ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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40話

 教室で授業が終わるころには、ノートの隅に走らせていたメモの字も霞んでいた。

 気づけばもうお昼で、教室のざわめきが放課後の空気に変わっていく。

 

(……集中してたら、もうこんな時間か)

 

 午後のリーグ戦では、昨日手に入れたスティングレイをあえて温存した。

 装備はいつものビームガンとエストック。

 高度を取って空から間合いを取り、じわじわとビームで削る。

 焦れた相手が突っ込んできた瞬間――急降下、スラスター全開、エストックで強襲。

 結果は、危なげなく勝利だった。

 

(……やっぱりビームガンでも勝てるは勝てるけど。火力は足りないよなぁ)

 昨日テッペイと調整したスティングレイの挙動を思い出す。

 あの重量感と安定性、出力の伸び。

 ビームガンとは別次元の手応えだった。

 本番で使うのが楽しみだ――そんなことを考えながら、アリーナを後にした。

 

 自習室へ向かう途中、曲がり角で見慣れた二人の姿に出くわした。

 

「白夜くん!」

 桃香が手を振る。柔らかな笑顔が日の光を反射して、一瞬だけ眩しかった。

 その隣で七海が軽くため息をつくように、けれど微笑みを浮かべていた。

 

「二人ともリーグ戦終わった?」

「うん、勝ったよ!」

 桃香が嬉しそうに胸の前で拳を握る。

「来年はきっと同じクラスだよ、ねっ!」

 

 その勢いに、僕は思わず笑ってしまう。

「その調子ならそうかもね」

 

「でも、油断は禁物!」

 七海が真面目な口調で桃香をたしなめる。

「勝ったって言っても、まだ5月だしね?」

「わかってるよーななちゃん……」

 桃香が頬をふくらませて返す。

 

 

 それから七海が、ふと僕のほうを見た。

 その目に、ほんの少しだけ挑むような光が宿っていた。

「――次は私が勝つから。首を洗って待ってて!」

 

「おっ、宣戦布告か」

 僕は笑って、軽く肩をすくめる。

「じゃあ僕も宣言しておくよ。1学期中にカップ戦で優勝する。その方が七海も挑み甲斐があるでしょ?」

 

「優勝……? 1年で?」

 七海が少し目を丸くした。

「そんなの、簡単にできるものじゃないでしょ?」

 

「約束もあるからね。それに目標は高いほうが良いしね」

 

 そう言うと、桃香がぱぁっと顔を輝かせた。

「すごい! じゃあ、ななちゃんと一緒に応援しに行くね!」

 

「えっ……ちょっと、私はまだ行くとは――」

 七海が慌てて言いかけるが、桃香はすでにテンションが上がっている。

「決まりっ! じゃあ二人で応援団だね!」

 

「……はぁ。もう、桃香は。……うん、わかった。行くよ」

 七海は呆れたように笑いながらも、どこか楽しそうだった。

 

 

 その様子を見て、僕も自然と笑みをこぼす。

「じゃあ、約束。……といっても、まだどのカップ戦に出るか決めてないけど」

 

 七海は生徒手帳を開きながら首を傾げた。

「カップ戦って、土日にあるやつでしょ?」

「そうそう。学外チームのやつも混ざってるけどね」

 

 横から桃香が画面をのぞき込み、「へぇ、こんなにあるんだ!」と目を丸くする。

 

 七海はページをめくりながら言った。

「私も気にはなってたけど……白夜は、もう出たことあるんだっけ?」

 

 

「うん。準決勝で負けたけど、二回勝って次で落ちた。

 小規模の大会だったけど、すごい先輩がいてさ」

 

「白夜くんでも負けるんだ!?」

 桃香が目を輝かせる。

 

「やっぱり上級生って、みんなそんなに強いの?」

 七海の声には、興味とわずかな焦りが混じっていた。

 

 

 自習室へ向かう途中で立ち話になった僕らの会話は、いつの間にか真剣なものになっていた。

 

 

