ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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16話

その後――僕たちは男二人、夜まで実習棟のベイを借りて、めちゃくちゃハクロの整備に没頭した。

 

油と溶接の匂いが立ちこめるなか、スパナの音がカンカンと響く。テッペイは技術分野に進みたいと言っていただけあって、本当に手際がいい。

配線を束ねる手は迷いがなく、センサーの調整も一発で決めてみせる。めちゃくちゃハクロの整備をした。

 

「おい白夜、このライン、電磁干渉の逃げ道が甘いぞ」

「マジか?……あ、本当だ」

「ほらな!やっぱ俺がいないと!」

 

得意げな顔に苦笑いしながらも、心の底では感謝しかなかった。

僕も余裕をもって制御回路に向き合えたし、ハクロが徐々に息を吹き返していく感覚は胸が熱くなる。

 

作業を終えた頃には外はすっかり夜。二人とも汗と油にまみれていたけれど、妙な達成感が体中を満たしていた。

 

「よし、今日は俺のおごりだ。カレー食うぞ」

「マジか!やったー!」

 

学食のスパイシーな香りに誘われ、二人でがっついたカレーの味は格別だった。テッペイの満面の笑顔が、なんだか子どもみたいで可笑しかった。

 

――こうしてまた、濃度の濃い一週間が幕を開ける。

 

 

 

 

そこから先は――ひとことで言えば「キツい」の一言だった。

 

午後のリーグ戦こそ全勝で締めくくったものの、午前の授業は地獄そのもの。黒板に書かれる公式もプログラミングのコードも、前世の二倍の速度で流れていくように感じる。油断して瞬きをしたら、もう一ページ先に進んでいる。そんな感じで授業を聞くだけでは到底追いつかず、午後のバトルまでの時間も、バトルが終わってからの夜も、必然的に予習と復習で埋まっていった。

 

 

もちろん、クラスの大半も同じように机にかじりついている。特に貴志やこの江は律儀なほど真面目にノートを埋めていた。たまに見せてもらうと、字がきっちりしていて参考書みたいだった。

 

そんな彼女――影野この江が、週明けに大きな変化を見せたのには驚かされた。

 

前までは長い前髪が鬱陶しそうに顔を隠し、表情のほとんどを覆っていた。ところがある日、その前髪がばっさり切られていた。くっきりと大きな瞳が現れ、黒目がちの視線がこちらを真正面から射抜いてくる。思わず息を呑んだ。磨かずとも光る原石――そんな言葉が浮かぶ。幼さを残した雰囲気はロリっぽさすらあるが、その手の趣味の人なら間違いなくぶっ刺さる愛らしさだった。

 

クラスの空気も一変した。中でも分かりやすかったのが貴志だ。彼はこの江を見た瞬間、耳まで真っ赤にして硬直。昼休みに「可愛すぎるよ影野さん!」と小声で僕の耳元に囁いてきて、本気でうるさかったのをよく覚えている。

 

――どういう心境の変化だろう?単に「前髪が邪魔だったから」なのか。あるいは……。僕は少し考え込んでしまった。

 

 

 

 

 

ちなみに――ある日の放課後。

自習机を囲んで黙々と勉強していた時、僕がふと「この江」と呼んだ瞬間、隣の貴志がピクリと反応した。

 

「えっ!? 白夜!いつの間に“影野さん”から“この江”呼びになってるの!?」

嘆きというより、半分泣きそうな声だった。

 

僕は肩をすくめる。

「自然に……っていうか、まぁそうなったんだよ」

 

「ずっちぃよ……!」

項垂れる貴志。その横で当のこの江は、特に気にした様子もなくノートを取っていた。

 

少しは貴志をアシストしてやるか。僕はさりげなく話題を振る。

「そういえば、この江ってまだ黄土君って呼んでるよね」

 

「うん。そうだよ」

短く返しながらも、その瞳はまっすぐ僕を見ていた。以前は前髪で隠れていたはずの目が、今はしっかりと合う。

 

その瞬間、貴志がバッと顔を上げる。耳まで真っ赤にして、おそるおそる口を開いた。

「じゃ、じゃあ……俺のことも“貴志”でいいよ! 白夜だって呼んでるし!」

 

「う、うん。わかった、貴志君」

少し噛みながらも、呼んでみせるこの江。やはり男子の名前を呼ぶのは照れるのだろう。

 

「じ、じゃあ……俺も“この江”って呼んでいいかな?」

貴志は勇気を振り絞ったように言い切った。……僕を見るな、本人を見ろよと心の中で毒づく。

 

一瞬、この江のペン先が止まる。けれど顔を上げた時には、もう柔らかな表情に戻っていた。

「……うん。別にいいよ」

あくまで何でもない風を装った声。

 

「やった……!」

貴志はホッとしたように机を軽く叩き、小さくガッツポーズを作る。

 

僕はこの江にだけ聞こえるように呟く。

「なんか無理やりみたいで、ごめんね」

 

