スコルピオンの四脚が再び地面を叩きつけ、重低音がアリーナに響いた。砂煙が舞い、黒光りする装甲が鈍く光を返す。観客席のざわめきは高まり、次の瞬間を見逃すまいと視線が一点に集まる。
「ハクロ、速度を落とすな!」
僕の声に呼応するように、ハクロのスラスターが青白い光を放ち、床すれすれを滑る。わずかな隙間を縫い、針弾の雨をかろうじて回避していく。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
次々と突き刺さる巨大な針。床は砕け、破片がバリアに叩きつけられる。観客たちの悲鳴と歓声が混ざり合い、アリーナ全体が揺れているかのようだった。
「へっ、いいぞ王子!もっと踊れよ!」
三原先輩が挑発混じりに叫ぶ。その声は自信と余裕に満ちていた。
(……やっぱり正面からじゃ埒があかない。遠距離は削れない、近づけばクローとテイルが待ってる。なら――!)
僕は息を飲み、デバイスに指を叩き込む。
「ハクロ、加速!――死角に潜り込め!」
ハクロが急激に加速し、弾丸のように滑り込む。天井を擦りそうな高度から一気に反転、スコルピオンの背後を狙う。観客席から「おおっ!」とどよめきが起きた。
高三原先輩が口の端を吊り上げる。
「どうした、王子!お前の必勝パターン、空取ってチクチク削るやり方だろ?――そんなとこまで下りてきたら、捕食するぜ!」
直後、背中のテールユニットがしなり、まるで鞭のように空を裂いた。
「《メカニカルスティンガー》、捕らえろッ!」
「回避!!」
針の先端が伸び、回避しきれなかったハクロの脚をかすめる。
警告音が耳を突く。
冷却系統の表示が真っ赤に点滅し、数値がじりじりと下がっていく。
(やっぱり……当たれば冷却性能を削がれるのか! 一撃でも致命傷になり得る……!)
背筋に冷たいものが走る。
「でも……ここで怯むわけにはいかない!」
僕は自分に言い聞かせるように声を張り上げ、次の指示を入力した。
「ハクロ、旋回しろ!奴の死角を奪い続けろ!」
白と黒の残光が弧を描き、ハクロは円を描くように機動する。スコルピオンの視線を翻弄しながら、ビームガンを撃ち込む。火花が散り、黒い装甲に小さな傷が積み重なっていく。
「小細工ばっかしてんじゃねぇぞ、王子!」
スコルピオンの四脚がさらに地を踏み鳴らし、砂煙が舞い上がる。
その重低音はまるで闘技場全体を揺らす太鼓のようで、観客席からも思わず息を呑む気配が伝わってくる。
「スティングガン、連射だぁッ!」
三原先輩の声が響いた瞬間、スコルピオンの左腕から針弾が矢継ぎ早に発射される。
弾道はさっきよりも散布範囲が広く、逃げ場を削り取るように前方一帯を覆った。
「ハクロ、回避!――宙返りだ!」
僕の声に、ハクロが背中のスラスターを最大出力。
黒白の残光を描きながら宙を反転し、針弾を紙一重で避ける。
床に突き刺さった針が連続で爆ぜ、アリーナの床材が弾け飛んだ。
(……やばい。持久戦はこっちが不利だ。あの硬さ、削り切る前に捕まる)
冷却系統の表示に一瞬赤いランプが点滅する。さっき掠めた《デッドリースティング》の影響だ。
長引けばオーバーヒートが現実になる。
「ハクロ……ここだ、一気に決める!」
僕は指先を走らせ、即座に連続入力を叩き込む。
ハクロが機体をひねりながら急降下、砂煙を巻き上げつつスコルピオンの懐へ潜り込む。
三原先輩がすかさず《ヴェノムクロー》を振りかぶった。
「捕まえたぁっ!!」
だが、その瞬間。
「逆噴射――回り込め!」
ハクロが床すれすれに急制動、まるで地を滑る影のように横へ流れ、クローの軌跡を躱す。
「なにっ!?」三原先輩の顔が歪む。
――背面だ。
「今だ、ハクロ!――スキル《ゴースト・ペネトレイト》!!」
スコルピオンの背中に深々と突き刺さったハクロのエストックが、黒い火花を散らしながら鈍い軋みを響かせる。
だが、まだ決定打には至っていない。
「おおおおおっ!」
三原先輩の叫びと共に、スコルピオンの四脚が地を蹴り、巨体が暴れる。振動がアリーナの床を伝い、観客席まで揺さぶった。
背後を取ったはずのハクロが、その勢いに巻き込まれそうになる。
(やっぱり簡単には倒れないか……! さすが先輩ってことか、相当やり込んでる!)
