ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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27話

 礼に始まり、礼に終わる。

 僕は深く頭を下げ、声を張った。

「対戦ありがとうございました!」

 

 視線を上げると、統計寺先輩はまだ膝をついたまま、タブレットの画面を凝視していた。

「……データだ……誤差が……ありえない……確率は……収束するはず……」

 唇が小さく震え、指先で必死に何かを入力しているが、その声は自分自身へ言い聞かせているようで、こちらの礼には届かない。

 

(……最後までデータに縋ってるのか。先輩にとっては、勝敗そのものよりも“理論が破れたこと”の方が衝撃なんだろうな)

 

 観客の歓声がまだ鳴り止まぬ中、僕は静かに視線を前へ戻す。

 胸の奥で鼓動がまだ荒く響いている。けれどもう迷いはなかった。

 

「次に備えないとな」

 小さく呟き、フィールドを後にする。

 

 よし、ネジかわよラボだ。

 ハクロを預けて修理してもらわないと――。

 

 

 *

 

 

 足早にアリーナを後にし、実習棟の奥――螺子川ラボの扉を押し開けた。

「失礼します!」と声をかけて中へ入った瞬間、思考が停止する。

 

 視界に飛び込んできたのは、机の上に無造作に置かれた工具や部品……ではなく、布越しに主張する大きな果実を覆うブラジャー姿の女性。

 そうだ、よりによって――ネジかわよ先生が着替えの真っ最中だった。

 

(……え、マジか。いや、目のやり場が……でも、これは……)

 唖然としたまま、数秒が永遠のように感じられる。理性では「すぐ謝れ!」と警鐘が鳴っているのに、身体は動かず、脳裏に焼き付けるように視線が吸い寄せられてしまう。

 うん。僕も男だ。謝った方がいいんだろう。しかしこの光景を目に焼き付ける、それも大事だとそう思ったんだ。

 

 

「……白銀くん?」

 少し間延びした声が飛ぶ。先生は涼しい顔のまま、肌色の果実を覆ったブラに上着を羽織りながらこちらを見た。

「そこはねー、『すみませんでしたー!』って慌てて出ていくところだよー?」

 

「す、すみませんでした! ……なんか、もったいなくて」

 慌てて頭を下げつつも、本音が口を突いて出る。

 

 先生は目をぱちくりさせたあと、呆れたようにため息をつく。

「素直だねー。まぁ、ここで平然と着替えてた先生も悪いかー」

 

 

「はい、そうですよね。不可抗力ですから、しょうがないですよ」

 

「いやー、それは君の口から言う台詞じゃないからねー」

 ネジかわよ先生はじと目を向けてきて、ため息をついた。

 

「……でも、ありがとうございました。なんか……明日も頑張れそうです!」

 胸を張って言うと、先生は大きくため息を吐き、額に手を当てる。

 

「なにでやる気になってるんだいー。はぁぁ……ほんとにもう」

 

「やれやれ……。それで? 試合はどうだったんだいー?」

 先生は工具の上に肘をつきながら、何気ない調子で問いかけてきた。

 

「勝ちました!」と胸を張ると、ネジかわよ先生の口元にゆるい笑みが浮かぶ。

「ふふーん。顔見ればわかるよー。いい試合してきたんだねー」

 

「はい!あの……今日、ここにハクロを預けたいんです。明日に備えて整備をお願いしたくて」

 

「おっけーおっけー。ハクロを置いていきなー。明日にはばっちり仕上げとくからさー」

 豪快に笑うその姿に、さっきまでの気まずさが少しずつ薄れていく。

 

「ありがとうございます!よろしくお願いします!」

 僕が深く頭を下げると、先生は肩をすくめて片手を振る。

 

「まったく……君もそういうところあるんだねー。まぁ、その素直さで明日も頑張りなー」

 

「はい!明日も勝ちます!」

 

「……何でやる気になってるんだかねー」

 大きくため息をつきながらも、ネジかわよ先生の声色はどこか嬉しそうだった。

 

