ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

29 / 79
29話

 再び傘を差して外に出ると、雨はさらに強くなっていた。

 夜の街が濡れて光り、遠くのアリーナのライトが雨粒越しにぼんやりと滲む。

 

(御門先輩との試合、絶対に無駄にはしない。次は勝つ。そのために――)

 そう決意を新たにしたそのとき。

 

「――はーくやーっ!」

 雨音の中に、聞き慣れた甲高い声が混ざった。

 

 振り返ると、傘も差さずに濡れながら駆けてくる金髪が見える。

 黒崎莉音だった。

 

「り、莉音なんで……」

 言葉を続ける前に、莉音は僕のところまで走り寄り、肩で大きく息をしながら叫んだ。

「傘入れてくれー! 死ぬー!」

 

「あっ、莉音!? なんで傘持ってないんだよ!」

 

「だって、天気予報じゃ晴れるって言ってたしー!」

 びしょ濡れの髪を揺らしながら、彼女は悪びれる様子もなく笑うと、当然のように僕の傘に飛び込んできた。

 

 狭い傘の下、肩と肩が触れ合う。

 彼女の濡れた髪から水滴が落ちて、シャツにひやりとした感触が走る。

 

「ふぅ……助かったぁ。はくやナイスー」

 莉音が僕の顔を覗き込み、にやっと笑う。

 

「今、傷心中だったんだけどな」

 苦笑いしながらぼそっと返す。

 

「……カップ戦、負けちゃった?」

 莉音の表情がほんの一瞬だけ真剣になる。けれどすぐに唇の端を上げて笑った。

「でもさ、いい顔してるよ。悔しいけど、燃えてる顔」

 

 

 胸の奥で、心臓が大きく跳ねる。

 雨音と莉音の声が混ざり合い、不思議と彼女の存在が近く感じられた。

 

「……ありがとな」

 小さく呟いた僕に、莉音はわざとらしく空を仰ぎながら口を尖らせる。

 

「でもさー、狭い傘で帰るとか、なんか青春ぽくない? 漫画ならここで“いい感じ”になるやつじゃん?」

 

「……そういう茶化し方やめろって」

 

「えー、恥ずかしがってるのー? かわいいー!」

 からかうように声を弾ませ、楽しそうに笑う莉音。

 

 僕はため息をつきつつ、傘をほんの少し傾ける。

 彼女が濡れないように、無意識に。

 

「……優しいなぁ、はくや」

 ぽつりと漏らした莉音の言葉に、僕は返事をできなかった。

 けれど、その横顔を見ながら、雨の夜道を並んで歩く自分が少しだけ誇らしく思えた。

 

 

 

 

 ざあざあと降りしきる雨の中、二人の足音が一定のリズムを刻み、寮へと続く道に消えていく。

 

「――あっ! あーしコンビニ寄りたい!」

 唐突に莉音が顔を上げて言う。

 その声があまりにも元気いっぱいだったから、思わず苦笑してしまった。

 

「コンビニ? ……まぁ、僕も軽く何か買って帰るか」

 自然と足を止め、彼女と並んで角を曲がる。

 

 コンビニのガラス戸が開いた瞬間、冷たい空気がふわりと流れ込んできて、濡れた頬を撫でた。

 蛍光灯の白い光に照らされた店内は、外の雨音が嘘のように静かだ。

 

 棚を回って、僕はパンと缶コーヒーを手に取る。

 一方で莉音が抱えてきたのは、ペットボトルのお茶にスナック菓子、そしてなぜかアイス。

 

「……アイス?」思わず声に出すと、彼女は当然のように言った。

「雨の日にアイス食べるとか最高じゃん! こういうのが分かってないとモテないんだぞー?」

 胸を張って笑う姿に、呆れるよりもつい笑ってしまう。

 

 会計を済ませ、再び外に出る。

 湿った夜の空気が顔に触れ、街灯の光が濡れたアスファルトに映って揺らめいていた。

 遠くの国道から車が水をはねる音が響き、雨上がり特有の土とアスファルトの匂いが鼻をくすぐる。

 

 

 僕は自然と空を仰ぎ、片手を伸ばしてみる。

 もう、しとりと音を立てるはずの雨粒は落ちてこなかった。

(……止んだんだな)

 

 そのときだった。

「ん?」と声を上げた莉音が僕の差し出した手に気づき、嬉しそうに目を細める。

 そして何のためらいもなく――。

 

 

「はいっ」

 莉音が当然のように僕の掌に自分の手を重ねてきた。

 

「えっ、」

(……あの、僕はただ雨が止んだか確かめたかっただけなんですが!?)

