光のれな子   作:あーばれすと

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 旅館の部屋は、午後の柔らかな陽射しに満ちていた。障子越しに差し込む光が畳に淡い模様を描き、座卓の上の急須から立ち上る湯気がゆっくりと揺れている。

 

 窓の外では、遠くの山々が霞み、時折、鳥のさえずりが静かに響く。

 

 私は座卓に肘をつき、紫陽花さんは向かいに正座して、膝の上で手を組んでいた。ベージュの長髪が肩に優しく落ち、黄色の瞳は少し伏せがちで、長い睫毛が影を作っている。

 

 翌日の朝。私はベッドに座ったまま、七つの最新機種スマホを並べてデイリーミッションを回していた。

 画面をスワイプしながら、片手で動画サイトを流し見する。イヤホンから流れるBGMと、指先のタップ音だけが部屋に響く。

 ふと、タイムラインに流れてきた広告動画に目が止まった。

 

「うわ、なにこれ」

 

 画面には、両手に七つの結婚指輪をはめた主人公が映っている。

 作中最強の指揮能力を持ち、ヒロインたちから慕われ、ハーレム状態のスーパーダーリン。

 全員に愛を向けられ、ウェディングドレス型の露出度の高い下着を着たヒロインたちが、甘い声で囁いている。

 

「何かと思ったらスノブレか。今回もハーフアニバーサリーの結婚衣装凄いねこれ。ウェディングドレス型の下着じゃん」

 

 公式アカウントを開くと、そこにはさらにエグい内容が並んでいた。基本はTPS型のシューティングゲームだが、ヒロイン交流モードが異常に濃厚。

 結婚衣装(下着)をつけたヒロインたちがクレーンゲームの箱に入っており、好感度を高めたい人をキャッチするミニゲーム。

 アイスを投げてキャッチするミニゲーム(なぜアイスを投げているのかわからない)。

 

 ベッドに倒れ込むヒロインのモーションと、その後に主人公を誘う仕草が極めて生々しい。

 

「グラフィックはもちろん良いけど、シチュエーションも多彩で良い……手に可愛いリボンと巻いて拘束することで『征服感』を感じさせつつ、それでいて主人公を誘惑する女としての自覚があるヒロインが『誘う』ことでこちらの情欲が刺激される。むむ……これはぜひコミュニケーションの一つに取り入れたい」

 

 さらに、体を保湿するためのクリーム(白い液体)を塗って、ヒロインが喘いだり、「えっち」「もっと深いところを塗ってほしい」と体を捻り、体を見せつけるシーン。

 最新キャラがTPSなのに剣とサーボードで戦ってる理由は不明。ショットガンのダメージ判定がロケラン並み。

 

 箱に入れてクレーンゲームで布を剥いで景品ゲット。手を上から重ねて動いた後に騎乗位状態で動いてから最後は「楽しかった?」で〆る。

 

 ウェディングドレス(下着)でバイクに乗って全身を舐め回すように観察。教会で愛の誓約を交わして『あなたがいるからこの世界を好きになれた』という台詞は普通に良い。泣いた。からの初夜。

 

「モデリングでのえっちなモードには規制があるから、言葉でそれを連想させにきたか。最先端の叡智(えっちと掛けている)だ。これからは美少女ゲームとは官能小説を指す言葉になるだろう」

 

 乗るしかないこのビッグウェーブに。

 

「ゲームセンターモード」

 

 コインゲームだが、ウェディングドレス(下着)で応援してくれるので、好きなヒロインを観ていたら時間が溶ける。

 詰んだらヒロインが台を蹴り飛ばしてコイン落とし、えっちなモーションでアピール。こいつ出禁にしろこのゲームセンターから。

 あまりにも愉快だった。

 

「くふっ、ははっ」

「れなお姉ちゃん? 何見ているの?」

「ひっ、紫陽花さん」

 

 瞬間、背後から声をかけられて、私は死ぬほど驚いた。

 えっちなゲームのプロモーションを見ていたから、なんか悪いことした気分になる。浮気してたのをバレたかのようなヒヤッとする感覚。

 