だが、僕の指は止まらない。
「ハクロ、エストック保持! 切り返しだ、推力で抉れっ!」
白と黒の機体が低く唸りを上げ、スラスターが青白い炎を吹く。エストックがさらに奥へ押し込まれ、スコルピオンの背装甲を裂く音が響いた。
だが同時に――右腕の《ヴェノムクロー》が振り上げられる。金属の指が赤熱し、ヒート液が滴り落ちて床を焼いた。
「喰らえぇぇぇっ!!」
三原先輩が叫び、クローがハクロの胴を狙って振り下ろされる。
「ハクロ、捨てろ!!」
僕は反射的に叫ぶ。
エストックを突き刺したまま、ハクロが左スラスターを吹かす。急激な横滑りで胴を逸らし、クローの直撃を辛うじて外す。
だが、掠めただけでも装甲が焦げ、熱警告が鳴り響いた。
(やばい……! 一発もらえば確実にオーバーヒートする! 次はない!)
観客席からは悲鳴と歓声が入り混じる。防御バリア越しに散った火花が鮮やかに照り返り、会場の熱気をさらに高めていた。
三原先輩は額から汗を滴らせながら、それでも不敵に笑った。
「やっぱ強いんだな、王子! だが……そのビームじゃ俺は落とせねぇよ!」
スコルピオンの左腕、《スティングガン》が唸りを上げ、鋭い針弾の銃口がハクロに狙いを定める。
会場全体の空気が凍りついた。誰もが次の一撃を見逃すまいと息を呑んでいる。
(背中に刺したエストックはまだ生きてる……! なら――!)
「ハクロ、右回りで旋回!」
僕の声と共に、ハクロが疾風のように弧を描いて駆ける。白と黒の残光が舞い、スコルピオンの周囲を高速で旋回する。
「逃がすかぁぁッ!」
三原先輩が吠え、スティングガンが火を噴く。
ドンッッ!!
針弾が閃光を伴って飛び、空気を裂いた。
「――今だ、持ち上げろ!」
寸前で弾丸を躱したハクロが、背に突き刺したエストックの柄を掴む。
同時に背部スラスターが青白い炎を爆発的に吹き上げた。
「なっ……なんだとっ!?」
三原先輩の驚愕の声が響いた。
四脚の巨体スコルピオンが、エストックを支点にして宙へと浮かび上がる。
ハクロが全推力を乗せ、持ち上げる。
ズズッ……! 金属の悲鳴が響き、巨体が頭上へと舞い上がる。
「スコルピオンを……空に持ち上げやがった……!?」
観客席から悲鳴混じりの歓声が爆発する。誰も予想していなかった展開に、全員が立ち上がって叫んでいた。
「先輩……パイルドライバーって知ってますか?」
僕の口元に自然と笑みが浮かんだ。
次の瞬間――。
ハクロが抱え上げたスコルピオンを反転させ、頭からアリーナの砂床へ叩き落とす。
ドゴォォォンッッ!!
轟音と共に砂煙が大きく舞い上がり、床が砕ける衝撃が観客席まで伝わる。
スコルピオンの巨体が砂に沈み込み、テールがぴくりとも動かなくなった。
「そんなん…しらねぇよ…!」
三原先輩の呻きが漏れ、やがて沈黙する。
静寂を破ったのは、アナウンスの声だった。
「――勝負あり! 勝者、白夜!」
会場全体が揺れるほどの歓声が爆発する。
「やった!」「一年が勝ったぞ!」「“空の王子”だ!!」
観客たちの叫びが波のように押し寄せる。
ライトに照らされたフィールドの中央。
荒い息を整える僕の目に映ったのは、静かに武器を収め、なおも姿勢を崩さず立つハクロの姿だった。
白と黒の装甲は所々焦げ付き、脚部やスラスターには明らかに負荷の痕跡が残っている。
(……危なかった。――これが上級生か、でも確かに前へ進めた)
僕は深く息を吐き、前に歩み出る。
「三原先輩、対戦ありがとうございました!」
礼を尽くして頭を下げる。
三原先輩は、頭をぐしゃぐしゃに掻きながら苦笑した。
「あーっ! 1年に負けんのかよ俺! 情けねぇなぁ!」
声を張り上げて悔しそうに叫んだが、次の瞬間には表情を切り替える。
「でもよ、お前マジで強かったぜ! 次の試合あっさり負けんなよ。俺が雑魚扱いされるだろ? 頑張れよ」
その声には嫌味が一切なく、むしろ清々しいほどの明るさがあった。
「ありがとうございます!」
僕も自然に笑顔になり、深く頭を下げる。
「おー! 応援してるからな!」
三原先輩は軽く手を振りながら、観客席の声援に混ざって退場していった。
(いい先輩だったな。見た目はちょっと昔のバンドマンみたいだったけど…)
そう思いながら、僕もフィールドを後にする。
背後でまだ歓声が続いているのを感じながら、緊張で汗ばむ手をゆっくり握り直した。
だが、すぐに現実がのしかかる。
視線の先にあるハクロの背中――ジェットパックのスラスター部分が焦げ付き、熱変形したプレートがわずかに歪んでいた。
