まずは面制圧だ。
拡散砲で広く撃ち、被弾が多ければ軽装の《グラスホッパー》は持たない。
問題は《バイソン・ナックル》――あの重装機だ。
あの分厚い装甲を抜くには、出力を上げすぎればこちらがオーバーヒートして墜ちる。
だが、六〇%出力のままならまだ余裕がある。制御も保てる。
(冷静に、手順通りにやれば大丈夫だ)
ハクロの視界越しに、下の十字路を見下ろす。
《グラスホッパー》はすでに押されている。跳躍で必死に距離を取るが、バイソンの拳が追いかけ、壁を砕くたびに粉塵が舞う。
防戦一方――あと数合も保たない。
(タイミングは……バイソンがこっちに背を向けた瞬間)
呼吸を整え、指を引き金にかけた。
「ハクロ、スティングレイ――撃つぞ!」
スティングレイの銃口が唸り、白い閃光を放つ。
放たれた光線は空中で幾筋にも分裂し、まるで雨のように都市フィールドへと降り注いだ。
コンクリートが砕け、街灯が折れ、視界全体が白光に包まれる。
瞬間、轟音。
立ち上る煙の中で、小さな爆発が幾つも連鎖する。
ゴーグル越しに確認するまでもなく、僕は確信した。
「……グラスホッパー、沈んだな」
次の瞬間、会場の実況が叫ぶ。
『グラスホッパーも脱落だーーッ!!』
観客席の歓声が爆発する。スクリーンでは僕の《ハクロ》が上空で旋回する映像が映し出され、尾戸アナが興奮気味に声を張り上げた。
『空からの二連撃ッ! 白夜選手、見事な制圧射撃! まさに空域の支配者ッ!!』
(ほらね……これで残りは一機)
煙が晴れると、下に立つ《バイソン・ナックル》の姿が見えた。
装甲は焼け焦げ、右腕は吹き飛び、脚部からも火花が散っている。
それでもなお、両脚を踏み締めて立っていた。
立ち姿が、まるで“壁”そのもののように見えた。
(やっぱりタフだな……バイソン・ナックル)
荒い息が自然と漏れる。だが、心は冷静だ。
残る敵はひとり。
この巨体をどう崩すか――それを考える時間は、まだある。
上空で旋回しながら、僕はスティングレイの冷却ゲージを確認した。
残り四十秒。あと少しで再使用可能。
その間、バイソン・ナックルは地上で動かず、ただこちらを睨み上げていた。
(地上戦型、接近武装しかない。上を取っている限り、こちらが圧倒的に有利だ)
そう、思っていた――その瞬間だった。
下で、バイソン・ナックルが吠えるように両腕を広げた。
装甲の隙間から赤熱した蒸気が噴き出す。
《オーバーブラッド》――
戦闘時間と共に出力が上昇する根性型スキル。
熱上昇を代償に筋駆動のリミッターを解除する、いわば“怒りの加速装置”だ。
(厄介なのを使ってきたな……!)
次の瞬間、地鳴り。
バイソン・ナックルが両腕を突き出し、瓦礫の山を掴み取った。
そして――投げた。
ゴオッ!
「ッ危ねえ!」
視界を切り裂くように、巨大なコンクリ塊が空を飛ぶ。
爆風が頬を掠め、ハクロの姿勢制御がわずかに揺らぐ。
慌ててスラスターを吹かし、空中で大きく回避。
瓦礫は背後のビル壁面に衝突し、ガラス片を撒き散らしながら爆ぜた。
「飛び道具は……現地調達ってわけかよ」
思わず毒づく。
地形すら利用して射程を伸ばしてくるとは、あのバイソン操縦者――相当やり込んでる。
HUD上では、バイソン・ナックルのヒートゲージが急上昇していた。
《オーバーブラッド》による過熱の兆候だ。
それでも、出力は確実に増している。
まるで重戦車が呼吸しているように、肩の装甲が脈動していた。
(だが、飛び回る相手を狙うには限界がある。熱暴走のリスクも高い……)
冷静に、最適解を導く。
こちらはスティングレイのクールタイムを稼ぎつつ、一定高度を維持。
バイソンが飛び道具を失えば、それで詰みだ。
回避しながら、上空を大きく旋回。
バイソン・ナックルが再び腕を振り上げるが、瓦礫のストックはもう尽きたらしい。
地上を掘り返す音と共に、鈍い動きで次の投擲物を探している。
(残り二十秒……冷却完了まであと少し)
スラスター音を抑えながら、ハクロを雲間のように静かに滑らせる。
冷却ゲージがじりじりと回復し、操作パネルの隅に「READY」表示が点灯するまで――あと少し。
その間も、観客席の実況が叫ぶ。
『バイソン・ナックル、まさかの瓦礫投擲で空を牽制! これは重装型らしからぬ機転だぁ!』
『だが、白銀選手も冷静です! 距離を保ちながら完全に戦況を掌握している!』
(どちらが先に限界を迎えるか――だが、焦る必要はない)
僕は再び視線を下げ、地上の赤い巨体を見据えた。
次に撃つ一発で、すべてを終わらせる。
バイソン・ナックルは最後まで足掻こうとしていた。
