観客席が一気に沸き立つ。
「……御門が来たぞ!」
「上位ランカーだぜ!こんな小さいカップ戦も出んのかよ!」
ざわめきが歓声に変わり、熱気が爆発する。
僕は自然と視線を鋭くした。
(……完全に格上だ。存在感だけでここまで圧されるのか)
御門先輩がゆっくりとデバイスを掲げる。
その瞬間、冷たい風がフィールドを撫で、光の粒子が収束して鋼鉄の影が立ち上がった。
――《スカイレギオン》。
ハクロより一回り大きな機体。無駄のない細身のシルエットは、空気抵抗すら許さないように研ぎ澄まされている。
背中から伸びる六枚のスラスターウィングが青白い光を帯び、静かに羽ばたくように振動した。
「なっ……すげぇ……」
観客席から息を呑む声がもれた。
「高機動の遠距離型か!」「あれが御門の“スカイレギオン”!」
六枚の翼がふわりと展開する。
淡い光を撒き散らしながら弧を描くその姿は、まるで光の羽根を背負った騎士。神々しささえ纏っていた。
僕は唇を引き結び、心の中で呟く。
(……よりにもよって、空戦型か?初めて見る機体だ。ジェットパックも付いてるし)
「よろしくお願いします!」
圧倒的な性能。圧倒的な完成度。
(……これが三年の上位陣の機体か。飛行性能も射撃能力も、全部が格上……!)
唇を噛む。
一瞬で分かった。――正面からぶつかれば、間違いなく撃ち落とされる。
御門先輩は相変わらず無表情で、ただ冷徹な声を放った。
「悪いな、1年。ここまでだ」
その声音は低く、揺るぎなく、観客席までも一瞬で凍りつかせる迫力を持っていた。
*
審判の手が振り下ろされると同時に、場内の空気が一気に張り詰めた。
「準決勝――レディー! ファイッッッッッ!!」
御門先輩が短く呟く。
「スカイレギオン、上昇」
次の瞬間、六枚のスラスターウィングが同時に光を噴き上げ、雷鳴のような轟音と共に機体が弾丸のように垂直へ跳ね上がった。
「速っ……!」
観客席から思わず悲鳴に似た驚嘆の声が漏れる。
上空で光を背負う巨影――《スカイレギオン》が翼をたゆたわせながら旋回する姿は、まるで戦場を支配する鳥類の王。
僕の胸に重く現実が突きつけられる。
(高機動の空戦型……! 今の俺の突撃構成じゃ追いつけない……! 飛べない時点で不利すぎる!)
だが、後ずさる気はなかった。
僕はデバイスを叩きつけ、声を張る。
「ハクロ、加速! 射線を絞らせるな!」
デバイスを叩き込み、僕の指令が即座に機体へと伝わる。
――ドンッ!
背部のロケットブースターが爆炎を噴き、ハクロが白と黒の閃光を引いて地を蹴る。床を砕き、砂塵を巻き上げながら一直線に前へ。
その瞬間、上空から降り注ぐ無数の光。
「《レギオンバレル》――散射モード」
御門先輩の冷たい声。
御門先輩の声と共に、スカイレギオンの頭部砲口から無数の弾光が放たれた。
弾幕は網のように広がり、逃げ場を潰すように迫る。
「うわっ――!」
観客席から悲鳴。
僕も瞬時に指を走らせる。
「回避!」
ハクロが地面すれすれに身体を傾け、蛇のように走る。
弾丸が床を抉り、火花と破片が爆ぜる。
(……ギリギリだ。直撃すれば一発で大破だぞ!)
御門先輩は冷ややかに呟いた。
「準備は終わった。――君では勝てない」
タブレットに光が走る。スカイレギオンの六枚の翼が円を描くように展開し、次の瞬間、巨大な銃口が正確に僕を捉えていた。
視線ひとつ動かさないその姿に、観客席が再びざわめく。
「やばいぞ、完全に捕捉されてる!」
「撃ち落とされる!」
「くっ……まだだ! 追え!」
僕の叫びに応じ、ハクロのロケットブースターが再び爆炎を吐く。
白黒の残光を引きながら突撃――だが。
「直線しかない。読めている」
御門先輩の声が冷徹に響いた。
スカイレギオンがふわりと横軌道へ跳ぶ。
六枚のスラスターが瞬時に角度を変え、空気を切り裂いて滑空するその姿は、まるで獲物を翻弄する猛禽だった。
「捕捉完了」
御門先輩の指先が走る。
《レギオンバレル》から放たれる光条が雨のように降り注ぎ、ハクロの装甲を削っていく。
「ぐっ……!」
衝撃が全身を貫き、視界が揺れる。
赤い警告ランプが点滅し、左肩装甲が吹き飛んだ。
観客席が息を呑む。
「まずい!」「全然追いつけてない!」
「……完全に走らされてるだけだ!」
歯を食いしばる。
(やっぱり……駄目か……! ブースターは直線加速しかできない。方向転換しようとすれば制御が追いつかず、動きが鈍る……!)
