ラボの照明が静かに点り、機械の駆動音が微かに響いている。
ガラス越しに見える試験ブースの奥では、調整中のエイドロンが数機。
その銀色の機体たちは、まだ人の手を待つかのように静止していた。
僕はあの後藤堂室長、御門先輩に連れられてラボ内の開発室に来ていた。
周りにはまだ土曜日の朝ということで誰もいないようだ。
室長はアストレアを倉庫へと向かわせ、デスクに肘をついて僕を見据える。
「さて、試験って言ってもな、白銀の戦闘データは御門からもう全部もらってる。あとは――実績だ」
「実績、ですか?」
「おう。簡単な話だ。夏までにどのカップ戦でもいい。出て、優勝してこい。それだけだ」
あまりにもさらっと言うものだから、一瞬、冗談かと思った。
だが御門先輩が横で腕を組み、静かに頷く。
「室長の言う通りだ。なにも結果を残していない一年生がいきなり入るとなれば、誰だって納得しない」
「……まぁ、そうですよね」
僕は自然と背筋を正した。
藤堂ラボは、学園内でも最上位。誰もが入りたがる憧れの場所だ。
そんな場所に、今の自分が立つ資格があるのか――。
その迷いを見透かしたように、室長がニヤリと笑う。
「とはいえな、放り出して“自力で勝ってこい”じゃ不親切ってもんだ。
……だから、パーツをくれてやる」
「……パーツ、ですか?」
「ああ。今のお前の機体――《ハクロ》だっけな?あれは一年の時期にしては上等だ。だが――」
「火力が足りない」
御門先輩が言葉を継ぐ。
「おい! 御門! 今の俺のセリフだろうがぁ!!」
机をバンと叩く室長。
その様子を見て、思わず笑いそうになる。
(仲いいんだな、この二人……)
御門先輩は薄く笑い、「補足しただけです」とだけ返す。
「チッ……まぁいい。聞け、白銀」
室長は椅子にもたれながら、どこか遠い目で続けた。
「俺は最初、ラボにイケメンなんて入れたくなかったんだよ。お前も御門も別に俺のとこじゃなくても何とかなるだろ?
もっと地味なやつとか、好きな子を寝取られたやつとか、昔仲良かったグループから追放されました!みたいなやつを集めて、イケメンどもにギャフンと言わせたかったんだよ。」
「それで、ラボ作ったんですか?」
思わず聞き返すと、室長は真顔で頷く。
「そうだよ!俺は“陽キャ至上主義”をぶっ壊したかったんだよ!でもなぁ……」
ため息をつくと、肩をすくめた。
「現実は厳しい。ラボを維持するには実力が必要でな。御門みたいに結果を出すやつを迎えないと続かねぇんだ」
「それで、僕を……?」
「そうだ。御門が“恩返しがしたい”って言ってな。俺は最初、正直断りたかったけど……まぁ、断れねぇよな」
苦笑いを浮かべながら、ぼりぼりと頭をかく。
「で、なんの話だっけ?」
「白銀にパーツを渡す話です」
御門先輩の即答。
「そうそう! それだ!」
室長は急に元気を取り戻し、指をパチンと鳴らした。
「今、アストレアに取りに行かせてるのがそれだ。俺の試作品――《スティングレイ》だ」
言葉の直後、扉が静かに開いた。
アストレアが姿を現す。その腕には、漆黒の輝きを放つ長銃。
両手持ちのビームライフル――いや、まるで狙撃兵器のような佇まいだった。
「これが《スティングレイ》だ」
藤堂室長の声が、自然と誇らしげになる。
──A. 拡散弾モード(Scatter)
広範囲にビーム粒子を散布する制圧射撃。対群・制圧用。
「広くばらまいて敵を怯ませるタイプだな。外しても当たる可能性がある」
──B. 榴弾モード(High-Explosive / Shell)
中速の爆発弾。建物を吹き飛ばすほどの火力を持つ。
「重装甲機体や防御型を吹き飛ばす時に使え。地形を変えるのにも向いてる」
──C. 集束貫通モード(Penetrator / Focus)