「お、おはよう」

「うん、おはよう。それは何?」

「ゲーム。一部で熱狂的な話題になってるんだ」

「へぇ、凄いんだね。今日は何をしよう?」

「うーん。観光とか……でもゆったりしたい気分なんだよね。ゲームがしたい」

「そっか。なら別行動にしよう。れなお姉ちゃんにも一人の時間は必要だもんね」

「ありがとう、その気遣いが嬉しい」

「でも一つ聞いてみたいことがあるの。王塚真唯ちゃんについて。今でも、後でも」

「うん、良いよ。彼女のはプラベートなことは話せないけど」

 

 一通りやることを終えると、私は紫陽花さんに連絡を取り、部屋に戻ってきてもらった。ホテルの部屋は静かで、窓の外は曇り空。

 

 紫陽花さんはソファに座り、ベージュの髪を耳にかけながら、私を待っていた。

 

「なら、聞かせてほしいな。真唯ちゃんとの関係を」

 

 私は王塚真唯を思い浮かべながら、ゆっくり言葉を発した。

 

【王塚真唯のパラメータ】

才能:A

家柄:A

人脈:A

努力:A

成長:B

安定:B

精神:C

総合評価:A

 

「王塚真唯は、DランクからSランクの中でAランクってところかな。前まで付き合ってたけど、真唯とは多分、一年もすれば別れたと思うよ」

「え、どうして?」

「支配者的な気質と、愛する人に尽くす気質が両立しているんだもん。そりゃあ上手くいくわけないよ」

「リーダシップがありつつ人に尽くす精神性は素晴らしいと思うよ? みんなのために頑張るリーダーって、理想的と思うけど」

「組織のリーダーとしては良いだろうけど、それが単体として考えると厳しいんだよ」

 

 私は淡々と説明を続けた。

 

「組織のリーダー、つまり支配者は自分が特別だと思っている。それは事実だし、特別である自分は正しいと場面が多い。実際に正しいと思ったから先導するわけだしね。迷いながらふわふわ先導する人についていく人はいない。でも、その自己認識その状態で人に尽くすということは、自分が正しい尽くし方をするということにつながる。恋人の気持ちは考えない」

「そっか。価値基準が自分になっちゃうから、自分が与えられて嬉しいものが相手の嬉しいものだと錯覚するんだ」

「そう。真唯は求められる理想像と内面の自分に葛藤していたこともあるけど、結局は『与えるか』『与えられるか』の二択。私の内面について知ろうとしたり、私の価値観については触れなかった。共栄共存がない。だから長続きしないと思った」

 

 私は少し間を置いて、静かに続けた。

 

「逆にその反対が琴紗月。良くも悪くも『王塚真唯』と『琴紗月』は正反対なの。裕福な真唯と、貧乏な紗月さん。何でも成功する真唯と、失敗し続けた紗月さん。自らの能力を全体に還元する真唯と、他者と取引によって利益を集積させる紗月さん。外側を評価されるが、内側を評価されたい真唯と、内面は評価されるが、本当は自らの外側を評価されたい紗月さん」

「プラスとマイナス。みんなを幸せにしたい王塚真唯と、一人(王塚真唯)を不幸にしたい(負けさせたい)紗月ちゃんってこと?」

「その通り。二人は正反対な性質を持っている。だからこそ幼馴染ということも含めて、関係が継続するのだろうね」

 

 紫陽花さんは静かに聞き、黄色の瞳を少し細めた。

 

「人間は同じ性質の人間を求める。ならば正反対の性質の人間を拒むか? といえばそうでもない。ってことなんだ」

 

 私は頷いた。

 

「己と正反対の人間は、目につき、鼻につき、意識しやすい。鼠の飽和環境の実験からもストレスが少量なら能力は向上するのは有り得る話。故にこれらを総合すれば『類似』と『対極』の属性を持つ者が惹かれ合う結論に至る。同胞にして宿敵。仲間にして不倶戴天」

 

 部屋の空気は穏やかで、どこか甘い沈黙が漂っていた。私は王塚真唯と琴紗月の関係を、もう少し深く掘り下げてみたくなった。

 

