――Aアリーナ・森林エリア。
木々のざわめきに紛れるように、ハクロは音もなく滑るように飛行していた。
僕はデバイスを操作し、背の高い木々の間を縫うように低空飛行を維持する。
高度は地上三メートル。空に出れば目立つし、枝葉の間は狭すぎて自由に動けない。
この“木と空スレスレ”の空間こそ、唯一の安全圏だ。
ハクロのスラスターが微かに唸り、枝をかすめながら進む。
速度を上げすぎると衝突の危険があるし、減速すれば敵のセンサーに捕捉される。
息を詰めて、木漏れ日が揺れる中を滑るように進む。
――五分。誰とも遭遇しない。
息を整えながら、僕はモニターに映る地形データを確認する。
そのとき、紫と赤の閃光が森の奥で瞬いた。
(……いた。エレキャットだ)
ネオン色の輪郭を残しながら、そいつは左右にステップを繰り返している。
猫娘のような機体シルエットが、湿った地面を軽やかに蹴り上げ、時おり背中の“尻尾”から青白い火花を散らしていた。
センサー網を張りながら、慎重に進んでいる――どうやら索敵中だ。
(なるほど……これは、俺狙いか)
あの電磁妨害系に上空を取られたら面倒なことになる。
僕はハクロの動きを止め、木の陰に身を潜める。
心拍数を抑え、スティングレイの操作画面を開く。
「……拡散モード、装填」
光学照準が樹間を抜け、敵のシルエットをとらえる。
エレキャットは射撃よりも近接と妨害に特化した機体。
索敵範囲が狭い分、気づかれなければ奇襲が通る。
こっちが先に撃てば、一撃で沈められるはず――。
その瞬間、エレキャットが反対方向へ身体を向けた。
今だ、と指に力を込めかけた――
――が、森が爆ぜた。
轟音と共に、鬱蒼とした林の奥から銃火が弾け飛ぶ。
マシンガンの連射音、そして跳弾の火花。
木の葉を弾き飛ばしながら飛び出してきたのは、緑がかった鋼の影――
(ラプトレイザー……!)
低姿勢のまま滑り出し、四脚の脚部が地面を抉る。
尾をしならせてバランスを取りながら、左右に跳躍してエレキャットへ襲いかかる。
銃撃が交錯し、瞬く間に火花が森を照らした。
――予期せぬ乱戦。けれど、僕にとっては絶好の機会だった。
「運が味方してる……!」
反射的に息を整え、指先をデバイスに滑らせる。
スティングレイの照準アイコンが光を放ち、出力バーが上昇していく。
「反動と残熱を考えて……出力七十パーセント。よし、行くぞ!」
トリガーを引いた瞬間、ハクロの砲身が白く輝いた。
空気が震え、樹海全体が一瞬で閃光に包まれる。
白と蒼の光線が幾重にも分岐し、30メートル先の森を覆い尽くすように降り注ぐ。
その光は雨のように木々を貫き、爆ぜ、火花と煙を撒き散らした。
――ドンッッッ!!
炸裂音と共に、エレキャットとラプトレイザーのいた一帯が爆炎に飲まれる。
「よし――やったか……?」
息を潜め、ゴーグル越しに視界を凝らす。
だが、濃い煙が立ちこめ、センサーの反応も不安定だ。
(……いや、早すぎる。まだ油断するな)
高度を少し下げ、警戒しながら慎重に接近していく。
枝葉の隙間を抜け、爆心地を上空から覗き込んだ――その瞬間。
「……動いた!?」
煙の中で、わずかに閃光が走った。
咄嗟にスラスターを最大出力にして上昇。
風圧が木々を揺らし、枝がハクロの脚部をかすめる。
直後、地上から電磁砲の光弾が突き抜けた。
青白い稲妻のような光が僕の機体のすぐ下を通過し、次いでマシンガンの弾丸が連続して飛び込んでくる。
「うわっ、危ねぇッ!!」
急上昇しながらスラスターを傾け、ギリギリで弾幕を回避する。
もしあのまま滞空していたら、確実に被弾していた。
電磁砲の反動で巻き上がった風が煙を吹き飛ばし、地上の二機の姿が露わになる。
エレキャットが尾部ユニットをバチバチと放電させ、電気の光を纏っている。
その隣ではラプトレイザーが低姿勢で構え、尾のスラッシュテイルをゆっくりと振っていた。
どちらも無傷とは言えないが――まだ戦える。
そして何より、二機は互いには目を向けずこちらを伺っている。
(……あちゃ~。これは、最初から組んでたか?)
