ぼ、いや――俺は、高校に入ってから変わった。
中学の頃の俺とは、もう違う。
あの三年間、俺の世界は薄暗かった。
放課後はひとりでゲームか参考書、クラスメイトとは必要最低限の会話。
目立たないように、関わらないように。
そうして気づけば、俺は陰キャとしての地位を確立していた。
でも、それも今日で終わりだ。
高校デビューを決めた俺に、もう過去の黄土貴志はいない。
黒縁メガネは外した。
コンタクトに変えて、髪も二か月前から美容院で研究した爽やか系アシンメトリー。
鏡の中の俺は、正直けっこうイケてると思う。
陽キャグループに混じっても違和感なし――むしろ勝ってるまである。
もちろんキャラも準備済みだ。
明るくてノリがいい、でも軽すぎない“好青年キャラ”。
何度も脳内でリハーサルしてきた完璧なプラン。
今日から俺の“新しい高校生活”が始まる――はずだった。
……が、入学初日。
教室で後ろの席のイケメンが、いきなり話しかけてきた。
「よろしくな」
――眩しい。イケメンしかも陽キャだ。
そう思ったけど、話してみたら普通にいいやつだった。
むしろ気さくで話しやすくて、あっという間に友達になった。
これが俺と白夜の出会いだ。
そしてここから、俺の“陽キャ高校生活”は始まった――と、思っていた。
白夜とはもう親友だし、イケメンでも良いやつはいるんだなって感心した。
白夜がきっかけを作ってくれたおかげで女の子とも仲良くなった。
この江っていうんだけど――地味だけど優しくて、ちょっと不器用な感じが可愛い子。
女子とまともに話すのは初めてで、気づいたら少しずつ気になる存在になっていた。
白夜にはそのこともバレてる。
でも、あいつは“もっと上のレベル”の女子狙うだろうし、俺の恋路を邪魔するようなやつじゃない。
むしろ協力してくれそうなくらいだ。
この前なんて、この江と“ふたりで”ご飯に行った。
まじで青春。
中学の俺からしたら、信じられない展開だ。
プライベートも充実してるし、もう“陽キャ”って名乗っても文句ないだろ。
……ただ、問題がひとつ。
授業が、微妙についていけてない。
後ろの席の白夜とこの江は俺より少し頭が良くて、授業中もお互いに教え合ってたりする。
最近じゃ、クラスのバカっぽいグループにまで勉強を教えてたりするくらいだ。
俺も混ざりたいけど、かっこ悪いところはこの江に見せたくないし、
白夜は最近なかなか連絡がつかない。
だから結局、ひとりでタブレットを開いて空回ってる。
ルームメイトとは話も合わない。
はぁ……。
土日はバイトでもしてた方が、まだマシかもな。
――で、月曜日の朝。
教室のドアを開けた瞬間、いつものざわざわした空気が広がる。
グループごとに声が飛び交って、俺はなんとなく自分の席に向かう。
(よし、今日も爽やか系で行こう。自然体、自然体……!)
後ろの席、白夜がまだ来てない。
代わりに、この江がひとりでタブレットを開いてて、窓からの光が差して髪がちょっと透けて見えた。
お、おぉ……なんか朝から眩しい。
(おはよう、って声かけた方がいいよな。いや、でも勉強してそうだし、邪魔しちゃ悪いよな?)
(っていうかメッセージ返事帰ってきてたっけ?……いや今は関係ないか)
頭の中でぐるぐる言い訳してるうちに、タイミングを逃す。
結局「おはよ」も言えず、自分の席に座った。
そうしてると、後ろの席にようやく白夜が現れて、
「おはよう」って自然に声をかけて、この江も笑って「おはよう」って返す。
……話しかけてもよかったのかよ、と少し後悔する。
慌てて俺も振り返って「おはよう」と声を出した。
もちろん、この江にもだ!
笑顔で返してくれた――よし!
(よしよし、この調子で毎日“好感度”稼いでけば、夏には付き合えたりして? 夏祭りとか、海とか、水着とか!!)
そんな妄想をしてたらチャイムが鳴った。
白夜、もうちょっと早く来いよ、と心の中でぼやく。
(まぁ自分から話しかけりゃいいんだけどさ……タイミングがなぁ)
……ていうか、白夜、最近よくいないんだよな。
放課後も誰かと訓練してるみたいで、連絡しても返信がない。
おまけにこの江まで、最近はギャルグループの輪に混ざって勉強してるし。
ギャルはちょっとな……。
(オタクに優しいギャルなんて都市伝説だし! いや、そもそも俺もうオタクでも陰キャでもねぇけどな!!)
