杉本さんが汗を拭いながら近づいてきた。
「いやあ……参りましたよ。部長のご子息のコア、そしてその……ジェットパック」
そう言って、背中の試作パーツを指差す。
「アレは本当に有用そうですね。実戦化できれば、バトルの常識が変わるかもしれません」
研究員たちも一斉に頷いた。
「推力安定、出力応答も優秀です」
「課題は冷却系統か……でも充分実用域だな」
(やっぱり試作品ってことか。でも“課題”より“アドバンテージ”の方が明らかにでかい。これ、普通に大会出られるレベルだろ!)
父さんが僕の方へ視線を向ける。
「白夜。――もう一戦、やってみるか?」
「……もちろん」
外面は冷静、声は落ち着いて。だが内心は、再び熱で沸騰していた。
(まぁ1戦だけじゃデータとれないよね、ここでやらないって言える空気でもないし)
腕輪のディスプレイが再び点灯し、ラボ中央のフィールドゲートがゆっくりと開く。
ゲートの奥から次の機影が現れた。
(こ、今度はどんな機体だ……!?)
ハクロの瞳が一度、静かに明滅した。
それだけで、息が合う。
*
「次は地上二足型だ。評価班の相良、用意は?」
「はい、投入機はEID-SCR《スキュラー》。ワイヤーと実弾の複合支援型です」
(スキュラー。名前からして蜘蛛型でだった気がする。搦手とか使う機体だったよな)
父さんがちらりと僕を見る。
「ワイヤーは飛行型の天敵だ。頭上の死角を意識しろ」
「了解」
(ワイヤーね。やっぱりだ、飛行型に相性悪そうな相手をしっかり選んでくるとは⋯。パパン、流石だよ!)
ゲートから現れたのは、蜘蛛モチーフの二足地上型エイドロン。
対面のゲートからは、灰色装甲の《スキュラー》が歩み出る。肩と腰にワイヤースプール、前面には細かな多眼センサー。脚は二本だが、シルエットは蜘蛛っぽい。
「ルールは同じ。先に制御不能を取った側の勝ちだ」
父さんの合図――ブザー音が響く。
「ハクロ、上昇!」
背部スラスターが吠える。
熱風を残し、ハクロは天井近くまで上昇。
バシュッ! 《スキュラー》の肩からワイヤーが二条、天井へ走る。
――バシュッ!
《スキュラー》の肩からワイヤーが二条放たれた。
金属音と共に天井パネルへ吸着、蜘蛛糸のような罠が展開される。
直後、腕部の銃口が閃いた。
パン、パン、パン! 小刻みな連射音が響き、弾丸が空を縫うように飛んだ。
ワイヤーを軸にスイングしながら、射角を自在に変えてくる。
「ロール回避! ビーム二連、ワイヤーの基部を狙え!」
ハクロが宙で身を翻す。
白い閃光が二条、正確に走る。
ワイヤーの片方が弾け、天井に火花が散った。
(よし!一本切れた!でももう一本が生きてる!!)
スキュラーが残るワイヤーで天井を蹴るようにスイング。
真下から跳び上がりながら、投網型のワイヤーを射出――!
「前進スラローム、回避!」
ハクロが空中でジグザグに動く。
左右にスラスターが閃光を放ち、細かく角度を変えながら滑空。
紙一重で投網を抜ける。
金属の網が天井に絡みつき、火花が散った。
(あっぶねぇえ! 今の捕まってたら拘束確定コースじゃないか!)
スキュラーが姿勢を戻し、実弾ライフルを連射。
弾が雨のように降り注ぎ、壁や床を跳ねる。
ハクロの装甲をかすめ、白い火花が弾けた。
「回避、回避! 射線に入るなよ!」
ハクロはスラスターを細かく制御しながら空を滑る。
しかし――距離を詰められない。
《スキュラー》の射角制圧が上手すぎた。
(この距離、マジで接近できない! 打ち上げても撃ち落とされる!)
