――一方そのころ。
カフェのテーブルには、勉強道具と甘い香りのフラペチーノが並んでいた。窓際の席に三人並んで座り、タブレットを開き、数式や文章問題を確認しながらノートを埋めている。
週末の昼下がり、学生たちで賑わうカフェの一角に、彼女たちの小さな勉強会ができあがっていた。
昨晩みゆが2人メッセージを送り集まってるようだ。
莉音は甘さに目を細めながら「糖分補給は勉強の基本だしー」と得意げに言う。
この江は初めて頼んだフラペチーノを前に、ひと口飲んで目を丸くしていた。冷たさと甘さが新鮮だったのか、頬をほころばせながら「おいしい……!」と素直に呟く。
そんな姿を見て、莉音とみゆは顔を見合わせてクスクス笑う。数週間前まで、教室の隅で小さくなっていた彼女が、今ではこうして一緒に笑っている。その変化は二人にとっても嬉しかった。
「ちょっと休憩ー」
莉音がそう言って生徒手帳を開く。
画面を覗き込んで「はくたんから既読ついてないわー」とぼやく。(そのころ白夜は御門先輩と汗を流していた)
「りおち、白夜も誘ってたの?」とみゆが笑いながら問うと、莉音は胸を張って「好きピいた方がモチベ上がるじゃーん!」と即答。
その堂々とした言い方に、二人の間に軽い笑いが弾ける。
この江もつられて小さく笑った。ほんの数週間前なら、こうした軽口の輪に入ることすら恐れていたのに――今は自然に肩を並べられている。
「このちも、はくたんいた方がよかったよねー?」
莉音が茶目っ気たっぷりに問いかける。
「えっ、そ、そんなことないよ?……」
顔を赤らめながら髪を耳にかけるこの江。
すると、みゆがすかさず身を乗り出してニヤリとする。
「やっぱりこのちも、はくたん狙いかー?」
「ち、違う! わ、私なんか……」
慌てふためくこの江に、莉音も笑いながら「このちライバルとかやばいわー」と煽る。
さらにみゆが「でもさー、このち一気に可愛くなったじゃん? 白夜とも釣り合うと思うな。私はりおちより解釈合うと思う!」と畳みかけると、
莉音が「ちょっと! このち負けないからー!」と声を張り上げる。
カフェの空気が、冗談混じりの恋バナ一色に染まっていく。
必死に否定しつつも、この江は小さな声で絞り出す。
「す、好きとか……私まだ分からなくて。でも……白夜君、いつも優しいから」
その瞬間、みゆと莉音の目がきらりと輝いた。
「わかる! 白夜って“ちゃんと人を見てる”って感じあるよね。話を流さず聞いてくれるし」
みゆが頷くと、莉音も「無駄に包容力あるっていうかさー、なんでも受け止めてくれそうだし」と同意する。
「顔もいいし性格もいいとか、ずるいよねー」
最後のみゆの一言に、三人の笑い声がまた重なった。
この江は少し間を置いてから、思い切って口を開く。
「み、みゆも白夜君のこと好きなの?」とおずおずと尋ねる。
すると、ストローをいじっていた莉音がゆっくりと顔を上げる。
「それ、あーしも気になる。……四角関係ってやつ?」
声のトーンは低めで、抑揚も少ない。冗談めかしているのに、どこか本気っぽく聞こえてしまう。
「いやー、はくやはレベル高すぎて無理だってー。あれは見て満足するもんでしょ!目の保養ー!」
みゆが笑いながら肩をすくめる。
その返答に、莉音は小さく「ふーん」と鼻を鳴らす。
そして、ふと何かを思いついたように、みゆの目がきらりと輝いた。
「でもさ、“みゆも”って言ったよね、このち? それってつまり……」
言葉を区切って、にやりと笑う。
「――このちは、白夜のこと好きってことでいいのかにゃー?」
「えっ!? ち、違っ……! こ、言葉のあやで、そうなっちゃって……!」
慌てて否定するこの江に、莉音がストローをくわえたままぼそりと口を開く。
「まぁ、言い訳って感じにも聞こえるけどー」
「ほらー、やっぱそうなんじゃん!」とみゆは机に身を乗り出す。
莉音は少しだけ口元を吊り上げ、ゆるく笑った。
「……このちとライバルかー、どっちがはくたんのお嫁さんになっても恨みっこなしねー」