(……体にちからが漲ってくる。ネジかわよ先生ありがとう、明日は絶対に勝ちます)

 胸の奥で決意を強くしながら、ラボを後にした。

 

 

 

 *

 

 

 

 ウキウキした足取りで食堂に立ち寄り、いつもより豪華にカツカレーとデザートのプリンを追加して夕食を平らげた。

 口の中に広がる満足感と、今日の試合で得た充実感が相まって、まるで世界が輝いて見える。

 

「今日は勝ったんだから、このくらいご褒美だろ」

 小さく呟きながらスプーンを口に運ぶと、自然と笑みがこぼれてしまう。

 周囲の友人たちから「あいつなんかニヤけてるぞ」と囁かれているのは耳に入っていたけれど、そんなのどうでもよかった。

 

 

 夕食を済ませて寮に戻ると、部屋の端末に通知が点滅していた。

 デバイスを起動すると――画面に「本日獲得BP」の項目が浮かび上がる。

 

「おお……!」

 思わず声が漏れる。

 1回戦勝利で 1万BP、2回戦勝利で 3万BP。合計で4万BPが振り込まれていた。

 数字を眺めるだけで、胸が熱くなる。

 

「これが積み重なれば……確かに上級生が100万BP超えるのも納得だな」

 しみじみと呟く。これまで遠い世界だと思っていた金額が、ほんの少し手の届くものに感じられる瞬間だった。

 

 ――と、そこで背後から声が飛んできた。

 

「なにニヤけてんだよ、白夜」

 振り返ると、机に座って参考書を広げていたテッペイがじと目でこっちを見ていた。

 

「え、いや……ちょっとな」

「どうせまた勝ち上がったんだろ? わかりやすいんだよお前は」

 

 テッペイは苦笑しながら椅子を回転させ、軽く拳を突き出してきた。

「ま、とにかくおめでとー」

「おう、ありがとう」

 拳を合わせると、ほんの少し誇らしい気持ちが胸に広がる。

 

 その後、彼は再び参考書に視線を落としたが、僕はベッドに仰向けになりながら天井を見つめた。

(……いや、今日一番頭から離れないのは、ネジかわよ先生なんだけどな)

 

 作業場で見てしまった、肌色とたわわな……いやいや、思い出すな僕!

 顔が熱くなるのを感じながら、枕で頭を覆った。

 

(明日も試合だってのに……こんなモチベーションの上がり方ってどうなんだ……)

 

 苦笑しつつも、心の奥では「これでまた頑張れる」と確信していた。

 そう、今日一日は間違いなく最高だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日朝から螺子川ラボへ向かう。

 

 螺子川ラボの重厚な扉を開けると、昨日以上に熱気と油の匂いが濃く漂ってきた。

 作業台の上には大小様々なパーツが山のように積まれ、火花が散るたびに金属音がラボ全体に響き渡る。昨日よりも作業員は増えていて、先輩たちがそれぞれの持ち場で工具を振るっていた。

 

 視線を向けると、中央の机に座る金成先輩がすっと立ち上がり、眼鏡を押し上げる仕草でこちらを迎えてくれる。

「白銀君、おはよう。昨日は見事に勝ったみたいね。おめでとうございます」

 

 

「おはようございます」僕は頭を下げ、真っ直ぐに答える。「せっかく直してもらったんです。負けるわけにはいかないですから」

 

 その言葉に、整備班の先輩たちがちらりとこちらを振り返り、ニッと笑みを浮かべる。ネジかわよ先生も溶接面を外し、手を振って応援するようにひらひらと手を振ってきた。

 

 だが、金成先輩の表情は穏やかから一転、神妙な色を帯びる。

「それでは……いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたいですか?」

 

 

(うわ、こういうの心臓に悪いんだよな)

 迷いつつも僕は息を整え、「じゃあ、いい知らせからで」と答える。

 