「うん、強いよ。経験の差っていうのかな……動きに無駄がなくて、読み合いが早い。

 こっちが仕掛けようとした瞬間には、もう次の手を打たれてる感じだった」

 

 あの時の光景を思い出す。

 息が詰まるほどの緊張と、わずかな油断を一瞬で見抜かれるあの感覚。

 

「えっ、そんな人たちがごろごろいるの?」

 桃香が驚きに目を丸くする。

 七海も腕を組みながら小さく唸った。

「一瞬の動きでそんなに差が出るなんて……。やっぱり積み重ねの差、なのかな」

 

「ま、上級生が全員そうってわけじゃないけどね」

 僕は肩をすくめて笑う。

 

「それでも……やっぱりすごいね。白夜くん、遠いなー」

 桃香が感嘆の声を漏らす。

 

「そんなことないよ」

 軽く笑って返すと、七海が少しだけ表情を引き締めた。

 

「でも――白夜はまた上級生相手のカップ戦で優勝するつもりなんでしょ?」

 

「うん。次は勝つよ。御門先輩にも“結果を出してから来い”って言われたし」

 

 その名前を出した瞬間、七海の瞳が一瞬だけ鋭く光る。

「……御門先輩?」

 

「うん。三年のトップリーグの人でさ。優勝して実績を作ったら、藤堂ラボに入ってもいいって。入室試験みたいなもんだよ」

 

「もう、そんな話が来てるの!?」

 七海が目を見開く。

「ラボに入れるなんて、一年で前例ある?」

 

「後期になればあると思うけど? 僕はカップ戦でその御門先輩と当たって、運良く目に留まったみたいでさ。気づいたらそんな流れになってた」

 

「……ふぅん」

 七海が腕を組み、どこか考え込むように呟いた。

 

 その横で桃香が「私もカップ戦に出ようかな!」と元気よく手を上げる。

「置いてかれるのはイヤだし! ななちゃんも一緒に出ようよ!」

 

「わ、私も?」

 七海が困ったように眉を下げる。

「でも確かに……今の時期に実績を作っておけば、後々有利ではあるわね」

 

「でしょ! じゃあ決まりっ!」

 桃香が即断し、七海が小さくため息をつく。

「ほんと、桃香は勢いだけで生きてるんだから」

 

「でも、いいと思うよ」

 僕は笑って口を挟む。

「刺激にもなるし、何より経験値になる。……ただ、カップ戦って一日に何試合もあるから、整備とか予備パーツの準備はちゃんとしたほうがいい。僕も前回、それで痛い目見たし」

 

「なるほどね。ありがとう、参考になったわ」

 七海が少し柔らかく微笑む。

 

「BPにも少し余裕あるし、次の土日パーツ見に行こうよ、ななちゃん!」

 桃香がすぐに乗っかる。

 

「そうね、そうしよっか」

 七海も頷く。その顔にはほんの少し楽しげな色が浮かんでいた。

 

「あー、ラボでもパーツの取り扱いしてるとこあるよ。知り合いのところとか見に行くのもいいかも」

 そう言うと、桃香がぱっと顔を上げる。

「そういうのもあるんだ! じゃあ、ななちゃん! ラボ探すのは任せて!」

 元気に胸を張る桃香。……うん、やっぱり胸大きいな。

 

 七海はそんな桃香に苦笑を浮かべ、ため息をひとつ。

「ほんとにもう……。でも、悪くないかもね」

 

 ふいに七海が思い出したように口を開く。

「でも、カップ戦ってどうやって出場するの? リーグ戦みたいに自動参加じゃないよね?」

 

「うん、登録制。エントリー期間内に申請して、審査を通れば出られる。生徒手帳から確認とエントリーもできるよ」

 

 

 僕はポケットから手帳端末を取り出して画面を開いた。

 アプリには大小さまざまなカップ戦の一覧が並んでいる。

 

「この“アクアバトルカップル”ってやつは?」

 七海が指先で画面を指す。

 