下方で《スキュラー》がリロード動作。
そのわずかな隙――。
「父さん、センサー角度は!?」
「前方広角重視。垂直上三十度は感度が鈍る」
(上!上が正義!!)
「ハクロ、天井すれすれまで上昇――静止!」
スラスターが唸り、機体が天井ギリギリで停止。
排気光が空気を歪め、淡い残光の膜を作る。
「光源を背に。影を落とせ」
ハクロがわずかに姿勢を変える。
照明を背負い、スキュラーのセンサーに逆光を作った。
黒灰色の蜘蛛が、一瞬、照準を見失う。
「ダイブ! エストック先端、集中!」
ハクロが翼のようにスラスターを展開し、一直線に落下した。
螺旋を描く光の尾。
黒いエストックの刃が、空を裂くように伸びる。
《スキュラー》が焦ってワイヤーを斜め上に発射――が、逆光と死角で照準が逸れる。
ガァンッ!
乾いた金属音と共に、エストックが肩スプールを貫通。
火花が散り、ワイヤーが垂れ下がる。
続けざまに左手のビームが閃き、もう片方の基部を撃ち抜いた。
両肩の制御系が沈黙。
「足だ、行け!」
ハクロが滑るように着地し、白光を閃かせた。
ビームが膝関節を掠め、スキュラーの脚がぐらりと揺らぐ。
転倒制御に入った一瞬――。
「今だ、胴中央! 突け!」
ハクロの瞳が鋭く光る。
黒いエストックが胴へ一直線。
――ガシン。
——ブザー。
《スキュラー、制御不能判定。勝者《ハクロ》!》
ラボに歓声が広がる。
父さんが腕を組み、静かに頷く。
研究員たちはモニター越しに息を呑んでいた。
ハクロはスラスターを緩め、ふわりと着地。
その瞳が一度だけ、柔らかく点滅する。
(……今の、“やったな”って意味だろ?)
僕はそっと笑って腕輪に触れる。
「……ナイスだ、ハクロ」
瞳がもう一度、穏やかに光った。
*
相良さんが苦笑しながら額の汗を拭った。
「頭上死角、完璧に突かれました。飛行と逆光の組み合わせは、ワイヤー側の天敵ですね」
すぐ後ろで別の社員がタブレットにメモを走らせながら頷く。
「ジェットパックの微推力ホバ、安定度が異常に高い。地上型の照準にはかなり強い」
「でも熱管理がギリギリね。ビームとジェット同時使用を繰り返すとヒート値がしきい値に近いです」
(熱ですか、冷却増しで積んであとは僕次第ってことね)
父さんが腕を組み、口の端を上げる。
「白夜。テストとはいえ、空戦と地上、両方に勝った。……大したものだよ」
「ありがとう、父さん」
(外面クールに返事したけど、内心は勝ったー!ってぐるぐる回ってます!今日だけで二勝ッ!)
僕は手首のバングルをタップする。
「ハクロ、収納」
腕輪の結晶が光を放ち、光柱が走る。
エイドロンの姿が粒子となってほどけ、ゆっくりと腕輪へと戻っていく。
残響のように、ラボの空気が静まった。
そして――その時。
耳の奥で、何かが響いた。
聞こえるはずないんだけど、ハクロの意志がもっと飛びたいという意思を感じた。
僕は思わず小さく笑う。
「もちろん。ハクロもありがとう」
バングルの結晶が淡く明滅した。
それが、ハクロなりの返事のように思えた。
(とはいえ、次の相手が“飛行型二機編成”とか来たらむりだな でも……)
視線を上げる。
まだ少し煙の残るフィールドの空間を見上げて、胸が高鳴った。
(——空から刺すの、やっぱ最高に気持ちいいんだよな!)
*
父さんがにやりと笑う。
「まだ物足りないだろう?」
(……やっぱりそう来たか。父さん、初日から三連戦は中々ハードじゃないですか?!)