その声は淡々としているのに、この江へのやさしさも含まれている気がした。
「まぁ今日のところはこのくらいにしてやるかー」とみゆ
この江はそんなやりとりに困ったように微笑んだ。けれど、心の奥で胸がちくりとした。
――恋バナ。憧れだけで、自分には縁遠いと思っていた話。
気づけばその中心にいて、気づけばライバルもできていた。こんなこと、漫画の中だけの出来事だと思っていたのに。
(……私はどうなんだろう。白夜くんに助けられて、少しずつ変われて……でも、それを“好き”って言っていいのかな)
ページをめくる手の動きがわずかに震える。
それを隠すように、この江は小さく息を吐いた。
(……でもなんか、こういう時間も悪くないな)
その瞬間ふと、頭に浮かんだ。
――そういえば、白夜くん、隣のクラスの佐倉さんと仲良さそうだったかも。
この江は思い出したかのように話し出す。
「あっ、白夜君……隣のクラスの佐倉さんって人と仲いいのかもしれない」
「えっ?あの、めちゃくちゃ可愛い子?」
みゆが思わず声を大きくし、周囲の客がちらっと振り返る。
「うん、髪が白っぽいピンクで、お人形さんみたいに綺麗な人。この前リーグ戦で見かけたんだけど……」
この江は小声で続ける。
すると、莉音がフラペチーノを片手に「それって……あの子じゃない?」と視線を横の席へ向けた。
二人の視線を追うと、そこには確かに見覚えのある姿があった。
――佐倉桃香と、その友人で同じクラスの海月七海。
人気のあるふたりが、まさに隣のテーブルで勉強していたのだ。
この江とみゆは思わず固まる。
(――き、聞かれてた……!?)
噂をした相手がすぐ近くにいて、しかも聞かれていたかもしれない――その事実に背筋がひやりと冷える。
桃香の方も気づいたらしく、苦笑いを浮かべながら「……あの、私の話……かな?」と控えめに声をかけてきた。
七海も気まずそうにストローをくわえながら、ちらちらとこちらを伺っている。
「わ、わぁ……!」
この江はどうしていいかわからず、カップをぎゅっと握りしめた。
対照的に莉音はまるで動じず、どもーっと軽いノリで手を振る。
「ほんとだ、あーしより可愛い。アイドルじゃん」
「ちょ、りおち!」
みゆが慌てて肘で突く。
この江も立ち上がりかけて「あ、は、はいっ! 悪気があったわけじゃなくて……!」と必死に頭を下げた。
一瞬の沈黙。だが桃香はぱちぱちと瞬きをしたあと、ふっと笑みを浮かべる。
「ううん、大丈夫。……ありがとう。そう言ってくれるの、ちょっと照れるけど」
その声色には嫌味はなく、むしろ柔らかい余韻を帯びていた。
七海も微かに笑みを浮かべながら「悪口じゃなさそうだったからね。むしろ桃香、喜んでるでしょ」と肩をすくめる。
桃香は頬をほんのり赤くしながら「そうかも」と照れ隠しにストローを咥えた。
張り詰めていた空気が少しずつ和らぐ。
みゆが気を利かせて会話を繋ぐ。
「2人も勉強中だったの?」
「うん。ななちゃんと一緒に」
桃香は隣の七海を見やり、七海も軽く会釈して「ここのカフェ、静かで集中できるんだよ」と言う。
――ほんの数秒前まで気まずさに包まれていたのに、今はもう自然な会話が始まっている。
桃香がふと視線をこの江に向けた。
「影野さん、この間リーグ戦で戦ったよね?」
「う、うん。さ、佐倉さん……!」
この江の声が震える。名前を呼ぶだけで胸がいっぱいになる。
そのとき七海が「ああ、桃香が前に言ってた子だ!」と思い出したように声を上げた。
「“可愛くて強かった”って言ってたよね!」
「な、なっ……!」
桃香は慌てて七海の肩をつつき、「ななちゃん、それ言わなくていいって!」と小声で制止する。
しかしこの江は顔を真っ赤にして「そ、そんな……!」と両手を振る。
それを見た莉音とみゆは、すかさず声を揃えて揶揄った。
「このちは可愛いよー」
「うん、白夜ともお似合いだと思うけどなー?」
「……!」
さらに赤くなるこの江。
七海が爽やかに笑って「気分転換にもなるし、そっちに入れてもらってもいい?」と聞く。
