そのあとアリーナーに向かって校内リーグの1戦はサクッと勝利。
まだ1年の中では七海くらいかな、ちゃんとバトルできたのは。
アリーナを出て廊下を歩いていると、ちょうど大崎、早川、高城が並んで歩いているのが見えた。
「いま帰り?」と声をかけると、振り返った大崎が元気よく答える。
「おう、白夜もリーグ終わったのか?」
「うん」
短く返すと、すかさず高城が「じゃあ、みゆたちも帰るから一緒に帰ろー」と笑顔で誘ってきた。
時計を見ると、まだ15時を少し回ったところ。
4人でぞろぞろと昇降口に向かいながら、自然と学習の話題になっていく。
「このあと教室戻って、復習しよっか?」と高城が言えば、
「そうだな、学年3位の王子がいるからな」と早川が僕をちらりと見て、爽やかな笑みを浮かべる。
「俺、次は高城には勝たねぇと」
大崎は拳を握ってやる気を見せる。
「見た目で判断しちゃだめだぜー」と高城は肩をすくめて挑発的に笑う。
(やっぱり、白ギャルだよな……)と内心突っ込む僕。
「僕も、毎日復習するくらいしかしてないけどね」
素直にそう答えると、
「それで3位とか天才過ぎー!」と高城が大げさに声を上げる。
「いやほんと、まじでそれ」大崎も同意して頷いた。
和やかな空気の中、ふいに早川がぽつりと口を開いた。
「そういえば、今日は白夜と莉音は一緒じゃないんだな」
「……んんん? れいと、今日はって?」
高城が目を丸くして問い返す。その声色は何かを察したような響きを含んでいた。
すると早川は、にやりと口元を歪める。
普段は爽やかさを売りにしているくせに、その顔だけは妙にいやらしい。
「あーっ、今日はって言っちゃったかー。んー、でもなー……言っていいのかどうか迷うんだよなー」
わざとらしく言葉を濁しながら、横目で僕を見てにやにや笑っている。
「ええええーっ!? なんかあったの?! りおちとはくや??」
高城が一気にテンションを上げ、はしゃぎ出す。
「おい早川、言え!! 白銀はまかせろ!!」
大崎が突然僕の背後に回り、腕を掴んで羽交い絞めにする。
「ちょっ……やめろって! なんもないってば!!」
必死に否定しながらも、心臓が跳ね上がる。
(……あっ。やばい……!)
脳裏に、昨夜の光景が鮮明に蘇る。
雨上がりの夜道、莉音と肩を寄せ合いながら歩いたこと。
濡れないように自然と傘を傾けたこと。
そして――気がつけば、手をつないで寮まで一緒に帰っていたこと。
(……もし、誰かに見られていたら?)
背筋に冷たいものが走る。
大崎と高城の期待に満ちた目と、ニヤつく早川の表情。
高城の「えー!教えてよー!」という声が弾んで、まるで観客席のざわめきのように押し寄せてくる。
「いやいやいや、だから違うって! ほんとに! そんなんじゃないから!!」
必死に弁明する僕の声は、しかし完全に裏目に出ていた。
「ほらー!動揺してるじゃん!」
高城が面白がって指を差し、
「やっぱなんかあったんだろ!」と大崎がさらに力を込めて押さえつける。
(やっばい……これは、完全に逃げ道ないやつだ……!)