だが無情にも、こちらの準備が先に整う。
スティングレイのモードを集束貫通に切り替える。
砲口が細まり、光が一点に集束していく。
HUDの照準がゆっくりと敵の頭部をロックした。
(終わりだ――)
引き金に指をかけた、その瞬間。
バイソン・ナックルが「ドカリ」と膝をつき、動きを止めた。
赤熱していた装甲が、まるで溶けるように沈静化していく。
降参の合図だった。
もう戦える状態ではない。
これ以上破壊すれば修理費が嵩む――そう判断したのだろう。
実況の声が会場全体に響き渡る。
『試合終了ッ! 勝者――白銀 白夜選手ッ!! 圧倒的な空中戦制圧での勝利です!!』
観客席が爆発するように沸いた。
モニターには《ハクロ》が上空で旋回し、陽光を受けて白い翼のように輝く映像が映し出される。
僕はスティングレイの発射を中止し、出力を安全値に戻す。
するとハクロの足元に召喚陣が浮かび、機体が淡く光をまといながら転送されていく。
帰還後、僕の隣にふわりと光の粒を散らしながらハクロが出現した。
観客の歓声に応えるように、僕はゆっくりと顔を上げ――
爽やかな“王子スマイル”を浮かべて手を振る。
フラッシュライトがいくつも瞬き、女子生徒たちの黄色い声が混じった。
(よし……まずは一回戦突破)
被弾、損傷、異常――すべてなし。
完璧な初戦。
冷静なまま勝利を刻む、理想的なスタートだった。
*
控室に戻ると、係のスタッフが淡々とアナウンスしていた。
「本日の試合を終えた選手は、帰宅・観戦いずれも自由です」
なるほど、午後は観戦か。
僕はタオルで汗を拭いながらデバイスを開き、テッペイにメッセージを送った。
〈一戦終わった。ハクロ、メンテ頼めるか?〉
返信はすぐに返ってくる。
〈了解! 先にラボで待ってる。〉
――相変わらず仕事が早い。
少し肩の力が抜けた。
まだ午前中だし、整備を任せてからまた観客席に戻ろう。
「じゃあ……行ってくるか」
*
螺子川ラボに着くと、いつもの整備音が心地よく響いていた。
作業台の向こうではネジかわよ先生がコーヒー片手にモニターを眺め、テッペイがオイルまみれの手でハクロ用のメンテツールを揃えている。
さらに、その横には上級生の先輩たち――そして金成先輩の姿もあった。
「おつかれさまー、白銀くーん」
間延びしたネジかわよ先生の声が響く。
「まずは一勝だな!」
テッペイが笑顔で肩を叩いてくる。
「明日のために早めに預けて、観戦でもしてこい」
上級生が工具を片手に振りながら言った。
金成先輩は、整備台越しに微笑む。
「順調な滑り出しですね。お疲れさまです、白銀君」
「ありがとうございます。ハクロのこと、お願いします」
そう言って僕は機体データとメンテ依頼書を渡す。
すると先生が軽く手をひらひらと振った。
「はいはいー、こっちは任せなさーい。白銀くんは明日のために頭を冷やしてきなさいよー」
「了解です」
ハクロを預けると、僕はそのままラボを後にした。
外の風が少し涼しく感じる。
アリーナの方向からはまだ歓声が響いていた。
(……さて、次の試合を見ておこう。相手の傾向も掴んでおきたいしな)
気持ちを切り替え、僕は再びアリーナへと向かった。
*
アリーナへ戻る途中、生徒手帳の速報を開く。
戦技大会の勝敗データがリアルタイムで更新されており、同じクラスの名前もいくつか表示されていた。
(……早川、勝ち上がってるじゃん)
画面には「第12試合・勝者:早川 礼人」の文字。
あの腹黒イケメン、やるな。
対戦相手は二年生――普通なら勝ち目が薄いはずだ。
(1年で2回戦進出か……負けてられないな)
胸の奥に、小さく火が灯る。
勝負の熱がまだ消え切っていないのを、自分でも感じた。
*
Cアリーナに到着すると、ちょうど試合の真っ最中だった。
四つのアリーナ――AからDまで、それぞれで同時進行。
午前四試合、午後四試合。
合計三十二試合が今日一日で行われる。
僕はそのうち、Cアリーナの二試合目を担当していたというわけだ。
時計を見ると、ちょうど昼前。
午後最初の一戦が始まったばかりらしい。
観客席に腰を下ろし、モニター越しに戦況を眺める。
どちらも知らない上級生だが、動きの鋭さや判断速度はさすがだ。
とはいえ――さっきの《バイソンナックル》の操縦者のほうが、正直言って強そうだ。
(ふむ……このレベルなら、明日も問題なさそうだな)
油断は禁物だ。
けれど、一度勝ったことで、冷静に戦況を見られる余裕が生まれていた。
観察しながら、操作の癖や戦術傾向をメモしていく。
ふと、視界の端に見覚えのある姿が入った。
(……あれ?)
