ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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25話

 その場に取り残されたのは、僕と――ひとりの先輩だった。

「2年の金成です。それでは、修理作業の詳細を詰めていきましょう」

 スチャ、と彼女は無駄のない仕草で眼鏡を押し上げ、机を手で示した。

 

「はい」

 僕は頷き、向かいの椅子に腰を下ろす。

 

 金成先輩はタブレットを開き、指先で軽やかに操作を始めた。画面には修理予定の一覧やパーツの在庫データがずらりと並んでいる。

「まず修理作業ですが、ジェットパックは余裕を持って明日いっぱいにしましょう。他の部分は三時間で応急処置を施します。ただし完全修理ではなくあくまでも“繋ぎ”。試合が終わったら必ず再持ち込みしてください」

 淡々とした声。けれどその一言一言に重みがある。

 

 僕は真剣に頷いた。

「……了解です」

 

「それと。背部パーツは空白にできません。こちらで代替品を用意しましょうか?それとも、今すぐ別の場所で購入してきますか?」

 

(そうだ、背中を完全に外したまま戦場に出るわけにはいかないんだった)

「ここで取り付けてもらえるんですか?」

 

「もちろん。ここはラボですから」

 金成先輩は眼鏡の奥の瞳をわずかに和らげる。

 

「ジェットパック自体はありませんが、機動性を補助する背部ユニット、あるいは攻撃系の追加兵装ならある程度揃っています。ここで開発中の新型もあり、レンタルも可能です。もちろん壊した場合は買い取りですが……どうされますか?」

 

 僕はしばし考えた。

(外の店で探すより、このラボで扱っているものを見せてもらった方が確実だ。今後だってこういう緊急事態がないとは言い切れないし……)

「カタログ、見せてもらってもいいですか?」

 

「分かりました」

 金成先輩は席を立ち、棚から分厚い冊子を取り出す。表紙には「ねじかわラボ」と丸っこい可愛いフォントで印字されていた。

「どうぞ。軽量級の機体に適性があるのは、この範囲ですね」

 ページの角を折って示してくれる。

 

 

「ありがとうございます」

 僕は礼を言い、ページをめくっていった。

 

 並んでいるのはホバー補助ユニット、短距離加速用のダッシュブースター、簡易シールドを展開できる背部パーツなど。

(機動力を補うのは魅力的だけど……飛行性能の下位互換ばかりだ。操作性を考えると無理に増やすのも危険だし……)

 

 うーん、どうしよう。

 カタログをパラパラとめくっていくと、不意に目を引く装備があった。

 ページの端に掲載された特殊兵装。そこに映るシルエットが、直感に訴えてくる。

 

(……これだ。確かにジェットパックの代わりにはならない。けど、俺のスキルと組み合わせれば“一発芸”として決められるかもしれない)

 

 僕は顔を上げ、強い声で告げた。

「金成先輩、これって取り付けできますか? あと、右腕も変えたいんです。エストックを外して、このパーツに」

 

 金成先輩は一瞬目を細め、タブレットに目を落とす。

「……なるほど、コンセプトは理解できます。ただ方向性が今までとまったく違いますよ?リスクは大きいと思いますが」

 

「大丈夫です。これがいいんです!」

 

 金成先輩は小さく息を吐き、やがて肩をすくめた。

「いいでしょう。ただし、合わせると費用は十万近くになります。それでも払えますか?」

 

「問題ありません!お願いします!」

 

 その即答に、彼女は小さく笑った。

 

「分かりました。あなたの覚悟は伝わりました」

 立ち上がった金成先輩は、作業台にいるネジかわよ先生に声をかけ、変更内容を手短に伝える。

 

 先生はこちらを振り返り、豪快に親指を立てた。

「オッケー!間に合わせるから待ってなー!」

 

 横にいた上級生たちもそれに倣ってサムズアップ。整備棟に活気が走る。

 

「お願いします!」

 僕も思わず頭を下げた。

 

 

 

 *

 

 

 

 席に戻ってきた金成先輩に改めて視線を向ける。改めて見ると、真面目そうなおかっぱ頭に眼鏡、胸は……まったく平坦。ネジかわよ先生との落差がすごい。

 

(世界って残酷だな……)

 

「何か?」

 冷たい視線が突き刺さる。

 

「い、いえ!何でもないです!」

 

「お茶を入れますので、座っていてください」

 淡々とした声に従い、僕は素直に頭を下げた。

 

 

「はい。」反省した。いい人だ。

 

「金成先輩は作業しないんですか?」

 

「私は試作パーツのテスター兼経理ですから。整備は任せます」

 

「そういう役割もあるんですね」

 

「ええ。リーグ戦やカップ戦で好成績を残せば、どのラボからも勧誘が来ますよ。腕のいいテスターは常に求められています」

 

