その日の夕方、寮のドアがガチャリと開いた。
テッペイが、肩で息をしながら入ってくる。
顔には油の跡、袖口は金属粉で薄く白くなっていて、いかにも「一日中ラボにいました」という感じだった。
「おかえり。……すごい顔してるな」
「はは……おう。ただいま。地獄と天国両方味わったぜ……」
靴を脱ぐのもそこそこに、テッペイは椅子に腰を下ろした。
胸ポケットには、見慣れない小型のツールが差してある。
「それ、螺子川ラボのやつか?」と聞くと、彼はにやりと笑った。
「おう、ネジかわよ先生直伝の特製ツールだ。あの人、マジで天才だわ。何でも即席で作る。あと胸元からピンクの――」
「はいストップ。聞いてない」
「お、おう……でもまぁ、尊敬はしてる。マジで」
愚痴を言いながらも、どこか満足そうに口元が緩んでいる。
そう言いながら、彼はふらふらと立ち上がり、シャワーへ向かった。
湯気が出る音と同時に、鼻歌が漏れてくる。
疲れているのに、妙に機嫌がいい。
シャワーを浴びて戻ってくる頃には、肩の力が抜けていて、ベッドに倒れ込んだ。
「でもよ……白夜……」
寝返りを打ちながら、薄目でこちらを見る。
「楽しみにしとけよ……マジで、すげぇのができるからな……」
その言葉を残して、すぐに寝息を立てた。
――きっと、いい時間を過ごしてるんだろうな。
*
翌日の平日になってからも、テッペイは放課後になるとラボに通うようになった。
「今日も行ってくる!」と元気に出かけ、夜はヘトヘトになって帰ってくる。
でもその顔はいつも充実感に満ちていて、どこか誇らしげだった。
「今日も疲れた~!」
「また先生に頼まれた?」
「おう!なんか俺、もうお手伝い君から弟子3に昇格した!」
「なぁ白夜、金成先輩、めっちゃ優しいんだぜ。
俺のこと新人じゃなくてラボの一員として見てくれてる気がするんだ」
「よかったじゃないか。勉強になるなら何よりだよ」
「だろ? まぁ……ネジかわよ先生の“指導”も良いんだけどな」
最後の一言は照れ隠しのように笑ってごまかした。
笑顔でそう言う姿は、明らかに前より生き生きしていた。
工具の扱いも上手くなって、最近では僕の機体の微調整も一人でこなすほどだ。
――やっぱり、現場で磨かれる経験って違うんだな。
*
僕の方はといえば、平日は相変わらず忙しくも充実していた。
放課後は莉音たちと勉強したり、貴志のバトルの相談に乗ったり、
桃香と七海の勉強会にも顔を出していた。
貴志は最近、妙に張り切っている。
この江の前では空回り気味だけど、以前より確実に強くなっている。
僕が教室に入るなり、すぐ振り向いて「昨日の試合見たか!?」って話しかけてくるくらいだ。
(まぁ、あいつなりに頑張ってるんだな)
そして今週末――
七海と桃香がペアで出る《アクアバトルカップル》の開催日が迫っていた。
“カップル”とついているが、必ずしも恋人同士である必要はなく、
ペアの連携と信頼度を競うタッグ戦形式の大会らしい。
中には本当に恋人同士のチームもいるらしく、見ているだけでもドラマがある大会だという。
教室で帰り支度をしていると、桃香と七海が駆け寄ってきた。
「白夜くん! 明日、応援来てくれるんだよね!」
「もちろん。約束したからな」
二人は顔を見合わせて笑う。
どうやら、いよいよ明日がタッグ戦――《アクアバトルカップル》らしい。
「それにしても、すごい名前の大会だな」
「ねっ、カップルって書いてあるけど、そういうのじゃないんだよ?」
桃香が慌てて手を振る。
「男女ペアでも、ただ仲がいいとか、連携が上手いとか、そういう意味!」
「そうそう。私たちも、あくまで戦術的なペアだから」
七海がきっぱりと言う。
僕は肩をすくめて、「そういう、ね」と返す。
「……まぁ今の時代そういうのに偏見とかないから大丈夫だよ?」と軽口を叩くと、
桃香の顔が一瞬で真っ赤になった。
「ち、ちがうってば! もうっ、白夜くんのいじわる!」