撃っては逃げる。
逃げては撃つ。
その繰り返しで、じわじわと損傷が蓄積していく。
御門先輩の声は淡々としていた。
「君の構成は悪くない。だが地を這うだけでは、僕に届かない」
(……しょうがないだろ!これが今の僕なんだ!わかってるさ、これでもかってくらい……!)
*
フィールドを走る轟音と閃光。
視界の端でハクロの装甲がはじけ飛び、金属片が火花と共に散る。
体中が震えるような衝撃に、思わず奥歯を食いしばった。
(このままじゃ……削られて終わる!)
御門先輩の《スカイレギオン》は、まさに空の覇者だった。
六枚のスラスターウィングが流れるように角度を変え、加速と減速、急旋回を自在に繰り返す。
まるで空気そのものを操るかのような機動に、観客席からも驚きと感嘆が混じった声が絶え間なく響いていた。
「すげぇ……」「これが三年の実力か」「白銀、まったく追いつけてない!」
スカイレギオンのシルエットは青白い光を尾に引きながら、空を舞い踊る。
その姿はあまりに美しく、同時に絶望的な差を見せつけるものだった。
「終わりにする」
御門先輩が淡々と呟く。
スカイレギオンの両腕に装着された《セレスティアルランチャー》が展開する。
砲口が光を帯び、次の瞬間――無数の赤い追尾光が生まれた。
「ミサイル……!」
観客席から悲鳴があがる。
「《セレスティアル・スウォーム》」
御門先輩の声が合図となり、無数の誘導弾が一斉にハクロへと殺到する。
「やばっ――!」
僕はデバイスを握り、声を張り上げる。
「ハクロ、全力で回避!」
ロケットブースターが爆炎を吐き、ハクロが地を抉る勢いで加速する。
だが追尾ミサイルは地を這うように曲線を描き、次々と迫ってきた。
爆発が後方で連鎖し、熱と衝撃波が背を焼く。
(直線加速だけじゃ振り切れない!)
さらに上空からは《レギオンバレル》が追い打ちを仕掛ける。
散射モードの光弾が網を描くように降り注ぎ、回避ルートを塞いでいく。
「くっ……!」
咄嗟にブースターを横に吹かすが、機体が大きくバランスを崩す。
視界が揺れ、重心が傾く。
そこへ追尾弾が命中――ハクロの右脇装甲が弾け飛んだ。
「まずいっ」
衝撃で機体が大きくのけ反る。
デバイスに映るステータスが赤に塗りつぶされていく。
観客席がどよめいた。
「もう持たないぞ!」「一方的すぎる!」
「これが三年と一年の差か……!」
(わかってる……!)
胸の奥で、悔しさと焦りが入り混じる。
(わかってるよ……俺が空を飛べない以上、正面からじゃ勝てない!)
御門先輩の声が、冷たく響いた。
「君は強い。だが、ここまでだ」
スカイレギオンの六枚の翼が一斉に光を放ち、最後の突撃態勢へと入った。
その姿はまるで光の騎士。
避けられない、圧倒的な差を突き付ける存在――。
(……それでも、まだ終わらせない!)
僕は荒く息を吐き、デバイスに全力で指を叩き込む。
「ハクロ――まだ戦える!立ち上がれッ!!」
黒と白の機体が、損傷を抱えながらも再び地を蹴った。
床を削る轟音と共に、ランスを構え直す。
観客席から再び歓声が上がる。
「まだ立つのか!?」「一年、諦めてない!」
(負けて元々……でも、この一撃で――食らいついてやる!)
「まだ、終わってない!」
僕はデバイスを強く叩き込み、ハクロを前へと駆けさせた。
御門先輩の機体が旋回した刹那、わずかな死角が生まれる。
(ここだ……! 一瞬でいい、距離を詰める!)
