翌朝。
カーテンの隙間から差し込む陽光が、まだ寝ぼけた頭を刺した。
寝癖を手ぐしで整えながら階下へ降りると、ちょうど父さんが玄関に向かっていた。
スーツ姿に光沢のあるネクタイ。髪はきっちり七三。
磨かれた革靴の音までキレがある。完全に“できる男モード”だ。
(なんで四十過ぎても生え際が後退してないんだよっ! 前世の僕の頭頂部、もう見習ってくれよ! くぅぅ、遺伝子格差ってこういうことかぁぁ!)
心の中で涙目のツッコミを入れつつ、僕はリビングの椅子に腰を下ろした。
テーブルの上には朝食。母さんが作ってくれたオムレツとトースト。
けれど、食欲は二の次だった。胸の奥が、昨日の興奮をまだ引きずっている。
机の横には黒いケース。中身は、昨日ついに手に入れたアニマフレームとパーツ一式。
重さはそれなりにあるのに、不思議と腕に馴染む感覚がある。
まるで中に魂が詰まっているような、そんな錯覚すら覚える。
「父さん、今日……会社に行っていい?」
できるだけ落ち着いた声を出した。優等生モード全開。
(内心行くよ!行くに決まってるだろ!早く組ませろ!と叫んでいた)
父さんは少し驚いたように眉を上げ、それからすぐに柔らかく笑った。
「もちろんだ。ゲストカードを発行しておいた。正面から入っていいぞ」
(さすが!パパン!仕事が早い!昨日ドヤ顔でジェットパック言い出した勢いそのままに申請しといてくれたのかな。もう僕の中で父さんの株上がりまくりだよ)
*
車に揺られておよそ一時間。
街を抜け、高速を降りると、灰色の巨大な建物が視界に現れた。
壁には青いラインと共に会社名が刻まれている。
『千成重工 航空エンジン部門 第三開発ラボ』
金属プレートの文字が朝日に反射して輝く。
まるでここだけが別の時代に存在しているようだった。
自動ドアが開くと、白衣姿の研究員たちが一斉に立ち上がる。
「部長、おはようございます!」
「おはようございます、部長!」
その声が重なって響く。
まるで軍の司令官の登場みたいだ。
父さんは軽く会釈しながら歩く。その一歩ごとに、空気が引き締まっていく。
(うわ……これが“部長力”か……! 職場という戦場を掌握してる!)
僕の存在にも気づいたらしく、数名の研究員が視線を寄せる。
その中の一人が小声で囁いた。
「……あの子が、部長の息子さんか」
(あ、今完全に見られた。いや、いいけど……! なんかちょっと緊張するんですけど!?)
「白夜、こっちだ。ベイを押さえてある」
父さんが振り返る。
「ベイ……?」
思わず復唱する。
(研究室の一角を「ベイ」って呼ぶの!?ロボットだよ!!ここの空気最高!!)
*
案内された先は、壁一面がガラス張りの広い空間だった。
中央には作業台――いや、“機体固定台”が設置されている。
まわりには巨大な工具やモニターが並び、モーター音が低く鳴り続けていた。
僕は持ってきたケースを開け、昨日買ったアニマフレームをそっと置く。
銀色の骨格フレームが光を反射し、どこか生物的な気配すら漂わせていた。
「右腕にエストック、左腕にビームガン、だろ?」
父さんの確認に頷く。
「うん、それで」
装着開始。
右腕を接続――カチリ。
左腕を嵌め――シュウッとエネルギー音が鳴る。
ジョイントが噛み合うたびに、機械の心臓が動き始める音がする。
「じゃあ、ここからがうちの出番だ」
父さんが顎をしゃくると、研究員がカートを押してきた。
銀色の脚部パーツ、センサーアンテナが突き出た頭部、そして小型のジェットパック。
「脚部と頭部、背部のジェットパック。全部試作品だ。慎重に扱えよ」
父さんの声には、微かな誇りが混じっていた。
僕は順番に接続していく。
膝関節、腰軸、胸部マウント、最後に背面。
ジェットパックを装着した瞬間、背中から伸びたスラスターの翼が白く光を反射した。
頭部のアンテナは細長く、角のように突き出している。
(うわ、やばい……天使か悪魔か……。白と黒の両腕、銀色の装甲、背から伸びる翼……これ、もう完全に中二病の結晶じゃん!?)
