考えがまとまらない間にスカイレギオンにハクロは撃ち落される。
「白銀、次を最後にしよう」
モニターにノイズが走り、ハクロが撃墜されて消えていく。御門先輩の声は、これまでと変わらず冷静だった。
胸の奥に悔しさがじんじんと残る。汗が額から落ち、視界に滲む。
(……このままじゃ、終われない!)
「御門先輩、装備を……換装してもいいですか?」
苦し紛れに、けれど必死に絞り出すように問いかける。
一瞬の沈黙のあと、御門先輩はモニター越しにこちらを見据え、唇の端をわずかに持ち上げた。
「ほう……何に換装するんだ?」
僕は深呼吸を一つして、心の中に浮かんだ願いをそのまま口にした。
「御門先輩と同じ装備……って、できますか?」
――ハクロもきっと、もっと速く、もっと自由に飛びたいはずだ。
それなら、同じ翼を持ってみたい。
「ああ、シュミレーションだからな。もちろん可能だ」
御門先輩が操作卓に手を伸ばす。次の瞬間、僕のハクロのシルエットが光に包まれ、その姿を変えていく。
重厚でありながら洗練されたフレーム。六枚のスラスターウィングが展開し、残光を引いて羽ばたく。
白と黒のハクロが、青白く煌めく《スカイレギオン》へと姿を変えていた。
「これで機体の条件は俺と同じだ」
御門先輩の声は低く響く。
「残る差は――オペレーターとしての腕、そしてコアとの絆。それだけだ」
モニターに浮かぶスカイレギオンの瞳が赤く光り、彼の声と重なる。
「俺と俺のコア《ボナパルト》は強い。簡単には揺るがない」
強い自信に満ちた響き。だが僕は引き下がらなかった。
「僕だって……一矢くらい報いたい。御門先輩を退屈にはさせませんよ」
その言葉に、御門先輩はわずかに目を細め、珍しく楽しげな笑みを浮かべる。
「……ふっ。楽しみだ」
スクリーンに夜の廃墟都市が再び映し出される。ビル群の間を、瓦礫を踏みしめる風が吹き抜ける。
シミュレーションルームの空気までも張り詰めていくのを、肌で感じた。
「最後だ、本気で来い」
御門先輩の声が響く。
僕はデバイスを握りしめ、ゴーグル越しに視線を鋭くする。
「はい……! 全力で!」
*
ハクロは、もう以前の姿ではない。
六枚の光翼を背に展開し、蒼白の残光をまとった《スカイレギオン》へと換装された。
ゴーグル越しに映るその姿は、僕自身が望んだ“理想の飛翔”そのものだった。
(はやいっ!思い通りに動く!!これならっと)
足元の瓦礫が吹き飛び、視界が一瞬にして青白い残光に覆われる。
御門先輩のスカイレギオンが一気に加速し、弾丸のように突っ込んでくる。
「くっ!」
僕は咄嗟にスラスターを全開にして上昇。背に広がる光翼が咆哮のような噴流を生み、旋回する。
先ほどまで追いつけなかった残光の軌跡が、今は――かすかに捉えられる。
(行ける……!)