 

「雨やんでるじゃーん!」

 彼女は僕の手を握ったまま、空いているもう片方の手を高く掲げて、ぽつりとも落ちてこない空を確認していた。

 

 莉音は、ようやく自分の行動に気づいたらしい。

「あっ……」と小さく声を漏らし、ちらっと横目で僕を見上げる。

 

 

「ま、まぁ白夜もさぁ。あーしと手つなげてラッキーだよねー」

 そう言って無理やり軽い調子を装うけど、耳の先がほんのり赤いのが街灯に照らされて分かった。

 

「……照れてんのかよ」

 動揺を隠すように返すと、莉音は袋をぶら下げたまま肩を揺らし、楽しそうに笑う。

 

「いいじゃん、青春っぽくて。ね?」

 そう言いながら、少しだけ指先に力を込めてくる。

 

 湿ったアスファルトの匂いと、足音が揃うリズム。

 街灯の下を並んで歩くたび、彼女の横顔が光と影に照らされて揺れる。

 手のひらに残るぬくもりが、雨上がりの空気よりもずっと熱く感じられた。

 

(……照れ隠しかよ。でも、なんか悪くない)

 

 そんな思いが心を満たし、僕は自然と口元を緩めていた。

 

 

 *

 

 

 夜の街は、雨上がりの匂いに包まれていた。

 濡れたアスファルトが街灯の光を反射し、足元に無数のきらめきを映している。

 

 莉音と並んで歩きながら、手のひらに伝わるぬくもりを意識してしまう。

(……なんで普通に繋いだままなんだ、僕ら)

 けど、振り払う理由も見つからず、そのまま歩き続けていた。

 

「……ねぇ、はくたん」

 突然、莉音が口を開く。いつもの軽い調子に聞こえる声の奥に、わずかな真剣さが混ざっていた。

(え? いつのまに【はくたん】に呼び方変わった!? え、え??)

 

「今日の試合、実はー見てたよ」

 横目でちらりとこちらを見ながら、彼女は続ける。

「負けちゃったのは残念だったけど……なんか、すっごいかっこよかった」

 

「……え?」

 意外すぎる言葉に、思わず足を止めてしまった。

 

「だってさ、観客席でもみんな息飲んでたよ。あーしも“ヤバい!これ勝つんじゃない!?”って本気で思ったし」

 わざと明るく笑ってみせるけれど、その瞳は真っ直ぐに僕を射抜いている。

 

 胸の奥が熱くなる。

 悔しさで重かった心が、ふっと軽くなるのを感じた。

 

 

「……ありがとな」

 かすれた声で答えると、莉音は照れ隠しみたいに視線を逸らし、手に提げていたコンビニ袋をぶんぶん振ってみせた。

 

「だからさー、ご褒美にこのアイス、半分こしてやってもいいよ」

 

「え、今ここで!?」

 

「決まってんじゃん。雨上がりの夜に、アイス食べるとか最高でしょ」

 そう言って、袋からアイスを取り出す。カチリと割って、半分を僕に突き出してくる。

 

「……仕方ないな」

 受け取った僕と、器用に包装を剥がした彼女。二人で近くの歩道の縁に腰を下ろす。

 

 夜風はまだひんやりと湿っている。

 口に運んだアイスは冷たく、甘く、さっきまで胸に渦巻いていた熱を少しだけ鎮めてくれた。

 

 隣で頬張る莉音が、口の端にクリームをつけたまま、にやにやと僕を見上げる。

「ほらね? 青春っぽいでしょ?」

 

「……まぁそうだね」

 自然と笑みがこぼれてしまう。

 

 雨上がりの夜道。

 街灯の下で並んで座り、繋いだ手のぬくもりと、半分こしたアイスの甘さ――。

 それらすべてが、胸の奥に刻まれて、忘れられない思い出になる気がした。

 

 

 *

 

 