「次は……重装近接型でいこうか」
ゲートが開き、鉄板のような足音が響く。
現れたのは肩に巨大なシールド、両腕に分厚いブレードを持つエイドロン——《ガルダイン》。
まるで動く要塞。
(出たよ、タンク役。分厚いシールドにデカい剣。
“真正面から受け止めろ”ってオーラ全開だな。……いやいや、こっちはスリムな飛行型。相撲とりにマラソンランナーぶつけるようなもんだろこれ)
*
ブザーが鳴る。
「ハクロ、スラスター全開! 翻弄しろ!」
白黒の機体が閃光のように飛ぶ。
《ガルダイン》がブレードを振るうが、ハクロは余裕で回避。
「うおおっ!?」
操縦する社員の声が驚きに揺れる。
「速すぎる……!」
(そりゃそうだ。初戦で“世界初の空戦機”倒してるんだ。
……でも調子に乗ると落ちるのが社会の常。油断大敵、慢心ダメ絶対)
「急降下、側面へ回り込め!」
ハクロが降下してシールドの横へ滑り込む。
「そこからビーム三連射!」
左腕の銃口が光り、バババッ! と連射。
セーフティが火花を散らし、《ガルダイン》の脚部が揺れる。
「さらにもう一撃、頭部センサー!」
白夜の指示に合わせて光弾が連続で叩き込まれ、重装機の巨体がよろめく。
研究員たちがざわめく。
「重装が翻弄されている……!」
「速度差で完全に圧倒されているな」
「空戦型の有用性がこれほどとは……」
(あーあ、こういう反応は危ない。
ちょっと結果出したら、急に期待値が跳ね上がるやつだ。
飛行制御って難しいよ!地上型がどんなのか知らないんだけどさ!!)
「フィニッシュだ、ハクロ! 真上から蜂の巣にしろ!」
機体が急上昇。
真上から一直線にビームガンを乱射。
光の雨が《ガルダイン》を覆い尽くし、セーフティフィールドが警告音と共に真っ赤に点滅する。
「……これまでだ」
社員が声を絞り出した瞬間、試合終了。
「勝者、《ハクロ》!」
研究員の拍手が響く。
*
父さんが腕を組んで笑う。
「三戦三勝。上出来だな」
胸のコアが淡く光る。
ハクロの瞳がゆっくりと明滅した。
「……うん。でも今日はここまでかな。正直、頭パンクしそう」
(本音を言えば、もう風呂と布団とカツ丼のことしか考えられない)
「ははっ、そうだな。白夜はこの辺で切り上げよう」
父さんが僕の頭に手を置く。
軽くくしゃりと撫でる手の感触に、ちょっとだけ胸が温かくなる。
セーフティフィールドが解除される。
ラボの照明が通常色に戻り、機械音の残響だけが耳に残る。
ハクロがゆっくりと着地し、背部ジェットから薄い蒸気を吐き出した。
まるで「まだいける」と言っているみたいだ。
「……以上で初日のテスト終了だ」
父さんの声が響くと、研究員たちがぞろぞろと集まり始める。
「空戦能力、予想を遥かに上回ってるな」
「ジェットの安定度、想定以上。ただし稼働時間は短い」
「冷却系、追加した方がいいですね」
「出力切り替えの訓練も必要だ」
(うわー……この人たちは“終わり”じゃなくて“始まり”なんだな…
父さんが軽く咳払いをして、僕の方を向いた。
「白夜。今日の三戦、見事だった。……だが、もっと楽しみたいならここで満足しちゃいけない」
その目は優しいけれど、どこか挑戦的だった。
「エイドロンは成長する。マスターと共に、な」
僕は頷く。
腕輪の画面に映るハクロのシルエットを見つめながら、自然と笑みがこぼれた。
「うん。僕とハクロは、もっと強くなるよ。……これが僕の夢だったからね」
胸の奥が熱くなる。
子どもの頃テレビで見たホビーアニメ。
その中の主人公たちみたいに、僕も実際に戦っている。
最高だ。
僕はハクロの光る瞳に向かって、小さく拳を握った。
「行こう、ハクロ。これから始まるんだ——僕たちのバトルが!」
ハクロのコアが、静かに応えるように明滅した。
(やっぱりこれ、主人公のスタート場面っぽくない?本当にホビーアニメの世界だったりする?)
