カイト x 転生 x 坐殺博徒 作:なほやん
「領域展開」
カイトの言葉と共に、世界が音もなく塗り替えられていく。
蒼い空も緑深い草木も、全てが真っ白な無機質の虚無へと消え去った。そして代わりに姿を現すのは、無数の駅の自動改札——冷たく、無感情な金属の番人たち。
これが領域展開。現実を完全に支配し、上書きする絶対の牢獄。
その瞬間、ピトーの脳内に雑多な情報が雪崩れ込む。機械的な音声、数字の羅列、パチンコ台の仕様——まるで脳を直接掻き回されるような不快感。
だが、ピトーは眉ひとつ動かさなかった。
大当たりを引けばオレ(カイト)はあるボーナスがもらえるゾ!!
「ふーん、ニャるほどニャるほど……キミ、カイトって言うんだ」
ピトーの口元に、まるで新しい玩具を見つけた子供のような笑みが浮かぶ。その表情には一片の恐れもない。
「大当たりしたら何が起こるのかな?」
問いかける声は軽やか。だが、その奥に潜む興味は獰猛な獣のそれだった。
カイトの全身を、氷のような戦慄が駆け抜けていく。背筋を這い上がる悪寒が、この化け物の異常性を本能で理解させていた。
——敵に手の内を明かす奴がいるか。
カイトの視線が無言でそう告げる。殺気を込めた眼差しは、まさに刃そのものだった。
「じゃあ……」
ピトーの瞳が一瞬鋭く光る。
「なんでこの能力の情報を開示したのかな?開示することで発動する……いや、違うニャあ、開示しないと発動できない。そういうことなんだね」
カイトの胸の奥で、恐怖が黒々と渦巻いた。
——まずい。ポックルへの「尋問」が行われていない以上、ピトーはまだ念能力に関する知識を得ていないはず。なのに、この一瞬で、制約と誓約についてまで理解しようとしている!
「うーん、やっぱり大当たりが気になるニャあ……」
ピトーの瞳が好奇心で輝く。しかし、その笑顔の奥に潜む殺意は紛れもなく本物だった。
「それまで遊んであげるね」
瞬間、ピトーの姿が消える。
音速を超えた移動。カイトは咄嗟に緑色のシャッターを具現化し、襲いかかる爪を防ぐ。
ギャリ、と金属を爪が切り裂く耳障りな音が響き渡った。
「おお、結構硬いのニャ」
ピトーが感嘆の声を上げる。
同時に、カイトが緑色の玉をピトーに向かって放ち、パチンコ台が回転を始める。
リーチ——しかし、
「2か……ハズレだ」
「残念だったね」
再びピトーの攻撃が襲いかかる。カイトは必死に応戦するが、圧倒的な力の差は明らかだった。
「くそっ!」
カイトの腹部から血が流れる。
その時、ピトーがカイトに尋ねた。
「ところでさ……そのシャッターと保留玉、何で緑色しかないのかな?」
カイトは内心で毒づく。
本来、坐殺博徒により具現化される演出にはランダムで緑、赤、金と色がつき、それによって大当たりの可能性が示唆される。
緑色の演出しか具現化できていない今の状況は、カイトの運の悪さを端的に表していた。
——そもそも、オレはまだ一度も大当たりを引いたことがない。
苦い記憶が脳裏をよぎる。しかし、今はそれに浸っている時間はない。
リーチ——ハズレ。リーチ——ハズレ。必死に応戦し、玉を放ち続けるカイトだが、緑色の演出は決して大当たりを告げることはなかった。
ピトーはネズミを捕らえた猫の如くカイトを弄ぶ。わざと致命傷を避け、じわじわと追い詰めながら、まるで新しい玩具の反応を楽しむように。
何度目のリーチか、もはやわからなくなったその時——
「もういいや、全然当たらないし。その"うっかり特快便意我慢リーチ"も見飽きたニャ」
ピトーの爪が一閃。
カイトの右腕が、肩口から綺麗に切り離された。
「ぐっ!?」
激痛が走る中、カイトは思う。
——このままでは、原作通りになってしまう。
その時、チュイン!と音を立て、パチンコ台の演出が変わった。
「代々木上原」バァン! 「経堂」バァン!「登戸」バキャ !
