ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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14話

横で桃香が、少し身を乗り出すように素早く問いかけてきた。

「噂って、何のこと?」

 

 七海の唇がわずかに弧を描く。微笑みは柔らかいのに、瞳は探るように鋭い。

「掲示板で書かれてたんだけど……白夜くんが母親思いってことよ」

 

 軽い調子に聞こえるけれど、その実、桃香を気遣ってわざと柔らかい言葉に置き換えたのだとすぐに分かった。

 

(――あぁ、そういうことか。ちゃんとオブラートに包んでくれたんだな)

 

 僕は小さく息を吐いて肩をすくめた。

「気を使わなくていいよ。どうせ“マザコン”って書かれてたんだろ?」

 

 

 一瞬、七海の目がぱちりと開く。驚きはほんの刹那で、すぐにまた穏やかな表情に戻る。

「……そういう風にあっさり言えるってことは、自覚があるってこと?」

 

「いやいや違うって。ただ、クラスのみんながネタにしてるだけだよ。家族と仲良いくらい普通だろ?」

 わざと苦笑を浮かべながら答える。

 

 すると桃香が勢いよく口を挟んだ。

「そうだよ!わたしだってママ好きだし!普通だよ!」

 

 

 自分のことに重ねるみたいに、真っ直ぐな声で言ってくれる。

 その健気な響きに胸の奥が少し温かくなる。

 

「……それ、フォローになってるのかしら?」

 七海は思わず笑いをこらえきれず、くすっと喉を鳴らす。冷静な彼女にしては珍しく頬がわずかに緩んでいた。

 

 僕と桃香は目を合わせ、なんとなく照れ笑いを交わす。こういう空気、悪くない。

 

 

 *

 

 

 そのタイミングで、向こうのパーツ棚から豪快な声が飛んできた。

「いやー!整備用の部品が安くてさ、思わず買っちまった!」

 

 振り返れば、両手に大きな袋を抱えたテッペイが戻ってくる。袋の中には配線ケーブルやらグリースやら、工業棟で使うような小物パーツがぎっしり詰まっていた。

 

 

 僕が「BP大丈夫なのか?」思わず呆れ気味に声をかける。

 

 問いかけにテッペイは満面の笑みで親指を立てた。

「来週の土日はバイト漬けだな!いやー、後悔ゼロ!!」

 

 桃香が「ほんとに大丈夫なの?」と苦笑交じりに心配する。

 七海も「堅実に貯めるって発想はないの?」と冷ややかに突っ込む。

 

 けれどテッペイは悪びれることなく、肩に袋を担ぎ直して声を張り上げる。

「技術者にとっては今ある工具とパーツがすべてなんだよ!未来の俺への投資!いや、浪漫だ!」

 

「投資と浪漫を同列に語るなよ……」僕はため息交じりに笑った。

 

 それでも――袋を抱えて楽しそうにしているテッペイを見ていると、彼なりにブレない生き方をしているんだなと妙に納得してしまうのだった。

 

 

 *

 

 

 そのあとも四人でモールを歩き回った。パーツショップから服屋、雑貨屋に至るまで、ひとつひとつのショーウィンドウに足を止め、まるで修学旅行のように笑い合いながらウィンドウショッピングを続ける。

 

 最新型の肩部パーツを前にテッペイが「これ欲しいなぁ……」と唸り、価格表示を見て肩を落とすと、桃香が「でもテッペイ君には似合うと思うよ!」と無邪気に励ます。七海は「それ、似合う似合わない以前に今のBPで買えないでしょ」と冷静に突っ込んでいた。

 

 

 僕は思わず苦笑いしつつ、ふと漏らす。

「……やっぱり覆面の奴が言ってたことも、あながち間違いじゃなかったのかもな。こうして歩いてみると、まだ遊ぶには早いって気もする」

 

 思った以上に値札の数字は高く、僕たち一年生にはまだ遠い世界だった。

 