ビーム幅を絞って一点突破。
「これが本命だ。コアを狙えるほどの精密射撃。命中すれば、相手のシステムごと焼き切る」
加えて、画面に映し出されたデータシートにはこう書かれていた。
COOL / チャージ時間:拡散(短)<榴弾(長)<集束(最長)
HEAT / エネルギー消費:集束(高)>榴弾(中)>拡散(低)
効果範囲:拡散(広)>榴弾(中)>集束(狭)
命中安定度:集束(高)>拡散(中)>榴弾(低)
「……すごい」
手に取ると、ずしりとした重みが伝わってきた。
黒光りする銃身の側面には、白文字で《Toudou Laboratory》の刻印。
高級感と同時に、技術者の誇りが刻まれている。
「つまり――これも宣伝ってわけですね」
「察しがいいな!」
室長は満面の笑みを浮かべ、親指を立てた。
「お前がカップ戦で勝てば、“この武器を開発したのは藤堂ラボ”って名前が広まる。
俺は宣伝になり、御門は後輩の育成成功、そしてお前はラボ入り。全員得しかしねぇ!」
「……合理的ではありますね」
御門先輩が苦笑する。
「だろ? 俺、こう見えて経営も考えてんのよ」
室長はドヤ顔で椅子を回転させ、デスクに足を投げ出した。
その横でアストレアが微笑みながら言う。
「創一はこういうとき、一番楽しそうなんです」
「そりゃそうだろ。俺の“子供”がまたひとり巣立っていくんだ」
その声に、冗談めいた軽さの裏で、確かな温度を感じた。
(……この人、やっぱり変人だけど、根っこは“ものづくりの人”なんだ)
「白銀、いいか」
室長が真顔に戻り、僕を指差す。
「この《スティングレイ》はまだ完成じゃない。使いながら、不具合や改善点を出せ。それが“お前の実績”だ」
「……わかりました。必ず結果を出します」
自然と拳が握られた。
「よし、その意気だ!」
藤堂室長は笑い、御門先輩も頷いた。
「……よし、白銀。期待してるぞ」
御門先輩が一度だけ目を細め、短く頷いた。その仕草が励ましであると同時に、どこか試練の宣言にも聞こえる。僕は思わず拳を握り返した。指先に、今もさっき手に触れた金属の感触と、スティングレイが放った光の残響が残っているような気がした。
藤堂室長は玄関まで大股で駆けてきて、出入り口のところで大声を張り上げる。
「あ、ほかのラボ主催のカップ戦はやめとけよ! なんか喧嘩売ってるみたいになるから!!」と、慌てて付け足すその姿は滑稽で――でも、その背後に潜む計算高さと愛情が透けて見えた。
アストレアが後ろでくすくす笑って、「創一、もう少し落ち着いてください」と言う。
御門先輩も、室長の横で苦笑しながら「優勝するまで余計な連絡はするな」と一言。二人のやり取りは、外から見れば只のやり取りかもしれないが、僕にとっては“約束”になった。
ラボの外に立ち尽くし、僕はスティングレイを取り込んだデバイスを眺める。
さあ、やることは明確だ。まずはカップ戦で優勝すること。勝ち続けて、実績を積んで、藤堂室長と御門先輩に「任せてよかった」と思わせること。
「カップ戦、か……」
自然と笑みがこぼれる。胸の奥がじわりと熱を帯びる。
あの武装を使いこなして、優勝してみせる。
僕はポケットから端末を取り出し、テッペイにメッセージを打ち込んだ。
――【新しいパーツ入った。今日調整手伝ってくれ。報酬は晩飯!】
送信ボタンを押した瞬間、ほとんど間を置かず“既読”がつく。
【了解! 肉だな!? 肉じゃなきゃやらんぞ!】
返ってきたメッセージに、思わず吹き出した。
笑いながら端末をポケットにしまい、歩き出す。
靴の裏から伝わる感触が、いつもより軽い。
やるべきことは決まった。どうしよう、緊張よりも楽しみの方が勝っている。
ワクワクするじゃないの!