「言え言えっ、早川!なにがあったんだよ!!」
「ちょっ、ほんとになんもないって!離せ大崎!」
「へぇ〜?顔赤くなってるじゃーん!」高城がわざとらしく僕の顔を覗き込んで、にやにや笑う。
「は、離せって!何も――」
その横で早川はわざとらしく溜めを作り、爽やかスマイルを歪ませて小悪魔みたいな笑みを浮かべた。
「俺はー……見てたんだよなぁ。雨の中、傘の下で並んで歩く白夜と莉音を」
「おおおおおーーーッ!?」
一斉に声が上がる。
高城は「それでそれで!」と黄色い声を張り上げ、大崎はさらに腕に力を込めて「やっぱお前らできてんだろ!」と騒ぐ。
「ち、ちがっ!ちがうから!!ただ傘に入れろって言われただけで!」
「だけで!?だけでぇぇ!?手ぇ繋いでたのもー?」早川が悪魔のような笑顔で食いついてくる。
「は、早川見てたのかよ……!」
「やっぱりなんかあったんじゃねぇかぁぁ!!」大崎がさらにテンションを上げる。
「えっ、マジ!?はくやとりおちってそういう……」高城はわざと口に手を当てて大げさに驚いてみせる。
「ちょっと待て!ほんとに誤解だから!!」
必死で否定する僕を横目に、早川はあくまで余裕の顔で肩を竦める。
「ふふ、まあ俺は詳しくは言わないけどさ。傘の下、いい雰囲気だったのは間違いないんじゃないの?」
「ぐっ……」言葉が詰まる。図星すぎて反論できない。
「おーい白夜ー、顔真っ赤だぞー!」
「うわー、これはビッグニュースだー!」
大崎と高城のコンビネーションが追撃してくる。
「ほんとになんもないから!!」
必死で声を張り上げても、三人の笑い声と冷やかしにかき消されていく。
(やばい……!昨日のこと、完全にバレてる……!いや、誰にどう言われようと別にやましいことはないけど!……けど!!)
熱気を帯びたやり取りが続くなか、校舎の扉が開いて、見覚えのあるシルエットが現れる。
――莉音だ。
しかも隣には土曜日にも見かけた、あの上級生の男子。彼女と並んで談笑しながら出てくる姿に、自然と僕たちの視線が集まった。
「おいおい、これは……」
早川が唇の端を吊り上げ、僕の肩を軽く叩く。
「フラれたな、白夜」
「浮気されたんじゃねーの?」と大崎がにやにや笑いながら冷やかしてきて、
高城は両手を広げて大げさに頷く。
「いやー、りおちだったら王子よりチョイ悪っぽい先輩の方が解釈一致!ぜったいそっち!」
「いやいや、フラれてもないし、浮気もされてないからな!そもそも付き合ってないよ!」
思わず声を張り上げてツッコむ僕。周囲の笑い声がますます大きくなる。
そのとき莉音が僕らに気づき、上級生に一言なにか伝えてから軽やかに駆け寄ってきた。
上級生は片手を上げてアリーナ食堂の方へと歩き去っていく。
「やっほー! みんな揃ってんじゃーん!」
いつも通り明るい声で莉音が合流し、僕らの輪に飛び込んでくる。
「さっきの先輩はいいのか?」と僕が尋ねると、
「いいよー。あーしはもうこっち優先!」と笑顔で手を振る。
「それよりさぁ、みんなで集まってるなら誘ってよー! カラオケ行くかー!」
「今たまたま会ったんだよ。あとカラオケは行かない」僕が答えると、
「りおちも一緒に勉強しよーぜい!」と高城が提案する。
「そうだな。教室戻ってやろうか」と早川も頷く。
「いこいこー!」と莉音が元気に返し、結局全員で教室に向かうことになった。
その途中、大崎が空気を切るように唐突に言った。
「あの男、莉音の彼氏か?」
「ちっがうよー!」莉音は即答し、両手をぶんぶん振る。
「だって、あーしのダーリンははくたんじゃん?」
わざとらしく僕に笑いかけてきて、場を一瞬凍らせたあと爆笑が弾ける。
「誰がダーリンだよ!」と慌ててツッコむ僕。
そのやり取りに「おー、やっぱそういう関係かぁ~」と大崎が茶化し、
「でも解釈ちがうんだよねー!」と高城まで調子に乗る。
ワーワー騒ぎながら教室へ入ると、そこにはひとり机に向かっている影があった。
影野この江――静かにノートを広げて勉強していたらしい。
「この江ちゃんも一緒に勉強しよー!」と高城が声をかけ、
少し驚いたように顔を上げたこの江が、はにかむように笑う。
そのまま机を寄せ合い、6人で勉強会が始まった。