《ボタンを押せ!!》
空「ふう……何とか間に合ったぜ……」
ドキュドキュドキュドキュ!!!
絵柄が揃い、領域が解かれる。
サイケデリックに輝く光の奔流と、響き渡る電子音。
瞬間、カイトの体を無尽蔵のオーラが包み込み、どこからともなく流れる大音量の音楽が空間を震わせた。
4分11秒の大当たりラウンドが始まった。
しかし——カイトの右腕は再生されない。
カイトの脳内に衝撃が駆け巡った。反転術式が発動しない。呪力とオーラ——その本質的な違いが、今まさに命取りとなって立ちはだかる。
大当たり中に無限に溢れ出る呪力——負の感情から生み出されるマイナスのエネルギーから自身の破壊を防ぐため、肉体が本能的に反転術式で無限の再生を繰り返す。それが本来の坐殺博徒の隠された能力の一つ。
だが、今カイトの体内を駆け巡っているのは、生命の温かさを湛らせたプラスのオーラ。当然、肉体が危険を感知することはなく、自動再生システムは機能しない。
オーラを持って反転術式を行おうとすることは、油絵の具で水彩画を描こうとするような無謀であった。
「くそっ!」
カイトは吠え、溢れ出るオーラで傷口を無理やりに止血する。
本来の坐殺博徒は、無限の治癒力で肉体を不死に保ち、その後に発生する「確変」で再び大当たりを継続させるループこそが真髄。
だが、右腕を失った今、必要な手印を結ぶことができない。つまり、この一度きりの大当たりが終了してしまえば、もう領域を展開できない。
カイトの脳裏に残酷な現実が突きつけられる。4分11秒。それが、自分に与えられた最後の時間。しかし——
——再生にオーラを使えない?
カイトの瞳に、狂気にも似た光が宿る。
——好都合!その分全てを攻防力に注ぎ込む!
それはカイトに漲る脳内麻薬がもたらした、本当の狂気だったのかもしれない。
溢れ出るカイトの無限のオーラと、覚悟の決まった目を見たピトーの表情が変わった。
これは、この力は——
その思考が終わるのを待たずに、カイトの拳が、雷光の如くピトーの顔面に迫る。
「くっ!」
咄嗟に腕でガードするピトー。しかし、無限のオーラに包まれたその一撃は、ピトーの腕を軋ませる。
次の瞬間、カイトの左足がピトーの脇腹を蹴り抜いた。
「がはっ!」
ピトーの体が地面に激突する。これまでの余裕は完全に消えていた。
「まさか……ここまで……!」
立ち上がったピトーの額から血が流れる。生まれて初めて味わう、圧倒的な力。
カイトは容赦なく追撃する。左の拳、そして膝蹴り。切断された右腕がなくとも、一撃一撃がピトーを追い詰めていく。
ピトーは必死に反撃を試みる。爪で切り裂こうとするが、カイトの動きは神速だった。
「このっ!」
ピトーの右爪がカイトの頬を掠め、一筋の血が流れる。だが、カイトは怯まない。逆に、その傷が彼の闘志を更に燃え上がらせる。
肘打ちが炸裂。ピトーの腹部に深々と食い込む。
「ぐはっ!」
残り時間——3分29秒。
大木に叩きつけられたピトーが跳ね返る。だが、そこには既にカイトの蹴りが待っていた。
ピトーが間一髪で頭を逸らす。カイトの蹴りが樹皮を削り取り、木屑が舞い散る。
しかし次の瞬間、カイトの膝がピトーの腹部を捉えた。
ドガッ!
ピトーの体が樹木に激突し、太い幹が軋みを上げてひび割れた。
残り時間——2分01秒。
血飛沫を上げながら、二人の攻防は止まらない。しかしー
「はあ、はあ……」
カイトの息が荒くなる。無限のオーラがあっても、肉体のダメージは確実に蓄積していた。
その隙を、ピトーは見逃さない。
ピトーの爪が閃光のように空を切り裂く。カイトの反応が一瞬遅れる。
ザシュ!