 すると桃香が、ぱっとこちらを振り返って笑顔で言う。

「でもね、みんなで仲良くなれて、こうやって一緒に見て回れたから私は嬉しいよ!」

 

 その一言に僕は肩の力が抜ける。七海も微笑んで頷き、

「……そうね。今はまだ見てるだけでも十分楽しいわ。けど、次に来るときはBP貯めて、実際に買えるようになっておきたいわね」

 と締めくくった。

 

「確かにな!」とテッペイも勢いよく同意し、四人の間に「また来ような」という自然な約束が生まれる。

 

 

 *

 

 

 

 気づけば時間は夕方に差しかかっていた。モールの照明がほんのりと色を増し、人混みも一層ざわつきはじめる。僕たちは「そろそろ戻るか」と歩調を揃え、学園の寮へと帰路についた。

 

 寮に戻ると、そのまま四人で食堂に足を運ぶ。夕食の時間帯とあって、学生たちでごった返している。大きな窓から差し込むオレンジの光に食堂全体が染まり、ざわめきと食器の音が混ざり合って心地よい喧騒を作っていた。

 

 僕らが列に並ぶと、ちらほらと周囲の視線が集まってくる。このグループは顔面偏差値が高いしどことなく華がある。

 僕は昔から人前に立つと何かと視線を集めがちで、もう慣れっこだ。(自信のキメ顔)桃香も七海も人目を惹く容姿をしているから当然のことだろう。

 

 そしてテッペイは、自分だけは関係ないと思い込んでいるらしい。だが実際は黙ってさえいれば、体育会系の精悍さが際立つイケメンだ。本人が自覚していないのが惜しいところだ。

「……黙ってりゃモテるのになぁ」僕がつぶやくと、「え、俺?!」とテッペイが箸を落とす。桃香と七海は笑いながら頷き、顔を赤くする彼を余計にからかっていた。

 

 賑やかにご飯を食べ終え、また四人で寮のエレベーターへと乗り込む。

 静かに昇っていく箱の中、僕はふと初日のことを思い出す。――ここで桃香と最初に会ったんだった。

 

 まるで僕の思考をなぞるように、桃香が嬉しそうに七海へ話しかけた。

「そうだ!ここで白夜君と初めて会ったんだよ」

 

 七海が目を細め、にやりと笑って「まるで少女漫画の始まりみたいね」と呟く。

 その一言に僕は反射的に照れてしまい、横でテッペイが「くそー、羨ましいぜ」と嫉妬混じりの視線を向けてくる。

 

「もし桃香が主人公だったら、僕は最初のヒロイン役ってことかな?」

 思わず冗談めかして口にすると、空気が一瞬止まる。自分で言っておいて顔が熱くなるのを感じる。

 

 桃香もまた真っ赤になり、俯きながら小さく呟いた。

「……そうだと、いいなぁ」

 

 その声はかすかで、次の瞬間に七海とテッペイの大きな茶化しの声がかぶさり、かき消されてしまう。

 

「おーっと、青春だなー!」

「ほんと漫画みたいね!」

 

 二人の騒ぎに僕も桃香も言葉を飲み込み、ただ互いに気恥ずかしい笑みを浮かべるしかなかった。

 *

 

 ちんっ、と軽快な音が鳴り、エレベーターが七階に到着する。

「今日は楽しかったな。また行こうね」桃香が振り返りながら笑顔で言う。

「もちろん。また近いうちに」僕も自然に応える。

 

 横を見ると、テッペイは今日一日を全力で楽しみ尽くした顔をしていて、「サイコーだったな!」と肩を叩いてくる。

 後ろを歩く七海は背を向けつつも、肩越しにちらりとこちらを見て「……またね」と短く言い残す。

 桃香は小さく手を振り、僕もちょうど振り返ってその手に応えた。

 