「へぇ、水上戦メインの中規模大会か。こんなのもあるんだな」

 画面を覗き込みながら僕は頷く。

「七海向きじゃない?たしか水上戦もいけたよね」

 

 

 七海が少しだけ目を細めて笑う。

「覚えてたんだ。……まぁね。動きが読みやすい環境のほうが、私には合ってるのかも」

 

 桃香が目を輝かせる。

「じゃあ、ななちゃんも出よう! “白夜くん、追いつくから待ってなさい大会”だね!」

 

「ちょっと、それ大会名じゃないから!」

 七海が慌ててツッコミを入れる。

 

 

 そんな二人の掛け合いを見ながら、僕は小さく息を吐いた。

「僕も二人に追いつかれないように頑張るよ」

 そう言って手を振り、自習室に向かおうとしたところで――

 

「ねぇ、白夜くん!」

 桃香が小走りで隣に並ぶ。

「私たちも一緒に行っていい?」

 

「え、自習室に?」

「うん、今日まだ課題終わってないし、三人でやったほうが捗るかなって」

 

 七海が半ば呆れたように息をつきながらも、肩をすくめる。

「……ま、どうせ放課後は勉強するつもりだったし。いいんじゃない?」

 

「じゃあ、決まりだな」

 僕は笑って頷き、三人で並んで歩き出す。

 廊下の窓から射す夕陽が橙色の影を長く伸ばしていた。

 

 

 *

 

 

 自習室には、窓から差し込む西日のオレンジ色が満ちていた。

 三人並んで座ると、静かな筆記音だけが響く。

 隣で桃香がペンをくるくる回しながら、ちらちらと僕のノートを覗き込んでくる。

 

「ねぇ、白夜くん、ここ……ちょっと教えてくれる?」

 上目づかいでノートを差し出される。

 距離が近い。指先がほんの少し触れて、心臓が跳ねた。

 

「えっと……ここは、こっちの公式を使うんだ」

 できるだけ平静を装ってペン先を示す。

 けれど、横から覗き込む桃香の髪が肩に触れて、集中なんてできやしない。

 

「なるほど……ありがと」

 彼女は小さく微笑んで、頬杖をついた。

 

 めっちゃいい匂いした。

 

 反対側の席から七海が呆れたようにため息をつく。

「もう……二人とも、勉強しに来たんでしょ」

 そう言いながらも、七海の声はどこか柔らかかった。

 

「ごめんごめん、今やる!」と桃香は笑いながらペンを取る。

 その笑い声が、妙に心地よく響いた。

 

 夕方のチャイムが鳴るまで、三人の時間は穏やかに流れていった。

 ――だけど、心のどこかで僕は思っていた。

 この静かな時間が、ほんの少し名残惜しいと。

 

 

 

 *

 

 翌朝、教室に入ると、貴志がやけに機嫌良さそうに席に座っていた。

 僕が自分の席に腰を下ろした瞬間、すぐ前の席の貴志が勢いよく振り向く。

 

「白夜! 聞いてくれよ!」

 開口一番、顔がもう勝ち誇っている。

 

「おはよう。……どうしたんだよ、そんなに上機嫌で」

「ついに! 21戦11勝10敗! 勝ち越したんだよ俺!」

 

「おお、やるじゃん」

 僕が笑って肩をすくめると、

 貴志は声を抑えて、さらに身を乗り出し隣の席のこの江に聞こえないように小声で叫んできた。

(え?なにその技術、凄いんだけど)

 

「しかもな、昨日の試合――黒崎と高城、それにこの江も応援に来てくれてたんだぞ! やばくね!? 俺、モテキ到来してるかも!」

 

「はいはい。よかったな」

 心底楽しそうに話す貴志を見て、僕もつい笑ってしまう。

 でも、少しだけ真面目な声で言った。

「でも来年、この江と同じクラスになりたいなら、もうちょっと勝率上げた方がいいかもな」

 

 

「えっ……?」

 貴志が固まる。

 

