とは言ったものの――まだ5月の3週目の土曜日でカップ戦は6月の1週目の土日からでまだ日にちがある。
僕は寮の部屋でエントリー画面を見つめていた。
「……カップ戦は再来週から、か」
大会は2週にわたって行われる。
初日の土曜日に1試合、翌日曜日に1試合。
平日を挟んで翌週の土曜日に2試合、最終日の日曜に2試合――
計10試合。もちろん、最後まで勝ち残ればの話だけど。
参加人数は――なんと128名。
「思ってたより……でかいな」
端末をスクロールしながら、思わず苦笑がこぼれる。
最初の週は4人一組のバトルロワイヤル形式。
勝ち残った1名だけが次のラウンドに進む。
日曜日も同じくバトルロワイヤルで、勝ち残りが16名になる。
そして翌週――
その16名による1対1のトーナメント戦が始まる。
準決勝、決勝、そして3位決定戦。
「よし!」と息を吐き、エントリー画面を閉じた瞬間、背後から声がした。
「お、出る大会決まったんか?」
振り返ると、テッペイがタブレット片手にこっちを覗き込んでいる。
「うん、これだよ」
僕は端末を向けて画面を見せた。
*
大会概要
本学院戦技課では、新入生および中級リーグ所属者を対象とした、校内公式大会 《学院戦技大会(アカデミア・アセンブル)》を開催します。
この大会は「ノービス」「スタンダード」「アドバンス」各リーグに所属する生徒が、自身の実力を証明するための公式カップ戦です。
ノービスにとっては初めての本格実戦。
そして中間層にとってはステップアップの為の舞台です。
奮ってご参加ください。
大会形式
参加人数:128名
予選ラウンド1:4人バトルロワイヤル(勝ち抜け1名)
予選ラウンド2:4人バトルロワイヤル(勝ち抜け2名)
決勝トーナメント:16名による1対1シングルエリミネーション
試合数:全28試合(優勝者は6試合出場)
開催期間:2週間(学院戦技アリーナ/学内外への配信あり)
*
テッペイは画面を覗き込み、腕を組んでうなった。
「……アピールには最高じゃねぇか。配信付きってことは、テレビとか映るのかよ!」
「まぁ、そうなんだけど……結構ハードそうだよな」
僕が苦笑いで返すと、テッペイは顎をさすりながら呟いた。
「予選2回抜けて、そっからトーナメントってことは……最低でも6戦? 機体の整備、間に合うのか?」
その一言で、僕の背筋がピンと伸びた。
「……そういえば、優勝するまで顔見せるなって、藤堂室長に言われたような」
そうだ――あの人は確かにそんな感じのことを言っていた。
御門先輩も同じように「結果を出してから来い」と言っていた。
「ってことは……」
「整備、全部自分でやるしかねぇってことだな」
二人同時に口を開き、顔を見合わせる。
「……やばくね?」
「やばいな」
思わず沈黙。
藤堂ラボの設備は最高だが、それを使えないなら意味がない。
スティングレイは高出力兵装だし、エネルギーラインのチューニングミスなんて起こったら大惨事だ。
それを自分たちで、全部無傷って訳にもいかないだろうし、それも込みで試合の合間に整備するなんて……。
「なぁテッペイ、手伝ってくれるか?」
「……無理ではねぇけど、かなりきついな。そもそも手持ちの部品で足りるか分かんねぇし。どっかのラボが貸してくれるんならいけるかも知れねぇけど」
「伝手が……あるといえば、ある」
「マジで!? どこ?」
僕は少しだけ言葉を詰まらせた。
「……螺子川ラボ」
「はっ!?」テッペイの目が一瞬で輝いた。
「螺子川ラボって、あの螺子川先生の!? “ネジかわよ”の!? あのおっぱいの!」
「ちょ、うるせえ……!」
僕が慌てて手を振ると、テッペイは完全に興奮状態だ。
「マジかよ白夜、お前知り合いだったのか!? 俺も行く!絶対行く!」
「えぇ……何しに?」
「決まってんだろ、頼みに行くために、だよ!」
にやにやした笑みの裏に、魂胆が透けて見えた。
(ああ、“螺子川おっぱい”が目当てだな…分かりやすい…)
テッペイは拳を握って力強く宣言する。
「白夜! 俺たち二人で大会優勝作戦だ!螺子川ラボの力、借りに行くぞ!」
「いや、作戦って……」
呆れながらも、少しだけ笑ってしまう。
でも、確かに悪い案ではない。
藤堂ラボには顔を出せない。自分たちだけでは不安。なら――。
「……わかった。行こう。螺子川ラボへ」
「おう! 任せとけ!」
テッペイが親指を立てた。
窓の外では、すでに夕日が沈みかけている。
明日行って頼んでみるか。
(――お願いします、螺子川先生。あなたのラボの技術、少し貸してください)
心の中で小さくそう呟いた。
*
翌朝、まだ空気に少し冷たさが残る時間。
僕とテッペイは学院の技術棟の奥にある――螺子川ラボに向かっていた。
朝からテンションが高いテッペイは、すでに出発前から準備万端。
むしろ僕より先に起きて、工具バッグを肩に担いで待っていたほどだ。
