カイト x 転生 x 坐殺博徒 作:なほやん
グリードアイランド、魔法都市 マサドラ
カイトが降り立ったそこは、暖かな陽光が古い石畳を照らしていた。遠くからは商人たちの元気な声が風に乗って聞こえ、旅人たちの靴音が軽やかに石畳を叩いている。この平和な街の佇まいが、キメラアントとの死闘を経た彼には別世界のように映った。
血と死の匂いが染み付いたNGLの森から一転、平凡でありながらかけがえのない光景が、失ったものの重さを余計に際立たせる。
右腕のない身体に、まだピトーとの激戦の余韻が生々しく残っている。失ったのは腕だけではない。
ゴンとキルアとの他愛のない日常、三人で囲んだ焼き火の温かさ、共に過ごした安らかな時間、そして彼らの成長を見守り続けることができるという未来への確信——それらすべてを、あのNGLの戦場に置いてきてしまったのだ。
その時、カイトの耳に、久しく聞く懐かしい声が、まるで風に乗って運ばれてきたかのように流れてくる。
『お前がここに来たってことは、そういうことだろ。ま、ゆっくりしてけ』
師の声に、胸の奥で複雑な感情が渦巻く。
——ジンさん……やはり全てお見通しか。
ジンはカイトがいつか傷を負い『大天使の息吹』を求めてここに来ることを、最初から予想していたに違いない。
口元に苦い笑みを浮かべた時、メッセージは続いた。
『あ、ついでに。お前専用に難易度上げといたから楽しんでいってくれ。もちろんクリアするまで『離脱〈リーブ〉』は使えないし外には連絡できないからそのつもりでな』
「……このクソ師匠が!」
カイトの怒声が、マサドラ上空のバルーンを揺らし、穏やかな午後の空気を裂いた。
◇ ◆ ◇
『もし自分が戻らなかった場合、ゴンを蟻討伐に参加させないでほしい』
「その意味が、わかるな?」
カイトがキメラアント討伐の応援要請と共にハンター協会に送った最後の連絡で、会長アイザック=ネテロに託した言葉。しかし、その真意をゴンは全く理解していない。
「うん、強くなってから追ってこいってことだね」
——違う。違うんだ、ゴン。
キルアの心に焦燥が募る。カイトは、ゴンを危険から遠ざけたかっただけなのだ。しかし、ゴンの純粋さは時として、善意を逆の方向に解釈してしまう。
蟻討伐隊のメンバーとなるべく修行を続けるゴン。その拳は日に日に硬く、そして危険な光を帯びていく。
ゴンは、ネテロたちが持ち帰ったカイトの右腕を見つめながら、カイトが必ず帰ってくるという確信と、彼を傷つけた者への復讐心を同時に抱いていた。
純粋な心が、歪んだ方向へと傾く。
誰もがカイトの死を受け入れ始めている中で——
「カイトは生きている」
ゴンだけが、その確信を声に出して言い続けていた。キルアは、ゴンのその言葉を肯定も否定もできない自分が恥ずかしかった。
NGLの隣国、ロカリオ共和国
修行の中、一時的に念能力を失ったゴンを、キルアは隠れるように見守る。
落ち葉を踏みしめながら、キルアは夜の森を歩いていた。自分の心臓の鼓動が、静寂の中で妙に大きく聞こえる。
雲間から漏れる月明かりが銀色に差し込み、キルアのシルバーの髪を幻想的な青に染めている。
遠くでパームと談笑するゴンの様子を盗み見ながら、自分の無力さに歯噛みしていた。影から見守るしかできない自分が情けなかった。
ゴンとのその距離は単なる物理的なものだけではなかった。カイトを失った悲しみ、自分の弱さで彼を救えなかったという罪悪感、そしてゴンと正直に話せない自分への怒りが、彼らの間にガラスのように透明でありながら破ることのできない壁を作り上げていた。
突然、背後から異様な殺気が迫る——
キルアは咄嗟にそれをかわす。
「つれねェな抱かせろよ。天国へ連れてってやるぜ?ゲヘヘヘへ……」
丸い魚の目玉と大きく裂けた口を持つ魚型の怪物——ギョガンが、月光の下でその異形の姿をあらわにした。全身から生えた無数の棘をハリネズミのように逆立て、殺意を満々に満たした抱きつき攻撃を仕掛けてきた。一度でも接触してしまえば、無数の棘がキルアの身体を貫いていただろう。
キルアの美しい顔立ちが一瞬にして強張る。
「オマエ、あの時のガキだな。見てたぜ?ザザン様を倒したあの長髪の男……オマエ、あいつを置いて逃げただろ?」
カイトとピトーが対峙した瞬間、自分はゴンを気絶させて逃げ出した——その時の屈辱が、胸を締め付ける。
「……へー、じゃあオマエ、あの時の蠍女の手下か」
しかし、キルアも黙ってはいない。
「見てたくせに出てこなかったってことは、オマエも見捨てたんだな」
「な……!」
ギョガンの顔が歪む。図星を突かれた痛みが、その醜い顔に浮かんだ。
「クソ餓鬼が!オレは逃げてねえ!」
