ゲーム開始の文字が表示されると同時に、画面がゆっくりと暗転した。
次の瞬間、視界いっぱいに広がったのは雲海だった。
巨大な飛行船が、白い雲を切り裂くように進んでいく。金属の外殻が低く軋み、強い風が甲板を吹き抜ける。眼下には深い森林と切り立った岩山。その奥では、討伐区域を示す赤い光が静かに点滅していた。
思わず息を呑む。
「おお……」
私の声が漏れる。
「なんか本格的だ」
「すごい綺麗」
隣では紫陽花さんが目を輝かせていた。
そのとき、機械音声が船内へ響き渡る。
『戦闘者殿へ、依頼内容をお伝えします。』
依頼主:企業
狩猟依頼:イャンクルルの討伐
戦闘者殿へ、依頼内容をお伝えします。
今回の任務は、フィールド一帯に住み着いたイャンクルルの討伐です。
ご存じの通り、イャンクルルは本来おとなしい性質の鳥竜種ですが、近頃は人里や交易路の周辺にまで縄張りを広げ、調査隊や採集者への威嚇行動を繰り返しています。
企業としては、まず生態調査と危険区域の変更による共存を試みました。しかし個体は警戒心が強く、人の接近を許さず、被害も日に日に増加しています。
今回の狩猟は、これ以上の被害を防ぐための措置です。本来であれば武力に頼らず解決したいところですが、この状況ではやむを得ません。
なお、周辺で確認されていた大型飛竜は別地域へ移動しており、任務中に遭遇する可能性は低いと判断されています。過度に心配する必要はないでしょう。
失礼ながら、この依頼は貴殿の腕前を見極める意味合いも含まれています。
確実な狩猟の成功を期待しています
◆
読み終えた真唯が、小さく頷く。
「ちゃんと理由が書いてあるんだね。理由なく『倒してこい』でもいい気がしたが」
紗月さんも依頼文から目を離さない。
「討伐を正当化するためではない、と言うことが重要なのでしょうね」
私は紗月さんに目を向けた。
「先に共存を試みた経緯を説明している。つまり、この世界では狩猟は最初の選択肢ではないわ」
「なるほど、最後の選択肢、か」
誰かを傷付ける理由。
命を奪う理由。
それを軽く扱わない姿勢は、世界観により深み与えてくれる。
「私たち戦闘者は、周辺地域を荒らすイャンクルルを討伐するとして、どうしたものかしら」
「あ」
紫陽花さんが何かを見つけたように画面を操作する。
「ゲーム内図鑑があるみたい」
「おっ、本当ですか」
「見てみよう」
画面が切り替わる。
現れたのは、嘴の大きな鳥竜種の立ち絵。
その下には解説文が表示される。
私は期待して読み始めた。
◆
【イャンクルル】
耳は大きく開くほど
孤独はよく響く
炎は恐怖を隠すために燃え
空は逃げる者だけを臆病とは呼ばない
守ろうとしなければ翼は渡れず
逃げ続けた翼だけが
帰る空を忘れない
鳥は知っている
強さとは勝つことではない
◆
「…………」
部屋が静まり返る。
数秒の沈黙。
そして私は勢いよく立ち上がった。
「ポエムじゃねーか!!」
三人が吹き出す。
「図鑑にポエムを残すな!」
私は画面を指差した。
「弱点とか! 行動パターンとか! 状態変化で何が変わるとか! そういう情報を残してくれる!?」
「あはは……」
紫陽花さんは肩を震わせながら笑う。
「確かに、これはあんまり役には立たなそう世界観の説明としては綺麗だけど、実用性は皆無だね」
紗月さんが淡々と言う。
「詩集として出版すべきだったわ」
「図鑑じゃなくて?」
「ええ。用途を間違えている」
私は思わず頭を抱えた。
「こういうゲーム好きだけど! 好きだけど! せめて弱点くらい書こうよ!」
その瞬間だった。
甲板に赤い警告灯が灯る。
《降下準備開始》
機械音声が続く。
『戦闘者各位。投下まで十秒』
私たちのアバターが、自動的に立ち上がった。
視界の端に仲間たちの姿が映る。
私は従軍経験を持つ高速近接型。
右手には巨大なノコギリ鉈。左手には散弾銃。
武骨な装備なのに、操作しているのが私だと思うと少し笑えてしまう。
紫陽花さんは純白の法衣を纏った預言者。
掌では淡い雷光が揺れ、回復と雷撃を司る奇跡の使い手。
真唯は銀白色の装甲を纏う人型ロボット。
左腕にはエネルギーライフル、右手にはパルスブレード。近距離も遠距離もこなせる万能機だ。
そして紗月さんは忍。
黒装束に刀を提げ、義手から小さな駆動音が響く。敵の攻撃を弾き、体幹を崩して一撃を叩き込む技巧派。その戦い方は、いかにも紗月さんらしかった。
『三』
飛行船の底部がゆっくりと開いていく。
『二』
冷たい風が一気に吹き込んできた。
眼下には鬱蒼とした森林。