その姿に、周囲の研究員たちが思わず息を呑む。
「これは……予想以上に絵になるな」
「重心バランスも悪くない、造形美がある」
父さんが腕を組み、短く言った。
「ああ、悪くない」
(“悪くない”!? いや、最高だよ!? 父さん、その言い方だと普通の試作品みたいじゃん! こっちは心拍数二百超えてるよ!)
残る工程はひとつ。
胸部のハッチが自動で開き、内部のスロットがせり出す。
「白夜。後は、コアを装填するだけだ」
父さんの声が少し低く響く。
ラボの空気が一瞬で張り詰める。
ポケットの中で、白黒マーブルの卵がピッと音を立てた。
僕はそっとそれを取り出し、手のひらに乗せる。
淡い光が脈打つたび、心臓の鼓動と同調していくのが分かる。
……これが、僕の魂の欠片。
深呼吸を一つ。
両手でコアを包み、ゆっくりと胸部スロットに近づける。
「カシン」――静かな音がして、スロットが開いた。
次の瞬間、コアが吸い込まれるように嵌まり込む。
ラボ全体が一瞬だけ暗転し、照明がチカッと揺れる。
そして――
機体の両目が、青白く光った。
まるで眠っていた意識が目覚めるように、金属の身体がかすかに震える。
電子音が脈打ち、胸部のラインが淡く点灯していく。
研究員たちの息が止まる。
父さんが、ゆっくりと口角を上げた。
「……起動、確認」
僕はただ、その光景に見入っていた。
自分の手で“命”を吹き込んだという実感が、全身を貫く。
これが――僕とエイドロンの最初の瞬間。
機体の瞳が僕を見つめ返す。
そこには、確かに意思が宿っていた。
(やばい……これ、ほんとに動くんだ。僕の、エイドロンが……!)
胸の奥で、熱が弾ける。
僕は小さく息を呑み、笑った。
でも外面は、あくまで冷静に。
興奮を噛み殺し、静かに言葉を紡ぐ。
「よろしくね――ハクロ」
僕の言葉に呼応するように、機体の瞳が明滅した。
青白い光が脈動し、まるで呼吸しているようだ。
〈……〉
「そうだよ。今、決めた。君の名前だ」
自分でも驚くほど自然に口から出た。
クールに言えたと思う。
内心では(白黒卵のハクロ爆誕だあああ!!)と雄叫びを上げていたけど、飲み込む。飲み込め、俺。
隣で父さんが腕を組み、口の端を上げる。
「エイドロンにコアが組み込まれると、コアはオーナー――つまり白夜を通して経験を積んでいくんだ。
言い換えれば……“共に成長していく”存在になる」
その声には、いつもの仕事モードとは違う、どこかロマンを含んだ響きがあった。
ラボの研究員たちが「おお……」と感嘆の声を漏らす。
*
父さんが振り返る。
その表情は、どこか少年のように楽しげだった。
「さあ、早速やるかい、白夜?」
目の前の機体――右手に黒いエストック、左に白いビームガン。
背中には、天使か悪魔かわからない翼めいたスラスター。
銀色のフレームが淡い照明を受けて輝いている。
その瞳には、確かに“意志”の光が宿っていた。
〈……〉
(やばい。僕のコア、初回起動からかっこよすぎ。これ、絶対主人公機だよな!!)
「やるよ。行こう、父さん」
努めて平静を装いながら、短く言い切る。
その声に、父さんが小さく頷いた。
ラボの奥――試験ベイへ。
僕は父さんと、そして“相棒”ハクロと並んで歩き出した。
ベイに入る直前、父さんがふっと笑い、僕の手首に何かをはめた。
黒いバングル型のデバイス。表面には淡く光る結晶が埋め込まれている。
「白夜、これを持っていけ」
「……これは?」
「エイドロン遠隔制御デバイスだ。起動・収納・指示出し、全部これ一つでできる。
まあ……難しい理屈は“神様パワー”でどうにかなってる」
(ちょ、父さん!? 急にファンタジー用語!? 技術者の口から“神様パワー”って出ていいの!? でも便利だからオッケー!!)