「という事を踏まえて真唯と紗月ちゃんの相性は、悪いようで実はすごく良いんだよ」

 

 紫陽花さんは少し首を傾げ、指先で膝の上の布を軽く摘んだ。

 

「え? さっき正反対だって言ってたのに……相性が良いって、どういうこと? 二人はいつもぶつかり合ってるみたいに見えるけど……」

 

 私は静かに息を吐き、言葉を選びながら、ゆっくりと説明を始めた。

 

「正反対だからこそ、互いに『欠けている部分』を埋め合ってるんだ。真唯は『みんなを幸せにしたい』という、普遍的な善意とリーダーシップを持ってる。でも、それは同時に『私が正しい』という自己中心的な価値基準の上に成り立ってる。だから、相手の内面に踏み込めない。『私が与えるものが相手の幸せだ』と思い込んでしまう。真唯にとって、関係とは『与える』こと。与えることで相手を幸せにし、与えることで自分の価値を証明する」

 

 

 でも、それは一方通行の愛に過ぎない。

 

「相手の価値観を知ろうとせず、自分の基準で『これが幸せだ』と決めつけてしまう」

 

 紫陽花さんは静かに頷き、黄色の瞳を少し細めた。

 

「そっか……だから、れなお姉ちゃんの価値観に触れようとしなかったんだ。真唯ちゃんは、与えることで満足してたけど、れなお姉ちゃんは『与え、与えられる』ことを求めてたのに……それが噛み合わなかったんだね」

「うん。真唯は『与える側』としてしか関係を築けない。でも、紗月ちゃんは正反対。『与えられる側』としてではなく、『取引する側』として生きてる」

 

 貧乏な環境で育ったから、『自分の価値は自分で切り開く』という意識が強い。他者と利益を交換し、積み重ねて、自分の居場所を作ってきたのだろう

 

「だから、真唯の『与える』姿勢に対して、素直に『受け取る』ことができる。真唯が『これをあげたい』と思ったら、紗月ちゃんは『それをもらう』ことで、関係を維持する。真唯にとっては、初めて『自分の与えたいものが、相手に受け入れられる』という、確かな手応えになるんだ」

 

 紫陽花さんの瞳が、少し輝いた。

 

「それで、真唯ちゃんは安心できるんだ……『私が与えることで、相手が幸せになる』って、実感できる。親や周りから期待され続けてきた真唯ちゃんにとって、『与えることが、相手を幸せにする』というフィードバックは、すごく大事だったんだね」

「そう。真唯は、親や周囲から『王塚家の顔』として期待され続けてきた。与えることが義務で、受け取ることが罪悪感になるような環境で育った」

「でも、紗月ちゃんは違う」

「その通り。真唯は『与える』ことが当然で、むしろ『ちゃんと与えてもらうことで関係が続く』という現実を知ってる。だから、真唯の『与えたい』欲求を、素直に受け止めてくれる。真唯にとっては、初めて『与えることが、相手を幸せにする』という、純粋なフィードバックが得られる相手なんだよ」

 

 それが、真唯の心の空白を、少しだけ埋めてくれる。紫陽花さんは少し考えて、静かに呟いた。

 

「じゃあ、紗月ちゃんにとっては? 真唯ちゃんは、紗月ちゃんにとってどんな存在?」

 

 私は小さく息を吐き、言葉を続けた。

 

「紗月さんにとっては、真唯が『憧れ』であり『目標』であり『倒すべき壁』なんだ。真唯は、紗月ちゃんが一生かけても届かない高みにある」

 

 裕福で、美しくて、何でも成功する。だから、紗月ちゃんは真唯を『負けさせたい』と思いながらも、『真唯の隣に立ち続けたい』という、矛盾した欲望を抱えてる。

 

 真唯が『与える』ことで、

 紗月ちゃんは『受け取る』ことで、

『真唯の隣にいる自分』を維持できる。

 

 それは、紗月ちゃんにとって、唯一の『勝ち方』だ。

 

 真唯を完全に倒すことはできないけど、真唯の『与えたい』欲求を満たすことで、永遠に隣にいられる。

 真唯が『与えたい』と思う限り、紗月ちゃんは『受け取る』ことで、自分の存在を肯定できる。

 

