に、温かなものが広がる。
「凄いね、紫陽花さん。その通りだよ」
紫陽花さんは照れくさそうに髪をいじり、窓の外の海を見た。夕陽が海面を赤く染め、波が静かに寄せては返す。
彼女の横顔に、橙色の光が優しく当たる。
旅行は、まだ始まったばかりだった。私達は縁側に座り、沈む夕陽を眺めながら、静かに言葉を交わした。海風がカーテンを揺らし、夜がゆっくりと近づいてくる。紫陽花は膝を抱え、ぽつりと呟いた。
「……れなお姉ちゃん……これから、どうしようか」
私は彼女の肩に頭を寄せ、静かに答えた。
「……分からない。でも、それから、少しずつ、考えようか。これからの事はもちろん、紗月さんに言われたこととかも」
紫陽花さんは小さく頷き、窓の外に視線を移した。夕陽が海面に反射し、キラキラと輝く。
「……うん。……そうだね」
私達は静かに寄り添い、夕陽が沈むのを眺めた。波の音が、部屋を優しく包み込む。紫陽花さんの震えは、まだ止まらない。
でも、その震えの中に、かすかな——しかし確かな——決意が芽生えていた。彼女は、自分の「願い」を、少しずつ、言葉にしようとしていた。
夜が訪れ、部屋の灯りが柔らかく灯る。
夜の旅館は、波の音に静かに抱かれていた。露天風呂から上がったばかりの肌はまだ熱を帯び、浴衣の生地が湿った体に優しく張り付く。
部屋の灯りは橙色に柔らかく、障子越しに海の闇が広がり、時折寄せる波が白く光っては消える。
畳の香りが部屋に満ち、座布団の上に座った私の膝に、紫陽花さんがそっと寄りかかってきた。
彼女は私の腰に腕を回し、顔をお腹に埋めた。ベージュの長い髪が私の浴衣に広がり、湿った髪からシャンプーの甘い香りが立ち上る。
紫陽花さんの吐息が布越しに温かく伝わり、彼女の頰が私の下腹部に柔らかく押し付けられる。
体温がじんわりと染み込み、浴衣の隙間から彼女の胸の膨らみが私の太ももに触れる。細い指が私の背中に回り、ぎゅっと抱きつく力が少しずつ強くなる。
私は静かに彼女の背中に手を回し、優しく抱き寄せた。指先が浴衣の生地越しに彼女の背骨をなぞる。
「今だけは好きなだけ甘えて良いよ」
紫陽花さんは小さく頷き、顔を私の腹に押し付けたまま、掠れた声で呟いた。声は甘く、溶けるように。
「れな姉ちゃん……」
私は彼女の頭をゆっくり撫で始めた。指先がベージュの髪を優しく梳き、耳の後ろから首筋へと滑らせる。
濡れた髪が指に絡み、温かい感触が掌に伝わる。紫陽花さんの体が少しずつ緩み、肩の力が抜けていく。
彼女の吐息が私の腹に当たり、布越しに熱い湿り気が広がる。
「気持ち良い……」
彼女の声は眠たげで、甘えるように溶けていく。撫でる手のリズムに合わせて、呼吸が深くなり、体温がぽかぽかと上がっていくのがわかる。
浴衣の襟元から覗く白い肌が、橙色の灯りに照らされてほのかに輝く。鎖骨のラインが美しく浮かび上がり、首筋の脈がゆっくりと打っているのが見える。
彼女の胸が私の太ももに押し付けられ、柔らかな膨らみが浴衣越しに伝わる。私は指先で彼女の耳たぶを軽く撫で、耳の裏を優しくなぞった。
紫陽花の体がびくりと震え、小さな吐息が漏れる。
「……んっ……れな姉ちゃん……」
私は彼女の頭を撫で続けながら、静かに見下ろした。弱った紫陽花さんの姿が、胸の奥に熱を灯す。情欲がゆっくりと高まり、抑えきれなくなった私は、なんとなく彼女の耳元に顔を寄せ、そっと耳を舐めた。
舌先が耳たぶを滑り、湿った感触が彼女の肌に広がる。紫陽花さんの体がびくりと跳ね、声が上がる。
「ひやっ!?」
彼女は慌てて顔を上げ、私を見た。黄色い瞳が驚きで見開かれ、頰が一気に赤くなる。耳が熱を持って赤く染まり、浴衣の襟元から覗く首筋まで赤みが広がる。私は小さく笑って謝った。
「ごめんごめん」
紫陽花さんは耳を押さえ、恥ずかしそうに目を逸らした。唇を軽く噛み、声が震える。
「目が覚めちゃった……」
私は彼女の頰に手を添え、静かに囁いた。指先が彼女の肌を優しく撫で、熱を伝える。
「そっか。なら、夜の遊びをやる?」
紫陽花さんは一瞬目を伏せ、唇を軽く噛んだ。頰がさらに赤くなり、黄色い瞳が潤む。彼女は小さく息を吐き、決意したように頷いた。
「……うん」
私はゆっくりと彼女の首筋に顔を寄せ、鎖骨のあたりに唇を寄せた。浴衣の襟元が少し開き、白い肌が橙色の灯りに照らされる。鎖骨のくぼみにそっと唇を押し当て、優しく歯を立てた。
肌が柔らかく沈み、彼女の体温が唇に伝わる。紫陽花の体が小さく震え、甘い吐息が漏れる。
「……んっ……れな姉ちゃん……」
彼女の指が私の背中に回り、ぎゅっと抱きつく。浴衣の生地が擦れ合い、柔らかな感触が伝わる。
彼女の胸が私の胸に押し付けられ、浴衣越しに心臓の鼓動が響き合う。
紫陽花さんの吐息が熱く、私の首筋に当たり、肌が粟立つ。私は彼女の鎖骨に残った小さな歯形を指でなぞり、静かに言った。声は低く、甘く。
私は彼女の髪を優しく撫で、耳元で囁いた。
「……今夜は、全部忘れていい。紫陽花さんが感じるままに、甘えていい。強請って良い。自分の心と欲望を感じてほしい」
紫陽花さんは小さく頷き、私の胸に顔を押し付けた。彼女の体温が、私の体に染み込んでいく。
浴衣の隙間から覗く肌が、橙色の灯りに照らされ、柔らかく輝く。波の音が、部屋を優しく包み込む。
夜は深まり、二人の影は布団の上に重なり合った。紫陽花さんの吐息が熱く、私の肌に当たり、部屋の中は二人の体温だけで満たされていく。
彼女の指が私の背中を優しくなぞり、浴衣の帯が緩む音が静かに響く。紫陽花は私の耳元で、かすかに囁いた。
「……れな姉ちゃん……好き……」
私は彼女を抱きしめ、静かに答えた。
「……私も、紫陽花さんが好きだよ」
波の音が、二人の夜を優しく包み込んだ。夏の夜は、まだ深かった。二人の体温が混じり合い、静かに、ゆっくりと溶け合っていく。
紫陽花の震えは、甘い震えに変わっていた。彼女の心は、ゆっくりと、赦しと快楽の狭間で、癒され始めていた。
関わりが見たいヒロイン
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王塚真唯
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瀬名紫陽花
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琴紗月
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小柳香穂