「お前、なんでそんなに早いんだよ……」
「決まってんだろ。螺子川ラボだぞ?日曜の朝に行けるとか、特大イベントじゃね?」
「そんなに特別扱いするなよ……」
「白夜はわかってねぇ。男の夢だぞ、あの先生は」
「……おっぱいの話ならおいてくぞ」
「違ぇよ!? いや違くはないけど!」
そんなくだらないやり取りをしながら、僕たちは螺子川ラボの前に到着した。
ラボの扉は相変わらず、ところどころネジが露出したままの手作り仕様。
けれど、機械油と金属の匂いが混ざる独特の雰囲気は、妙に居心地がいい。
僕とテッペイは扉の前に立ち、顔を見合わせた。
「よし、行くぞ」
「おう!」
ノックを三回。
「どうぞ〜!」
中から聞こえたのは、どこか間延びした明るい声。
扉を開けると、機械音と話し声、そしてコーヒーの香りが一斉に押し寄せた。
螺子川ラボの中は、相変わらず賑やかだった。
壁際では整備班の上級生たちがハンディ端末を見ながら調整データを読み上げ、
中央の作業テーブルでは――あの人がいた。
「いらっしゃーいー」
間延びした声とともに、作業用のツナギ姿の女性が振り返る。
胸元までジッパーを下ろし、手には工具。飾らない格好なのに、不思議と華がある。
螺子川かよ先生――通称「ネジかわよ先生」。
見た目はどう見ても技術者というよりグラビアアイドル寄りだが、れっきとした教職員である。
「おはようございます、先生」
「おはようございますっ!」テッペイがテンション高く頭を下げる。
「おやおや、白銀くん。また修理かー?」
「いえ、違います。ちょっと相談がありまして……」
「ふーん?」
先生は少し顎に指を当て、僕の顔を覗き込む。
その仕草だけで、テッペイの鼻息が荒くなった。
「じゃあ金成ちゃん、あとよろしくー。こっちは作業詰めとくからー」
そう言って、先生は手に持っていたレンチを片手で回し、奥の作業台へと戻っていった。
茶色のポニーテールがひょいと跳ねる。
その横で、眼鏡をかけた女性が立ち上がった。
落ち着いた雰囲気に細身のシルエット。
螺子川ラボの専属バトルオペレーター、金成先輩だ。
「おはようございます、白銀くん。久しぶりですね」
「おはようございます。お時間取らせてすみません」
「いえいえ。先生の放任はいつものことですから」
金成先輩は小さく微笑み、作業資料をまとめてテーブルの上を整えた。
「では――お二人とも、こちらへどうぞ」
丁寧な仕草で手を差し向ける。
僕とテッペイは揃って頭を下げ、「ありがとうございます」と声を合わせて席に着いた。
座るとすぐに、机の上に淹れたてのコーヒーが置かれる。
芳ばしい香りが漂い、気持ちが少し落ち着いた。
彼女は端末の資料を手際よくまとめ、テーブルの上を片付けると、僕たちに席を勧めた。
テッペイもぺこぺこと頭を下げながら、興味津々に部屋を見渡していた。
「ここが……螺子川ラボ……。うわ、すげぇ。やっぱ専用って良いよなぁ……!」
半ば呆然としたように呟くその声に、金成先輩がくすりと笑う。
「白銀くん、前回のカップ戦ぶりでしょうか?」
「はい。その節はありがとうございました」
僕が頭を下げると、金成先輩は軽く頷く。
テッペイが僕と金成先輩の会話を聞いていたテッペイが、ぽつりと呟く。
「すげぇ……クール美人だ……」
聞こえていたのか、金成先輩が少しだけ苦笑する。
「……評価ありがとうございます」
金成先輩は端末を操作しながら言う。
「それで……相談というのは、機体調整? それともカップ戦のエントリー関係ですか?」
僕は頷いた。
「はい。再来週からの《学院戦技大会》に出場するんですが、整備体制が足りなくて……。
もし可能であれば螺子川ラボの設備を――少しだけ貸してもらえないかと」
金成先輩は一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに落ち着いた笑みを浮かべた。
「なるほど、事情は理解しました。……ですが、それは螺子川先生の判断になりますね」
「もちろんです。勝手なことはしません。ただ整備するのが他のラボと関わりのあるパーツで」
と恐る恐る付け加える。
その言葉を聞いた瞬間、金成先輩の指が止まった。
眼鏡の奥の目が、わずかに細められる。
「……どこのラボのパーツを使用しているんですか?」
「藤堂ラボの武器パーツです」
「なるほど。あそこのラボとはほぼ同期ですし、先生も仲は悪くないです。問題はないと思いますが――」
金成先輩は少し考え込み、続けた。
「白銀くんは、もう藤堂ラボの所属扱いですか?」
「いや、僕もまだ実績が足りないって言われて、それで優勝したら入室を認めると言われて」
「ふむ……そういうことですか」
金成先輩は納得したように頷き、今度はテッペイを見る。
「彼は藤堂ラボの新人ですか?」
「ルームメイトで、僕の整備を手伝ってくれてるんです」