(……やっぱりダメージが大きい。持ち上げたのはやりすぎたか、思った以上に負担がかかってる)
胸の奥に冷たいものが落ちる。
今は立っているけど、このまま次の試合に臨んだら確実に危ない。
「一旦……実習棟に行こう」
小さく呟き、ハクロを呼び戻す。
白と黒の機体が光に溶けるように消えていく。
僕はその余韻を見届けると、早足で会場を後にした。
(修理班に見てもらわないと……次の戦いに繋がらない)
試合の高揚感の中で、冷静な焦りがじわじわと広がっていく。
*
実習棟に足を踏み入れると、油と金属の匂いが混じった独特の空気が鼻を突いた。
奥では整備班の上級生たちが忙しなく動き回り、レンチの音や溶接の光が絶え間なく響いている。
僕は受付に駆け寄り、声を張った。
「すみません!緊急で修理お願いしたいんです!」
受付の職員がタブレットを片手に顔を上げる。
「いつまでに? どのくらいの損傷? 学年と名前は? あと、担当してほしい先生いる?」
矢継ぎ早に問いかけてくる。
「あと三時間後に試合があるんです。損傷は……このくらいで」
そう言って、僕はデバイスを操作し、目の前にハクロを召喚する。
ドックに収まった瞬間、白と黒の装甲の背に大きな焦げ跡が浮かび上がり、スラスター部分は歪んでひしゃげていた。
受付の人は顔をしかめる。
「……あー、これは思ったより深刻だな。ちょっと待って」
タブレットを操作して、ここなら今いけるかとつぶやきすぐに電話をかけ始めた。
「お疲れ様ですー。緊急で整備いけますか? ……はい、はい。了解です。じゃあお願いしますー」
通話を切ると、僕に向き直る。
「螺子川(ねじかわ)ラボに行って。そこで見てもらえるってさ」
「ありがとうございます!」
深く頭を下げて、僕は急いで指示された奥へと向かう。
*
実習棟の奥に「螺子川ラボ」と掲げられた分厚いドアがあった。
ノックして中に入ると、機械油の匂いが一層濃くなり、作業台の上には分解されたスラスターやパーツが散乱している。
三人ほどの上級生が作業に没頭していて、その手元を蛍光灯が照らしていた。
「失礼します! 一年の白銀です。受付で、ここで修理お願いできるって聞いたんですけど」
振り返ったのは、ツナギのチャックを半分ほど下げたままの女性。
「いらっしゃいー。緊急だって? 見せてみなー」
間延びした声に、豊かな胸元がちらりとのぞく。え?ブラ見えてませんか?!
――ネジかわよ先生。
僕が密かに「この人の授業はどんな体調でも絶対行く」と決めている人気の先生だ。
「はい!お願いします!」
僕が答えると、上級生たちも顔を上げ、ハクロをドックに収める準備を手伝ってくれる。
装甲が外されると、背部のスラスター周りが黒く炭化しているのがはっきりと見えた。
配線も何本か焼け焦げ、冷却系統には亀裂が走っている。
「おー……けっこう来てるねぇ。三時間は厳しいかなー」
ネジかわよ先生が顔を覗き込み、ため息混じりに言う。
「カップ戦に間に合わせたいんです。どうにか間に合いませんか?」
(……くそ、やっぱりさっきので無理をさせすぎたか)
「ジェットパックのスラスターは致命的だねー。無理して使ったら爆発してもおかしくないよー」
工具を手にした先生は、冷却管を軽く叩いて見せる。
「しかも冷却系統も歪んでるー。オーバーヒート率、かなり上がっちゃってるはずだよー?」
上級生のひとりが声を上げる。
「予備パーツとか持ってないんですか?」
「すみません……今はないです」
「俺たちもジェットパック系の修理経験、まだ少ないんだよな」
「少なくともスラスターは……明日の午前中いっぱいもらってもどうかって感じ」
「だよねー」
ネジかわよ先生は顎に手を当てて考え込むと、僕に視線を向けた。
「白銀くん、どうしても今日カップ戦に出たいんだよねー?」
「もちろんです!」
迷いなく答える。
「ならー、ジェットパックは諦めよー。それ以外ならサクッと直してあげられるよ」
先生の口調は相変わらず緩いのに、その眼差しだけは真剣だった。
僕は大きく息を吸い込む。
ハクロはドックに固定されて修理を待っている。
「……お願いします。ジェットパック抜きでも戦えるようにしてください!」
僕の声に、整備班の上級生たちが一斉に頷いた。
「よし、やるぞ!」
「三時間あれば、なんとか形にはできる!」
「修理依頼受領したよー。じゃあ後は金成とよろしくー」
ネジかわよ先生は気楽な声を残しながらも、すでに作業に没頭する二人の上級生と共にハクロの背面へ向かっていく。
ツナギの裾が翻り、軽い調子とは裏腹に的確な指示が飛ぶ。