カイト x 転生 x 坐殺博徒 作:なほやん
NGLの奥地には、死の匂いが立ち込めていた。
「あ〜!しまった!!また反射的に喰っちまっただ!!あーあ、またザザン様に怒られちまうだな〜」
蜘蛛型のキメラアントの呑気な声が静寂を破る。その足元には、頭部を齧り取られた人間の残骸が転がっていた。さっきまで確かに生きていた証拠に、その切断面からは、まだ温かい血がピクピクと脈打ちながら流れ出している。
「キサマあー!!」
仲間を殺されたポックルの声が、怒りに震えながら森に響く。彼の瞳には、復讐の炎が燃え上がっていた。
標的は、蜘蛛の下半身に中年男性の顔という、悪夢のような組み合わせをした異形——パイク。
ポックルは左手を弓の形に構える。指先に、橙色に輝くオーラが集まっていく。
"七色弓箭(レインボウ)"!! 燈の弓!!
放たれたオーラの矢が、一直線にパイクへと向かう。しかし——
「なはははは!そんな玩具痒くもないだべ〜」
パイクは余裕の笑みを浮かべながら、多数の腕の一本で矢をいとも簡単に掴み取った。
「くらえ!!」
ポックルが再び矢を番えようとした、まさにその時——背後から、死神のような気配が迫っていた。
サソリの尻尾を持つキメラアント、ザザン。その美しくも冷酷な顔に浮かぶのは、獲物を前にした捕食者の笑み。毒針の先端が、光を反射してきらりと光る。
ポックルの首筋に、一撃が迫り——
キィン!
突然響いた金属音に、時が止まったかのような静寂が訪れた。
そこにあったのは、緑色の板。電車のドアを模したその物体が、まるで城壁のようにポックルの背後に立ちはだかり、ザザンの毒針を完全に遮断していた。
敵も味方も、一瞬何が起こったのか理解できずにいた。
「遅くなってすまない」
その声は、冷静でありながら、どこか安堵を感じさせる響きを持っていた。
木陰からゆっくりと姿を現したのは、白い髪の青年。カイトだった。その後ろからゴンとキルアも続く。
「ゴン!?キルア!?」
ハンター試験で同期だったポックルとポンズが、驚きと希望の入り混じった声を上げる。絶望的な状況から一転、仲間の到着に彼らの顔に安堵の色が浮かんだ。
「生きていたか」
カイトの言葉は短いが、その中には深い安堵が込められていた。同時に、彼の鋭い視線は既に敵の動向を分析している。
「お前たちは退け。こいつらはオレたちが引き受ける」
ザザンの瞳がカイトに向けられる。その瞬間、彼女の表情が一変した。警戒——いや、それ以上の何かが、彼女の美しい顔に浮かんだ。
「あら、少しはできるようじゃない」
ザザンの声に、今までにない緊張感が混じる。直感的に、彼女は理解していた。目の前の男は、今まで相対してきた人間とは格が違う。
「ゴン、キルア。蜘蛛の方を頼む」
カイトの指示は簡潔だった。しかし、その言葉には絶対的な信頼が込められている。
「分かった!」ゴンの返事は力強い。
「了解!」キルアも即座に応じる。
瞬時に戦場が二つに分かれた。
◇ ◆ ◇
「その生命力エネルギー……あなた、普通の人間(エサ)の千人、いえ、一万人分にも値する栄養がありそうね」
ザザンの言葉に、カイトの内心に冷たいものが走る。
——やはり、生まれつきオーラを視認できる個体がいるか。これではラモットを仕留めたこともせいぜい時間稼ぎにしかならんな。
だが、表面上は冷静さを保ちながら、カイトはゆらりと構える。
「お褒めいただき光栄だ」
カイトの皮肉めいた返答と同時に、戦いの火蓋が切られた。
ザザンの巨大な尻尾が、疾風のように突き刺される。しかしカイトは一歩も動かない。彼の手から放たれた小さなパチンコ玉が、寸分の狂いもなく毒針の軌道を逸らす。
「なかなかやるじゃない」
ザザンが感嘆の声を上げると同時に、その巨大な尻尾がさらに速さを増してカイトへと突き立てられる。今度は一撃ではない。連続攻撃だった。
しかし——
「遅いな」
カイトの姿が、残像を残して消える。次の瞬間、ザザンの横から冷徹な声が響いた。
空中に出現した緑色のシャッター。電車のドアを模したその物体が、カイトの手つきに合わせて、まるで断頭台のようにザザンの首を挟み込もうとする。
「くっ!こんなもの!」
ザザンが全身の筋力を使ってシャッターを押し返す。
——師団長クラスにもなるとさすがに硬いな。
カイトは予想通りというように冷静に呟く。坐殺博徒の特性を、彼は誰よりもよく理解していた。この能力は攻撃力を重視したものではない。
「その程度?期待はずれね」
ザザンが嘲笑を浮かべる。その瞬間、尻尾が鞭のように空気を切り裂き、カイトを襲う。
ガキン!ガキン!ガキン!