みゆはすぐに「もちろん! 可愛い子大歓迎!」と答え、莉音も「この席、顔面偏差値トップ過ぎじゃん」と冗談めかして続ける。
この江はおずおずと席を詰めて「ど、どうぞ」とスペースを開けた。
「ありがと」
桃香がふわりと笑って腰を下ろす。七海もその隣に座り、「桃香も白夜のこと気にしてたからちょうどいいね」と何気なく爆弾を落とす。
「ちょ、ななちゃん!」
桃香の顔が一気に赤くなる。必死に七海の肩を小突くが、七海はケロリとしてストローをくわえている。
莉音とみゆは同時にニヤリ。
「えー、桃香ちゃんも参戦?」
「ライバル増えたー!」
――またひとつ、白夜を巡る火種が生まれた瞬間だった
この江は困惑しながらも、内心のざわつきを抑えられなかった。
(……やっぱり、白夜くんって誰からも見られてるんだ)
胸の奥で、チクリと小さな痛み。
けれど同時に、こんな風に冗談半分で笑い合える時間が――少し、楽しくも感じていた。
みゆは心の中で決めていた。
(……この江を応援しよ。これ以上振り回されるのは可哀想だし)
それぞれの思惑が交錯しながら、勉強会のカフェテーブルは、ますます賑やかさを増していった。
*
「白銀、もうここまでか?」
御門先輩の静かな声が、戦場の幻影を揺らす。
戦闘シミュレーションを始めてから、すでに二時間近くが経過していた。
汗でシャツが肌に張り付き、指先は痺れるほど硬直している。それでも――。
「まだいけます!」
僕は息を荒げながらも即答した。
最初の一戦目。気づけば頭上を取られ、光の翼に翻弄されて滅多撃ちにされた。
二戦目。スカイレギオンの速度にまったく追いつけず、姿を見失ったときには背後から正確に撃ち抜かれた。
三戦目。ほんの少しだけ粘れたものの、結局は同じ。
四戦目も五戦目も、結局は空を支配され、一矢も報いることなく墜とされた。
六戦目には集中力が切れ、開始早々に叩き伏せられた。
七戦目、八戦目も結果は同じ。
(くそ……! 何度挑んでも、差がありすぎる)
ハクロは装備を標準に戻していた。ジェットパックに、エストック、それからビームガン。
奇をてらったわけでもない、僕にとって馴染んだ組み合わせ。
それでも、何ひとつ有効打を与えられない。
(ごめん、ハクロ……僕が不甲斐ないせいで、何度も負け続けてる)
「気概はいいが、冷静になれ」
モニター越しに響く御門先輩の声は、叱責ではなく導くような調子だった。
「白銀、お前の持ち味は熱血か? 違うだろう」
僕は呼吸を荒げながら必死に画面を見据える。
「白銀、お前の持ち味はなんだ? 飛べることか? 諦めないことか? それとも無謀に挑戦し続けることか?」
(僕の持ち味……なんだ? 何ができる? 僕と、ハクロにしかない強みってなんだ?)
頭の中で必死に記憶を掘り起こす。
御門先輩の言葉――【コアはパートナー】。その響きが、耳の奥で強く蘇る。
(……パートナー。そうだ、ハクロ……お前は何ができる? 何をしたい? 僕に教えてくれ)
これまでの短い戦歴が、断片のように浮かぶ。
初めて飛んだときの、あの自由な感覚。
窮地でギリギリ踏みとどまった瞬間。
強敵に怯みながらも、一歩でも前に踏み出したあの感触。
だが、まだ二か月。誇れるほどの経験は多くない。
記憶を辿っても、武器も、戦術も、乏しいものばかりだ。
(装備……そうだ。ランスと、ロケットブースターを買った)
今はブースターは使えない。けれど、ランスなら――換装できる。
しかし、心の中で即座に否定する。
(いや……エストックからランスに替えた程度じゃ、勝てない! 御門先輩は、そんな単純な変化じゃ崩せない!)
歯を食いしばる。脳裏に浮かぶのは敗北ばかり。
――だが、それでも諦めたくない。
(僕の持ち味……僕とハクロの本当の力ってなんだ……!)
頭を悩ませ、胸を叩きながら答えを探す。
その間も、スカイレギオンの光の翼は夜の廃墟都市を切り裂くように旋回し、次の一撃を放つべく煌めいていた。
(考えろ、白夜。考えろ……! ここで掴まなきゃ、また同じだ!)