「あいつが一人にならないように、っていう紗月さんの言葉は色々な意味を含んでいるんだよ」

 

 紫陽花さんは膝の上で手をぎゅっと握り、ゆっくりと頷いた。

 

「……共依存……みたいな感じ? お互いが、お互いを必要としてるけど、それは少し歪な」

「近いけど、少し違う。共依存は、互いに壊れながら依存し合う関係。でも、真唯と紗月さんは軋轢を起こしながら互いに『必要な存在』として機能してるからね」

 

 真唯は、紗月さんに『与えることで満たされる』実感を得る。紗月さんは、真唯に『受け取ることで存在を肯定される』実感を得る。

 正反対だからこそ、互いの欠けたピースを埋め合ってる。だから、関係が切れない。幼馴染という歴史も含めて、二人は、互いに『なくてはならない宿敵』であり『なくてはならない同胞』となっている。

 紫陽花さんは少し間を置いて、静かに呟いた。

 

「……すごいね。正反対なのに、だからこそ離れられないんだ。真唯ちゃんは、紗月ちゃんに『与える喜び』を感じて、紗月ちゃんは、真唯ちゃんに『受け取る安心』を感じて……お互いが、お互いの鏡みたい」

 

 私は微笑んで、座卓に置いた湯呑みを手に取った。

 

「人間関係って、そういうものだよ。完全に同じだと退屈だし、完全に違うと壊したくなる。でも、正反対かつ類似性があり、互いの欠けた部分を埋め合える関係は、すごく強い」

 

 真唯と紗月さんは、お互いの『欠け』を、お互いが埋め合ってるから、どんなにぶつかっても、離れられない。

 

 紫陽花さんはゆっくりと頷き、黄色の瞳を優しく細めた。

 

「れなお姉ちゃんは、そういうこと、いつも冷静に分析してるよね。私、れなお姉ちゃんのそういうところ、好きだよ。私も、れなお姉ちゃんに『埋めてもらってる』部分、あるのかな……」

 

 私は湯呑みを置いて、彼女の髪を軽く撫でた。

 

「あるよ。紫陽花さんは、私に『純粋な優しさ』を教えてくれ。私は距離を取って守るけど、紫陽花さんは、距離を取らずに、全部受け止める。それが、私にはできないことだから……すごく、尊敬してる」

 

 紫陽花さんは少し照れくさそうに笑い、頰を赤らめた。

 

「……ありがとう、れなお姉ちゃん」

 

 部屋には、静かな温もりが満ちていた。外の陽射しが、障子越しに、二人を優しく照らしていた。

 

 私は、心の中で静かに思った。

 真唯と紗月ちゃんの関係は、正反対だからこそ、永遠に続くのかもしれない。そして、私と紫陽花さんの関係も、また違う形で、これから続いていく。そのことを、私は、静かに、確信していた。

 

 紫陽花さんは小さく息を吐いた。

 私の理論に納得したのだろう。続けて言う。

 

「私と王塚真唯の相性は悪い。私は創り繋げる求道者。真唯は使い操る覇道者。方向性がまるで違う。相性が良いのはそれこそ紗月さんだよ。ストイックかつ方向性は真逆。お似合いの二人だ」

 

 私は静かに微笑んだ。

 

「でも、それが面白いところでもあるよ。違う世界観でジャンルだからこそ、互いに影響を与え合って、成長する可能性もある」

 

 紫陽花は少し考えて、優しく笑った。

 

「れなお姉ちゃんは、いつもそうやって、みんなのことを深く見てるよね。私も、そんな風にれなお姉ちゃんに見てもらえてるのかな」

 

 私は彼女の髪を軽く撫でて、穏やかに答えた。

 

「紫陽花さん。いつもありがとう」

 

 部屋には、静かな空気が流れた。外の曇り空は、まだ雨を降らせそうだったが、

 私たちの間には、温かな安心感だけが残っていた。

 

「なら、れなお姉ちゃんからみて私はどんな人間に見えているの? 教えて」

 

 

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
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