 

 

(……バトルも強いってことか。しかも貧乳メガネ属性で強キャラ……盛りすぎだろ)

 

 感心していると、金成先輩は柔らかく笑った。

「白銀君も、この時期にカップ戦に出ているだけで驚きです。それにもう一勝しているなんて、滅多にないことですよ」

 

「ありがとうございます」

 

「それに、パーツ選びの決断力。あれはいいですね」

 すっと視線を向けられ、思わず背筋が伸びる。

 

「大丈夫です。腕のいい人たちですから。――安心して任せてください」

 

 ラボに響く工具音を聞きながら、僕は静かに頷いた。

 次の戦いに間に合わせる。そのために、彼らに全てを託すしかなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 

 金成先輩の指先が、机の上で淡々とカップを扱う。

 湯気の立ちのぼる湯呑みを僕の前に置く動作まで、無駄がない。

「どうぞ。熱いので気をつけてください」

 

「ありがとうございます」

 両手で受け取りながら、思わずじっと見つめてしまう。

(……やっぱり落ち着いてるな。雰囲気が大人っぽいというか、二年生でも別格に見える)

 

 整備場の奥では、ハクロに取りついた上級生たちが次々と部品を外し、計測器を繋ぎ、汗を流しながら作業している。火花が散るたびに金属の匂いが濃くなり、その音がまるで鼓動のように響く。

 

 金成先輩は湯呑みに口をつけ、静かに息を整えてから言った。

「……カップ戦は特別です。普通のリーグ戦とは違い、観客もスポンサーも注目しています。勝敗はもちろんですが、“どう戦ったか”が評価に直結します。そこを忘れないように」

 

「……どう戦ったかですか?」

 繰り返すように呟き、僕は自分の拳を握る。

 

「そうです。あなたがさきほど選んだパーツ。あれは結果が出れば、飛ぶだけではない実力があると評価されるでしょう。逆に、結果が出なければ――ただの空を飛びまわるだけのハエ、と」

 眼鏡の奥の瞳が鋭く光り、背筋がぞくりとした。

 

 

「……言葉が厳しいですね」

(いや、マジで厳しいな!ハエは言いすぎじゃありませんか?!)

 

「ですが、その厳しさこそ価値です」

 彼女は淡く笑みを浮かべ、眼差しを少し和らげた。

「白銀君。あなたはきっと伸びますよ。選択に迷いがなかった。そこが一番大事です」

 

 言葉のひとつひとつが真っ直ぐで、揺るぎない。

(……なるほど、ただの“経理”じゃない。実際に戦ってきた人間の言葉だ)

 

「金成先輩は、バトルもされてるんですか?」

 気になって訊いてみると、彼女は小さく頷いた。

 

「ええ。学年上位に残る程度には。ですが今は裏方に回るほうが多いですね。……私は、目立つより支える方が性に合っているので」

 

 その横顔は穏やかで、でも芯の強さを隠そうともしない。

(……なんか、格好いいな。こういう先輩もいるんだな)

 

「修理が終わるまでに、少しでも体を休めておきなさい」

 そう言って再び机に目を落とす金成先輩。

 

 僕は頷き、湯呑みを口に運んだ。

 温かい茶の香りが広がり、少し緊張していた心が解けていく。

 

 奥で鳴り響く工具の音は、ハクロが再び立ち上がる証のようだった。

(間に合わせる。そう信じて、ここは任せるしかない)

 

 僕は深く息を吸い、視線を前に向けた。

 

 

 

 *

 

 

「できたー!」

 ネジかわよ先生が派手にスパナを振り上げ、満面の笑みで声を上げた。

「2時間と40分!予定よりちょっと早い!間に合ったぜー!」

「ばっちりだー!」整備班の先輩たちもハイタッチを交わす。

 

 その様子に、僕の胸が熱くなる。

(……本当に間に合わせてくれたんだ)

 

「無事に終わったようですね。白銀君、こちらへ」

 金成先輩が静かに席を立ち、手で僕を促す。その落ち着いた声に従い、僕は歩みを進めた。

 

 ドックの中央――そこに立つのは、見慣れたはずのハクロ。

 だが、姿はまるで別物だった。

 

「どうだー白銀くん!」

 ネジかわよ先生が腕を広げて誇らしげに言う。

 

「リニューアルされたハクロだよ!一発勝負専用!突撃型の浪漫仕様だー!」

 

 

 目の前のハクロは、背中に巨大なロケットブースターを新たに搭載していた。

 従来のスラスターとは比べ物にならない推力を誇る補助機構で、ただ直線の加速だけに全てを賭ける設計。

 

 さらに右腕には、軽量なエストックではなく――騎士が構えるような長大なランスが取り付けられている。鋭く、重く、ただ突き破るためだけに存在する武装だ。

 