*
寮に戻って部屋のドアを開けた瞬間、テッペイの声が響いた。
「おっそーい! 早く見せてくれ!はよ!!」
すでに彼は作業台を広げ、工具箱とノートPCを準備していた。
半袖のジャージ姿、バンダナを頭に巻いてやる気満々みたいだな。
「……これだ」
僕はデバイスを操作し、スティングレイを出現させた。
光の粒が収束し、黒光りするライフルが現れる。
金属光沢のラインに沿って“TOUDOU LABORATORY”のロゴが輝き、独特の冷たさを放っていた。
「おおおおおおおっ!! マジで!? これが藤堂ラボ製かよ!!」
テッペイが叫ぶ。声が反響するくらいのテンションだ。
「カッコよすぎんだろこれ……ディテール、めっちゃ細けぇ。これ、整備士泣かせの構造だな……」
「うん、たぶんそうだと思う。御門先輩が“ちゃんと使いこなせ”って」
「そんなもん触れるなんてさいっこーじゃねぇか」
二人で笑いながら、ハクロの整備台を開く。
僕は右手の端末でハクロを呼び出し、白銀の光が部屋の中心で形を取った。
金属の足音が鳴り、機体が静かに立ち上がる。
「おお……何回見てもテンション上がるな」
テッペイが目を輝かせながら言う。
僕はハクロの手からエストックとビームガンを外し、代わりにスティングレイを持たせる。
――重い。
銃身の長さもあるが、素材が高密度だ。
「おー、前重心になってるな。バランス値が落ちてる」
テッペイがPCを叩きながら数値を確認する。
二人で整備スペースにこもり、スティングレイの取り付けとバランス調整を進めていく。
重量分布や出力値を確認しながら、スラスターの制御値を微調整する作業が続いた。
PCのモニターには数値が流れ、テッペイがコードをいじるたびに微細なノイズが響く。
「うん、理論上はこれで安定するはずだな。……でも試射は無理だな、さすがにこの部屋じゃ」
「だよな。弾幕モードなんて使ったら壁抜けする」
「午後になったら実習棟の訓練スペース、空き確認してみようぜ」
昼を過ぎるころには調整が一段落し、僕たちは工具と端末をまとめて実習棟へ向かった。
休日のため運良く中型実習ルームが一室空いていた。
そこは試射設備を備えた広いスペースで、仮想ターゲットや移動型標的が設置されている。
僕は端末を起動し、ハクロを召喚した。
白い光が床からせり上がり、装甲の継ぎ目が淡く輝く。
二メートルを超える機体が姿を現し、整備室では味わえなかった圧が空気を震わせた。
「やっぱ外で見ると迫力あるな……。じゃあ始めるぞ」
僕はスティングレイを構えさせ、テッペイがモニター越しにデータを確認する。
「まずは拡散弾モードから!」
引き金を引くと、光の粒子が一斉に広がり、ターゲットを包んだ。
「いい拡がりだ! でも反動強いな。スラスター補正、2%上げよう」
続けて榴弾、そして集束モードへ。
それぞれの特性とエネルギー消費を計測しながら、二人で数値を詰めていく。
射撃のたびに、光が壁を照らし、データが更新されていった。
やがて夜になり、試射データの最終ログを保存。
ハクロをデバイスへ戻し、静まり返った実習棟を後にする。
「……いい感じだったな」
「おう。明日もう一回最終調整すれば完璧だ」
実習棟の外に出ると、夕焼けはすでに沈みきり、街灯の光が冷たく地面を照らしていた。
訓練の熱気がまだ体に残っていて、腕を回すと肩の筋肉がぎしりと鳴る。
「テッペイ、助かったよ。ほんとに」
僕が言うと、テッペイは鼻を鳴らしてニヤリと笑った。
