ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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19話

三日目の朝。

教室に入った瞬間、昨日までとはまるで違う張りつめた空気が肌を刺した。

ペーパー試験最後の大科目――物理。そして全員が密かに恐れている「実技試験」が午後に待っている。とはいえ、内容は基本操作が即入力できるかの確認程度らしい。だが、緊張感はどうしても消えない。

 

ざわつきは一切ない。

シャーペンをカチカチと鳴らす音、参考書をめくる乾いた音、深呼吸を押し殺す気配――その全てが、戦場に向かう前の静寂を思わせた。

 

(……誰もが分かっている。ここからが、本当の勝負だ)

 

やがて答案用紙が配られる。

一瞬で目を走らせる。

 

(出題傾向は……力学、波動、電磁気学。基本に忠実。でも計算量が多い、時間配分が勝負ってやつか)

 

鉛筆を握り直す。

数式を追う目は自然と加速し、頭の中に解法が組み上がっていく。前世の知識もあったが、それ以上に、この一ヶ月積み重ねてきた努力が僕の背中を押していた。

 

周囲からはページをめくる音に混じって、時折小さな呻き。

前の席では貴志が頭を抱え、「うぐぅ……」と苦しげな声を漏らしている。

 

(落ち着け……落ち着け。ここを越えれば、最後の実技に集中できる)

 

数式をノートに展開し、ひとつひとつ潰していく。

時間ぎりぎりまで使って見直しを終えた瞬間、試験終了の合図が鳴り響いた。

 

「はぁぁぁ……物理、終わったぁ……」

貴志が机に突っ伏し、魂の抜けた声を上げる。

 

「お疲れ様。出来は?」僕が声をかけると、

「分かんないってことは……わかる」貴志は力なく笑った。

 

「わ、私は……なんとか……なりそう」

この江が小声で呟き、控えめに胸に手を当てている。

 

 

 

 

試験終了の合図が鳴り響き、教室に小さな安堵の波が広がった――が、それも束の間。

霧島先生が前に立ち、冷ややかに告げる。

 

「休憩はない。そのまま全員、アリーナへ移動する」

 

一瞬、空気が固まった。

すぐに椅子を引く音、鞄を閉じる音が重なり合う。誰も文句は言わない。言えない。ここから先は、座学以上に“実力”を測られる場だと全員が理解していたからだ。

 

廊下を行進する足音が、妙に揃って響く。

ざわめきは最小限。

「やべぇ……」「大丈夫かな……」そんな囁きが、緊張をさらに煽っていた。

 

僕も深呼吸をひとつ。

(ここを越えれば、本当に一区切りだ。――やるしかない)

 

やがて自動ドアが開き、広大なアリーナが視界に飛び込んできた。

普段は歓声に包まれる場所も、今はシステム音と職員の声だけが響く。整然と並んだ試験官たち、そして天井から吊るされた巨大スクリーン。

 

「一人ずつ、順番に前へ出ろ。課題は《起動》《移動》《簡易戦闘動作》。指定時間内に入力・操作ができれば合格だ」

 

霧島先生の声がマイクを通して場内に響く。

その瞬間、胸の奥で心臓がひときわ強く跳ねた。

 

僕らの三日間の試験は、ここで本当に最後を迎える。

 

 

 

一人目が呼ばれる。

その名が響くたび、生徒が一歩前に出て、試験官の指示通りにデバイスへ入力する。

 

「エイドロン起動」

光粒子が収束し、機体が姿を現す。観客席はないはずなのに、クラス全員の視線が一斉に注がれることで、その場にはいつも以上の緊張感があった。

 

「前進、回避動作、攻撃動作」

――問題なく成功。

 

「合格」

判定の声に、胸をなでおろすように息を吐き、生徒は戻っていく。

 

次。

また次。

 

貴志の番では、緊張の為かいつもより挙動がぎこちない場面もあったが、規定の動作はきっちり入力できた。

「お、おお……!よっし……!」と小さなガッツポーズを決め、クラスの後ろからクスクス笑いが漏れる。

 

この江の番では、緊張でデバイスを握る手が微かに震えていた。

けれど起動したナデシコ《カグヤ》は淀みなく基本動作をこなし、試験官も「正確だ」と頷く。

「……よし」と呟いた彼女の横顔には、昨日までより確かな自信が宿っていた。

 

