午後のアリーナは、午前とはまるで違う空気に包まれていた。
観客席の熱気は落ち着いているのに、水面の光だけが眩しく揺れている。
――それでも、僕の胸は落ち着かなかった。
《アクアバトルカップル》二回戦。
対戦相手は三年の水着男女ペア。
機体は完全に水上戦闘に特化しており、水流操作を自在に行う《アクアグラディエーター》と、
浮島の間を猛スピードで滑走する《ハイドロスライダー》。
二体が水面を撫でるたび、まるで海そのものが生きているように動いた。
開始の合図。
七海は瞬時に異変を察知した。
(速い……! さっきのツナアタッカー達とは、機体の制御レベルが違う!)
《アクアグラディエーター》が水面を軽く叩く。
その一撃で周囲の流れが一変し、渦のような水の道が生まれる。
その流れに乗り、《ハイドロスライダー》が魚のように跳ね上がる。
一瞬潜っては、浮島の下から奇襲――まるで海中から襲う影のようだった。
「ななちゃん、相手、速すぎるよ!」
桃香の声に焦りが滲む。
「アリエル! スクリーム出力を下げて、水の流れを乱して!」
七海が即座に指示を出す。
《アリエル》が水面を震わせ、低周波の波動を放つ。
だが――相手はその動きを読んでいた。
《アクアグラディエーター》が再び水を打つ。
水面が弾け、流れが逆巻いた。
そこに《ハイドロスライダー》が潜行し、音もなく浮上。
その瞬間、鋭い水圧刃がアリエルの右腕をかすめた。
「きゃあっ!」
警告音が鳴り響く。
ディスプレイには「装甲損傷」の赤い表示。
七海は反射的に機体を引くが、上級生ペアの連携は崩れない。
『フッ……まだまだだね、一年生』
相手の余裕を含んだ声が通信に乗る。
「桃香、援護を!」
「わかってる!」
《ベル》がホバーを吹かし、アリエルの前に飛び出す。
両腕のビームユニットから光弾を連射。
それでも――水流がすべてを弾いた。
《アクアグラディエーター》が両腕を振り、水を操る。
巨大な波が盾のように立ち上がり、桃香の攻撃を飲み込んだ。
「うそっ、水に飲み込まれちゃう!」
桃香が歯を食いしばる。
七海もスクリームを強化し、音で水の動きを乱そうとする。
しかし相手の《アクアグラディエーター》は音波の特性も知り尽くしていた。
機体を回転させ、音波を拡散させる気泡を作り出し音波とぶつける。
七海の得意とする「音波制御」が無効化されている。
「音が……届かない!?」
七海の額に汗が滲む。
(これが……経験の差)
七海は歯を食いしばる。相手の動きには無駄がなく、すべてが一手先を読まれている。
相手は音波の伝達範囲、反射角、水流の癖――全てを読んでいる。
《アクアグラディエーター》が防御に回り、
《ハイドロスライダー》が奇襲をかける、鉄壁の連携。
そして、一瞬の判断の遅れが命取りになった。
「桃香! 一旦距離を――」
「だいじょ――」
桃香の声が途切れた。
水面が爆ぜ、《ハイドロスライダー》が真下から突き上げた。
「ベルっ!!」
水柱の中、閃光が走る。
《ベル》の脚部ホバーが粉砕され、機体が横転して水に沈む。
「――っ、桃香!」
七海の悲鳴が響く。
モニターの《ベル》のランプが赤く点滅し、機体が沈黙する。
その隙を、上級生ペアは逃さなかった。
《アクアグラディエーター》が再び水面を叩き、巨大な渦を発生。
七海の《アリエル》が一瞬、推進を取られる。
そこへ《ハイドロスライダー》が再突撃。
(間に合わない――!)