慌てて抗議する声に、七海が呆れたように息をついた。
「ほら、そうやって動揺するから誤解されるのよ」
「ななちゃんまで〜!」
そんな二人のやり取りに、思わず笑みがこぼれた。
隣の七海は、そんな桃香を見て軽くため息をついた。
「ほんと、名前紛らわしいんだから。……でも、応援してくれるのは嬉しいわ」
「ああ。楽しみにしてる」
そう言うと、桃香が嬉しそうに笑った。
*
土曜日の朝。
窓から差し込む陽光が少し眩しく感じられた。
「じゃ、行ってくるわ!」
テッペイは早々に支度を終え、工具バッグを肩に引っかけて寮を出ていった。
あの調子だと今日も螺子川ラボにこもるつもりらしい。
目を輝かせて“師匠”呼びしてたし、最近はネジかわよ先生にすっかり弟子入り気分だ。
僕のほうはというと、今日は七海と桃香が出場する《アクアバトルカップル》の応援だ。
マップアプリを開くと、目的地までは徒歩で一時間近い距離と出ていた。
学園都市の外周部、マリンエリアと呼ばれる広大なウォーターリゾート地帯。
5月末から9月末までは「マリンアリーナ」として開放され、夏季にはプールや海上デッキを使ったイベントが行われる。
そして11月から3月末までは氷結装置によって「アイスアリーナ」へと姿を変える――
まさに四季対応の複合アミューズメント施設だった。
(歩きは無理だな……)
地図を拡大してみると、寮の近くからアリーナ直行のバスが出ているらしい。
時刻表を見ると、ちょうどいいタイミングで出発する便があった。
バス停には僕と同じように、休日モードの学生たちがちらほら集まっていた。
制服ではなく、私服姿――カップルっぽい雰囲気の子もいる。
《アクアバトルカップル》という名前だけあって、観客もどこか華やかだ。
バスに揺られておよそ十五分。
窓の外に、広大な水上アリーナのドームが見えてきた。
青と白を基調にした外観は太陽を反射してきらめき、巨大なガラスドームの下では水が眩しく輝いている。
まるでテーマパークのような賑わいだ。
バスを降りると、潮風のような涼やかな風が頬を撫でた。
(ここで試合をするのか……)
胸の奥がわずかに高鳴る。
いつも見ているアリーナとは空気が違う。開放感があって、観客の熱気も高い。
入口で入場パスを見せると、スタッフが笑顔で案内してくれた。
「観戦席は中央ステージの西側になります。タッグ戦の第一試合は十時からですよ」
観客席に向かう途中、モニターには出場チームの一覧が映し出されていた。
そこに「佐倉桃香・海月七海《ピーチマリン》」の名前を見つけて、思わず口元が緩む。
(あの二人なら息が合うかもしれないな)
会場に入ると、広大なプールのような水上フィールドが視界に広がった。
水面には、競技用の浮島(フロート)のようにいくつもの足場が配置され、それらが光の帯によって複数のゾーンに区切られている。周囲の観客席はすでに埋まりつつあり、実況席からはマイクテストの声が張り上げられていた。
(……しかし、あれだよな)
観客席の低い位置に、準備を整える選手たちの姿が見える。軽装のウェットスーツ風コスチューム、ビキニと海パン姿のカップル、ブーメランパンツの男二人組、さらにはスクール水着姿の筋骨隆々(マッチョマン)の二人組まで。いや、男同士のペアも多いな!
(ってことは……もしかして七海と桃香も……?)
頭の中で一瞬、その光景が閃いた。
七海が青系のビキニで、クールに水しぶきの中をオペレートする姿。桃香がフリルのついた水着で、少し照れながらもオペレートする姿。
うむ。どちらも良い!甲乙つけがたい、どちらも素晴らしい!
「……やるな、アクアバトルカップル。いろんな意味で観客を惹きつける大会だ」
水面の向こう、メインゲートから選手たちの姿が現れ始めた。大歓声が高まる中、僕は観客席の手すりに手をかけ、二人の登場を待った。
(桃香はやっぱりピンク系か?いや、色白だから黒も映えるな!七海はモデルのようなスタイルなんだから、絶対にビキニだろ!)