順に進むごとに、クラス全員が合格を重ねていく。

そのたびに緊張がほぐれ、最後尾に並ぶ僕の胸にも、じわじわと安堵が広がっていく。

 

やがて僕の名が呼ばれる。

 

僕の名が呼ばれた瞬間、教室ではなくアリーナ全体にわずかなざわめきが広がった。

(……やっぱり注目されてるな。けど、別に見せ場を作る必要はない。淡々と、完璧にやるだけだ)

 

デバイスに手をかざし、いつも通りのコマンドを入力する。

「――起動」

 

光が収束し、《ハクロ》が静かに姿を現す。派手さはないが、端整なシルエットが立ち上がるだけで、その場の空気がわずかに引き締まるのを肌で感じた。

 

「前進」

「回避」

「攻撃動作」

 

指先が迷うことは一切ない。

入力に応じ、ハクロは機械仕掛けの美しさをそのまま体現するように、滑らかに動作をこなしていく。無駄も躊躇もなく――ただ、正確に。

 

 

試験官が一つひとつの動きをチェックしているのが視界の端に映る。やがて頷きが重なり、最後の判定が下される。

 

「……合格」

 

その一言に、どこか当然だという空気が広がった。歓声も驚きもない。ただ「やっぱり」という納得。

 

僕は軽く息を吐き、デバイスを下ろす。

(これで終わり。……最初から分かっていたことだけどな)

 

静かな余韻を残して、僕は列へと戻っていった。

 

 

 

 

全員の実技試験が終わり、アリーナの緊張感がようやく解けていった。

僕のクラスは誰ひとり失敗することなく、全員が無事に終えたらしい。

霧島先生は腕を組みながら、いつもの冷静な声で告げる。

 

「ふむ……当然の結果だな。ただ、当然を当然のようにやり遂げたのは立派だ。全員、よくやった」

 

先生にしては珍しく柔らかい口調での労い。クラス全体から一斉に安堵の息が漏れた。肩をぐるぐる回す者、机に突っ伏して力尽きる者、控室の隅で小さくガッツポーズをする者――誰もが達成感に包まれていた。

 

その後のホームルームで霧島先生が告げる。

「明日は採点日だから、授業は休みだ。金曜日に結果を発表する。それと同時に、来月分のBP支給額も決まる」

 

ざわっ、と教室が揺れる。

BP――それはこの学園での生活に直結する血液みたいなものだ。パーツ、食事、資料、どれもポイントがなければ手に入らない。つまり稼げば稼ぐほど強く、豊かに過ごせる。逆に足りなければ、ただひたすら我慢と工夫の毎日。

 

 

 

 

(新しいパーツ……欲しいな。特にスラスター系と耐熱シールド。食費も馬鹿にならないし。結局、いくらあっても足りないんだよな……)

食事をしながら、先ほどの霧島先生が言っていたことを考えているとこの江が少しおずおずと声をかけてきた。

「あ、あの、、、」

 

箸を止めて彼女に視線を向けた瞬間、僕の生徒手帳が軽く震えてメッセージの着信音を鳴らす。

 

「ごめん、ちょっと」

断りを入れて画面を開くと――桃香からのメッセージだった。

 

《明日休みだし、みんなでお疲れ会しよー!》

 

いかにも桃香らしい明るい誘い。僕は迷わず「オッケー」とだけ返して、画面を閉じた。

 

「ごめん、この江。で、なんだっけ?」

 

この江は深呼吸して、勇気を振り絞るように言葉を吐き出した。

「……あ、明日……休みだから……て、テストお疲れ様ってことで……あ、あそ、遊びに行きませんかっ!」

やっとの思いで言葉に出来たっていう感じだった。

 

その必死な声に、僕の胸が少し痛んだ。

しまった――さっき桃香にオッケーしちゃったんだよな……。

「……あー、ごめん。明日もう誘われてて、予定入っちゃってるんだ」

 

一瞬で、この江の顔から血の気が引いた。

「……あ、あ、そ、そうだよね。だ、大丈夫。気にしないで……」

笑おうとしているけれど、声がかすれていた。

 

沈黙を破ったのは貴志だった。

椅子をきしませながら振り返り、耳まで真っ赤にして叫ぶ。

「こ、この江っ! お、俺、明日空いてるから! ご、ご飯でも行こうぜっ!」

 