「二年のクラス分け、リーグ戦の順位順だって聞いたぞ」

「……マジで!?」

 貴志の顔から血の気が引いた。

 けど、次の瞬間には拳を握り締めて「よし、俺はバトルで生きる!」とやる気を燃やしていた。

 

(単純だなぁ……)と思いながらも、僕は少しだけ微笑む。

「頑張れよ貴志。そういう素直なとこは嫌いじゃないよ」

 

 

 

 ――ただ、その視線の先にいたのは、この江だった。

 彼女は少し遅れて教室に入ってきて、僕の右隣の席に座る。

 貴志は何か話しかけようとして、結局何も言えずに前を向いた。

 

 

(おいおい……そこまで来て黙るのかよ)

 心の中で苦笑しながら、僕はノートを開いた。

 

 この江は、そんな僕の様子に気づいたのか、小さく首を傾げて微笑む。

「おはようございます、白夜くん」

「おはよう、この江」

 

 その笑顔を見て、胸の奥がほんの少しだけ温かくなった。

 ――けど、僕にとってのこの江は“守るべき後輩”のような存在で、恋愛のそれとは少し違う。

 

 その微妙な距離感のまま、今日もまた、僕たちの一日が始まっていく。

 

 

 

 そうして1週間が過ぎて5月の2週目の終わりの金曜日に僕は出場するカップ戦を厳選していた。

 

 放課後の教室に、傾いた陽が差し込んでいた。

 窓ガラスがオレンジ色に染まり、机の上の端末が淡く光を反射している。

 人の気配はもうない。チャイムの余韻が遠くに消え、静けさだけが残っていた。

 

 机に肘をついて、生徒手帳の画面を開きながら僕は眉を寄せた。

「どのカップ戦に出るか……ここが肝心なんだよな」

 

 アプリには週末開催の大会がずらりと並んでいる。

《EID-TRIAL: 05(エイドロン・トライアル05)》《アトラス・エンジニアリング杯》《黎明杯(れいめいはい)》――

 

 それぞれに特徴があった。

 屋外の地形戦を主体とする大会、学内技術部の協賛による実験型トーナメント、そしてリーグ上位者が狙う名誉ある大規模の大会。

 

「規模が大きいのは避けた方がいいしな……けど、あんまり小規模すぎても実績として弱いし」

 思わず独り言が漏れる。

 

 スティングレイの性能を活かすなら、遠距離と中距離の混合ステージが理想だ。

 バトルフィールドが広い大会の方がいい。

 

 端末の画面をスクロールしていくと、一つの大会が目に留まった。

《学院戦技大会(アカデミア・アセンブル)》――中規模の都市フィールドを想定した大会で、ノービス・スタンダード・アドバンスリーグまでって縛りがある。

 

 

「これだな」

 スティングレイの特性にも、ハクロの機動にもぴったり合う。

 

 登録ボタンを押しかけたとき――

「白夜くん、まだ残ってたんだ」

 

 振り返ると、扉のところにこの江が立っていた。

 カバンを抱えて、少しだけ首を傾げている。

 

「うん、ちょっとカップ戦のエントリー見てて」

「あ……出るんだね」

 

 その声は少しだけ震えていた。けれど、すぐに笑顔が咲く。

「がんばってください。私……応援してます」

 

「ありがとう。この江もリーグ戦、調子いいみたいだね」

「えへへ、まぁ……白夜くんに教えてもらったおかげ、かな」

 

 少し照れくさそうに笑う彼女を見て、僕も自然と笑ってしまう。

 その笑顔はまだ幼くて、どこか守ってやりたくなる。

(ほんと、娘みたいだよな……)

 

「じゃ、帰ろっか。もう暗くなるし」

「はい!」

 

 二人並んで歩く廊下。

 外はもうすぐ夜の帳が降りるころ。

 街の光が遠くに滲み始めていた。

 

 その瞬間、僕の胸の中でひとつの思いが浮かぶ。

 ――このカップ戦、絶対に勝ってやる。

 御門先輩との約束を果たすために。

 

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