その言葉に、この江はほんの一瞬だけ僕を見つめ――ふわりと微笑んだ。

「ありがとう、大丈夫だよ」

 

自然に見える笑顔。けれど――机の下、握られたペン先がかすかに震えていたことに、僕は気づかなかった。

 

ほんとは、“白夜君にだけ”呼んでほしかったのに。

 

僕がその想いに気づくことは、まだずっと先の話だ。

 

 

 

 

 

勉強の方も、クラスで仲良くなったメンバーと一緒に集まって問題集を解いたり、夜は自習室にこもったりと、気づけば生活の大半が学業中心になっていた。もちろん全員がそうじゃなくて、サボって遊んでいる連中もいたけれど……彼らは本当にこのペースについていけるのか。僕が心配する筋合いじゃないのに、気がつけば心配していた。

 

土日も同じだ。丸一日勉強に費やすか、時折バイトに入るか。そのバイトも、面白いことに毎回ペアが変わった。テッペイと組めば作業効率は倍増するし、この江と組むと妙に静かで落ち着いた時間になる。桃香や七海とペアになると、周囲の視線が痛いくらい集まる。にぎやかさと騒がしさが同居して、勉強漬けの日常の中でちょっとしたアクセントになっていた。

 

そんな濃密な日々を過ごしているうちに、あっという間にひと月が過ぎていた。

 

――気がつけば、四月も最後の週。

教室には独特の緊張感が漂い、誰もが机に向かう時間が増えている。

 

そう、今週から――テストが始まるのだ。

 

 

 

 

 

 

教室に霧島先生が入ってきた瞬間、空気が一気に張り詰めた。

彼女は相変わらず無駄のない動きで教卓に資料を置き、凛とした声で切り出す。

 

「さて。今週は君たちにとって初めての“評価週間”だ。

 各科目の理解度と、エイドロンを扱う上で最低限必要な適性を確認する。気を抜かずに臨むように」

 

ざわ……と教室が揺れる。初めて“試験”という言葉が出ただけで、周囲の緊張が伝染してくる。

 

霧島先生は資料を手に取り、板書もせず淡々と続けた。

 

「本日の午前は二本立て。数学のペーパーテスト、それからプログラミング課題だ。

 コードを入力し、指定した動作を正確に時間内に行わせる。

 間違えれば減点、エラーで動かなければ当然零点。

 ……いつもの課題と同じだな」

 

「ひぃ……」

後ろの席から誰かの呻きが漏れる。

 

「午後は通常どおりリーグ戦。ここまでの結果も総合評価に加算する」

 

先生は一度間を取り、教室全体を見渡した。視線を合わせられた生徒が一斉に背筋を伸ばす。

 

「明日は安全規定・関連法規のペーパーテスト、それと制御工学。

 水曜は物理と――」

 

ここで一瞬だけ言葉を切り、生徒たちの反応を確かめるように目を細めた。

 

「――エイドロン運用適性の基礎試験だ」

 

「えっ、もう!?」

クラスのあちこちで小声が飛ぶ。

 

霧島先生は淡々と説明を重ねる。

「安心しろ。基礎試験といっても“体力測定”のようなものだ。

 起動操作、簡単な射撃・回避、そしてオーバーヒート時の緊急停止。

 これができないと“戦わせる以前の問題”だからな」

 

「……なるほど」

ホッと息をつく者、逆に「俺やべぇ」と青ざめる者、反応は様々だ。

 

霧島先生は口元にわずかな笑みを浮かべ、トドメのように告げる。

「合格ラインは低い。だが“危なっかしい”と判断された者は、即日補講だ。

 要するに――落ちこぼれ扱いになる。覚悟しておけ」

 

教室の温度が一段下がったように感じられた。

誰もが顔を引き締め、机の上のペンを無意識に握りしめていた。

 

 

朝一番、試験用紙が配られた瞬間に、教室の空気は一変した。

緊張で鉛筆を握る音、ページをめくるざらついた紙の音――それらがやけに大きく響く。

 

(よし……出題傾向は予想どおりだ。微積と行列がメインか)

 

数式を追う目が自然に走る。前世の知識に頼れる部分もあるが、何よりもこの一か月――イメージを保つために必死で勉強してきた積み重ねが、指先に確かな手応えを与えてくれる。

 

「……っ」

前の席からは黄土が小さく呻き声を漏らす。机に額をこすりつけて、すでに戦意喪失気味だ。

 

僕は余計なことに気を取られないように数式をノートに展開し、解答欄を埋めていく。

難問らしい最後の大問に差しかかった時、ふっと霧島先生と目が合った。先生の視線は鋭いが、そこにうっすらと「見極める」意図があるのを感じる。

 

(ふーん。この程度なら乗り越えられますよ、先生。――ここで落とされる訳にはいかないのだよ)

 

最後の一行まで書き切り、見直しまで終わったところで終了の合図がなった。

 

 

 

 

 

 