「礼はいい。報酬の晩飯、まだだからな。……肉、だぞ? 焼肉希望な」
「はいはい、わかったよ。……まさかパーツ調整より高くつく気がするな」
「当然だ。俺は技術料で動く男だ」
テッペイが胸を張る。その顔はどこか誇らしげで、照れくさそうでもあった。
二人で笑いながら学園の食堂へ向かう。
夜の食堂は、休日の夕方ということもあって人もまばら。
厨房から香ばしい匂いが漂ってくる。
「これだろ、これ! “特選黒毛焼肉定食・極み”!」
テッペイがメニューを指差し、目を輝かせる。
「……高っ! 五千BP!? 学生の晩飯の値段じゃねえよ!」
「研究協力費だと思えば安いもんだろ?」
「どの口が言ってるんだ」
結局、押し切られる形でその“極み定食”を二人前注文する。
運ばれてきた瞬間、香りだけで空腹が刺激された。
鉄板の上で脂がはじけ、タレの甘辛い匂いが食堂に広がる。
「……うまっ!」
一口食べたテッペイの顔が幸せそのものになる。
「ヤバいなこれ……お前のラボパーツよりこっちの方が感動するわ」
「それは困るんだけど」
僕も箸を動かしながら、無意識に笑っていた。
肉の旨味が口の中に広がり、今日一日の疲れが溶けていくようだった。
ハクロの反応データも、スティングレイのチューニングも、どれも順調。
やるべきことは明確だ。あとは勝つだけ。
テッペイが口を拭いながら、ふいに真面目な声で言った。
「……お前、どんどん先に行くよな。見た目だけだと思ってたけど、今のお前見てると、すげぇわ」
「……そんなもんか?」
「あぁ。俺、正直焦ってんだよ。お前が本気でやるとこ、最近マジで見せつけられてる気がする」
テッペイは冗談っぽく笑ってはいたけど、声の奥には本気の色が混じっていた。
少し照れくさくなって、僕はわざと肩をすくめて言う。
「感謝しろよ、テッペイ。お前の刺激になれてるなら、僕も満足だよ」
「はっ、誰が感謝なんかするかよ。……まぁ、いつか言わせてやるさ」
ニヤリと笑うテッペイは、箸を置きながら言った。
「“テッペイ様、僕にパーツを作ってください!”ってな」
「楽しみにしてるよ。たぶん一生言わないけどな」
「言わせてやるよ、俺の腕でな」
二人で笑い合いながら、食堂を後にした。
翌朝。
目を覚ますと、すでにテッペイが机の前に座っていた。
薄暗い寮の部屋に、工具の音と電子音が小さく響いている。
「おはよう。早いな」
「おう、寝てる場合かよ。昨日のデータ、もうちょい詰められると思ってな」
寝癖ひとつない髪、真剣な横顔――テッペイのその姿に、僕は少しだけ驚いた。
「最終調整しに行こうぜ。実習室、朝なら空いてるはずだ」
「わかった。すぐ準備する」
急いで顔を洗い、デバイスを確認してから、二人で寮を出た。
そのまま実習棟に入り、昨日の続きを始めた。
最終調整では、データ反応の微妙な遅延を詰め、ハクロの機体制御をさらに安定させる。
テッペイがモニターで波形を確認し、僕がシミュレーションで動きを確かめる。
「完璧だな」
「……あぁ。これならいける」
気づけば時計の針は昼を過ぎていた。
作業を終えると、どっと疲労が押し寄せる。だが、それ以上に胸の奥が熱かった。
部屋に戻るころには、太陽が少し傾き始めていた。
テッペイは椅子に座るなり「俺、もう限界……寝る」と呟いてベッドに沈み込む。
僕も笑いながら布団に倒れ込んだ。
目を閉じると、昨日の光の残像が浮かぶ。スティングレイの軌跡、ハクロの光翼――。
どれも鮮明に、脳裏に焼きついていた。
――こうして日曜が過ぎていく。