 廊下を進みながら、心の奥で反芻する。

 桃香は最後にもう一度振り返り、ぱたぱたと手を振る。その仕草は夕暮れの残光に照らされ、妙に印象的だった。

 

 僕も同じように手を上げて振り返す。

 

 楽しかったー

 

 

 

 

 *

 

 

「あー!さいっこー!桃香、七海ペアかわいかったー!」

 部屋に入るなり、テッペイがベッドに飛び込みそうな勢いで声を張り上げた。弾む声はまるで子どものように無邪気で、今日一日の幸福をそのまま詰め込んだようだった。

 

「2人ともかなり美人だったしな」

 僕も靴を脱ぎながら応じる。頭の中には、モールで笑う桃香や、冷静に突っ込みを入れる七海の表情が次々と浮かんでいた。

 

「だよなー!あれはもう奇跡だって!高校入ってこんな幸福が待ってるなんて、入学前の俺に言っても鼻で笑うぜ」

 テッペイはベッドに背中を預け、天井を仰いでニヤニヤが止まらない様子だ。

 

 

「まぁ……確かに、楽しかったな」

 僕も窓の外を眺めながら頷く。夕方の街の灯りと、桃香の笑顔や七海の柔らかい視線が重なって思い出され、自然と口元が緩む。

 

「そうだろ!アイドルとモデルって言われても納得するぞ?」

 テッペイは身を起こして熱弁し、両手を大きく広げた。

 

 確かに――桃香と七海。あの二人は学園内でも注目を集める存在だろうし、外の世界に出しても通用するくらいの華がある。けれど、それ以上に僕が惹かれているのは、彼女たちの人柄や空気感だった。無邪気に感情を表す桃香と、落ち着きながらもどこか茶目っ気のある七海。その両極が並ぶからこそ、眩しいほどに輝いて見えるのだ。

 

 そんなことを考えていると、テッペイが突然ニヤリと笑い、矛先を僕に向けた。

「で、白夜は桃香狙いで良いのか? 桃香も多分白夜狙いだろ?」

 

 ――ズバッと核心を突くその言葉に、思わず息を呑んだ。

 

「いや、15歳は犯罪だろ!」

 条件反射のように口をついて出た答え。

 

「あ?同い年に犯罪も何もないだろ?」

 テッペイはケラケラ笑いながら肩をすくめ、何を大げさな、とでも言いたげに首を振る。

 

 その瞬間――胸の奥で、カチリと何かが外れる音がした気がした。

 

(言われて思い出す。僕は15歳だ!相手が15でも合法なんだってことに!!!(同級生だしね)

 っていうことは15歳を相手に付き合いたいとか恋愛感情を持っても不思議でもロリコンでもないってことに!!(同級生だしね。大事なことだから2回言った!!))

 

 これまでずっと、前世の30年以上の記憶に縛られて「子ども相手にそんなことは」と線を引いていた。でも違う。ここでは僕はただの高校生。白銀白夜というひとりの男子だ。恋をしても、憧れても、何一つ間違ってはいない。

 

 

「そ、そうか! 別に良いのか!?」

 自分でも驚くほど素直な声が出た。胸の奥がふっと軽くなり、今まで抑えていた何かが解放されるような感覚に包まれる。

 

「誰も止めてねぇだろ!」

 テッペイはニカッと笑って背中をバシンと叩いた。その一撃は痛いけど、不思議と心地よい。

 

「ありがとう、テッペイ」

 心からそう言った。照れ隠しでも冗談でもなく、確かな感謝だった。

 

「なんだよ、急に!」

 テッペイはぽかんと目を丸くしたが、すぐに「先に風呂入ってくるわ!」と笑い飛ばしてシャワー室に消えていった。

 

 

 しばらくすると、水音が規則的に響いてくる。そのリズムを背に、僕はベッドに腰を下ろし、大きく息を吐いた。

 

(……そうだ。もう無理に“大人”でいる必要はないんだ)