父さんが笑みを含んで肩をすくめる。
「対戦相手は……空戦試験班の杉本くんに頼もう」
その声に応じて、奥から若い社員が現れた。
タブレット型の遠隔デバイスを手に、やや緊張した面持ちで頭を下げる。
「部長のお子さん相手なんて、光栄ですけど……正直緊張します」
「大丈夫だよ杉本くん。力を抜いて――全力でやりなさい」
「……は、はい!」
試験フィールドが展開される。
長さ八十メートル、高さ四十メートルの巨大な立方空間。
床と壁面に光の格子が走り、空気が微かに震える。
父さんの会社が誇る、最新型セーフティ・フィールド。
「では白夜、やってみなさい」
父さんの声。
僕は頷き、左手のバングルに指先を触れた。
パネルの結晶が青く光を放つ。
同時に、腕輪からレーザーのような光線がフィールド中央へ一直線に伸びた。
――光が収束し、形を結ぶ。
空気が弾け、金属の質量がそこに“現れる”。
右手に黒いエストック、左手に白いビームガン。
背には翼を抱いた天使悪魔のシルエット。
僕のエイドロン、《ハクロ》が、そこに立っていた。
(きたぁぁあああ!! 腕輪から光って出撃とか完全に変身バンクじゃん!! BGM流れてる気がするぅぅ!!)
けれど表面はクールに、一言だけ。
「行こう、ハクロ」
青白い双眸が輝き、応えるように一瞬だけフレームが点滅した。
対する杉本さんのエイドロンは、EID-FAL《ファルケン》。
深緑の外装に細身の機体。背に展開する二枚の翼型スラスター。
脚部の関節が可変式になっており、軽量化と空中旋回性能を両立している。
頭部センサーが鋭く光り、視線がこちらを捉える。
まさに「空戦特化」。
(待て。僕、デビュー戦なんだけど。初戦から、会社の誇る新型機って負けイベかよっ!?)
*
「――さあ、始めよう」
父さんの低い合図。
警告灯が赤く点滅し、試験ベイ全体がわずかに震えた。
ブザーの音が鳴り響き、空中戦が始まる。
「行くぞ、ハクロ」
その名を呼ぶと、ハクロの両目が一度だけ明滅した。
青白い光が脈打つように強まり、次の瞬間、背部スラスターが火を噴く。
「ハクロ、上昇!」
ハクロは一気に上昇。空気を裂き、天井近くまで浮上した。
同時に《ファルケン》の肩部キャノンが展開、光弾を放つ。
「回避、ロール!」
ハクロの背が滑るように回転。光弾が髪の毛一本分の距離で掠めた。
着弾した弾丸が壁にぶつかり、セーフティフィールドがパシィンと光を弾く。
研究員たちの声がどよめく。
(うおおお!!僕はいまロボットで戦っている!めっちゃクールだ!!)
「ハクロ、反撃――ビーム三連射!」
白い銃口が閃き、三発の光弾が一直線に走る。
だが《ファルケン》は翼を広げ、軽やかに翻ってかわした。
残光だけが空中を横切る。
「速っ……!?」
杉本さんの声がスピーカーから飛ぶ。
「初めてとは思えませんね。でも――こっちは慣れてるんですよ!」
《ファルケン》が背後を取った。翼端が赤く光り、急加速。
「ハクロ、エストック構え! 反転突撃!」
ハクロが機体を一瞬静止させ、真下から反転。
鋭い音と共に、エストックが閃く。
交差――カァン! 火花が散る。
黒い刃が《ファルケン》のスラスターを掠めた。
観測室がざわつく。
「当たったか!?」「いや、セーフティが弾いた!」
(普通にかっこよくなかった? 僕うまく指示出せてるんじゃないか)
「もう一撃!」
僕が叫ぶと、ハクロの瞳が赤く点滅する。
まるで「了解」と言わんばかりに光が強くなる。
杉本さんが口元を引き結ぶ。
「……さすが部長の息子さん。じゃあ、こちらもギアを上げます!」
《ファルケン》の翼が展開し、青白い噴射光を放つ。
スラスター音が一段階上がり、空気が震える。
(まだギア上がんの!? 初めてなんだからチュートリアルでいいじゃないかっ)
ハクロの瞳が一度だけ瞬く。
静かな光――それは「覚悟」を示すように見えた。
ラボ全体に光と轟音が交錯する。
白と青の閃光が空中でぶつかり合い、反射光が壁を染めた。
研究員たちは息を呑む。
僕は大きく息を吸い、腕輪を叩いた。
「ハクロ、急上昇! 天井ギリギリまで!」
ハクロが一気に上昇。
《ファルケン》が追いすがり、両翼のスラスターが火を吹く。
距離が縮む――あと少し。
「反転! 急降下しながらエストック突撃!」
僕の指示でハクロが背を返し、まるで流星のように落下する。
黒のエストックが一直線に走り、ファルケンの胴を真正面から捉えた。
セーフティが強烈に光り、警告音が響く。
《ファルケン》が制御を失って失速。
——勝敗は決した。
「勝者、《ハクロ》!」
審判役の研究員が叫ぶと同時に、ラボに拍手が響いた。
「……やった……!」
思わず拳を握る僕。
(デビュー戦で初勝利!? ちょ、天才か!!いや最高だ!)