そんなことを考えてたら、授業が始まった。
ノートを開くけど、先生の言葉がまるで暗号みたいで、全然頭に入ってこない。
(いや、俺だってやればできるタイプなんだって……多分)
でも、ページの途中から数式が崩壊してる自分のノートを見て、ため息が出た。
――ほんと、バイトしてた方がマシかもしれない。
なんとか午前中を乗り切ったら、午後からはリーグ戦。
俺のエイドロンも、最初の頃に比べたらずいぶん形になってきた。
中古パーツとリサイクル品の中でも、状態のいいやつを探し出して――
バイトも毎週頑張って、少しずつパーツを揃えてきたんだ。
地味だけど、努力の結晶ってやつだ。
今なら、そこらの一年よりは絶対に強いはず。
俺のコア《焔丸》もスキルを覚えた。
勉強よりも、バトルで結果を残した方がBPも貯まるし、実績にもなる。
(ていうか、バトルで勝った方がモテるよな。
この江もきっと「貴志くん素敵!好き!抱いて!」ってなるはず……!)
よし、悪くない。
……おっと、そろそろ試合の時間だ。
タブレットを閉じて立ち上がる。
アリーナに向かう足取りは、いつもよりちょっと軽かった。
アリーナについて会場を見渡すと、
いた。
この江だ。
隣には最近やたら仲が良さそうな、あの黒ギャルと白ギャルの二人。
(やっぱりこの江、ギャルたちとつるむようになってるんだよな……)
と、その瞬間。
白ギャルと、ばっちり目が合った。
「「――あ、同じクラスだよねー?」
しかも話しかけてきた!!
(き、来た……!これが陽キャだからっていきなり話しかけんなよ!)
「お、おう!」
最大限クールな声を出したつもりだった。
内心は心臓バクバク。
けど――この江も見てる。ここで陰キャムーブはできない。
(陽キャっぽく!陽キャっぽく!!)
すかさず右手で前髪をサラリと撫で上げる。
某人気アニメのイケメン主人公がよくやってた仕草だ。完璧。
「だよね!だよね!見たことあると思ったんだよー!」
白ギャルが笑顔で返してくれる。
(よし、流れ来てる!)
「あーしはばっちり覚えてたー」
黒ギャルが続く。
そこに、この江が小さく微笑んで言った。
「黄土貴志くんだよ」
ナイスアシスト、この江!
「俺、黄土貴志。――ってか、貴志でいいよ。話すの初めてだよな?」
よし、言った。完璧だ。
クールで自然。白夜もこんな感じだったはず。
(これで白ギャルが“えーウケる!かっこいいじゃん!”とか言ってくれる流れ!)
……と、思ったら。
黒ギャルは一瞬、微妙な顔をして白ギャルと目を合わせ、
次の瞬間、ニヤッと笑って言った。
「無理すんなよー」
「普通でいいよ、黄土くん!」と白ギャルも笑う。
この江は困ったように苦笑いしていた。
(え?……あれ? すべった??)
自信満々の“前髪サラリムーブ”が、まるで冷たい北風みたいに胸を刺す。
笑顔で受け流すギャル二人と、苦笑いのこの江。
――空気が、凍った。
「い、いや! 俺はこれが普通だし! これが自然体だし! あ、もう試合だから!」
慌てて言い訳を重ね、逃げるように立ち上がった。
汗が背中を伝う。……でも、ちょうど試合の時間で助かった。
(セーフ。これは自然な流れ、うん。不自然じゃない。不自然じゃない!)
背後から「がんばってねー!」とギャルの声が飛んできて、
少し遅れて、この江の声も混じる。
「き、貴志くん、応援してる!」
胸の奥が一気に熱くなった。
(よし……見てろよ。今日は絶対勝つ! 今なら――なんでもできる気がする!)
握った拳に力を込め、俺はアリーナのコートへと駆け出した。
アリーナに立って、 女子から、しかも“1軍女子”からの声援を浴びる俺!!
これ、完全に主人公ポジションじゃないか!?
(ラノベだったらタイトルはこうだな 【元陰キャ、高校デビューしたらハーレムができちゃいました】!!)
テンションが爆上がりする中、正面からいかにもモブっぽい生徒が出てくる。
(よし……これは勝てる流れ!!)
「行くぜ、焔丸!! 召喚!」
デバイスを掲げると、眩い光の中から俺のエイドロンが姿を現す。
――ナイトアイシリーズをベースにした、俺の愛機《焔丸》。
頭部にはミニバルカンを内蔵した複合センサー。
右腕は幅広のブロードソード、左腕にはショットガンとトゲ付きシールド。
バックパックは冷却パックを増設済みで、熱暴走の心配もなし!
脚部にはスパイク付きの補助ブースター――ダッシュも踏ん張りも完璧!!
(中古とリサイクルパーツの寄せ集めだが、磨けば光るってやつだ!)