僕を誘い出すための擬似乱戦。
そう考えると、全部つじつまが合う。
エレキャットとラプトレイザーの索敵不足を、互いにおとりとして利用したんだ。
「くっ……二対一かよ」
ハクロの冷却ゲージを確認しながら、デバイスを操作する。
スティングレイはまだ再充填中。クールタイムはあと二十秒。
焦って撃っても避けられる。なら――ここからは、戦術で切り抜けるしかない。
「……いいだろ。まとめて相手してやる」
森を吹き抜ける風が、ハクロの装甲を撫でた。
背のジェットパックが低く唸り、白い粒子を散らし始める。
視界の先では、電撃と獣の影がこちらを狙って身構えていた。
空と地上、三者の殺気が交差する。
第二試合、森林の狩猟戦――本番は、ここからだった。
*
――Aアリーナ控室、試合開始前。
カタカタと自販機の音が響くなか、ぽっちゃり体型の二年男子、小宅(こたく)――いや、“オタク”ではなく“コタク”――は緊張で手汗を拭っていた。
自分の番はもうすぐ。心臓の鼓動が、まるで機体のエンジンみたいにうるさい。
そんなとき、つかつかと軽やかな足音が近づく。
振り返ると、吊り目でスタイル抜群の二年女子――立花先輩が立っていた。
その艶やかな髪が肩で揺れ、香水の甘い匂いがふわりと漂う。
「ねぇ、オタクくん。ちょっといい?」
その一言で、小宅の思考が一瞬フリーズした。
(きたァァァァァ!!立花さんだっ!!目が合った!声をかけられた!!)
「は、はいっ!なんでしょうか!? 立花さん!! じゅ、ジュースでもお持ちしましょうかっ!?」
思わず敬語が崩壊し、謎ムーブをかます。
そうだ、情けないが俺は女性に慣れていない。しかも立花さんは俺が入学してから初めて話した初恋の相手!
緊張しちゃうんだよ!!
立花は目を丸くしてから、くすっと笑った。
「ジュース? 違う違う、今日の対戦、同じ組なんでしょ? だからご挨拶~」
「あ、ああっ! そ、そうでしたねっ! よ、よろしくお願い申し上げまする!」
時代劇みたいな語尾になってしまう。焦れば焦るほどテンパる。
立花は苦笑いしながらも、どこか優しげに肩をすくめた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。それでね――ちょっと提案があるんだ」
「提案……?」
ドクン、と心臓が跳ねる。まさか、まさかこれって――
「共闘しない?」
そう言ってウインク。まぶしすぎて、思考が飛んだ。
(き、きたぁぁぁぁッ!!立花さんにウインクされたあああ!!死んでもいいッ!!)
「も、もちろんです!! たとえ相手が誰であろうと、立花さんの盾となりましょう!!」
テンションが最高潮に達し、語尾が侍を通り越して武士道の領域に入る。
「盾にならなくてもいいんだけどね……」と立花は苦笑しながら続けた。
「実は、王子様――白銀くんも同じ組でしょ? ちょっと一度戦ってみたいんだ」
「……王子様?」
「ほら、学年一の人気者。あの爽やかスマイルでファン多いし。
倒せたら、『立花先輩、強くてかっこいい!』って言われちゃうかもでしょ?」
頬を指で掻きながら照れる立花。その笑顔が、光って見えた。
(白銀白夜……てめぇええええ!!)