ロケットブースターが轟音を吐き、床を抉りながら加速。
ハクロが槍騎兵のようにランスを突き出す。
「喰らえぇぇぇッ!!」
白銀の穂先がスカイレギオンを貫かんと迫る――が。
「……読んでいた」
御門先輩の低い声が氷のように冷たく突き刺さる。
瞬間、スカイレギオンの六枚の翼が眩い閃光を爆ぜさせ、機体が真上へと跳ね上がった。
加速ではなく“跳躍”と呼ぶべき一撃離脱の動き。
ハクロのランスは虚空を突き抜け、空を裂くだけに終わる。
「なにっ!?」
焦りの声が漏れた瞬間――。
「《アークレイヴン》――チャージ完了」
御門先輩の宣告。
背部に組み込まれた砲門が唸りを上げ、収束光が一気に膨張する。
光はやがて白炎の奔流へと変わり、フィールドを切り裂いた。
――ドォォォォンッ!!
直撃。
衝撃波が爆音と共に押し寄せ、視界が真っ白に染まる。
ハクロの右半身が爆ぜ、装甲が砕け散り、内部フレームが露わになって火花を散らす。
ランスを握った右腕ごと吹き飛び、機体は大地へ叩きつけられた。
衝撃が伝わり、僕の視界も一瞬真っ白に弾ける。
デバイス越しに警告ランプが真紅に点滅。
画面上の数値は赤から黒へと落ち、生命線そのものが途切れるような錯覚に襲われる。
観客席がどよめきに包まれる。
「……大破だ!」
「ここまでか……!」
膝をつき、立ち上がろうともがくが、ハクロは無言のまま沈黙した。
左脚が痙攣するように震え、機体全体が悲鳴を上げる。
それでも応じる力は残されていない。
フィールド中央に浮かぶスカイレギオン。
六枚のスラスターウィングを静かにたたみ、御門先輩が冷然と告げる。
「勝負ありだ。……君の“突撃”は見事だった。だが、いや――見事だったからこそ、読める」
審判が旗を振り下ろす。
「勝者、《御門 隼人》!」
轟くアナウンスに呼応して、観客席は歓声と溜息が入り混じった渦と化した。
立ち上がって拍手を送る者、頭を抱える者、両手で口を覆う者。
熱狂と失望、そのすべてがフィールドを揺らす。
僕は荒い呼吸を繰り返しながら、ただハクロの背を見つめた。
砕け散った装甲。立ち上がることのない姿。
悔しさで喉が焼けるように熱い。
(……これが、上位との壁か)
思考の奥で、自嘲のように呟く。
だが同時に――胸の奥には確かなものが残っていた。
観客の熱狂がまだ渦を巻いているアリーナ。
勝者が告げられたあとも拍手と声援は止まず、まるで大きな波のように僕の背を押し流してくる。
だが、フィールド中央に立つ僕の胸中は、静寂そのものだった。
ハクロを収納し、残された余韻に耳を澄ませながら、拳を握る。
(……ごめんな、ハクロ。無理させた。だけど最後まで走ってくれてありがとう)
床を踏みしめる規律ある足音。
顔を上げると、御門先輩がゆっくりと歩み寄ってきていた。
長身のシルエット、無駄のない動き。観客の喧騒さえ切り裂くような存在感が、ただそこにあった。
「白銀」
低く、しかし胸の奥に響く声。
「突撃そのものは悪くなかった。あの直線の爆発力は、俺でも肝を冷やした瞬間があった」
落ち着いた声音に、厳しさと正直な評価が滲む。
「だが――“当てられなければ意味がない”。直線だけに頼れば、外された瞬間にすべてが終わる。勝てる勝負を勝ち切れない、その一点の脆さが今のお前だ」
その言葉は、鋭く胸に突き刺さる。
唇を噛み、視線を落とすしかなかった。
悔しさが込み上げ、拳が小さく震える。
御門先輩はしばし黙り込んだあと、静かに続けた。
「……だがな、俺は嫌いじゃない。本来の持ち味ではない構成で、それでも戦おうとした。その覚悟は、間違いなくお前自身のものだ。大事にしろ」
思わず顔を上げると、冷徹だった眼差しにほんのわずかな柔らかさが宿る。
「次に当たるときは、俺を本気で脅かしてみせろ」
そして御門先輩は端末を取り出し、僕の前に差し出した。
「……戦うだけが縁じゃない。俺の連絡先だ。機体が戻ったら、同じ空戦型として相手をしてやる」
「えっ……!」驚きで目を見開く。
「いいんですか……!?」
「無論だ。俺は“敵”より“後輩”を大事にする。それに、お前には見込みがある」
