■光のれな子   作:あばなたらたやた

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36話

 

 六時間。

 敗北回数、百三十回。

 普通なら、とっくに心が折れていてもおかしくない数字だ。

 けれど。

 

「なるほど。そういうことか」

「ええ。やっと分かったわ。作戦会議よ、真唯」

 

 部屋から聞こえてくる二人の声は、むしろ今まで以上に楽しそうだった。

 リビングで私はキッチンで包丁を動かしながら、開いた扉から漏れ出る声から状況を想像する。

 だふん画面の前では真唯と紗月さんがコントローラーを握り、イャンクルルが森を駆け回る様子を熱心に分析しているのだろう。

 

「イャンクルルは、火力で殺してくるタイプじゃない。『雑に戦うと殴られる』タイプよ」

「具体的には?」

「まず突進。普通の突進なら横に避ければいいわ」

「そうだな。問題はそのあとだ。通常時なら避けたあとが反撃の時間になるから、突進を見たら『避ける』だけじゃなくて――」

 

 真唯が一拍置く。

 

「『避けたあと殴る』までが一セットだ」

「攻撃を避けることだけ考えると、もったいないってことね」

「その通り。イャンクルルは、避けることより『攻撃の終わりを覚える』ほうが大事だと思う」

「でも、怒ると話が変わるわよね。突進のあと倒れ込まなくなるから、通常時の感覚で近づくと次の攻撃をもらう」

「同じモーションでも状態によって価値が変わるわけだ」

「ええ、怒り状態になったら一度距離を取り直して、相手の行動パターンをリセットしたほうが安全よ」

 

 私は思わず笑ってしまう。

 六時間前まで「初見で勝つか、情報収集を優先するか」で議論していた二人が、今では完全に同じゲームに夢中になっている。そしてあんなに真面目に作戦会議をしているのだ。

 

「一番危険なのは?」

「クチバシ突進。後ろに転がって逃げようとすると追いつかれやすいから、回避より位置をずらすべきだ。正面に居続けず、弱点である頭部を常に殴ろうとしないこと」

「最初は動きを覚えて、安全な位置取りを優先するべき?」

「ああ。頭を狙わせるような隙をちゃんと言い訳のように持ってるからさ」

 

 包丁を置き、鍋の中をかき混ぜる。

 なんだろう、この妙に微笑ましい空気は。

 

「近距離の尻尾回転は、お尻を振ったら一回離れる感じね」

「いや、予備動作を見てから行動を選ぶとチャンスが増える。リスクはあるが、ここはとっても良いリスクだ。『来る』と分かってから離れることをお勧めするよ」

「火炎ブレスは? 通常時は分かりやすいけど、怒り状態は連続してくるから……『一発避けた、今なら殴れる』じゃなくて――」

 

 紗月さんが少しだけ考える。

 

「『まだ終わってないかもしれない』って考える方がいいかしらね」

 

 その言葉を聞いて、私はテーブルで料理を盛り付けている紫陽花さんと目が合った。

 どちらからともなく笑みがこぼれる。

 

「……なんか、いいね」

「うん。二人とも、すごく楽しそう」

「最初はあんなに意見が違ったのにね」

「今は、ちゃんと一緒に考えてる」

 

 テレビの向こうで、イャンクルルがまた倒れた。

 

「よし!」

「今のは完璧だったわ」

 

 二人の重なった声に、私は思わず吹き出す。

 

「大きい子供だね」

「ふふっ」

 

 笑う紫陽花さんをみながら、私は言う。

 

「でも、こういうのって素敵だと思わない? 二人とも同じスタート地点から始めて、最初は何も分からなくて、負けて、また挑戦して。少しずつ分かることが増えていく」

「うん」

「紗月さんは紗月さんのやり方で、真唯は真唯のやり方で。でも最後には、一緒に『どうすれば勝てるんだろう』って考えてる。同じスタート地点から、習熟に差はないからね。一緒に遊んでる感は強いんだろうね」

「そうだね、一緒に学び楽しむことを二人はあんまり知らないと思うから」

 

 紫陽花さんは嬉しそうに微笑んだ。

 ゲームが上手いとか、頭がいいとか、どちらの作戦が正しいとか、そういうこととは少し違う。

 最初は二人とも何も知らなかったからこそ、同じように失敗し、驚き、考えた結果として、いま二人で一つの答えを探している。それが、なんだかとても良かった。

 

「……あ」

 

 紫陽花さんが、何かを思いついたように私を見る。

 

「じゃあ私たちはさ……」

「?」

「お母さん?」

「…………」

「ほら、二人がゲームしてる間にご飯作ったりお茶入れたりして、帰ってくる場所を作ってあげる感じで……」

「紫陽花さん?」

「……お母さん」

「まだ言う?」

「お母さん……」

「ゴリ押すねぇ! 紫陽花さん! 最強二人、されど問題児がちゃんと育ってくれて嬉しいよ。紫陽花お母さんのおかげだ。いつも助かってるよ」

「ううん、れな子お母さんが助けてくれるおかげだからだよ」

 

 私たちは思わず笑ってしまう。

 そんな会話など知る由もなく、テレビの前では二人が再び戦闘を始めていた。

 

「紗月、今の攻撃は――」

「分かってるわ。次は私が弾く」

「頼む」

「任せて」

 

 画面の中でイャンクルルが翼を広げる。

 

「来る!」

 

 二人の声が重なったその瞬間、私は紫陽花さんと再び顔を見合わせた。

 

「……本当に楽しそうだね」

「うん」

 

 穏やかな日々は過ぎていく。

 

 

関わりが見たいヒロイン

  • 王塚真唯
  • 瀬名紫陽花
  • 琴紗月
  • 小柳香穂
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