アナウンスが流れ、開会の挨拶が始まった。
各ペアの紹介とともに、巨大スクリーンにはエントリーカードが次々と映し出されていく。
「チーム《ピーチマリン》――!」
その名が読み上げられた瞬間、観客席が一段と沸き立つ。
歓声と拍手の中、カメラがズームし、スクリーンに二人の姿が映し出された――
僕は、息をのんだ。
「……おおっ……お……?」
そこに立つ二人は――まさかの制服姿だった。
いつも通りのブレザーにリボンタイ。
波打つ水面を背景に、完全に“登校風景”である。
モニターの中の二人も苦笑していた。
……なるほど、校内カップ戦だから“制服でいいか”という判断なのか。
うん、そういう苦笑いだ。きっと。
決して、“僕の期待が裏切られた”とか、そういう話ではない。
断じてない。
(僕はあくまでカップ戦を応援しに来たのだ。決して、水着姿の同級生を見に来たわけでは――)
……と言い聞かせながら、沈みかけたテンションをどうにか持ち直す。
気づけばもう、モニターには「NEXT MATCH」の文字。
桃香と七海の番が、始まろうとしていた。
*
スクリーンが暗転し、アナウンスが響き渡る。
『――チーム《ピーチマリン》、入場!』
水上アリーナが淡い青とピンクの光に包まれる。
静寂を破るように、舞い落ちる光粒が水面に触れた瞬間――波紋が広がり、二つの影がゆっくりと浮かび上がった。
スクリーンの中で、七海と桃香が手を取り合い、ゆっくりとステージ中央に進み出る。
アリーナの中心、水面を渡るようにして《アリエル》と《ベル》が並び立った。
二体の機体から放たれる青と桃色の光が水面を彩り、揺れる二本のリボンのように絡み合っていく。
「チーム《ピーチマリン》、準備完了!」
アナウンサーの声が響くと同時に、観客席が一斉に沸き立った。
まるで海そのものが歓声を上げるような、波のような熱気。
電子音が鳴り、フィールドの光帯が一斉に青白く輝いた。
一瞬の静寂――そして、爆ぜた水柱。
水が弾け、陽光を受けて霧のように舞い上がる。
《アリエル》が水面を滑るように前へ。
その姿はまるで水の妖精が舞うようで、軽やかに波を切り裂いていく。
続く《ベル》の光弾が軌跡を描きながら散り、まるで流星群のように《アリエル》の周囲を包み込む。
反射した光がアリーナ全体を照らし、観客席を虹色に染めた。
「ななちゃんっ!」
「ええ――波に乗って!」
水面を渡る声と声が重なる。
音と光、二つの波が同時に放たれた。
《アリエル》の歌声が響く。
高周波の波紋が水面を震わせ、周囲の浮島が細かく震動する。
その振動を受けて《ベル》の照射弾が乱反射し、まるで万華鏡のように輝きを増していった。
観客席からどよめきが起こる。
「なにあれ、水と光の連携!?」「ステージ全体がスクリーンみたいになってる!」
波しぶき、光弾、旋律。
アクアアリーナ全体が一枚の映像のようにきらめき、
《ピーチマリン》の戦いが、まさに“開幕ショー”として幕を上げた。
《アリエル》の歌声が高まるたびに水面が震え、
《ベル》の光弾がその震動を拾って散る。
音と光と水がひとつの映像のように重なり、
アクアアリーナ全体がまるで巨大なスクリーンのように輝き出す。
「これが……ショータイムか」
僕は思わず呟いた。
バトルの前なのに、観客の視線を完全に奪っている。
彼女たちの世界が、ステージの中心で確かに輝いていた。
『――ショータイム、終了。続いて対戦チームの入場です!』
アナウンスが響き、スクリーンが切り替わる。
「対するは――チーム《マッスルオーシャン》!!」
その瞬間、空気が変わった。
ステージ奥の水面がぐわっと盛り上がり、金色のスポットライトが照射される。
現れたのは――肩幅が常識を超えた二人組。
「うおっ……まぶしっ!」
思わず手で目を覆う僕。
スクリーンには、波を割って現れる二体の巨体が映っていた。
日焼けした肌にオイルが輝き、波の上でポーズを決めるその姿は、まさに肉体そのものが武器。
スクリーンには、筋肉の波がスローモーションで映し出されている。
実況がテンション高く叫ぶ。
「登場しましたのは! 筋肉戦艦《ツナアタッカー》を駆る《マッスルオーシャン》! 本日も上半身シンクロ率100%、そして恒例の“ピッチピチ・ブーメラン装備”ですッ!!」
観客席がどよめきと悲鳴に包まれる。
「筋肉が反射してる!」「水滴弾いてる!」「照り返しで目が焼ける!」「まるでデカいビートバンだ!」
二人は見事に揃った動作で腕を組み、ポーズを決めた。
「パワーイズ……ウェイブ!!」
「オーシャンパワァァァァ!!!」
その瞬間、水柱が吹き上がり、虹がかかる。
(出オチがすぎるだろ……)
僕は半ば呆れながらも笑ってしまう。