「……同じじゃないか」
そのキルアのつぶやきは、ギョガンに向けられたのか、自分に向けられたのか。
「黙れえええ!!」
ギョガンが全身の棘を逆立てる。そして銃口をキルアに向けた。
「オレは、オレは逃げてねええ!!!」
銃声が森に響く。同時に全身の棘を振り回しながら突進してくる。
——今こいつを倒さないと、ゴンが危ない。
しかし——キルアの身体が竦んだ。足が動かない。
逃ゲロ
彼の本能にその声が囁く。
弾丸が頬を掠め、血が飛び散る。
間髪入れずにギョガンの棘が襲いかかる——辛うじて身を捩って致命傷は回避するが、肩に棘が突き刺さった。
逃ゲロ
ギョガンが次の弾を装填し、棘を逆立てたまま距離を詰める。
「もう一匹もまとめて殺してやる。黒髪のガキの居場所を吐け!」
逃ゲロ
——ゴンを……ゴンを守らなきゃ
逃ゲロ
——いやだ、だって、友達だもん。オレの大事な友達だもん
逃ゲロ 逃ゲロ 逃ゲロ
「ああうあああああ!!!」
キルアの魂の底から絞り出された叫びが夜空に響き渡った瞬間、彼の細い手が迷いなく自らの前頭部に突き刺さった。
「はは……やられた。イルミの野郎こんなもん差し込んでやがった。オレの脳(アタマ)ん中にさ」
指先に挙げたのは、細く長い針。月光に反射して銀色に光るその先端には、赤い血がべっとりと付いている。兄、イルミの呪縛の象徴であり、彼を縛り付けていた恐怖の正体を——自らの手で引き抜いたのだ。
激痛が脳全体を貫き、額から流れる赤い血が頂を伝って頸元まで滴り落ちる。それでもキルアの口元には、久しぶりの清々しい笑みが浮かんでいた。
雷光を纏い、キルアが疾走する。全身から白い電気が迸立ち、それは人間の姿をした雷そのもののようだった。
ギョガンが銃を向ける——しかし、
白い電撃がギョガンの胸部から背中までを一直線に貫き、焦げた肉の匂いとともに魚型の怪物を瞬時に絶命させた。
キルアの青い瞳に、もう迷いはなかった。
◇ ◆ ◇
片腕を失い、坐殺博徒の領域展開が使えない状況で、カイトは必死にグリードアイランドを攻略していた。
ジンの用意した「ハードモード」は惨情では済まなかった。通常のプレイでも苦戦するイベントの敵が、過量なオーラと狡猾さを身にまとい片腕のカイトに群がりかかってくる。毎日が生き残りをかけた戦いの連続だった。
しかし、その地獄のような過酷さを極めた試練の日々が、皮肉にも彼をこれまでとは次元の違う新たな高みへと押し上げていたのもまた事実だった。
肉弾戦におけるフィジカルの極限までの活用、無駄のない極限まで精練されたオーラの効率的運用技術。すべてが、以前の彼とは比べ物にすらならないほどの高いレベルに到達していた。
グリードアイランド、ギャンブルの街 ドリアス
カジノに併設された質素で安い、薄暗くて湿った宿屋の一室。その粗末な木製のテーブルの上に、まるで宝石のように輝く一枚のカードが置かれていた。
震える左手でカードを掴み、発動させる。グリードアイランド最高ランクの回復アイテム——その力を手に入れるために、どれだけの試練を乗り越えてきたことか。
温かな光が全身を包み込む。失われた肉体が回復し、血管の一つ一つが目覚めるように熱を帯び、傷が癒えていく。そして何より、オーラの流れに新たな感覚が芽生えていた。
——これが……オーラによる肉体の超速回復。
新たな力が、カイトの魂に深く刻まれる。ただ傷を癒すだけではない、それを肉体が感じ取り、自らのスキルとして学びとる。
「次は、できる」
カイトは、復活した右手を力強く握る。
ふと脳裏に前世の記憶が蘇った——
パチンコ店に向かう親を待ちながら、公園に座る少年。
手の平で蟻と戯れながら、ひとりぼっちで過ごした長い時間。ありふれた悲劇。
——そもそも、オレは一度も大当たりを引いたことがない。
苦い笑みが浮かぶ。孤独で絶望的だった前世の記憶。
しかし、同時に思い出すのは——
少年時代に読んだ漫画の主人公たち。どんな絶望的状況でも、決して諦めなかった彼らの姿。最強の敵に立ち向かい、仲間を信じ、大切な人を命をかけて守り抜いた英雄たちの物語。
「強くなりたい」と願う少年の心に、彼らは希望の光を与えてくれた。一人ぼっちの夜に、彼らの言葉が支えになった。「絶対に諦めるな」「大切な人を守れ」「最後まで戦い抜け」——
あの頃憧れた英雄たちの言葉が、今のカイトに確かな力を与える。
——そうだ……俺はもう、ひとりじゃない。
立ち上がる。
ゴンがいる。キルアがいる。そして、これから救わなければならない多くの人々がいる。
前世では何も持たなかった自分が、今は守るべきものに囲まれている。
「ゴンだけではない——全員を救ってみせる」