「……これが、空を飛べなくなった俺の答えか」

 呟きが自然と漏れる。

 

 ハクロは静かに立っていた。黒と白の装甲が新しい金属の輝きを受け止め、ランスの穂先がライトに反射して鋭い光を放つ。

 その姿はまるで騎士の槍騎兵――一撃必殺の戦士だった。

 

「思ってたより……かっこいいですね」

 素直な感想が口から出た。

 

「だろー?君の指示どおり、直線の爆発力に全振り!飛べなくても地を駆け抜けて刺し貫く、“地上騎士”ハクロの完成だ!」

 ネジかわよ先生が胸を張って笑う。あ、ぽよぽよ揺れてる。

 

 横で金成先輩が補足する。

「ただし、注意もあります。これは応急の組み合わせですから、耐久性は完全ではありません。ブースターも長時間の使用は不可能。――使うなら、一撃で。」

 

「はい、分かりました」

 僕は真剣に頷く。

 

 胸の奥に熱いものが湧き上がってくる。

(飛べなくても……まだ戦える。いや、それどころか、新しい武器を手に入れたんだ)

 

「どう、白銀君?」

 金成先輩が眼鏡を直しながら、冷静な声で尋ねる。

 

「はい……正直、思ってた以上にかっこいいです」

 言葉が自然と口をついて出た。

 

「でしょー!あたしのセンスもなかなかだろ?」とネジかわよ先生。

 

「先生、途中まで“ネジかわフォント”で遊んでただけじゃないですか……」と作業をしていた先輩が小声で突っ込み、作業場にくすっと笑いが広がる。

 

 僕はハクロに歩み寄り、右腕のランスにそっと手を添えた。ひやりとした金属の感触が、心臓の鼓動をさらに速める。

「よし……これで戦える。」

 

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ軽く動かしてみてー」

 ネジかわよ先生の掛け声と同時に、例によってお胸様が揺れた。いや、今はそこに惑わされている場合じゃない。

 

 デバイスを操作し、ハクロのシステムに指令を送る。

 ――ガシャン。

 ハクロが新しいランスを構え、一歩、二歩と踏み出す。だがすぐに違和感が走った。

 

「……重い」

 右腕に取り付けられた長大なランス。その重量が機体全体のバランスを崩し、歩くだけで右へと傾く。脚部の補正が追いつかず、軌道が妙にぶれていた。

 

(むむむ……これ、いけるのか?)

 冷たい汗が背中を伝う。いつもより操作入力が数テンポ遅れる感覚。まるで利き腕に無理やり重りを括りつけられたようだ。

 

「右腕の重量でバランスシステムがあってないねー。機体制御が追いついてないー」

 モニターを覗き込んだネジかわよ先生が呑気に言う。

 

(やっぱり……でも、やるしかない)

 僕だけじゃ無理だ。心の中で声を投げる。

《ハクロ、制御を手伝ってくれ》

 

《承知した、マスター》

 即答が返る。システムの同期率がわずかに上昇し、揺れが少しずつ収まっていく。

 

 ハクロの制御テストを終えた僕は、大きく息をついた。

 右腕のランスは圧倒的な存在感を放っていたけれど、そのぶん制御は思っていた以上にシビアだった。

 一歩間違えれば、機体が傾きバランスを崩す。慣れるまでに数分はかかったが、ハクロと心を合わせることでようやく安定させることができた。

 

「――よし、これなら」

 歩行から小走り、さらに軽い突きの動作まで。五分ほど慣らしてようやく腕と機体のリズムが噛み合い始めた。

 右腕は重い。だが、推進力と合わせれば――一撃の破壊力は桁違いになる。

 

 

 小さく呟いたその時、ラボの時計を確認した金成先輩が僕に声をかけてきた。

 

「白銀君、そろそろ次の試合会場に移動しないと時間に間に合いませんよ」

 その冷静な一言に、心臓が跳ねた。

 

「やばっ!ありがとうございます!行ってきます!」

 慌ててデバイスを操作し、ハクロを格納。整備班の人たちへ深々と頭を下げた。

 

「応援してるからねー!」とネジかわよ先生がひらひらと手を振る。その胸の動きに一瞬目を奪われつつも、僕は必死に視線を逸らす。

 

 金成先輩は眼鏡を押し上げながら、ほんの少し柔らかく微笑んだ。

「はい。頑張ってください。――いい方向へ進むことを期待しています」

 

 

 僕は深く頭を下げてラボを飛び出す。

 走りながら思う。

 

(負けられない。ここで負けたら、整備してくれたみんなに合わせる顔がない……!)

 

 ライトに照らされた廊下を全力で駆け抜け、次なる舞台――再戦のアリーナへ向かっていった。

 

 

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