 金成先輩は小さく頷き、手元のタブレットを操作してから言った。

「いい知らせは、ハクロの修理は一通り終わりました。昨日の損傷は、補強と再調整で応急ではなく“実用レベル”まで戻せています」

 

 その言葉に胸が熱くなる。

「本当ですか!ありがとうございます!」

 

「ええ。ただし――悪い知らせもあります」

 金成先輩は言葉を切り、タブレットをこちらに向けて見せた。そこにはスラスター系統の部品リストと、赤字で点滅する「未入荷」の文字。

 

「ジェットパックの修理は、まだ完了していません。内部ユニットに欠損が見つかり、校内の在庫では対応不可能でした。外部から購入する必要があり、その費用は……およそ2万BPになります」

 

「……2万」思わず小さく繰り返す。

 昨日の勝利で得た4万BPが頭に浮かぶ。計算上は払えなくもない。けれど、これはまだ“修理費用”にすぎない。今後もカップ戦やリーグで損傷すれば、同じように出費はかさむだろう。

 

(今日も突撃ランスでどうにか凌ぐしかないってことか。ジェットパックがない分、戦術の幅は狭い。厳しいな……)

 

 思わず黙り込む僕に、金成先輩は冷静な声で続けた。

「白銀君、これから先もカップ戦に出場するつもりなら、予備のパーツを確保しておくことは必須です。学内リーグにだって影響しますし、同じパーツを使い続けると機体の負荷もどんどん大きくなっていく。結果として修理費が跳ね上がり、機体寿命を縮めることになる」

 

 

「……そうですね」僕は深く頷いた。

 頭の中で昨夜の試合を思い出す。突撃の一撃は決まった。だが、それは偶然の要素も重なった結果だ。相手のデータ読みを逆手に取ったに過ぎない。安定して勝つには、機体そのものの信頼性が必要だ。

 

「普通はね、こういうことに気づくのは一年生でも後期に入ってからです。リーグを何十戦も戦い抜いて、初めて分かる痛みですよ」

 金成先輩はふっと口元を和らげる。「君は少し早いだけ。その分、学ぶ機会も得られた。悪くはないでしょう?」

 

 その言葉に、肩の力が抜ける。

(確かに……負けて元々で挑んでるんだ。今回分かったことがあるなら、それだけで収穫だよな)

 

「ありがとうございます。ちゃんと考えて、これから備えていきます」

 

 ラボの奥では、ネジかわよ先生がにかっと笑いながらスパナを振り上げる。

「まーた一歩成長したなー、白銀くん! いいねぇ、若いって!」

 

 工具音と笑い声が混ざり合う整備棟の中で、僕は改めてハクロの背中を見た。

 真新しいランスと補強された装甲。まだ飛べないけれど、それでも僕を次の戦いへ導いてくれる相棒。今日も勝つぞ。

 

 

 *

 

 

 

 螺子川ラボを出ると、空は鈍色に沈み、どんよりとした雲が重く垂れ込めていた。

 湿り気を帯びた風が頬を撫で、今にも雨が落ちてきそうな気配を漂わせている。

 

「……降りそうだな」

 

 

 アリーナへと続く道は、朝から観戦に向かう生徒や関係者で賑わっていた。屋台を覗き込む者、パンフレットを片手に談笑する者、みんなが祭りのような空気に浮き立っている。

 

(ベスト4……ここまで来ただけでも十分、なんて思えない。やっぱり勝ちたいよな)

 

 昨日、必死で掴んだ勝利。

 あの突撃の感覚、観客席から響いた歓声。

 あの瞬間、脳汁がぶわっとあふれる感覚。

 だから――次も勝ちたい。

 

 ポケットから生徒手帳を取り出し、トーナメント表を開く。

「準決勝の相手は三年生……格上で経験も上。勝ち筋は……」

 

 ページをめくる指が止まる。眉をひそめ、うーんと唸る。

(分かってる。分かってるけど、簡単に勝てる相手じゃないよな……)