相手のエイドロンは、遠距離型の混成パーツ構成。
肩にスナイパーユニット、両腕はビームライフル。
……見た目からして地味。完全にモブ機体だ。
「いける!これは勝てる!!」
俺の焔丸はオレンジに染め上げられた外装が輝いている。
そう、オレンジは“陽キャカラー”! 強そうだし目立つし最高!
(今日は決める。女子たちの視線も、この江の笑顔も、全部この勝利で掴んでみせる!)
俺は胸を張り、叫んだ。
「黄土貴志――焔丸、出る!!」
アナウンスのカウントが響き、アリーナの空気が一気に張り詰める。
「――試合開始ッ!!」
アナウンスの声と同時に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
観客席のライトが一瞬だけ落ち、アリーナ中央のフィールドが浮かび上がる。
その瞬間、空気が焼ける。
光線が一直線に走り、焔丸の装甲をかすめた。
衝撃音と同時に、警告ランプが点滅する。
「うおっ!? あっぶなっ!」
咄嗟にスラスターを吹かし、左右に回避。
二発、三発――避けきれねぇ!
ビームが床を焼き、反射光が視界をちらつかせる。
(くそっ、近づけねぇ! 完全に距離を取ってやがる!)
それでも前に出るしかない。
「行くぞ、焔丸! 突っ込めぇぇっ!!」
(負けたくねぇ。せっかくこの江が見てくれてるんだ……カッコ悪いとこ、見せられるかよ!)
オレンジの機体が低く滑り出す。
ビームをかすめながら、スパイク付きの脚で床を蹴るたび、
金属の音が響く。スラスターを吹かし、ジグザグに走り――
「くっ……!」
もう少しで懐に――というところで、また光が閃く。
シールドを構えた瞬間、ビームが直撃して金属が弾け飛んだ。
「ぐぅっ!?」
警告音。装甲損傷23パーセント。
歯を食いしばりながら、俺は笑った。
(上等じゃねぇか。これで負けたら陰キャに逆戻りだ……!)
「焔丸、上等だ! 全スラスター解放!!」
背中の冷却パックが一気に蒸気を噴き上げ、
機体が爆発的な加速を始めた。
スラスターが火を噴き、オレンジの残光を引きながら焔丸が疾走する。
金属の脚が床を叩くたび、振動が腕に伝わる。
ブロードソードを構えた姿が――最高に決まってる。
相手の機体は慎重に距離を取ってくる。
両腕のビームライフルが光を帯び、照準がこちらを狙う。
「遠距離戦か? そんなもん、接近戦で潰してやる!」
俺は即座に操作を入力。
焔丸が低く身をかがめ、床を蹴ってジグザグに駆け抜ける。
ライフルの光線が何発も掠めていくが、全部紙一重で回避――完璧!
(見てるか! 俺、めっちゃ動けてるぞ!)
床を焦がしながら一気に懐へ――!
「届いたッ!! ブロードソード、フルチャージ!!」
右腕のブレードが赤熱し、衝撃波を纏う。
焔丸が一気に間合いを詰め、相手の機体へ斬りかかる――!
ガキィィンッ!!
金属音がアリーナに響く。
相手のシールドを叩き割り、そのまま左腕のショットガンを至近距離でぶっ放す!
ズドォンッ!!
爆炎が弾け、相手機の胴体が大きくのけぞる。
背部ブースターが吹き飛び、機体が壁に激突して沈黙した。
「……っしゃあああああ!!!」
思わず叫んでいた。
観客席から白ギャルと黒ギャルが立ち上がって「やるじゃん!」と叫び、
この江が手を叩き女子たちと笑っていた。
(やべえ、俺!今めっちゃ主人公してる!)
勝利のアナウンスが響き渡る。
「Winner――黄土貴志!」
胸の奥がじんわり熱くなる。
視界の先、この江の笑顔がまぶしくて、少しだけ目を細めた。
(よし……この調子で、絶対上まで行ってやる!)
オレンジの機体が静かに膝をつき、煙を上げる。
その姿すら、俺には“勝者の証”に見えていた。
その夜、貴志は今日の出来に満足していた。
風呂上がりの天井を見上げながら、ニヤニヤが止まらない。
(ついに……勝ち越した!!)
これで通算十一勝十敗。ついに借金返済だ!
BP(バトルポイント)も貯まってきたし、あと五万は強化パーツに使える。
いや、待てよ――。
「この江とのデート代、二万は残しておかねぇとな!」
思わず声に出して笑う。
想像の中で、この江が嬉しそうに笑う姿が浮かんだ。
(……いや、まだデートの約束もしてねぇけどな)
ベッドに寝転がったまま、腕を枕にして天井を見上げる。
思い返せば、入学してからずっと山あり谷あり。
バトルに勝っては浮かれ、負けては落ち込み、でもまた立ち上がる。
そうして上がったり下がったりしながら――
貴志の一週間は、確かに“青春”していたのであった。