次々と現れるシャッターとパチンコ玉が、音を立てながら尾を弾いていく。しかし、ザザンの攻撃の手は止まらない。
左右から、上から、あらゆる角度から繰り出される毒針の雨。その一本一本に、一般人ならすぐに動けなくなるほどの麻痺毒が込められている。
カイトは表面上冷静に対処していたが、内心では徐々に焦りを感じていた。
——このままでは、いずれ押し切られる。
◇ ◆ ◇
一方、パイクと対峙したゴンとキルアは、放たれる蜘蛛の糸を必死にかわし続けていた。
「なかなか素早い小僧っ子だべ!しかーし!もう逃げ場はなくなってるだー!!」
パイクの声に余裕がある。実際、二人の周囲には既に無数の蜘蛛の糸が張り巡らされ、まるで巨大な蜘蛛の巣の中にいるようだった。
パイクは、必殺の一撃を放つため、ゴンとキルアに向けて下半身を向ける。その臀部から、これまでとは比較にならない太さの糸が射出されようとしていた。
しかし——
「ゴン、見えてるな」
キルアの声に、確信が込められている。
「うん」
ゴンはそう頷くとともに、深く腰を落とす。
パイクが止めの一撃を放とうとしたその時、
「落雷(ナルカミ)!!!」
「ジャン!ケン!!チー!!!」
キルアの電撃がパイクを痺れさせ、ゴンの指先から刃状に変化したオーラが、パイクの蜘蛛糸を切り裂く。
「ぐ!?な、なぜだべ〜!どうやってオラの攻撃を見切っただ!?」
パイクが困惑する声を上げる。
「お前は糸の発射直前に」
ゴンが言った言葉を——
「肛門が二回ぴくつく」
キルアが続けた。
二人の観察眼が、パイクの無意識の癖を完全に見抜いていたのだ。
「な……」
"七色弓箭(レインボウ)"!! 虹の矢!!!
瞬間、驚愕するパイクの隙をついて、ポックルの放つ虹色に輝くオーラの矢が、その頭部を正確に貫いた。
七色の光が爆発するように広がり、パイクの巨体を包み込む。
「バルダ、仇はとったぞ」
ポックルの声には、深い満足感と同時に、失った仲間への鎮魂の想いが込められていた。
しかし、キルアは勝利の余韻に浸ることなく、別のことを考えていた。冷静な分析家としての彼の本能が、警鐘を鳴らしている。
このキメラアント、オーラが見えていたようだが、使えてはいなかった。もし、さっきの糸にオーラが込められていたなら……今頃倒れていたのは自分たちの方だったかもしれない。
◇ ◆ ◇
「チッ、役立たずめ」
パイクの死を察知したザザンの声に、明らかな苛立ちが混じる。それまでの余裕が消え、攻撃の手が一瞬弱まった。
その隙を、カイトは見逃さなかった。
放たれたパチンコ玉が、音速を超えてザザンの顔面を直撃する。
「硬いな」
その攻撃でも、ザザンの額に小さな傷をつけるのが精一杯だった。僅かに血が流れるが、決定的なダメージには程遠い。
だが——
「おのれあああああ!!!よくも私の顔にキズをおおおお!!!」
ザザンの理性が完全に飛んだ。それまでの優雅な攻撃とは打って変わって、力任せに尻尾を振り回し始める。地面が爆発的に抉れ、太い木の幹が次々と薙ぎ倒されていく。
——あの変身能力もまだ会得していないか。やはり……今しかない!
カイトの心に、勝利への確信が芽生える。そのとき——
大きく薙ぎ払われた尻尾の一撃を、カイトは高く跳躍して回避する。すかさず、空中にいるカイトを見たザザンが、雄叫びを上げて追撃を放つ。
「死ね!!」
音を立てて迫る毒針が空中で身動きの取れないカイトに向けて、確実に命中するコースで放たれる。
しかし——
その瞬間、カイトは自らの後方に緑色のシャッターを具現化し、それを蹴って軌道を変える。
迫る尾の一撃を縫うように、カイトはザザンへと肉薄した。
「!?」
想定外の立体軌道に完全に虚を突かれたザザン。その首筋に、カイトの手刀が深々と突き刺さる。
ザザンの首が、一筋の血飛沫とともに宙を舞った。
「馬鹿な……私がこん……な……と……こ……ろで……」
断末魔の呟きが、森に静かに消えていく。
一瞬の静寂。次いで、ザザンの体が音を立て崩れ落ちた。カイトは落下した頭部を冷徹に踏み潰し、完全な死を確認する。
——これで、ポックルを守ることで、少しでもキメラアントたちの念能力習得を遅らせられれば……
森に静寂が戻る。戦いの終わりを告げるように、木々の間を風が吹き抜けていく。
だが、その時であった。
ぞわり、と空気が震える。
今まで感じたことのない、圧倒的で純粋な悪意。背筋を凍らせるような殺気が、森全体を支配し始めた。小動物たちが一斉に姿を隠し、虫の鳴き声すら止まってしまう。
「バカな……みんな、すぐ逃げろ!」
「え!?」
「早く行け!!ここから離れろ!!」
カイトの声に、今まで聞いたことのない恐怖が混じっていた。転生者としての知識が、最悪の事態を告げている。
空を裂いて、影が舞い降りる。
怨
森全体の音が止み、ただ一つの気配だけが支配する。
現れたのは、猫のような耳と尻尾を持つ、一見無邪気な少年か少女かと見紛う姿。しかし、その瞳に宿るのは純粋な殺戮の悦び。
女王直属護衛隊——ネフェルピトー。
思わず身構え、声をあげようとしたゴンを、キルアの拳が容赦なく打ち据える。
気絶したゴンを抱えたキルアは、ポックル、そして物陰に潜んでいたポンズとともに、素早く後退した。
ピトーは、逃げゆく彼らの背中には一瞥もくれない。
ただ、獲物を見据える獣の瞳で、カイトだけを射抜いていた。
カイトは仲間たちの影が森に消えるのを横目に、静かに覚悟を決めた。
——計算がすべて狂った。ピトーの出現が早すぎる。だが……だからこそ今ここで!!
カイトの両手が組むその形は、弁財天印。
深く息を吐き、そして、カイトは言った。
「領域展開」