*
そして——。
高校入学までの二週間は、まさに風のように過ぎ去った。
父さんの会社に通い詰め、社員たちの手厚い指導を受け、ハクロとの連携を徹底的に磨く日々。
何度も実戦データを積み、何度も倒れ、何度も立ち上がった。
そのたびに、ハクロの反応はより人間らしく、より頼もしくなっていった。
冷却システムの調整。
ジェットパックの推力制御。
ビームガンの射撃モード切替。
空中戦と近接戦を組み合わせた立体コンボ。
一つひとつを反復し、理解し、修正し、また挑戦する。
正確に言うなら、「機体に染み込ませ、僕は理屈を整理する」。
前世で覚えたPDCAサイクルの思考が、まさかエイドロン訓練で役に立つとは思わなかった。
さらに父さんのコネ全開で、試作の頭部パーツと脚部パーツをタダで支給。
ラボの塗装ブースから引き出されたハクロは、つや消しの白と黒のツートンに再塗装され、まるで新シリーズの主役機のような仕上がりになった。
滑らかな装甲。研ぎ澄まされたフォルム。
白と黒の境界が光を反射し、まるで“昼と夜の狭間”を象徴するかのように輝く。
(……これだ。プロトタイプじゃない。完成された“僕の相棒”だ。
僕が十二年間待ち望んだ、魂を預けられる存在——ハクロ。)
コア《ハクロ》は、戦闘や日常の積み重ねから経験を吸収していく。
そして経験値が一定に達すると、内部からスキルが芽吹く——。
この二週間で生まれたのは、たとえば「神速」や「スプレッドレイン」といったもの。どれも便利でハクロを輝かせるものだ。
コアは、ただの動力源ではない。
マスターとともに成長し、心を通わせる“もう一つの魂”だ。
神様の贈り物、という言葉が、今ならよく分かる。
(……積み上げてきたものが、高校でどこまで通用するかな。
顔だけって言われないように頑張らないと。
ていうか、もし“主人公”が他にいたら、僕どうすればいいんだ?)
苦笑しながらも、心の奥でワクワクが止まらなかった。
(まあいいか。与えられた役割より、楽しんだもん勝ちだろ。)
ハクロの目が静かに光る。
その光を見た瞬間、胸の奥に確かな声が響いた気がした。
——「そうだな。俺たちの出番は、まだ始まってもいない」
白夜は小さく息を吐き、笑う。
「僕らが、この物語の主役だ」
ハクロのコアが、柔らかく明滅した。
まるで、その言葉に頷くように。
機体名 :スキュラ
型式番号:EID-SCR-04
製造社 :エイテック重工
コア :
部位 :
頭(多眼型センサー:広角視界&暗視対応)
/右(ワイヤーランチャー:対象を絡め取る捕縛ユニット)
/左(ワイヤーランチャー:牽制や射撃補助に使用可能、両腕対称装備)
/脚(多脚型クローラー:四脚+補助二脚で安定性と地上機動に優れる)
/背(弾倉ユニット:小型実弾兵装〈マシンガン/グレネード〉を格納)
主要数値:
全高 :210cm
重量 :310kg
稼働 :55分
COOL :15s(ワイヤー射出後の巻き取りに必要)
HEAT :上限125%
コアスキル:
備考 :
エイテック重工が開発した制圧型地上エイドロン。
多脚構造による安定性と捕縛能力で、対空機・高速機の天敵とされる。
ワイヤーは実弾兵装と連携することで確実なダメージを与える設計。
装甲は中厚で耐久性は標準。火力は低めだが持久戦に強い。
「地を這う支配者、なんでもかんでも絡め取れ!
——“制圧の蜘蛛”スキュラ、登場。」
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