観客席の少し下――前列のブロックに、莉音、この江、みゆの姿。
三人並んでスクリーンを見上げている。
みゆはいつものように髪をまとめ、明るい声で何かを話しているようだった。
隣のこの江は落ち着かない様子でストローをくわえ、視線をあちこちに泳がせている。
その中に金髪黒ギャルの莉音。
(やっぱ莉音、目立つな……)
こちらにはまだ気づいていないようだ。
それでいい。
別に声をかける理由もないし、今は観戦に集中する。
僕は姿勢を正し、再び試合に目を戻した。
(勝って兜の緒を締めろ、か……)
浮かれたら終わりだ。
油断せず、次に備える。
画面の中で、上級生たちのエイドロンがぶつかり合う。
金属音と火花を眺めているとナイト型の上級生が勝ち上がったみたいだ。
次の対戦カードを確認しようと端末を開いた、そのとき。
その瞬間、背中にドンッと衝撃が走る。
「はくたーん! 来てたなら言ってよー!」
軽い声と一緒に、柔らかい感触が背中に密着した。反射的に振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた莉音がいた。ギャルらしい明るい金髪が照明を反射してきらきらと光っている。
「ちょ、ちょっと! くっつくなって!」
(やわらか……いや待て僕、冷静になれ。理性、立てこもれ!)
「いーじゃん?」
莉音はにこっと笑い、さらに腕を絡ませてくる。コテンと首を傾げ、僕の肩に軽く頭を乗せた。視線が近い。近すぎる。上目遣いの瞳が覗き込んでくる、くぅ最高かもしれん。
(ちょっと反則です、それ……!)
このギャル、カワイイを使い慣れすぎだ。
いや、ギャルだからこそ可愛さの使い方を熟知しているのか?
ギャルらしい軽さの裏で、自分の“見せ方”を完璧にわかっている。無邪気なようで、計算された仕草。男子がどうなるか、絶対わかってやってる。
脳内で警報が鳴っていた。
(落ち着け……白夜、落ち着け……! これは挑発だ! いや、可愛いけど! いや、可愛いけど!!)
そんな混乱の最中、助け舟が飛んできた。
「はくやじゃーん!」
みゆが、反対側から勢いよくタックルしてきた。莉音とは対照的に、明るいタイプの白ギャル。
「みゆ! おまっ……助かった……」
助かったぜみゆ。このまま莉音と2人だったらコロッと落とされてたよ。
みゆがにこにこしながら手を振る。
「このちもおいでー!」
その一言で、この江が目を丸くして固まっている。
「え、え? いいのかな? いいんだよね? がんばれ、わたし……」
小声でぶつぶつ言いながら、顔を真っ赤にしてこちらに近づいてきた。
そして――、意を決したように――
「は、白夜くんっ、しつれいしますっ……えいっ!」
ドンッ。
正面から突撃してきた。
左腕には莉音、右肩にはみゆ。
そして真正面から、この江が抱きついてくる。
(ちょっ、えっ、これ……どんなハーレムだよ!?)
莉音とみゆは、まるで面白い実験結果を観察するような目でにやにやと僕を見ている。
「このちー、それ私が『おいで』って言ったけど、そういう意味じゃないよ〜?」
悲しそうな声色で言うみゆ。だが表情は笑っている。完全に楽しんでる。
「えっ!? ち、違うの!? あ、あわ、あわわわわ……!」
この江は顔を真っ赤にし、完全にショートしていた。
「おい、勘違いさせたのそっちだろ、みゆ!」
「えー? かわいいからいーじゃん?」
(いや可愛いけどさ!!)
アリーナの喧騒が遠くに霞んでいく。
僕の頭の中は、試合よりずっと混乱していた。
機体名 : バイソンナックル(BISON KNUCKLE)
型式番号: EID-BSN-03
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部位 :
頭(ブロウホーン・センサー)
/右(バイソンナックルMk-I)
/左(バイソンナックルMk-I)
/脚(グラウンドブーツ・ドライブ)
/背(ハードプレス・スラスター)
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主要数値:
全高:230 cm
重量:465 kg
稼働:22 分
COOL:36 s
HEAT:48 %
---
【挿絵表示】