俺の初恋の人をメロメロにしやがってぇぇぇぇ!!
以前、野良戦で俺をボコボコにしたこと、忘れてねぇからな!?
「承知しました!!この身、立花殿のために捧げましょう!!!」
その瞬間、小宅の中で“恋と復讐の炎”が同時に燃え上がった。
*
Aアリーナ・森林フィールド。
木々が焼け、焦げた匂いが立ちこめる中、エレキャットとラプトレイザーは白銀の《ハクロ》を追い詰めていた。
「立花さん! いきますよ!」
「任せた、オタクくん!」
二人の呼吸がぴたりと合う。
電撃の猫と、狩人の獣。
雷光と鋼の爪が交差し、白夜の機体を追い詰めていく。
エレキャットが《フラッシュステップ》で木々を駆け抜け、クナイのような電光爪で斬りつける。
立花のラプトレイザーが続けざまに《タロンブレード》を振るい、尾のスラッシュテイルで追撃。
空間を切り裂くような鋭い音が重なり、金属の火花が飛び散る。
「どうした王子ぃ! 逃げてばっかりじゃねぇか!」
「逃げられてるのは、こっちのほうでしょ!」と立花が息を吐く。
確かに、白夜の動きは尋常じゃなかった。
ほんのわずかの間合いを読み、ギリギリで回避。
しかも、回避しながら次の角度を取って反撃の準備をしている。
「なにあれ……動き、読まれてる?」
「くそっ、なんで当たらねぇんだよ!」
デバイスを握る小宅の指が汗で滑る。
スパークコアが鳴動し、機体の神経リンクが警告音を発する。
それでも止まらない――止められない。
「立花さん、今度こそ当てます!」
「オッケー、タイミング合わせる!」
*
さすが上級生だ。
攻撃の精度も、動きの読みも、今までの相手とは段違い――。
「くっ……避けるだけで精一杯か」
マシンガンの弾丸が、木の幹を抉るように飛び交う。上昇しようとすれば、その軌道を読んだかのように弾幕が張られる。
電撃の閃光と鋭い爪撃が交互に襲いかかり、ハクロの装甲を擦るたびに警告灯が点滅した。
それでも、冷静に判断する。
――スティングレイのチャージ完了。クールタイムは明けている。
ただし、“撃つ隙”がない。
「タイミングを間違えたら、逆に撃ち落とされる……」
手のひらのデバイスを握り直す。
呼吸を整える。敵の間合いと攻撃リズムを読み取る。
その瞬間だった。
紫電をまとったエレキャットが、一気に跳躍してきた。
光の尾を引きながら、稲妻の猫耳がピクンと動く。
「来るっ――!」
避けようとした矢先、横から黒い閃光が走った。
数本の黒刃――クナイが、エレキャットの左腕に突き刺さる。
「なっ!?」と驚く小宅の声が通信に混じる。
エレキャットの左腕がだらりと垂れ下がり、火花を散らした。
その隙に距離を取るためにスラスターを全開にする。
木々の間をすり抜け、視界を確保――安全距離を取ることに成功した。
(……早川だな)
姿は見えない。けれど、このタイミング、この精度。
《シノビエッジ》の仕業に間違いない。
「さて……今度は僕の番だ」
デバイスのトリガーに指を添える。
スティングレイを《拡散モード》に切り替え、範囲を狭める。
今回は“狙い撃ち”に近い。必中の光雨だ。
「――早川、当たったらごめん」
照準カーソルが敵影に重なる。
発射。
スティングレイの砲口が青白く輝き、放たれた光束が分裂して流星のように降り注ぐ。
炸裂音が重なり、エレキャットの周囲の木々を吹き飛ばし、爆風が巻き起こった。
ラプトレイザーも咄嗟に回避を試みるが、右腕を掠める形で被弾。
「今度は――やったか?」
地表が抉れ、視界の半分が白い煙で覆われる。
さっきみたいに油断するな、と自分に言い聞かせる。
ハクロをゆっくりと上昇させ、距離を取る。
煙が完全に晴れるまで、トリガーには指をかけたまま。
センサーが捕捉するまで、ただ静かに――息を潜める。
視界の先で、灰色の煙の向こうから、二つの赤い光がゆらりと浮かんだ。
(……まさか、まだ動けるのか?)