 寮の建物が見えてきたころ、夜空にはすっかり雲が流れ去り、ところどころ星が顔を覗かせていた。

 隣では莉音が鼻歌を歌っていて、そのご機嫌そうな様子が妙に心地よかった。

 

(……こうして肩を並べて歩いてるだけで、なんか気楽でいいな)

 軽口を叩き合うのも悪くない。むしろ心の奥が温まるような、不思議な安心感があった。

 

 ふと思い出して、口を開く。

「そういえばさ、莉音って先輩知り合いでも居る? 昨日、見かけたんだけど」

 

「あー、うん、ーまぁね」

 その瞬間、さっきまで明るかった笑顔がほんの一瞬だけ曇った気がした。

 けれど次の瞬間にはいつもの調子に戻っていて、僕の気のせいだったのかもしれない。

 

「人混みの中であーしのこと見つけるなんて……はくたん、あーしのこと好きすぎでしょー?」

 わざとらしくニヤニヤ笑いながら肩を揺らしてくる。

 

「そんなんじゃないって。ただ莉音は目立つからすぐ分かるんだよ」

 必死に弁明すると、彼女はわざとらしくため息をつき、からかうように続ける。

 

「そこは『好きだよ』とか『むしろ愛してるよ』でよくないー?」

 

「なんでやねん!」

 思わず口から関西弁でツッコミが飛び出す。

 

 莉音はけらけらと笑いながら、階段の前で立ち止まった。

「ははっ。――あーし、先に帰るわ!」

 

 そう言うやいなや、濡れたアスファルトを蹴って駆け出していき、寮の自動ドアへと姿を消した。

 

 僕は少しだけ呆れたようにため息をつき、けれど口元は自然に緩んでいた。

「まったく……莉音はすぐ調子に乗るなぁ」

 

 ぽつりと呟きながら、僕も歩を進める。

 

 悔しさも、決意も、そして――ほんの少しの温かさも抱えたまま、僕は寮の扉をくぐった。

 

 

 *

 

 

 寮の自室に戻ると、テッペイがベッドの上で寝転びながらポテチをつまんでいた。

 顔を上げるなり、気の抜けた声が飛んでくる。

 

「おかー」

 間延びした声が飛んできて、思わず苦笑しながら「ただいま」と返す。

 

「で? どうだったんだよ、カップ戦」

 漫画を閉じ、興味津々といった目を向けてくる。

 

「……負けたよ。やっぱ上級生は強いな」

 正直、言葉にするとまた悔しさがぶり返すかと思ったが、不思議と自然に言えた。

 ――多分、帰り道で莉音と話したおかげだろう。胸の重さが少し軽くなっていた。

 

「えー? 白夜でも負けんのかよ」

 

「それはそうだろ。1年の中でスタートダッシュ決めただけだし。まだまだ実力差はあるよ」

 肩をすくめて答えると、テッペイはニヤッと笑って枕を抱えたまま体を起こした。

 

「いやいや、“空の王子”が負けるとか信じらんねーなー」

 わざと大げさに肩をすくめてみせるテッペイ。

 

「でも、また挑戦するんだろ?」

 

「え?」

 思わず問い返すと、テッペイはじっと俺の顔を見てくる。

 

「なんかうまく言えねーけどさ、お前……顔つきがちょっと変わった気がするんだよ。ステージ一個上がった、みたいな?」

 

「なんだよ、その顔」

 

「だからうまく言えねーって言っただろ」テッペイはポテチをばりっと噛み砕きながら、カラカラ笑う。

 

 その様子につられて、俺もつい口元が緩む。

「……まぁ、次は絶対勝ちたいな。今日負けてみて、分かったことがあるからさ」

 

「おーおー。頼もしいこって」

 テッペイは大げさに腕を組み、うんうんと頷いてみせる。

 

 

「まぁ……次はハクロを強化してからだな。最近、操作に機体が追いついてない感じしてたんだ」

 

「え、お前あれより速くできんの?」

 テッペイが口をあんぐり開けてポテチをぽろっと落とす。

 

「多分な。ハクロとも波長が合ってきたっていうか……」

 

「はぁー……」

 テッペイは目を丸くして、ぽりぽり頭をかく。

「バトル強い奴は考えてることもレベル違ぇわ。俺にはさっぱり分かんねーけど、なんか説得力あんな」

 