賑やかな雰囲気の中、この江が陽キャたちに囲まれている光景を見て、僕は胸の奥で小さく感慨に浸る。
(……この江が、こんな輪の中で自然に笑えてる。お父さん嬉しいです)と、謎の保護者モノローグが頭をよぎる。
やがて話題は、先週のテストの順位に移った。
僕はすでに公表されていた学年3位。
高城が99位、莉音が100位、大崎が174位、早川が26位、そしてこの江はなんと12位だった。
「オレと莉音だけ3桁かよ!」と大崎が頭を抱えると、
「ちょっと! あーしと70位以上も離れてんのに一緒にすんなしー!」と莉音が抗議し、周りはどっと笑い声に包まれる。
その流れで早川が静かにこの江へと視線を向け、
「影野さんって頭いいんだ?」と爽やかに問いかける。
「う、うん。白夜くんにも勉強教えてもらったから……」
緊張しながらも、しっかりと答える彼女。
「ほぉ~、やっぱりなぁ」と大崎がシャーペンを器用に回しながらぼやく。
「白夜とこの江ってさ、なんかバランス取れてんだよ。王子と……シンデレラ? いや、もっとこう……お姫さま的な?」
「わかるー!」と高城が即座に乗っかる。
「だって、この江ちゃん入学したときは地味~って感じだったのに、今めっちゃ垢抜けたよね!白夜効果じゃん?」
「えぇ!?そ、そんな……」
この江が顔を真っ赤にして両手をぶんぶん振る。
「いや、事実じゃないか?」と早川が腹黒さを覆い隠す爽やかな笑みで肯定する。
「いや、事実だと思うよ。今はこうやってみんなと話してるし、ちゃんと目も合わせられる。――もともと素材は良かったんだよ」
「そ、そそそんな、も、もともとって……」
この江は視線を落とし、
僕は後方で保護者ヅラをしながら「うんうん」と頷いた。
「お前が頷くなよ!」と大崎に突っ込まれ、
「いや、早川が言ったことに共感したんだよ」と返すと、
莉音がニヤリと笑いながら「はくたん、この江ちゃんのお兄ちゃんみたいじゃん?」と茶化す。
「優等生の王子と隠れ美少女ヒロインってよくある構図だよね」と早川もさらりと加わり、
「そ、そんな、美少女なんて……!」とこの江は慌てふためく。
「そうだぞ、もう隠れてないれっきとした美少女だよ」
冗談めかして笑いながら言うと、この江は顔を真っ赤にして俯いた。
言った瞬間、教室の空気が一瞬止まった。
莉音が「おお~」とわざとらしく声を上げ、
高城は机をバンバン叩いて爆笑。
「さすが白夜! みんなが照れて言えないことをサラッと言っちゃうんだもんな~!」
「し、白夜くん!? な、なに言って……!」
この江は両手で顔を覆い、耳まで真っ赤に染め上げていた。
「いやいや、事実を言っただけだって」
僕が慌ててフォローすると、早川がニヤリと笑う。
「へぇ……事実、ね」
「やっぱ王子はカッコいいなぁ!」と大崎が大声で煽り、
「そんでいつ保護者ヅラから彼氏ヅラに進化するんだ?」とさらに追い打ちをかける。
「進化しねーよ!」
その横で莉音が机に突っ伏し、肩を震わせながら笑い声を上げる。
「ぷっ……はくたん、あーしを捨てるの~?」
わざとらしく僕とこの江を交互に見比べるものだから、この江の声が裏返った。
「ち、ちがっ……そ、そんなのじゃないっ!」
浮ついた空気をどうにか断ち切ろうと、僕はパンパンと手を叩く。
「はいはい、休憩終わり!勉強するぞー! 大崎、高城、せっかく教えるんだから真面目にしろ!」
「はーい!」と高城が軽く手を挙げ、
「おーす」と大崎も渋々ペンを取る。
「くぅ~、せっかく面白くなってきたのにな」と早川が笑みを残しつつノートを開き、
莉音はちゃっかりこの江に寄り添い「このちー、教えてー!」と甘えるように声をかける。
「う、うん……黒崎さん」
困りながらも、この江はどこか嬉しそうに微笑んだ。
「もう“黒崎さん”はやめよー!あーしは“りおち”で!あーしも“このち”って呼ぶからー!」
「え……うん。“りおち”」
小さく頷いたその瞬間、この江の顔にぱぁっと花のような笑顔が広がった。
その笑顔に、場がさらに和む。
――そして僕だけが気づいた。
ほんの一瞬、早川の目がその笑顔に吸い寄せられていたことを。
(……今の、見惚れてたよな?)
それは勉強のざわめきの中で、僕だけが気づいた微かな変化で。
それはそれとして、この後めちゃくちゃ勉強した。