カイトの左肩に深い爪痕が刻まれ、血が噴き出す。
「ぐっ……!」
だが、カイトは即座に反撃する。左拳がピトーの顎を捉える一方で、ピトーの爪がカイトの胸を浅く切り裂く。
残り時間——45秒。
血まみれになったピトーが木の幹を蹴って距離を取ろうとする。同じく血を流すカイトも、動きが僅かに鈍り始めていた。
「まだまだ!」
距離を取ったピトーが反撃に転じる。だが——
「遅い」
カイトの掌底が迫る。ピトーが咄嗟に両腕でガードするが、その威力に吹き飛ばされる。
「ッ!!」
ピトーの体が地面に叩きつけられ、土と落ち葉が舞い上がる。
這いつくばりながらも立ち上がろうとするピトー。その動きは鈍いが、まだ諦めていない。
しかし、
「がああああっ!!」
カイトの手刀が、ピトーの左足を切り落した。
残り時間——3秒。
カイトの全身は既に限界を越え、筋繊維が悲鳴を上げる。
肺が焼けつくように痛み、呼吸が荒い。それでも拳は止まらない。
振り下ろされる最後の一撃——
その瞬間。
切り落とされたピトーの左足が、まるで糸に吊り上げられるマリオネットかの様に浮き上がり、カイトを蹴り飛ばす。
「がっ!?!?」
そして、
残り時間——0秒。
大当たりラウンド終了。
爆音が途絶え、カイトを包んでいた無限のオーラが霧散する。
「ぐぅっ……!」
反動が来た。脳が焼き切れ、全身の力が一気に抜けたカイトはその場に崩れ落ちる。
ピトーが、荒い息を吐きながら立ち上がり、カイトを見る。
「もう……終わりかニャ?」
今にも倒れそうなピトーだが、カイトもまた、動くことができない。
森が深い墓標のように沈黙する。二人の荒い息遣いだけが、戦いの残響を物語っている。
瞬間、カイトは懐から一枚のカードを取り出す。
——生き延びる限り、道は閉じない。
それはジンから送られた、最後の切り札。
「「再来」〈リターン〉使用(オン)……マサドラ……!」
絞り出された声と共に、光に包まれたカイトの姿が消える。
後には、満身創痍のピトーだけが残された。
長い沈黙の後、ピトーの足がよろめき、地面に崩れ落ちる。
「あー疲れた!でも、最高に楽しかった!!」
その声には、望んでいたものを手に入れたような満足感が溢れている。
ピトーの視線が、自分から切り離された左足へと向かう。それは確かに、まるで見えない糸に吊るされたかの様に空中に浮遊していた。
戦闘の中で芽生えた新たな力。
ピトーの本能は、その芽がどんな花を咲かせるかを、すでに嗅ぎ取っていた。
「そうか、そういう特殊能力(チカラ)にすればいいんだ」
ピトーの全身から、夜をも呑み込む深淵のオーラが渦を巻いていた。
◇ ◆ ◇
「国境を目指そう。カイトが呼んだ応援部隊と落ち合うんだ」
NGLの森を裂くように駆け抜けながら、キルアが低く言い放つ。肩に抱えたゴンはまだ意識を取り戻さず、その重みが心臓を締めつけていた。
「カイトが言っていたんだ。誰かがキメラアントに捉えられて念能力の情報を引き出される前に、みんなを救出するって」
だが、ポンズの唇は苦く歪む。
「残念だけど……それは間に合わなかったかもしれない」
「私たちと連絡を取り合っていた五組のハンターから、伝書蜂への返答が途絶えたの。おそらく今頃……」
「くそっ!」
キルアの叫びが、森の深みへ吸い込まれていく。
「オレたちは自惚れていた!オレとゴンが無理についてこなければ……カイト一人なら、こんなことにはならなかった……オレたちは大馬鹿だ!」
涙が頬を伝い、走り去る風に散っていく。
ポックルもポンズも、その慟哭にただ沈黙で寄り添うしかなかった。
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