この江は「あ、うん」と抜け殻みたいな声だったけど、それでも確かに返事をしていた。

 

貴志は僕の方を向いて、まるで英雄を見上げるような眼差しを送ってきた。

(いや……俺はお前のために断ったわけじゃないんだが)

心の中で苦笑しつつ、視線で「任せたぞ」と返す。

 

なんか知らんが、貴志は力強く頷いている。

まぁ結果オーライってことにしておこう。

 

 

 

 

寮の時計が10時を指していた。

僕は髪を手ぐしで整え、鏡の前で少しだけ姿勢を正す。

普段通りでいい――そう言い聞かせながらも、心のどこかで「少しでも良く見えたら」と思ってしまうのは否定できない。カーディガンを羽織り、スラックスの裾を整える。見た目には気取らないはずなのに、無意識に「デートっぽい」と思われないか気にしている自分がいる。

 

とはいえ、日頃の努力の成果でイケメンだがな!!

 

 

「お、出かけるのか?」

ベッドで寝転がっていたテッペイが片目を開けて僕を見た。

 

「うん。桃香に誘われて、お疲れ様会。商業区で待ち合わせなんだ」

なるべくさらっと答えたつもりだった。

 

「……はぁ? それって完全にデートじゃねぇか!」

テッペイが跳ね起き、布団を蹴飛ばす勢いで叫んだ。

 

「違うって。ただのお疲れ様会だよ」

否定するものの、言い方が少し力んでしまった気がする。

 

「はぁぁぁ……」テッペイは大袈裟に天井を仰いで溜め息をついた。

「俺も女子に誘われてぇ……。白夜、マジで羨ましいわ。なんでそうやって無自覚にフラグ立てるんだよ」

 

「立ててるつもりはないんだけどな」

苦笑しつつ靴を履くと、テッペイが妙に真剣な目でこちらを見送った。

 

「いいか白夜! “ただの会”なんだろ? 絶対にイイ雰囲気になって帰ってくるなよ! 報告聞かされる俺の心が死ぬ!」

 

「安心しろよ。何もないって」

軽く手を振って部屋を出る。背中に「くっそー!」と悔しげな叫びが響いた。

 

 

 

寮を出ると、春の日差しが目に染みた。まだ空気はひんやりとしているが、風に混じる匂いは確かに初夏のものだ。歩きながら、自然と心臓が速く打ち始める。

 

(いやいや、ほんとにお疲れ様会だ。ただの息抜き。……デートじゃない)

何度も心の中で繰り返す。けれど足取りは軽く、どこか浮ついているのを自覚してしまう。

 

 

もう来週には5月だ。

すこしずつ暖かくなってきたとはいえまだ肌寒い。

昼には暖かくなるんだけど、この時期の服は難しいな。

 

そんなことを考えながら待ち合わせの場所で待っていた。

 

「白夜君!」

背後から明るい声がした。振り返ると、飛び切りの美少女が片手を振りながら駆けてくる。

 

「待たせちゃったかな? 何着ていくか迷っちゃって」

少し息を弾ませ、でも笑顔は太陽のように眩しい。

 

桃香の格好は、初夏を感じさせるストリート系だった。オーバーサイズのグレーパーカーにショートパンツ。無邪気に駆け寄るたびにすらりと伸びた脚が光を反射する。

 

前に見たワンピース姿の可愛らしさとはまた違う、健康的でカッコ可愛い雰囲気に僕は思わず感心する。

 

「僕もさっき来たところだよ」

実際は30分以上前に来ていたなんて、とても言えない。

 

「よかったー」

ほっとしたように笑う桃香。その仕草が自然すぎて、見ているだけで胸がざわつく。

 

可愛いかよ。

 

「それじゃ、行こうか」

声が少しだけ硬くなった気がして、慌てて歩き出す。

 

「うんっ!」

弾む声で隣に並ぶ桃香。その軽快な足取りに合わせながら、僕は内心で苦笑する。

 

僕の横で歩いてる子めっちゃ可愛いかよ。

 

 




話を一気に進めたいっていうのもあるんですが、世界観や関係性をしっかり作って説明しておきたいし。うーん悩ましい。
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