金属音とともに、水柱が舞い上がった。
――画面に、白く閃く文字。
『試合終了ッ! ウィナー、チーム《アクアライザーズ》!』
アリーナに歓声が広がる。
勝者の二人が手を上げ、水しぶきを浴びながら笑っていた。
その後ろで、桃香と七海の機体が静かに水面に沈んでいく。
僕は観客席の手すりを握りしめた。
喉の奥が熱くなり、言葉が出なかった。
(……悔しいだろうな)
*
試合の熱気が嘘のように静まり返った控室裏の通路。
観客の歓声も遠ざかり、響くのは靴音と水の滴る音だけ。
冷たいコンクリートの上を、二つの影がゆっくりと歩いていた。
「……ごめん、ななちゃん」
桃香が小さく呟く。
俯いた顔の横を、濡れた髪が張りつく。肩が細かく震えていた。
制服のシャツがまだ湿っていて、指先がぎゅっと裾を握りしめている。
「私が……私がもっと上手く動けてたら……」
かすれた声。泣き出しそうな喉を押し殺して言葉を絞り出す。
七海は足を止め、そっと桃香の肩に手を置いた。
その動作は静かで、まるで冷たい海の上に一筋の陽が差すようだった。
「桃香のせいじゃない。相手が、このフィールドでの経験値が違いすぎたの」
七海の声は淡々としている。
だがその静けさの奥に、悔しさと優しさが滲んでいた。
「私たちの連携より、彼らの方が上手だった。ただそれだけ。桃香が悪いわけじゃない」
「でも、白夜くんが……白夜くんが応援に来てくれてたのに!」
桃香が顔を上げた。涙で濡れた瞳が、照明を反射して煌めく。
「勝った姿を見せたかったのに……!」
嗚咽が声に混じる。
「次は勝つって、約束したのに……!」
七海はしばらく黙っていた。
やがて、ため息のような息を吐いて、桃香を抱き寄せる。
「そう。約束したんでしょ? じゃあ、次に果たせばいいのよ」
桃香の肩が震える。
七海はその震えを受け止め、背中を軽く撫でた。
「泣かないで。今日の悔しさは、きっと私たちの糧になる。……悔しいのは、私も同じ」
小さな声が、静かな廊下に溶けていった。
二人の影が、控室の白い壁に重なる。
静かな抱擁の中で、しばらく時間が止まったようだった。
そのとき――
靴音が近づいてくる。
「桃香! 七海! 大丈夫か!?」
聞き慣れた声が通路に響いた。
通路の奥から、白夜が駆けてくる。
息を切らしながら、二人の顔を見つけてほっとしたように笑う。
桃香はハッと顔を上げた。
涙を拭こうとするが、手のひらが濡れているせいでうまく拭えない。
「……白夜くん」
その名を呼ぶ声が震える。
彼女はぎゅっと拳を握りしめ、視線を逸らした。
「2人ともお疲れ様」
白夜は、あえて涙のことに触れず、穏やかな声で言った。
「すごい試合だった。最後まで諦めなかったの、ちゃんと見てたよ」
桃香は首を振る。
「白夜くん……負けちゃったよ」
桃香は唇を震わせ、顔をそむける。
「勝った姿を見せたかったのに……こんな顔、見せたくない……!」
そう言うなり、桃香は制服のスカートを揺らして走り出した。
通路の奥へ。小さな足音が、遠ざかるにつれて涙のように消えていった。
白夜はその背中を見送り、思わず手を伸ばしかけたが――止めた。
追いかけるよりも、今はきっとそっとしておくべきだと、そう感じた。
「……ごめんなさい、白夜」
横で七海が小さく言った。
彼女の瞳にも、うっすらと涙が浮かんでいたが、それをぐっと堪えている。
「桃香は、あなたに申し訳ないと思ってるの。応援してもらったのに、負けたから」
白夜は首を振った。
「申し訳ないなんて思う必要ないよ。あの二人は本当に強かった。
上級生の機体も経験も、今の僕たちよりずっと上だ。
それでも、あの戦い方は立派だったと思う」
七海は微かに微笑む。
「わかってるんだけどね。それでも、ね? わかるでしょ」
「まぁ負けたら悔しいってことは変わらないよな」
七海は小さく息を吐いた。
「私たち、あなたの応援をしたかったのよ。だから、勝って、あなたの隣に並びたかった。でも、まだ実力差が大きすぎた」
僕は、ただ立ち尽くす七海を見つめる。
敗北の悔しさ。その全てを飲み込もうとする、七海の強さ。
「七海……」」
「うん。でも、約束はまだ生きているわ」
七海は顔を上げ、静かに微笑む。
「私たちはこの敗北を無駄にしない。
だから、あなたも全力で戦って。次は、あなたの番よ」
そう言って、七海は白夜の肩をポンと叩いた。
それは励ましであり、同時に挑戦状でもあった。
「じゃあね、白夜。また学校で」
七海は小さく手を振り、桃香の走り去った方向へと歩き出す。
通路に残された白夜は、しばらくその背中を見送っていた。