あのどこかに、イャンクルルがいる。
『一』
次の瞬間、私たちの身体は重力に引かれ、空へ投げ出された。
風が耳元で唸る。
雲を突き抜け、森がみるみる近付いてくる。
初めての狩猟。
初めての共闘。
ゲームなのに、不思議と胸が高鳴る。
「よーし!」
私は落下しながら思わず叫んだ。
「ポエムしか書かれてない鳥を探すぞー!」
「待て、れな子」
「待ちなさい、甘織」
飛び出しかけた私を、真唯と紗月さんが同時に制した。
「え?」
二人は一瞬だけ視線を交わすと、先に紗月さんが口を開く。
「こういうものには順番があるわ。特に未知の分野に手を付けるときこそ、初動の設計がすべてを決めるのよ」
冷静で、揺るがない声。真唯も静かに頷いた。
「流石だな、紗月。私も同意見だ。」
「……貴方と意見が被るのは不本意だけど、まぁいいわ」
紗月さんはわずかに眉をひそめつつも、すでに画面で戦術マップを開いている。
「モンスターを倒すなら、まずは役割分担と連携を決めるべきよ。前衛、支援、遊撃……それぞれの動きを固定化して事故を減らすの」
その言葉はに真唯は、ゆっくりと首を横に振る。
「いや、それは違う」
「……何が違うっていうの?」
紗月さんの声が一段低くなる。真唯は画面を見上げたまま淡々と続けた。
「初回は勝つための戦いじゃない。理解するための戦いにすべきだ。」
「理解?」
「そう。敵のモーション、攻撃の発生速度、判定の癖、被弾時の硬直、怒り状態の変化、フィールドギミックとの相互作用……それらを全部、身体で覚える。勝敗は副産物でいい」
一拍置かれた真唯の言葉に、紗月さんの目が細くなった。
「つまり、わざと負ける可能性すら許容すると?」
「そうなるね」
「正気?」
短い言葉の中に、明確な拒絶が滲む。真唯は表情ひとつ変えずに返した。
「正気だよ。むしろ逆だ。初見で勝とうとする方が勝率を捨てている」
「違うわ。初見で勝つというのは不確定な情報の中で最適解を引く能力の証明よ。それこそがゲームの面白さじゃない」
その言葉に、真唯の目がわずかに光る。
「面白さ、か」
「ええ。ゲームは解析じゃない、挑戦よ。未知を未知のまま突破するからこそ達成感が生まれるの。情報を集め切ってから勝つのは、ただの作業だわ」
「それには反対の立場をとらせてもらうよ、紗月。情報がないまま突っ込む方が、ただの運ゲーになる。それは挑戦じゃなくギャンブルに過ぎない。無論、その面白さは理解しているが」
張り詰める空気。だが、二人に嫌な怒りはなかった。むしろ、互いの論理を戦わせる時間を楽しんでいるようにすら見える。
「私は勝つために考える過程が面白いと思っているの。初見で勝つためにどこまで思考を詰められるか、それがゲームの醍醐味よ」
「なるほど、私は、理解が積み上がる過程が面白いと思っている。一度目は崩れ、二度目で形になり、三度目で支配できる。その変化が楽しいんだ」
紗月さんはふっと息を吐いた。
「……つまりは学習を楽しいる、と?」
「君は即応を楽しんでいるようだ。どちらも間違っていない。ただ優先順位が違うだけだ」
静寂の後、紗月さんが微かに口元を緩める。
互いに笑みを交わしたのも束の間、紗月さんは即座に表情を引き締めた。
「でも、今回は私のやり方でいくわ。初見で勝ち、その上で情報も取る。全部やるわ」
「欲張りだな」
「合理的と言って」
「それは違うだろう」
「ならこれは、美学よ」
即答する紗月さんに、真唯は小さく吹き出した。
「いいだろう、その方がゲームは面白い」
白熱するやり取りを横で見ていた私は、思わず口を挟む。
「二人とも……ゲーム始まって、まだ十分も経ってないんですけど」
「「だからだよ」」
ぴたりと声が重なり、私は思わず固まった。
紗月さんは視線を前に戻し、真唯は軽く肩をすくめる。二人は同時に、眼下に広がる森林へ視線を落とした。
戦い方も、思想も違う。
それでも――このゲームを本気で楽しんでいるという一点だけは、完璧に一致していた。
関わりが見たいヒロイン
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王塚真唯
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瀬名紫陽花
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琴紗月
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小柳香穂