ハクロが震える。いや、これは震えじゃない。僕の胸の鼓動と同じリズムで、機体が確かに応えている。
操作ではなく、共鳴。意識が融け合い、機体と一体化する感覚が広がっていく。
二体のスカイレギオンが同時に宙を駆けた。
六枚のスラスターが交差し、残光が夜の廃墟を切り裂く。
閃光の雨が両腕からほとばしり、十数発のビームが交錯した。
「白銀、悪くない」
御門先輩の声が、空間を震わせる。
直後、その機体は視界から消える。いや――視界の死角を突き抜け、不可能な角度で滑り込んできた。
「だが――まだ俺の手中だ」
セレスティアルランチャーが火を噴く。数発の誘導弾が円を描き、包囲網を形成して襲いかかる。
必死に回避運動を取るが、背後のスラスターが追従しきれず、弾頭が肩装甲を掠め、警告音が鳴り響く。
「……っ!」
苦悶に顔を歪めながらも、僕は唇の端を吊り上げる。
「さすがですね……でも、まだ終わりじゃない!」
反転。急旋回で瓦礫のビル影に潜り込み、一瞬だけ御門先輩の射線から外れる。
「この一撃で!」
頭部ユニット《レギオンバレル》がチャージを完了。
眩い光束が直線に伸び、御門機の片翼をかすめた。
炸裂音とともに金属片が散り、確かな手応えが胸を震わせる。
これまで一方的に叩き潰されていた戦況に、初めて僕の意思が割り込んだ。
「……やってくれる」
御門先輩の声音に、初めてわずかな揺らぎが混じった。
だが次の瞬間、彼は微笑み、低く呟く。
「白銀――それだ。未知の武装を迷わず使いこなし、初見の挙動にも即応する柔軟さ。お前のセンスは粗削りだが、本物だ」
コアスキル――発動。
六枚のスラスターウィングが一斉に展開する。だが、そこで終わりではなかった。
次の瞬間、翼のうち四枚が基部から外れ、青白い残光を尾に引きながら宙に浮かび上がった。
「これが……俺のコアスキル、《ボナパルト・オーダー》だ」
淡々と告げられる言葉。だがその声音の奥には、誇りと自負が滲んでいた。
独立した兵装として自在に滑空し、円を描きながらハクロを取り囲む。
「もっと見せてみろ」
御門先輩の声と同時に、分離ユニットが一斉に射出される。
残光の矢が四方から迫り、廃墟都市の夜を裂いた。
(なんだよこれ……ファン〇ルじゃねぇか!!?)
六枚の光翼のうち四枚が、まるで生き物のように独立して宙を舞う。
それは「翼」というよりも――獰猛な捕食者。
光の尾を引きながら、獲物を追い詰めるように軌道を変え、僕のハクロに向かって一斉に突進してくる。
(オールレンジ攻撃……!? 制御してるのは、御門先輩のコア《ボナパルト》か!)
四枚のスラスターは群れのように散開し、背後、側面、上空――ありとあらゆる死角を塞いでいく。
次の瞬間、全方位から同時にビームが吐き出された。
「うおおっ!!」
叫びながら、僕は反射的にスラスターを全開。
光の奔流をすり抜け、ビルの影に滑り込む。だが追撃は止まらない。
四枚の光翼は、軌道を描くたびに次の瞬間には位置を変え、まるで僕の行動を先読みしているかのようだ。
「速い……! 普通の追尾じゃない、予測してるのか……!」
ゴーグルのHUDが赤く点滅し、警告音が鳴り止まない。
背後で爆発音が轟き、瓦礫が吹き飛ぶ。かすめただけでも操作が揺さぶられ、視界が震える。
(まずい、完全に翻弄されてる……!)
「白銀、これが俺と《ボナパルト》の三年間の積み重ねだ」
通信越しに聞こえる御門先輩の声は、氷のように冷静で、それでいて熱を孕んでいた。
「コアを理解し、委ね、そして同調する。自分の意思を通すのではなく、共に動く。
それが“パートナー”だ」
「……コアに委ねる」
僕は歯を食いしばりながら呟く。
(そうだ……御門先輩は“コアの声を聴け”って言ってた。
俺はずっと、自分の操作ばかりを押しつけてたんじゃないか?)
四枚のスラスターが陣形を変えた。
まるで蜘蛛の巣のように、射線が重なっていく。
(このままじゃ、撃ち抜かれる!)
光弾が放たれる。
逃げ場のない空間で、僕は咄嗟にスラスター出力を最大に上げ――後方へ逆噴射。
衝撃波が身体を打ち、視界が閃光で埋まる。
「くそっ、完全に狩りの網じゃないか!」
叫びながら、ビルの間を縫うように飛び回る。
一瞬でも動きを止めれば、すぐに次弾が追ってくる。
息をする暇さえない。脳が焼けるような集中を強いられる。
御門先輩の声が再び響く。
「逃げるだけでは勝てないぞ、白銀」
「わかってます!!」
怒鳴り返しながら、僕は両手の操作桿を握りしめた。
(逃げてるだけじゃダメだ……! でも正面から撃ち合っても勝てない!)