 

 アリーナが近づくころ、ぽつりと冷たい雫が頬を打った。

 空を仰ぐと、灰色の光が厚い雲の切れ間から漏れ出し、地上をぼんやりと照らしている。

 

「やっぱり降ってきたか……」

 駆け足でアリーナの庇へ駆け込み、深く息を吐く。

 

 ――準決勝。

 あと二試合。その先には決勝が待っている。

 

 

 アリーナの控室に足を踏み入れると、外の喧噪は厚い壁に遮られ、しんとした静寂が訪れた。

 窓はなく、蛍光灯の白い光が冷たく床を照らしている。

 

 冷たいベンチに腰を下ろすと、張り詰めていた緊張が一気に体中に広がる。

(……うお、やっぱ準決勝って考えると一気にくるな)

 

 胸の奥で鼓動が荒く響き、手にしたデバイスを汗で滑らせそうになる。

 

 壁際のモニターに目をやる。映し出されているのは外の観客席。

 昨日以上の人で埋め尽くされ、スマホを掲げ、声を張り上げ、仲間同士で肩を組み合う姿が見える。

「うわぁ……盛り上がってるな」

 口から思わず声が漏れる。

 

(落ち着け。負けて元々、飛べない時点でハンデ持ちみたいなもんだ。……出たとこ勝負だな)

 

 自分に言い聞かせた、そのとき。

 ドアがノックされ、係員の声が響く。

 

「選手、入場の準備をお願いします」

 

 その一言で控室の空気が一変する。

 喉の渇きが増し、背筋が自然と伸びた。

 

 立ち上がり、深呼吸をひとつ。

(……よし、行こうか、ハクロ)

 

 通路は薄暗く、スポットライトの漏れた光が床に細い線を描いていた。

 外からは観客席の歓声が地鳴りのように押し寄せてくる。足音が響くたび、その熱気がぐんぐん近づいてくる。

 

「――選手、入場!」

 アナウンスが轟いた瞬間、視界の先がまばゆい光で満たされた。

 

 僕は目を細め、唇を引き結び、前へと歩を進める。

 

 

 光の洪水に背中を押されるようにフィールドへと踏み出した瞬間、アリーナ全体がざわめきで震え上がった。

「“空の王子”だ!」「一年でベスト4とか前代未聞だろ!」

 観客席から飛び交う声援は渦を巻き、まるで熱風となって肌に叩きつけられる。

 

(……ここまで来た。もう後戻りはない)

 胸の奥で鼓動が暴れ、呼吸を整えようと必死に肺に空気を押し込む。視界の端で観客席の光が揺らめき、熱気と緊張が入り混じる中、僕は真っ直ぐ中央へ歩みを進めた。

 

 フィールド中央に立つと、アリーナ全体のライトが一段階落とされ、観客席のざわめきがすっと薄れる。

 張り詰めた静寂のあと、重厚なアナウンスが響いた。

 

「――続いて、! 三年、御門 隼人!!」

 

 瞬間、空気が張り詰める。観客たちの表情が一斉に変わり、興奮と畏怖が入り混じったどよめきが広がった。

 フィールド反対側のゲートが光に包まれ、そこから現れたのは長身痩躯の人影。

 

 制服を端正に着こなし、乱れひとつない歩み。その姿に余計な装飾はない。

 ただ歩いてくるだけで、会場全体の空気が自然と後ろに押しやられるような圧があった。

 

「……!」

 その姿を見た瞬間、会場全体が息を呑んだ。

 

 背筋に冷たいものが走る。僕の意識を真正面から叩き伏せるような存在感。

 

 御門先輩は一言も発さず、ただ真っ直ぐ僕の前に立ち止まった。

 冷徹な眼差しが鋭く突き刺さり、声を発する前からその威圧に喉が乾く。

 

「よろしく」

 その一言だけが、低く、はっきりと響いた。

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