落ち着いた笑みと共に差し出された端末。
慌てて自分のデバイスを操作し、連絡先を交換する。
画面に御門先輩の名が表示された瞬間、胸の奥に熱いものが走った。
(……すごい。本当に“強さ”だけじゃなく、人としての懐まで大きいんだ)
*
控室を抜けて外に出ると、空はすでに暗い雲に覆われていた。
ザーザーと雨が降り出し、アリーナの外階段が濡れて光っている。
「おい、白銀」
背後から御門先輩の声がかかる。振り返ると、黒い傘を手にした彼が立っていた。
「お前、傘は?」
「い、いえ……持ってなくて」
御門先輩は小さく息を吐き、傘を差し出した。
「ほら、これを持っていけ。濡れて風邪でも引いたら、今日の負けが本当に無駄になるぞ」
僕は慌てて受け取る。
「ありがとうございます! でも、先輩は……」
「俺はまだ決勝があるからな。終わるころには止んでるだろう。気にするな」
そう言って、御門先輩は軽く背を向けた。
「次に会うときは――今日の借りを返す覚悟で来い」
雨音が静かにアリーナの外壁を叩き、御門先輩の背中を滲ませる。
その背が闇に溶けていくのを見送りながら、僕は手にした傘を強く握りしめた。
(……負けた。でも、それ以上に得たものがある。次は必ず――!)
*
アリーナを出ると、空はすっかり鉛色に沈み込み、雨脚は先ほどよりも一層強くなっていた。
御門先輩から渡された黒い傘を広げ、しとしとからざあざあへと変わった雨を受けながら、濡れた石畳を踏みしめてネジかわよラボへと続く坂道を歩く。
靴底が水をはじく音が一定のリズムを刻み、そのたびに胸の奥で今日の試合の光景が鮮やかに蘇った。
(……悔しい。本当に、悔しい。でも、必ず追いつく。あの差を、埋めてみせる)
御門先輩の冷徹な瞳、圧倒的な機体操作、最後にかけられた言葉。
それらが繰り返し胸に反響し、悔しさと同時に、不思議な熱を残していた。
螺子川ラボに入ると、工具の金属音と油の匂いに包まれる。
扉を開けた瞬間、ネジかわよ先生が振り返り、豪快に笑った。
「おかえりー!いやー、顔見りゃわかるよー、頑張ったねー!ドンマイ、ドンマイ!」
作業台にいた先輩たちも手を止め、次々に声をかけてくれる。
「三年相手じゃ仕方ないよ」「あの御門先輩だろ? あれは誰でも苦戦するって」
金成先輩も眼鏡を指で押し上げ、落ち着いた声で言った。
「御門先輩なら……負けても当然ですね。ただ、ここからどう伸びるかが大事ですよ」
(……そうだ。負けて終わりじゃない。ここから、だ)
視線を奥に向けると、ドックに収められたハクロが大破した姿で横たわっていた。
右半身の装甲は剥がれ、内部の骨格がむき出しになっている。
胸が締めつけられるように痛んだ。
(ごめんな、無茶させすぎたな……)
「ひどいねぇ、でも安心しなー。明日の午後のリーグ戦には間に合わせるから!」
ネジかわよ先生が親指を立ててみせる。
「ジェットパックもね、部品が届いたから直してあげるよー。前より調子良くなるかもねー」
「本当ですか!ありがとうございます!」
自然と声が大きくなる。胸の奥に熱いものが湧き上がった。
(……まだやれる。諦める理由なんてどこにもない)
機体名 :スカイレギオン
型式番号:EID-SLGN-01(ワンオフ機)
部位:
頭 (《ミカド》レギオンバレル:多連装高出力ライフルユニット/チャージ式)
右 (セレスティアルランチャー:対機動誘導ミサイル)
左 (セレスティアルランチャー:対機動誘導ミサイル)
脚 (ジェットレッグ:高推力ブースター内蔵、空中制御補助)
背 (6連スラスタージェットパック:翼型可変スラスター。高推力+高機動、空間制御可能)
---
主要数値:
全高 :230 cm
重量 :320 kg(軽量装甲+高推力スラスター)
稼働 :34 分
COOL :7.5 s
HEAT :44 %
---
特徴:
六枚の可変スラスターウィングによる三次元空間制御能力を誇る。
中〜遠距離射撃に特化し、回避機動を取りながら正確な射撃を行う“空戦の王者”。
【挿絵表示】