「まぁ、俺自身もまだ手探りだけどな」

 そう言いながら、ふっと天井を見上げた。

(御門先輩との差――埋めてやる。そのためにもっとハクロを強くしないと)

 

 テッペイはあくびをひとつして、またベッドにごろんと横になる。

「でもよ、そういうのカッコいいと思うぜ?俺は絶対無理だけどな!」

 

「はいはい。テッペイは食って寝てれば幸せだもんな」

 

「おう!俺は観客席でポップコーン食いながら応援する役でいいや!」

 

 

 ベッドの上でだらしなく寝転がるテッペイは、スナックの袋を片手に開けたまま、もう片方の手で次々と中身をつまんでは口に放り込み、足をぶらぶらと投げ出していた。けれどその目だけは妙に真剣で、僕の顔をじっと観察している。

 

「……でもよ、実際ハクロの強化ってどうすんだ?」

 ようやく袋を閉じてから、テッペイが口を開く。その声はいつもの軽さよりも、少しだけ現実的な響きを帯びていた。

「ジェットパック自体、発売されたの先月だろ? 白夜以上に飛べる奴なんてそうそういないんじゃねーの?」

 

 

「いや、いたんだよ」僕は短く答える。「御門先輩っていう三年生だ。その人に負けたんだ」

 

 

 テッペイの表情が固まる。「……マジか。もうそんな奴がいるのかよ」

 

「しかも、多分だけどハクロのジェットパックより改良されてた。重量がある機体なのに、動きは僕より速い。操作技術だけじゃない、明らかに性能差を感じたんだ」

 

「なにそれ……改良型もう出てんのか?!」

 ベッドから飛び起きたテッペイは、目を見開いて手帳端末を急いで操作し始める。

 

「どっかのラボで裏でやってんだろこれ。待てよ、探せば……あった!」

 

 

 彼が画面を突き出してくる。そこに表示された文字――≪藤堂ラボ≫。

 

 

「藤堂ラボ……?」

「そうそう! ここだ! ほら、御門って先輩、所属してるって載ってる。去年、外部の研究所から特別に勧誘されて、学園の専属になったぽいぞ」

 

 僕も生徒手帳で調べてみる。

「若い人みたいだね。ほんとだ御門先輩がメインテスター兼専属」

 

「やっぱりな。良いラボに所属してると、設備も揃ってるし開発環境も段違いだ。下手すりゃ企業の先端技術に近いもん作れるんじゃねーの?」

 テッペイが興奮気味に言う。その声はどこか羨望混じりだった。

 

(……ラボか。やっぱり、そこに属してるかどうかで差がつくんだな。螺子川先生のラボはもちろん信頼できるけど、御門先輩のところ……金成先輩にでも聞いてみるか)

 

 

 ぼんやりそんな考えを巡らせていると、テッペイがふぅと息を吐いてベッドにごろんと転がった。

「あーあ、俺もいいラボ入りてぇなぁ」

 

「技術科はラボに所属できても来年からだろ?」

「まぁそうだけどよ、できれば螺子川ラボがいいなー。……下心とか一切なくな!」

 

「いや絶対あるだろ」

 じとっとした目を向けると、テッペイは「な、ない! 本当にないって!」とわかりやすく狼狽え、声が裏返っていた。

 

「分かりやすすぎなんだよ」思わず吹き出す。

 

「ま、とにかく俺は勉強と実習頑張るしかねーな。成績良いと希望ラボに通りやすいって聞いたし」

 そう言ってまた端末を手に取るテッペイの横顔は、少し真剣だった。

 

「ふーん……そういやテッペイ、今回のテスト何位だったんだ?」

 軽く聞いたつもりが、彼の口元がにやりと歪む。

 

 

「俺? 2位だぜ」

「……は?」

「つまり! 俺は白夜より賢い!!」ドヤ顔で親指を自分に突き立てるテッペイ。

 

「え、うそ……だ、ろ?」僕は思わず素で声が裏返った。

 

「事実だもーん。ほら、俺だってやればできるんだよ。これで螺子川ラボも夢じゃねぇな!」

 彼は再び大笑いして、ベッドの上で転がりながらポテチの袋を開け直した。

 

(……いや、ほんとに2位なのか?確かに毎日帰ると勉強してるし……でも、キャラが違うだろ)

 半ば呆れつつも、少しだけ見直した自分がいた。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。