(僕を応援、か……また負けられない理由が増えちゃったな)
七海の言葉が胸の奥で反響する。
桃香の悔し涙。七海の強がる笑顔。
――そして、「勝った姿を見せたかった」という言葉。
それらすべてが、白夜の中でひとつの決意へと変わる。
「……わかってるよ。僕は、絶対勝つ」
拳を強く握りしめた。
それは仲間たちへの誓いであり、藤堂ラボへの挑戦でもあった。
アリーナの外では、まだ夕陽が水面を照らしている。
その光の中に、《ハクロ》と《スティングレイ》の姿が脳裏に浮かぶ。
勝利への道はまだ遠い――けれど、今なら迷わず歩ける気がした。
白夜は静かに踵を返し、再び前へ進み出した。
胸の中で、誰よりも熱い闘志が燃えていた。
――次は僕の番だ。
*
翌日の日曜日。
僕がいつも通りの時間に起きるとテッペイが、
「おーい、白夜! 今日暇なら付き合えよ!」
「……どっか行くのか?」
「決まってんだろ! お前の《ハクロ》の仕上げだよ!」
そう言われて断る理由なんてない。
テッペイと並んで螺子川ラボへ向かった。
*
螺子川ラボに着くなりテッペイから「ハクロ出してくれ」と言われ召喚する。
「ん〜、やっぱりカッコいいなぁ!」
テッペイは感心したように頷くと、ラボの上級生たちを呼びに行く。
螺子川ラボの上級生3人がよく来たなとハクロを借りるぞーと運んでいく。テッペイもそれについていく。なんか馴染んでるな。
今日は金成先輩は居ないみたいで、何もすることがなく、来週の大会の情報を見て時間を潰す。
2時間ほど経つと待たせたなとテッペイがハクロを運んでくる。
「おーい、白夜!」
テッペイの声が奥から響く。
振り向くと、整備台の上に乗せられたハクロを、得意げな顔で押してくるテッペイの姿があった。
「待たせたな!」
ハクロの脚部が以前と違う。
装甲ラインが細くなり、脹脛のあたりにスラスターらしきユニットが追加されている。
「……これって?」
テッペイが胸を張る。
「おまけだぜ!」
そう言って、工具をくるりと回して笑った。
「脚部の空中制御用スラスターを強化した。
これで空中での方向転換が速くなるし、スティングレイを撃ったときの反動も軽減される。
細かい姿勢制御はコアに任せてあるから、実戦でも十分使えるはずだ!」
「……テッペイ、お前……」
「へへっ、感謝は優勝してからでいいぜ!」
ラボの照明が反射するハクロの脚部。
微細なスラスターが淡く光り、青い粒子を散らしていた。
ただの“おまけ”なんかじゃない。
それは、彼の真剣な気持ちと技術の結晶だった。
「お前のために作ったんだ。勝ってこいよ、白夜」
そう言ってテッペイは軽く拳を突き出す。
僕も同じように拳を合わせた。
「任せろ。――勝ってくるよ」
ラボの空気が少しだけ熱を帯びた気がした。
*
そして――1週間後。
青空の下、アリーナのゲート前に立つ僕の胸は、あの日よりも確実に高鳴っていた。
今度は僕の番だ。
(七海、桃香、見ててくれ。テッペイのおまけも、無駄にはしない)
「さあ――行こう、ハクロ」
機体名 : アクアグラディエーター(AQUA GLADIATOR)
型式番号: EID-AGL-07
製造社 : セイブル・マリンテック社(海上専用兵装部門)
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部位 :
頭 (ハイドロスキャナー:水圧・流速・音波反射を同時解析する高感度センサー)
/右 (ハイドロブレード:水流を刃状に形成する液体制御ソード)
/左 (シールドフィン:防御+推進の両立が可能な流体制御フィン)
/脚 (アクアプロペラレッグ:水中推進用スクリュー付き脚部、海上では高速滑走可)
/背 (リヴァイアンサーユニット:水流圧縮ポンプ+潮流制御装置)
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主要数値:
全高 :210 cm
重量 :285 kg
稼働 :68 分(水冷コアのため長時間駆動が可能)
COOL :6.2 s(冷却効率は極めて高い)
HEAT :38 %(水環境下ではほぼオーバーヒートしない)
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デザイン
カラー:ターコイズブルー × シルバーホワイト × マリンネイビー
頭部:バイザー型フェイス。両側に水冷フィンが走る。
背部:リヴァイアンサーユニットは巨大な噴流装置+流体翼。
腕部:ハイドロブレードは水流を纏う透明な刀身。
脚部:推進ノズルとヒレ状の安定フィンが展開。
【挿絵表示】