――違う。
僕には、ハクロがいる。
「ハクロ……頼む。今度はお前の“声”を聴かせてくれ」
心の中で呟いた瞬間、背部スラスターの出力計がかすかに揺れた。
まるで返事をするように、光が脈動する。
次の瞬間――ハクロの動きが変わった。
僕の入力よりもわずかに早く、機体が滑るように横転し、死角へと飛び出す。
その機動は、僕が指示したわけじゃない。
ハクロ自身が、危険を察知して動いた。
(そうか……! これが……“同調”か!)
ハクロの残光が、獣の群れをかき分けるように宙を駆けた。
僕とコアの意思が重なり、次の動きが脳裏に浮かぶより早く機体が動く。
――ファンネルが一斉に火を噴いた。
光の矢が四方八方から放たれ、夜の廃墟都市が瞬時に昼間のような輝きに包まれる。
信じられない急旋回と軌道変化。僕の思考を置き去りにするほどの加速で、光の雨をすり抜ける。
加速。
旋回。
反転。
――そのすべてが、僕の思考を置き去りにするほど速かった。
まるで、ハクロ自身が“生きている”かのように、次の瞬間に最適な軌道を描いている。
(ハクロ……お前――!)
「……ほう」
御門先輩の声にわずかな驚きが混じった。
「まだだぁっ!!」
ハクロの腕部に装備されたセレスティアルランチャーが火を噴き、目前のファンネルの一枚を撃ち抜いた。爆光が夜空を裂く。
「一枚……落とした!」
息を呑む。
これまで一方的に押され続けた戦いの中で、初めて得た確かな手応え。
胸の鼓動が爆ぜるように跳ねる。
だが、安堵する暇はなかった。
残る三枚がすぐに包囲網を組み直し、光の翼を翻して襲いかかってくる。
その動きは、先ほどよりも速く、精密だった。まるで怒りを覚えたように。
「やるじゃないか、白銀」
御門先輩の声音に笑みが混じる。
「それだ……コアを信じ、共に戦う感覚を掴み始めている」
スカイレギオン本体が光翼を広げる。
残る三枚のファンネルと連動しながら、流星のような突撃軌道を描いてきた。
その速さは、さっきまでの追撃とは比べものにならない。
「くっそ……!」
僕はスラスターを全開。視界が赤く染まるほどの加速で御門機を迎え撃つ。
耳鳴りがする。
血が沸き立つ。
体とハクロの感覚が、もはや区別できない。
(負けない……! 今だけは絶対に!)
胸の奥で燃え上がる声に呼応するように、ハクロのコアが淡い輝きを帯びた。
手に汗を滲ませながら、僕は叫んだ。
「舐められたままじゃ!!」
僕はコアスキルを発動させる。
両腕のセレスティアルランチャーと、頭部の《レギオンバレル》が一斉に光を纏う。
「ハクロ、スプレッド・レイン!!」
白光が奔流となって溢れ出し、広範囲に拡散する弾幕が夜空を裂いた。
連続射出されるエネルギーの粒子が、三枚のファンネルを次々と飲み込む。
爆発。
閃光。
衝撃波。
「――やった!」
三枚の光翼が爆ぜ、残骸が雨のように降り注ぐ。
だがその背後、なおも輝く二枚の光翼が迫る。
御門先輩の機体はほとんど損傷していない。
上空から、まるで“王”が玉座から見下ろすような静かな威圧感を放っていた。
「白銀、予想以上だ。ここまで追いつくとは思わなかった」
御門先輩の声は、どこか満足げだった。
「だが――ここまでだ」
スカイレギオンの翼が、白金色に変わる。
(え……!?)