実況が畳みかける。
「この二体、《ツナアタッカー》の特徴は驚異の水圧耐性と突進力! “泳ぐより殴る”をモットーにした水上格闘機です!」
(……コンセプトがすでに物理法則への挑戦じゃないか)
思わず心の中でツッコむ。
対照的に、《ピーチマリン》の二人は静かに構えを取った。
七海の《アリエル》は水面を軽く滑り、歌声を解き放つ準備に入る。
桃香の《ベル》は背中のユニットを展開し、光の反射角を測っている。
観客席が再び静まり返る。
筋肉と光、力と旋律――まったく相反する二つの波が、今、交わろうとしていた。
「《ピーチマリン》対《マッスルオーシャン》――」
審判が腕を上げ、息を吸い込む。
「――バトル、スタートッ!!」
アナウンスの声が弾けた瞬間、アリーナの照明が一斉に切り替わる。
巨大モニターの上にハート型のエフェクトが次々と浮かび、ピンクとブルーの光が絡み合う。
恋人たちの戦い――そんなテーマを体現するような、やたら甘ったるい演出。
観客の中には、すでにペアグッズを掲げて声援を上げる者までいる。
けれど、そんな柔らかい空気を一瞬で吹き飛ばすように――
ドンッ!! という爆音がアリーナを震わせた。
ツナアタッカーの両腕が海面を叩きつけたのだ。
衝撃で立ち上がった水柱は十メートルを優に越え、光を受けて虹を描く。
水飛沫の中から、巨体が轟音を伴って突き進んだ。
重機のようなエンジン音が響く。
まるで海そのものが唸り声を上げているようだった。
(速っ――!?)
観客席のあちこちから驚愕の声が漏れる。
筋肉でできた水上戦車《ツナアタッカー》が、全身のバーニアを水中に向けて噴射。
爆発的な水圧反動で、二体は魚雷のような速度で一直線に突撃してくる。
その水圧の波がアリーナの縁にまで届き、最前列の観客たちが歓声と悲鳴をあげた。
実況が興奮気味に叫ぶ。
「うおおっと! 《マッスルオーシャン》、まさかの開幕ダッシュ! これが“殴るより早く泳げ”戦法だぁぁぁッ!」
七海の声が鋭く響いた。
「ベル、右へ回避!」
「了解っ!」
桃香の返答と同時に、ピンクの残光が水上を横切る。
《ベル》が急旋回し、スラスターの噴流が水を裂いた。
その瞬間、桃香の指が閃き、連射モードの光弾が水面に散る。
爆発的な反射光が乱れ飛び、水柱を鏡のように弾ませてツナアタッカーの視界を一瞬奪った。
「今よ、《アリエル》!」
七海が即座に応じる。
「――スクリーム!」
《アリエル》の喉元ユニットが開き、共鳴波を発射。
水面に幾重もの同心円状の波紋が走り、低音域の衝撃波が空気ごと震わせた。
ツナアタッカーの巨体が、まるで時間を止められたかのようにその場で硬直。
筋肉の波が止まり、水飛沫がスローモーションのように散る。
「おおおっと!? 《マッスルオーシャン》、突進を止められたぁっ!」
実況が絶叫する。
観客席の熱気が爆発した。
「すげぇ音波制御だ!」「あのサイズ止まったぞ!?」「やるじゃんピーチマリン!」
七海の《アリエル》はすぐに距離を取る。
桃香の《ベル》がその背中にぴたりと追随し、光の軌跡が二本の波紋を描いた。
(音と光、静と動……完璧な連携だ)
僕は手すりを握りしめる。
この一瞬に、二人の訓練の積み重ねがすべて詰まっている気がした。
だが――止まったツナアタッカーの筋肉が、ゆっくりと再び動き出す。
水面が低く唸りを上げ、次の一撃を予感させる重い波が押し寄せる。
(やばい……あの突進、もう一回来るぞ!)
アリーナの熱気はさらに高まり、光と水と歓声が混ざり合って渦を巻いた。
二つのチーム――“光の波”と“筋肉の嵐”が、ついに本格的にぶつかり合おうとしていた。
機体名 : マッスルツナ(MUSCLE TUNA)
型式番号: EID-MGT-08
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部位 :
頭(アクアヘッド・フィンセンサー)
/右(ハイドロスパイク・ナックル)
/左(フィンブレード・シールド)
/脚(アクアジェット・レッグ)
/背(ツナテイル・プロペラユニット)
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主要数値:
全高:210 cm
重量:420 kg
稼働:23 分
COOL:30 s
HEAT:53 %
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カラー:メタリックブルー × ホワイト × シルバー
シルエット:肩・脚が大きく、背にスクリューフィンと推進ノズルを搭載
表面装甲は撥水処理+反射コーティング(光が水面でキラめく)
【挿絵表示】