続けて行われたプログラミング実技は、さらに容赦がなかった。

一人一台の端末に課題プログラムが表示され、制限時間と同時に一斉に入力開始。

 

「えっと……センサー値をリアルタイムで読み取って、閾値超過時に緊急停止、か」

 

コードを走らせるイメージが頭の中で自然に組み上がる。

キーを叩く指は迷わない――まるで昨日までの勉強時間がすべて繋がって、今ここに答えとして流れ込んでくるかのように。

 

周囲では「エラー出た!?」「なんで動かないんだよ!」と焦りの声が次々上がる。

黄土が「白夜、やべぇ助け――」と小声で言いかけるが、監督役の先生の視線に射抜かれて黙り込む。

 

 

(……よし、デバッグ完了)

エンターキーを叩くと、モニターに緑の文字。

【Program Complete / 動作確認OK】

 

制限時間を三分残してクリア。

 

僕は椅子に深くもたれ、静かに息を吐いた。

 

 

 

 

 

午前の試験が終わると、魂を抜かれたように机に突っ伏す生徒があちこちに散らばっていた。

それでも次第に「ここ難しかったよな」「明日の制御工学やばくない?」と、感想や予習の話題に移っていく。

 

僕も答案用紙を思い出しながら肩をほぐす。

(数学もプログラミングも、手応えはあった。明日は暗記系と制御工学、なんとかなるはず)

 

横を見ると、この江が心配そうにこちらを見ていた。

「……テスト、どうだった?」

 

「いい感触だったよ。この江は?」

問い返すと、彼女は少しだけ唇を尖らせて答える。

「プログラミング、ギリギリで危なかったかも」

 

「時間内に走らせられたなら大丈夫だろ。補講にはならないよ」

安心させるように言うと、この江の表情がほんの少し和らいだ。

 

前の席で突っ伏している貴志に声をかける。

「おい、貴志。大丈夫か?」

 

「白夜……俺、やばい。プログラミング……たぶん間に合ってねぇ……」

青ざめた顔で振り返る貴志。その姿に思わず笑いそうになるが、堪えて励ます。

ふぐぅと貴志は潰れたカエルみたいになっている。

 

「終わったことは仕方ないよ。午後のバトルで切り替えよう」

 

すると、この江も小さくうなずいて、貴志に声をかけた。

「……そうだよ。貴志くん、一緒にお昼行こう?」

 

 

その一言で、貴志の耳が一気に赤くなる。

自分の頬をパシンと叩き、「そ、そうだな!切り替えだ!」と声を張り上げて立ち上がった。

 

僕とこの江は顔を見合わせて苦笑する。

「やれやれ……」

 

昼食に向かう廊下は、緊張から解放された笑い声や愚痴で溢れていた。

僕たちもその中に混ざりながら、午後のリーグ戦と明日のテストに備えるためのエネルギーを求めて歩いていった。

 

 

 

 

昼食を終えた後の食堂は、午後のバトルを前にした生徒たちのざわめきで溢れていた。皿を下げる音、仲間内での作戦会議、負けた時の愚痴を笑い話にする声――緊張と開放感がないまぜになった空気が漂っている。

 

僕は食堂の隅に腰を下ろし、生徒手帳でスケジュールを確認した。午後の持ち時間まで、約一時間。教科書を広げ、食後の眠気を押し殺しながらノートに数式を書き込んでいく。

 

(午後のバトルもあるけど、今のうちに詰め込めるだけ詰め込まないと……)

 

視線を横にやると、貴志が肩にタブレットを抱えながらアリーナへ向かっていく姿が見えた。

「俺、アリーナの雰囲気で勉強した方が集中できるきがする!」なんて意味のわからないことをつぶやきながら去っていった。

 

この江はというと、まだ出番が遅いらしく、真剣な表情で自習室へと歩いて行った。教科書を抱え、決意を宿した背中が妙に大きく見える。

「無理すんなよー!」

二人にそう声をかけ、僕はまたノートに目を戻した。

 

 

……時間が経つのは早い。気づけば出番の時刻が迫っていた。ノートを閉じ、鉛筆をペンケースに滑り込ませて立ち上がる。喧騒の残る食堂を抜け、アリーナへ向かう廊下を歩くたびに、心臓の鼓動が少しずつ速くなっていく。

 

自動ドアが開くと、広いアリーナのフィールドと観客席のざわめきが押し寄せてきた。視線を巡らせた先に、見知った姿。

向こうもこちらに気づいたようで、わずかに口元を緩めていた。

 

「よろしくね、七海」

僕が声をかけると、濃い青のポニーテールを揺らしながら、彼女は肩をすくめる。

 

「お手柔らかに頼むわよ、白夜」

 

互いに苦笑い。けれど瞳の奥にはすでに闘志が宿っている。

 

七海との対戦――避けられないと思っていた組み合わせが、ついにやってきた。

 

僕は深く息を吸い、バングルに手をかざした。

 

(いざ、勝負だ――)

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