風が吹き抜け、焦げた木の葉が舞う。
煙の向こうで、ラプトレイザーが低姿勢のまま滑るように走り出した。
(……クールタイムは、まだかよ)
鋭い脚のクローが地面を抉り、バランスを取る尾がしなる。
まるで獲物を狩る肉食獣のような、狙い澄ました動き――。
だが、その瞬間だった。
木々の上、光の届かぬ枝の影から“黒い閃光”が落ちた。
「――《サイレントエッジ》」
通信越しに、早川の静かな声が聞こえる。
闇を裂く一閃。
黒影が一気に落下し、すれ違いざまにラプトレイザーの右腕と尻尾を斬り飛ばした。
金属片が宙を舞い、尾のスラスターが地面に突き刺さって火花を散らす。
「うそ……っ!」
立花の悲鳴がスピーカー越しに響く。
ラプトレイザーがバランスを崩して前のめりに倒れ込む。
制御を失った脚部が空転し、残る武装はすでに使い物にならない。
「……はぁ~ここまでか」
立花は小さく息を吐き、ゆっくりと手を上げた。
機体の上に白い“降参サイン”のホログラムが浮かび上がる。
アナウンスが炸裂した。
『――勝負ありッ!! Aアリーナ第2試合、勝者は白銀白夜・早川礼人!!』
観客席から大歓声が巻き起こる。
森林エリアが光の粒となって崩壊し、ハクロが転送ゲートからゆっくりと帰還してくる。
「……早川、やるじゃん。助かったよ」
僕がそう言うと、通信の向こうで早川が小さく笑った。
「いやぁ〜白夜、いい囮になってたね。おかげで俺も、いいとこ見せられたよ」
「ふっ、腹黒め」
苦笑しながら、ハクロをデバイスの中に収納する。
体の熱がゆっくりと落ち着いていく。
実況が再び響く。
『――これでAアリーナから決勝トーナメント進出が確定したのは、白銀白夜と早川礼人ッ! 1学年からの2名通過は久しぶりの快挙です!!』
「はは……マジか。俺たち、やったな」
「白夜、目立ってヘイト集めよろしくな」と爽やかな笑みを向けてくる。
「なぁ……。性格悪いって言われないか?」
そう言いつつも、思わず笑ってしまう。
「白夜、俺のことそんな風に見てたのか?!」
「え、毒舌だし、意地悪すんの好きだろ」
軽口を交わして2人で出口の方向に歩き出す。
アリーナの出口の光が、戦いの余韻を切り取るように眩しかった。
機体名 : シノビエッジ(SHINOBI EDGE)
型式番号: EID-SBE-06
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部位 :
頭(ナイトアイ・センサー)
/右(クナイランチャー・ユニット)
/左(リバースブレード・システム)
/脚(スモークステップ脚部)
/背(影走りスラスター)
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主要数値:
全高:179 cm
重量:185 kg
稼働:19 分
COOL:18 s
HEAT:49 %
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デザイン
カラー:漆黒 × 群青 × 紫の差し色
頭部:忍頭巾+バイザー一体型、細い紅のセンサーライン
背部:光を吸収する布状スラスター(マント兼煙幕発生装置)
武装:クナイランチャー/逆手ブレード/手裏剣内蔵関節
シルエット:軽装で無駄がなく、手足の可動域が広い
モーション:一撃離脱中心。敵をすれ違いざまに斬り抜ける
【挿絵表示】