眩い光が一点に収束していく。
コンソール越しに、エネルギーゲージが振り切れて真紅に点滅した。
「全砲門、照準完了――《グランド・サリュート》」
轟音。
世界が光に飲み込まれる。
空も、大地も、ビルの影も――すべてが白一色に染まった。
「沈黙せよ。これが――王の祝砲だ」
御門先輩の声が響く。
「合格だ、白銀」
白光の奔流がハクロを包み、抵抗もなく押し潰していった。
――爆発音とともに、映像が途切れる。
静寂。
淡い光が消え、現実の《シミュレーションルーム》に戻る。
薄暗い照明の中、鼓動だけがやけに鮮明に響いていた。
握り締めていたデバイスから、じわりと汗が滲み落ちる。
「……はぁ、はぁっ……!」
息が荒い。
仮想空間なのに、体が本当に戦っていたみたいに重い。
やがて視界が安定し、ゴーグルを外した。
目の前には、静かに立つ御門先輩の姿があった。
彼はゆっくりとコンソールから手を離し、こちらへと歩み寄る。
(……やっぱり、御門先輩はすごい。けど――楽しかった)
「――よくやった、白銀」
短い一言。だが、その声には確かな熱と、ほんの僅かな誇らしさが混じっていた。
僕は、喉の奥がひゅっと鳴るのを感じた。
「……負けました。でも、今までで一番、楽しかったです」
「そうだろう」
御門先輩は微笑む。
「お前の《ハクロ》は、最後の数分で俺の機体に迫っていた。
スラスターの挙動、照準の修正、そして――コアとのリンク。すべてが格段に良くなっていた」
「……あの感覚、なんなんですかね。
僕が操作してるはずなのに、ハクロが勝手に動いてくれる。
まるで……同じ考えを持ってるみたいで」
「それが“共鳴”だ」
御門先輩は腕を組み、少し天井を仰ぐ。
「コアが、お前を信頼し始めた。自分の限界を見せた瞬間、コアは次の動きを選び、お前を導こうとする。
機体と人間の意志が重なり合うとき――初めて“エイドロン”は完成するんだ」
(……共鳴。僕とハクロが、ひとつになった瞬間……)
あの光の感覚を思い出す。
視界が白く輝き、身体のすべてが翼になったような、一瞬の高揚。
御門先輩はそのまま壁際の端末を操作し、戦闘データを呼び出す。
ホログラムの画面には、僕と御門先輩の機体の軌跡が立体的に映し出された。
無数の光線が交差し、爆散し、最後に一点へと収束していく。
「……見ろ。これはお前の戦闘ログだ。八戦目までの挙動と比べると、最後の一戦は明らかに違う。
もちろん機体が違う。それもあるが反応速度、照準補正、スラスターの出力配分。理論値を超えてる」
「理論値を……?」
「コアとの同調が成立していなければ、こんな出力は出せない」
御門先輩は、ホログラムのハクロを指差す。
「つまり、お前は今日、初めてハクロの“本来の性能”を引き出したんだ」
胸の奥で何かが熱く膨らんでいく。
(……そうか、ハクロはずっと、僕を待ってたんだ)
「……御門先輩」
気づけば、自然と声が出ていた。
「僕はもっとハクロと飛びたいです。もっと一緒に強くなりたい」
御門先輩は微かに笑い、肩を叩く。
「その言葉を待っていた。……やはり、間違いなかったな」
「え?」
「白銀。お前を“後継者候補”として正式に推薦する」
御門先輩は真っすぐ僕を見た。
その瞳の奥に、戦場の光とは別の、確かな情熱が宿っている。
「藤堂ラボの顔になるには、技術だけでは足りない。
自分とコアを信じ、仲間を導く“核”が必要だ。
お前には、その片鱗がある」
息を呑んだ。
たった今まで汗に濡れていた手が、急に熱くなる。
「……ありがとうございます。でも、まだ僕なんか――」
「謙遜するな。今日の戦いがすべてを物語っている」
御門先輩は言い切った。
「だが、勘違いするな。これは“合格”ではなく、“入口”だ」
「入口……」
「ああ。藤堂ラボの扉を叩く権利を得たというだけだ。
次は――藤堂室長本人が、お前を試す」
空気がわずかに張り詰める。
さっきまでの熱が、今度は冷たい緊張に変わった。
御門先輩は背を向け、部屋の出口へ歩きながら言う。
「今日のデータは藤堂室長にも送っておく。
あの人は、“数字より感覚”で人を測るタイプだ。気を抜くな」
ドアが開き、眩しい光が差し込む。
振り返る御門先輩の表情は、もう戦士ではなく、導く者のそれだった。
「――ようこそ、白銀。お前の新しい戦場へ」