「はい!工藤鉄平です!ハクロの調整は僕がやりました!」
胸を張って答えるテッペイの勢いに、金成先輩は一瞬きょとんとし、次の瞬間ふっと笑った。
「なるほど。では白銀くんも工藤くんも、まだどこのラボにも正式所属はしていないわけですね?」
「はい、そうです」
金成先輩は小さく頷き、端末を操作しながら言った。
「わかりました。螺子川先生に確認を取りますが、基本的には協力できると思います。
他ラボ所属者だと許可しにくいですが、未所属なら問題ありません」
「本当ですか!」
僕とテッペイは思わず顔を見合わせ、勢いのままハイタッチを交わした。
金成先輩は苦笑しながらも、どこか嬉しそうに見えた。
「ただし――貸す代わりに、工藤くんにはこちらの整備補助を少しお願いすることになるかもしれません。構いませんか?」
「もちろんです! 恩返しのつもりで来ましたから!」
僕が即答すると、すかさずテッペイが抗議の声を上げた。
「おい!俺の意思は!?!? 一応、確認しようぜ!?」
そのやり取りに、金成先輩の肩がわずかに揺れる。
笑いをこらえるように目を細め、端末を操作しながら言った。
「……熱量は十分ですね。では正式な申請を通しておきます」
彼女の手際は見事だった。
タブレットに僕の名前とハクロの機体番号が次々と入力され、整備許可証が生成されていく。
一連の作業を終えると、金成先輩は静かにコーヒーを一口飲み、落ち着いた声で続けた。
「では、工藤くんは――今日からお借りしますね」
「え? えぇ!? まじで!?」
テッペイが椅子を引いて立ち上がるより早く、
ラボの奥からネジかわよ先生の明るい声が飛んできた。
「お手伝いくーん! ちょうど人手足りなかったのよ! こっち来なー!」
そのままの勢いで、先生はテッペイの腕をつかんでずるずると奥へ引っ張っていく。
テッペイは一瞬だけこっちを振り返り、にやけ顔で親指を立ててみせた。
(……完全に嬉しそうだな)
「おーい!白銀くん、“おまけ”期待しときなー!」
螺子かわよ先生の声が、作業スペースの奥から響いた。
金成先輩は立ち上がって小さくため息をつく。
「先生の気まぐれなサービス、というやつでしょうね。……工藤くんに何か作らせるつもりだと思います」
「テッペイが、ですか?」
「ええ。ああ見えて先生は教えるのも上手ですから、きっと面白いものができあがりますよ」
そう言って金成先輩は、眼鏡の奥で穏やかに笑った。
僕は立ち上がり、深く頭を下げる。
「ありがとうございます。またお世話になります」
金成先輩はゆっくりと頷き、柔らかな声で返す。
「ふふ……私は先輩ですから。白銀くんも、後輩ができたらきっと同じようにしてあげてくださいね」
奥の作業区画では、ネジかわよ先生がテッペイを捕まえて、すでに何か説明している声が響いてくる。
「お手伝い君!そこのトルクレンチ持ってきてー!あとそこ、測定値メモっといてー!」
「はいぃぃ!!了解っす先生!!」
すでに完全にペースを握られているようだった。
その様子に思わず吹き出してしまう。
(あいつ……顔が緩みすぎてるぞ……)
金成先輩も同じ方向を見ながら、小さく笑みをこぼす。
「工藤君、いい反応ですね。先生、ああいう素直なタイプが好きなんですよ」
「テッペイも楽しそうなんで気にせず使ってください」
「そうですね、彼にとっても悪いことではありません。きっと勉強になります」
そう言ってから、金成先輩はふとこちらを見た。
眼鏡の奥の視線が、少しだけ柔らかくなる。
「……白銀君、あなたもいい友人に恵まれていますね」
「はい。助けられてますね」
彼女は頷き、机の上の書類を整えると、静かに言葉を続けた。
「この世界では“機体を動かす者”ばかりが注目されがちですけど、
裏で支えてくれる仲間や整備士の存在があってこそ、勝負は成立するんです。
あなたのその姿勢――人を信じて任せる覚悟、私は好きですよ」
「……ありがとうございます」
ラボの機械音が遠くで響く。金属の軋む音が、なぜか温かく聞こえる。
金成先輩は立ち上がり、机の端に置いてあったファイルを手渡してくれた。
「これ、螺子川ラボで使う共通アクセスカードです。
入室や機材、整備データを扱う際に必要になります。認証はもう通してありますので、自由に使ってください」
「ありがとうございます。本当に助かります」
「いえ、こちらも助かりますよ。私もその大会は観戦するので良いところを見せてください」
「……それは、少しプレッシャーですね」
「ふふ、頑張ってくださいね」
頷いた僕は深く一礼してラボを出た。
背後ではまだ、ネジかわよ先生の明るい声と、テッペイの必死な返事が飛び交っている。
扉が閉まり、静かな廊下に出る。
空調の低い音だけが響く中、僕は少し立ち止まり、胸の奥で小さく呟いた。
(テッペイにも頑張って貰ってるんだからな――勝たないとだな)