父さんが歩み寄ってくる。
スーツの裾を揺らしながら、静かに微笑んだ。
「よくやったな、白夜。……だが」
その瞳は笑っているのに、どこか物足りなさを孕んでいた。
「まだ、満足していない顔をしているな」
(いやいやいや!? 僕、今“やったー!”のテンションで跳ねたいんですけど!?)
そんな僕たちを後目に研究員たちがざわつく。
「ファルケンを相手に勝つなんて……」
「うちで開発した史上初の空中機動エイドロンだぞ、杉本くんの機体は」
「ホバーで数十センチ浮く例はあったが、実際にドッグファイト可能な高度飛行戦闘機はファルケンが初めて……それを!」
視線が一斉に僕とハクロに集まる。
ハクロの瞳が、淡く一度だけ光を放った。
(……うわ、完全に“伝説のはじまり”演出じゃん。絶対噂になるやつ……)
でも――悪くない。
胸の奥で高鳴る鼓動が、まだ止まらない。
僕は深呼吸して、笑う。
――僕たちの空が、始まった気がした。
機体名 : ファルコン(FALCON)
型式番号: EID-FKN-00
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部位 :
頭(エアロダイナミックセンサー:飛行中の風圧・高度・姿勢制御特化)
/右(スラッシュアーム:軽量化されたブレードユニット)
/左(バルカンアーム:小型実弾速射砲、空戦での牽制用)
/脚(ジェットブーツ:短時間のホバリングと急加速が可能)
/背(ファルケンユニット:大型スラスター内蔵飛行用バックパック)
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主要数値:
全高 :202 cm
重量 :240 kg
稼働 :35 分(高負荷時は 10〜15 分)
COOL :22 s(推進器使用後の冷却に時間を要する)
HEAT :上限 130 %(オーバーヒートすると墜落リスクあり)
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コアスキル:
《ソニックダイブ》
垂直落下からの急加速突撃。
高速時は機体が光の矢のように伸びる演出(“空を裂く一撃”)。
《エアカッター》
右腕のブレードで風圧斬撃を飛ばす遠隔格闘技。
大気を切り裂く衝撃波で複数の敵を同時に薙ぐ。
《スカイバレル》
左腕バルカンによる空中旋回射撃。
連続回転しながらの“空中掃射”演出が人気。
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備考 :
千成重工航空エンジン社が開発した世界初の実戦型飛行エイドロン。
地上型が主流だった時代に、
「空からの戦闘支援・索敵・輸送」を目的に設計された挑戦的モデル。
「地上を見下ろす戦い」を初めて可能にした革命機として、“空を奪い取った機体”として語られる。
その代償として、熱管理・エネルギー消費は極めて過酷。
オーバーヒート=墜落という高リスク高リターン仕様。
開発チームのスローガンは
“空を見上げるな、駆け抜けろ”
現在でも千成重工の企業ロゴは、このファルコンを象った翼マーク。
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デザイン・イメージ
カラー:スカイブルー × ホワイトシルバー × ゴールドライン
頭部:流線型フェイス+風切り羽のようなフィンアンテナ
背部:二基の可動スラスター。バーニア噴射時に“翼光”が出現
脚部:ブーツ内蔵ジェットノズルから逆噴射で浮上
全体:滑らかな装甲曲線、鳥の翼を意識した軽量外骨格
【挿絵表示】