 

 前世を合わせれば三十路を超えていた僕は、ずっと「大人だからこうしなければ」「もう子どもじゃないから」と無意識に自分を縛ってきた。でも今は違う。僕は十五歳。ここで生きる白銀白夜という高校生なんだ。

 

 今日一日を思い返す。友達と笑い合い、桃香や七海と並んで歩き、戦って、褒められて。

 ――それはもう、過去の誰かの記憶に頼らずとも、紛れもない「僕自身の人生」だった。

 

 窓の外に目を向けると、夜の街の灯りがゆらめき、どこか祝福のように瞬いていた。

 

(これはもう、転生者の物語じゃない。ここからが、僕の人生だ)

 

 胸の奥がじんわりと熱を帯びていく。

 そう実感した瞬間、重くまとわりついていた過去が静かに剥がれ落ち、心が自由になるのを確かに感じた。

 

 ――白銀白夜として生きる未来は、今ようやく始まったのだ。

 

 

 *

 

 なんとなく、自分の欠けていたピースが少しずつ埋まっていく――そんな手応えを胸に抱いていた。

 ベッドの上でゆっくりと息を吐き、窓の外の夜景を見つめる。街の灯りはちらちら瞬き、今日一日の出来事を祝福してくれているように見えた。

 

(これが……俺の人生なんだ)

 胸の奥から熱いものが込み上げてくる。戦った緊張感、友達と笑い合った楽しさ、桃香の真っ赤になった頬。全部が混ざり合い、確かな実感となって僕を満たしていた。

 

 ――その時だった。

 

 

 バンッッ!!!

 

 シャワー室のドアが勢いよく開かれ、水滴を撒き散らしながらテッペイが飛び出してきた。

 蒸気を背負った半裸……いや全裸のシルエットが、蛍光灯の光に照らされて仁王立ちする。顔は蒼白、目は血走り、息はまるで全力疾走してきたかのように荒い。

 

「やっべぇぇぇぇ!!!」

 絶叫に近い声が響き、僕は思わず体をびくりと震わせた。

 

「七海ちゃんとハイタッチした手……洗っちまったぁぁぁぁ!!!」

 

 

 ……しばし沈黙。

 

「は?」思わず声が漏れた。

 

「今日はあの手の感触を反芻しながら!夜を楽しもうと思ってたのにぃぃ!!」

 拳を握り締め、涙目で天井に吠えるテッペイ。背筋は堂々としているのに、裸のせいで情けなさが天元突破している。

 

 ……ぷらん。

 

 聞こえるはずのない擬音が、僕の脳内に木霊した。いや、正確には目が勝手に拾ってきた情報を脳が強制変換してしまったのだ。

 

 

「お前はまずパンツくらい履いてから出てこい!!!」

 さすがに怒鳴った。思わずベッドの枕を掴んで投げつける。

 

 

 しかしテッペイは「そんな場合じゃねぇ!」と真顔で言い返す。

「この右手には、確かに女神の柔肌の余韻が残っていたんだ!なのに!泡と一緒に流しちまったんだよぉぉ!!」

 涙声で肩を震わせ、膝から崩れ落ちる姿は、もはや戦場で仲間を失った兵士のように悲壮感たっぷり。

 

 それになんだよ、“楽しもうと思ってた”って! 声に出して言うことじゃねぇだろ!!

 

「残念ながら俺の今日の記憶は……桃香の笑顔でも七海の冷やかしでもなく」

 僕は額を押さえながら深く嘆息する。

 

「ルームメイトの体格に見合ったサイズの“ぷらんと揺れる何か”によって、強制的に塗り替えられるのであった」

 

 夜の静寂を破って、寮の一室には僕の怒号とテッペイの泣き叫ぶ声が響き続けた。

 ……余韻? 青春の余白? そんなものは、無惨にも水蒸気と共に霧散したのである。

 

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